財閥の御曹司・藤原辰巳は、素性を隠して7人の女子学生を恋人に仕立て上げ、監視と命令による支配を築く。彼女たちは何をされても「うん、わかった」とだけ答えたが、その静寂の奥には確かな意思が潜んでいた。燃え盛る炎と狂気の果てに迎えた死。幽体となって過去を俯瞰する辰巳の前に、指を失い、命を奪われた者たちの怨嗟が現れる。最後に彼が聞いた「うん、わかった」は、かつて誰よりも軽んじた言葉の重みだった。これは、支配の果てに訪れた審判の話。
View More藤原辰巳という男は、どうしようもない男だった。 御曹司の家に生まれたというだけでその幸運を余すことなく享受し、世界で一番自分がえらいとまで思っていた。 実際藤原家が及ぼす影響は大きく、辰巳が道を歩けば周囲の人間は目線を下げて場所を譲り、彼が何をしようが子供から大人までがそれを受け入れ、形作ったような笑みを浮かべてへこへことひれ伏した。 人を殺めたこともあるが、親がそれをもみ消した。警察も藤原家の影響を受けていたので何もできなかった。 女関係も派手で、目をつけた女はすべて彼の手中に収まった。 もちろん人を大事にするような男ではないから女性への扱いもひどい。 崖から蹴り飛ばされて頸椎を損傷した者、酒を飲ませすぎてアルコール中毒で入院させられた者、焼けた鉄板の上に顔面を押し付けられて顔を潰された者もいた。 それでも彼の恩恵にあやかろうとする女たちは後を絶たないのだから、彼が反省するわけもなく、金と権力の鎧をまとい、辰巳は人生を謳歌していた。
「ああ、いいことを考えた」 注がれた酒を数的こぼしたという理由で先ほどまで寵愛していた女の手首を折った辰巳は、女の悲鳴がうるさいと女を叩き出した後、ふと笑みを浮かべて周囲に目を輝かせて話し始めた。 「辰巳様はいつも壮大なことを考えなさるからな、楽しみです!」 バーを借り切り、周囲には若い男女がいたが、気の弱い者は手の震えをなんとかこらえようと両手を後ろに組んで、愛想笑いを浮かべた。 藤原辰巳という男はそういう光景に慣れており、人の喜怒哀楽がわからない。だから相手の笑みが本物かどうかまでの見分けがつかない。 放し飼いにされた狂犬は、機嫌次第でなんでもやる。 先ほどの女などはまだいいほうだ。手首だけですんだのだから。 辰巳は酒臭い息をまき散らしながら高慢に言った。 「女を7匹飼って、度胸試しをする」 誰も彼の言った意味がわからず、愛想笑いを貼り付けて返答できなかった。 「この間の殺しで親父に散々殴られて、もう殺すのはやめろと言われたんだ。で、さっきの女でとりあえず打ち止め。しばらくおとなしくするつもりだ」 辰巳は端正な顔にできた青あざを忌々しそうに撫でた。 彼がこの世で唯一逆らえないのは父親だった。 父親も息子の問題には少なからず頭を抱えており、幼少時から折檻で押さえつけようと彼なりに努力はしたが、息子は結局こんな風に育った。 自分の恵まれた環境が親からのものであることを知っている辰巳は、その素晴らしい思い付きを周囲に話した。 「俺のことを知らない女を7人用意して、それぞれに家を与える。そこから俺の指令を忠実に行うさまを、皆で見物するんだ。きっと楽しいぞ」 何が楽しいのかわからなかったが、周囲はとりあえず歓声を上げた。 「さすがです、辰巳様!」 「そうだろうそうだろう」 辰巳はその当たり前の声を寛大に受け止めた。 「親父の目をごまかすためにおとなしくしている間、大いに笑わせてくれる舞台を整えよう」 下手に口を挟めば何をされるかわからないので、周囲はただ声を上げて喝采した。 彼が望むのはただの肯定のみ。 父親以外の意見など、全くの無意味なのだ。 周囲は彼の言いたいことがわからなかったので、辰巳が帰った後でひそひそと各々が推測を始めた。 「女を7人て?」 「辰巳様のことを存じない女を7人。