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第1014話

Author: 夜月 アヤメ
若子は修の手を押しのけた。

「そこまで言うなら、なおさら見なきゃダメよ」

どうせ、ここまで証拠を突きつけてきたんだ。あと数分のこと、逃げる理由なんてどこにもなかった。

若子は自分からマウスを握り、動画を再生した。

パソコンの前にじっと座り、画面に集中する。

最初は穏やかだった彼女の表情が、次第にこわばり、やがて目に見えて険しくなっていった。

そして―

震えるほどの衝撃と、信じられない色に染まった。

若子は、目の前の光景が信じられなかった。

あんなにも信じていたはずの男が、こんな冷酷な行動を取るなんて―

映像の中では、西也が武器を持った連中を引き連れて、修の家に押し入っていた。

侵入した彼らは、手当たり次第に監視カメラを探し出し、破壊した。

そして、修と侑子が帰宅すると、すぐに彼らを取り囲み、命を脅した。

銃口は修の胸元に突きつけられ、西也の目は、獣のような冷たさと狂気に満ちていた。

ためらうことなく、修を撃ち殺そうと、引き金に指をかける―

若子の表情は、そこで完全に凍りついた。

彼女の瞳は、激しい衝撃と絶望に揺れ動く。

―あの優しかった西也が。

―痛みを支えてくれた西也が。

なぜ、こんなふうに変わってしまったの?

心が、嵐のように乱れる。

怒りと、悲しみと、混乱が押し寄せて、胸の中をめちゃくちゃにかき乱した。

彼女には、もはや何も理解できなかった。

何も、受け入れることができなかった。

映像はさらに続いた。

銃口を突きつけられた修は、ギリギリのタイミングで西也の手から銃を奪い取った。

形勢逆転―

連れてきたボディーガードたちは、あっという間に引き下がった。

そして修は、怒りをぶつけるように、西也を叩きのめした。

殴り続けながらも、修は決して彼を殺さなかった。

奪った銃を握っていながら、最後の一線は、越えなかった。

最後に、修は西也を叩き出した。

動画には、ふたりの言葉がはっきりと収録されていた。

一言一句、鮮明に聞き取れる。

【今は若子が最優先だ。彼女が行方不明なんだ。俺はどんな手を使ってでも、絶対に探し出す。お前が本気で彼女を大事に思うなら、ここで時間を無駄にしてる場合じゃない。さっさと探しに行け】

【俺は、彼女の前夫だったん
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Comments (1)
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シマエナガlove
西也が空港に着く前に 叔父さんに連絡入れて すぐアメリカに連れてきてもらわないと 子供人質にされてるか 生き埋めにされるよ 泣いてる時に脅してたんだから 大変な事になる 人質に連れて行かれたって そろそろ若子も気づこうよ
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