そいつらに別荘を用意して…監禁ってこと?」 「辰巳様のことを知らないのに監禁なんかされたら逃げ出すだろ?」 「じゃあ逃げ出さないようにして、指令を……どういうこと?」 「つまりだ」 ひとりの男が神妙に言った。彼は辰巳のそばにいて長く、辰巳の支離滅裂な言い分をなんとなく説明した。 「7人の女に自分を恋人だと思わせて、家を用意し、頼みごとをする。料理を作ってくれでも、インテリアを変えてくれでも。それを監視カメラで映して、自分をひたすら待つ女の姿をみんなで鑑賞しようってことじゃないか?」 「えー!」 周囲は驚いた。 辰巳という男の残忍さを皆はよく知っていたからだ。 そんな「普通」のことを、辰巳がするか? 7人も? 「辰巳様はこの間、男女が数人で恋人同士になるかならないかをリアルタイムで見る番組をご視聴なさって、楽しんでおられた。その影響かもしれない」 それにしても女7人に対して男は自分ひとりだけというのが辰巳らしいが… 「それって面白いの?」 ひとりが声を潜めて言った。 辰巳が聞いていたらおそらく命はないだろう。 「辰巳様が与える指令だ。常人ではない内容なのかもしれない」 それを口にした瞬間、言った本人と周囲はぞくりと寒気がした。 スプラッター映画のようなものを、見せられるのかもしれない。 彼らは辰巳にへつらっている集団ではあるが、辰巳ほど残忍にはなれない。彼に命じられて絶叫しながら指を切り落とした男のことを思い出した。 あれを7人分見せられると? もう今から嫌だ。消防車が現場に駆け付けた時には、すべてが遅かった。 七棟あった家の半分は焼け落ち、生存者はひとりもおらず、一番激しく燃えていた七湖の家の中で、辰巳の焼死体が発見されたのだ。 藤原家の息子が焼死したということで、一時は世間をにぎわせたが、最終的に辰巳が七湖の家に勝手に入り、そこで火事を起こした事故死と断定づけられた。 「藤原家の御曹司、冷酷な仕打ちの末焼死」 「七人の彼女たち、最後は誰もそばにおらず」 「【私は身内を殺された、指も切断した……犠牲者の魂の叫び】死んだドラ息子の壮絶な暴力のすべて」 辰巳が死んだことで、辰巳の過去が次々に暴かれていった。 辰巳の父親は示談金をひたすら払い続けた。息子をかばおうにも、何も手立てがない。弁護士も匙を投げて逃げて行った。 かつての栄光は地に落ち、彼は死んだ息子を弔おうともせず、後継者を探すことを優先しているらしい。 七人の女性も一時期マスコミに追われて大変だったが、彼と正式につきあっているわけでもなく、家は与えられたが住んでいないと主張し続けた。 最期の電話も確かに受けたが、辰巳からは余計な詮索をするなと言い含められていていつも通りに承諾の返事をしただけで、何もしていない。 七湖だけが通報してやった。彼女は最低限の義理は果たしたとマスコミに語った。 彼らの日常が通常に戻ったのを幽体の辰巳は見届けた。 客観的に自分の行いを見て、何を言う資格もないと思った。 一美がスマートフォンから自分の連絡先を削除するのを見つめていると、ふと体が軽くなったような気がした。 誰も自分を思い出さなくなった時、自分は消えていくのだろうと思った。 好き勝手に生きてきた人生だった……来世ではもっと人を大切に…… そう目をつぶった時だった。 「お前を絶対に許さない」 耳元で怨嗟の声を聞いた。 「!!」 目を開くと、そこには数十人の悪鬼がいた。 彼らの指は数本欠け、腕が曲がり、足が片方ない者もいる。 「おまえたちは……!」 誰だ? 辰巳が言おうとしたとき、ひとりが襲い掛かってきた。 「どうせ覚えちゃいまい。お前の快楽のために殺された者たちのことなど」 「やめろぉっ! 俺は、反省したんだ!!」 辰巳は手足を彼らにつかまれながら叫んだ。 「反省だと? それがなんだ?」 欠けた指を
彼女たちは打ち合わせ通りに動いた。 辰巳を完全に油断させるために、したくもない怪我を負い、濡れ衣まで被らされた。 数々の暴言にもひたすら耐えた。 全ては、家を与えられるまで。 数か月後に悲劇の最期を迎えたあの家をそれぞれ見上げた。 辰巳は誇らしげだった。 「この家をあげるから、今日からここに住んで。片付いたら遊びに行くから」 そう言って颯爽と去っていく後姿を、彼女たちは恨みを込めた目で見つめた。 最初から、七湖の家だけを撮影スタジオにしようと決めていたので、彼女たちは辰巳が去るとすぐに七湖の家に集まった。 一美、二葉、三枝、四つ葉、五実、六子、七湖… 一美は最初から自分にあてがわれた家に住むつもりはなかったので、すぐさま七湖の家に向かった。パスワード式の鍵で、七湖からあらかじめ教えられていたので入るのは簡単だった。包装してある家具に向かいビニールをはがしていると、残りの六人が続々と入ってきて、皆で辰巳の悪口を言いながら家具を配置した。幽体の辰巳は手持ち無沙汰にそれを見ていた。 やがて四つ葉がノートパソコンを開き、皆に動画を披露した。 辰巳ものぞき込むと、かつてそれを見て大笑いしていた自分がいかに滑稽だったか急に恥ずかしくなり、彼女たちがワイワイとそれを見ているのを尻目に窓の外を見た。 監視カメラの映像と、辰巳が見ている映像のすり替えは、なんと辰巳の取り巻き達の中のひとりが協力者になってくれた。 彼は恋人と弟を殺された恨みがあり、彼女たちの悲劇を止めたいと思っていたのだ。 彼女たちの前世では勇気がなくてそれができず、今生で記憶はないはずだが、彼は前世でふるえなかった勇気を彼女たちのために出してくれた。 こうして彼女たちは辰巳の手から逃れ、平穏な大学生活を謳歌し始めた。 たまにかかってくる辰巳の電話に「うん、わかった」とだけ言い、それから協力者に辰巳からの指令を伝え、協力者はストックしてある動画を選別して流す。 たまに想定外の指令があると、四つ葉が急ピッチで動画を作成して協力者に転送した。たくさんの動画を作ったおかげで、彼女の技術が上がったというのも皮肉な話だ。 そうして月日は流れ、火事になるにはうってつけの指令が来た。 七人の女性と協力者は狂喜乱舞した。 協力者は取り巻き達に少
辺りの景色がぼやけ、また鮮明になった時、幽体の辰巳は一美が蒼白な顔で大学へ来ているのを見た。 着席し、周囲を見渡し、何度もスマホを確認している。 「戻ってきた……戻ってきた……!」 一美はスマホの日付を見ては、そうつぶやき涙をこぼしていた。 一美はそれから、注意深く生活を始めた。 ある日、辰巳が話しかけてきた時に戦慄し、走って逃げた。 幽体の辰巳にはその光景に見覚えがあった。 初対面の時、声をかけたら一美が青ざめて走り去ったことを。 あの時は何とも思わなかったが、今思えば変だったと気づいた。 それから幽体の辰巳は一美のそばを漂うことになった。 一美はそこで、自分と会った時とは違う雰囲気の格好をした辰巳が、二葉になれなれしく話しかけるのを目撃した。 二葉も警戒して素早く辰巳の脇を通り抜けていった。 一美は二葉の後をつけ、思い切って声をかけた。 「あの」 「はいっ!?」 二葉はびくりと肩を震わせ、恐る恐る一美を見た。 「藤原辰巳が何をしたのか知ってる?」 一美の言葉に、二葉は震えだした。 「あの男は悪魔よ。近づかない方がいい」 「ねえ、落ち着いて聞いて。私、彼に殺されたことがある」 一美は胸に手を当てながら、慎重に言った。二葉の目が開かれた。 「私も……殺された……でも戻ってきた……!」 二葉はそう言って膝を折り曲げてしゃくりあげた。 「私も、戻ってきた……私だけじゃなかったんだ……!」 一美はぼろぼろと涙をこぼし、二葉に覆いかぶさるようにして泣いた。 人の目も気にせず、ふたりは泣き続けた。 ふたりはその日、大学をさぼって近くの喫茶店に入り、何が起こったかを情報交換した。 藤原辰巳という男が言葉巧みに近づいてきたこと。 デートを重ねるうちに、精神的に支配されていったこと。 嫌だとは思っていたが、好きだと言ってくれたし無下に出来ず、彼のいいところを探すうちに家を与えられ、感動したこと。 でも辰巳は一度も家に来たことがないこと。 要求がエスカレートしていって、最後は家に火を放たれたこと。 話すうちに、自分がどんな死に方をしたのか思い出し、ふたりは身を震わせ、怒りと悲しみで泣いた。 何故かはわからないが、自分たちは戻ってきた。 絶対にあの男を許せ
辰巳は浮遊していた。 眼下に街並みを見たとき、自分は死んだのだと漠然と悟った。 苦しみも悲しみもそこにはなかった。 ただ、このままの状態でどうすればいいのかと思っていた。 不意に体が引っ張られ、辰巳はぐんぐんと下降した。 見覚えのある大学へ降り立った時、辰巳はそこでかつての自分を見た。 そばには髪を肩まで伸ばした女性が、少しおどおどと辰巳を見上げている。 「一美」 辰巳はつぶやいた。 髪の毛は切らせていたはず。あの長さは出会った当初のものだった。 カジュアルな服装をした自分は、快活な調子で一美にあれこれ話しかけていた。 そうだ、ああやって変装をして一美を口説いていた。 目の前の辰巳は様々な格好と態度で、日ごと女性たちに近づいていた。 遠巻きに、遠慮がちに、逃げ腰になっていた女性たちが、次々と辰巳に陥落していく。 それぞれに家を買い与えて彼女たちをそこに住まわせた後、辰巳は取り巻きたちとモニターを眺めて命令を下していった。 辰巳のスマートフォンは鳴りっぱなしだった。 「ねえ、どうして帰ってこないの?」 「料理冷めちゃったんだけど!」 「いい加減にしてよ、もう実家に帰る!」 「ふざけてるよね、私のことなんだと思ってるの!?」 「その呼び方やめろって、何度も言ったよね!? 私のこと好きじゃないならなんでつきあったの!?」 「こういう扱いする人だってわかってたらつきあわなかった。私の中ではもう別れてる。明日実家に帰る」 「あなた怖い。異常だよ」 彼女たちは毎回辰巳を罵倒した。 辰巳は怒鳴り返した。 「うるせえな、俺の言うことにいちいち逆らうな! 黙ってうんうん言ってりゃいいんだよ! 逆らったからお仕置きな、そこから出られると思うなよ!」 そう叫ぶと人に命じて彼女たちの家のドア、窓を開かなくした。 電波障害を起こす機械も設置して、ネットや電話も使えなくした。 完全な孤立無援にし、ついには彼女たちが泣いて謝るまで外に出さなかった。 「許してください。家に帰してください」 「もう逆らいませんから、お願いですから水と食べ物をください」 「言うことを聞きます。申し訳ありませんでした」 床に倒れながら懇願する彼女たちをモニター越しに眺め、辰巳は手を叩いて笑い転げた。 こ
父親に散々殴られておとなしくしろと言われてそうしてみたが、結果はこのざまだ。完璧になめられている。 酒瓶を片手にうろうろし、ふとポケットの中にたばこがあることを思い出した。 この煙草を吸い終えたら、皆殺しだ。 そう決意して、煙草に火をつけた。 どかんと、爆発が起こった。 「あっ!?」 辰巳は一瞬で火だるまになった。 熱さとショックで地面を転がるが、辺り一面が火の海だった。 出口まで大した距離はないが、酔っぱらっていて足元がおぼつかない。 燃えた手を地面でこすりながら焼けただれたスマートフォンを手に取った。画面にひびが入っている。 何故か一美にかけていた。 何コールか目で、一美が出た。 「もしもし」 「助けてくれ!!」 「うん、わかった」 一美はそう言うなり通話を切った。呆然とした。 家具が倒れ、出口をふさいだ。 辰巳は焦った。二葉にかけた。 「もしもし」 「火事だ!助けてくれ!」 「うん、わかった」 二葉もそう言って電話を切った。 頭髪が燃え、辰巳は悲鳴を上げながら手でそれを払い、倒れた家具をどかそうともがくがどうにもならなかった。 三枝にかけた。 「もしもし」 「火事だ!!」 辰巳の絶叫にも三枝は動じなかった。 「うん、わかった」 何も聞かずにそう言って、電話を切った。 辰巳は彼女たちに、自分のことは詮索するなと厳しく言っていた。 電話をかけてもいけないし、ラインもするなと。 彼女たちは忠実にそれを守っているだけ。 辰巳の教えの結果だった。 辰巳はせき込みながら、窓を開けようとそちらへ向かった。 歩きながら四つ葉にかけた。出るなり「うん、わかった」と言って切られた。 窓辺に来た。酒瓶をぶつけたが、割れない。イラつきながら五実にかけた。 「はい」 「おいゴミ!!」 辰巳の顔は半分焼けただれていたが、五実に対する罵倒は健在だった。 「早く来い!!火事だ!!」 五実は答えなかった。 「ゴミ! 聞いてん」 電話を切られた。辰巳は絶叫した。 酒瓶を何度も窓に叩きつけたが割れない。彼女たちがいざという時窓から逃げ出さないように、強化ガラスかつ、鍵を三つもつけていた。 六子にかけた。一番優しくしてやっていた女だ
ある時、辰巳は五実の家にアルコール度数の高い酒を届けた。 そしてそれを飲み干せと命令した。 五実はそれをむせながら飲み始め、辰巳は追加で届けるよう手配の電話をかけた。 次に七湖に電話をかけ、唐揚げを40個用意しろと命令した。 七湖は沈黙した。 辰巳は腹を立て、五実に届けた同じ酒を百本七湖の家に送り付けるよう手配した。 六子に甘い言葉をかける電話をしながら、冷酷な目で五実と七湖のモニターを見つめた。 七湖が唐揚げをいやそうな顔で揚げているとき、インターホンが鳴り、七湖は火を止めずに出た。すぐ終わると思ったのだろう。 しかし宅配業者は木箱に百本の酒をどかどかと運び始めたので七湖は仰天した。 あわてふためいて送り先を確認した後、途方に暮れながら空いた場所へ木箱を積み上げるよう指示し、辰巳はそれを見て六子との電話の最中であるというのに大声で笑った。 六子が驚いた声を出した瞬間に電話を切り、四つ葉に壁に向かって逆立ちをしたまま待てと電話をかけた。 四つ葉が何度も失敗しているのを見て笑い、辰巳は取り巻き達のライングループに今すぐ来るよう文字を打った。しかしいつもならすぐに既読が次々に増えていくのに、今夜に限ってグループチャットは静まり返っていた。辰巳は途端にイライラしだした。 最近、集まりが悪い。 辰巳の最近の関心はモニターの中にあり、取り巻き達とのつきあいがおろそかになっていた。この界隈で自由にできる人間が限られてきたからこそ、自分で七人の女を用意したのだ。そろそろ自分で味見してやってもいい頃合いかもしれない。 辰巳が下卑た笑いを浮かべた時だった。モニターの一部から目を覆いたくなるような光が走った。 慌ててそちらを見ると、なんと七湖のモニターが火で燃えている! いやよく見ると、モニターの中で火事が起きていた。 唐揚げを揚げたまま、それを忘れて酒を運ばせ、中身を確認していた七湖が中の酒を手に取って呆れながら揚げ物のそばにきたとき、跳ねた油に驚いて酒を手放し、それが粉々になったのを見て慌てた拍子に油が酒に燃え移ったのだ。 ものすごい爆音がした。 七湖の悲鳴が上がった。 煙と炎でどうなったかわからない。 辰巳は興奮して立ち上がった。 集まりの悪い連中などどうでもよくなっていた。 こんな面白い見世物、現場で見なくては! 出ていこうとしたとき、四つ葉の悲鳴が上がった。
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