若子の脳裏に、またあのレストランでの出来事が浮かび上がった。 あのとき― 西也が倒れた瞬間、若子はそれを修のせいだと思い込んで、怒りにまかせて修を責め立てた。 倒れ込んだ西也はとても弱々しく見えて、あの場面だけを見れば、すべてが修のせいにしか思えなかった。 だけど― 後になって、西也は自ら若子に謝り、レストランで起きたことは、実は彼自身が仕組んだ罠だったと告げた。 そのときは怒りもしたけれど、それでも若子は西也を許した。 だが、さらに後になって、修から教えられた。 あのレストランには監視カメラが設置されていて、当時の映像がすべて記録されていた。 だからこそ、西也は先に自白して、優位に立とうとしたのだ、と。 ......それでも若子は、あのとき西也を信じた。 彼が心から後悔して謝ってくれたと、そう信じたかった。 決して、修の話の通り、あらかじめ情報を掴んで、計算づくで謝ったわけじゃない、と。 だけど― 今日の出来事を思い返してしまうと、若子の胸にまた黒い疑念が生まれる。 もしかして、本当に修の言った通りだったのか? 西也はあのとき、すでにすべてを知っていて― わざとあのタイミングで謝罪して、彼女の動揺を封じようとしたのか? もしそうなら、彼は事前に若子のスマホを覗き見ていたことになる。 だからこそ、修が送ってきた映像を見る前に、先回りして謝罪した― そうすれば、若子は映像を見ても、それほど動揺しなくて済むからだ。 まるで、彼女の心の動きをすべて読み切って、完璧に操っていたみたいに。 そして今回も― 西也は修が警察に通報しようとしている情報を、事前にどこかから嗅ぎつけて、それで急いで国外から戻ってきたのかもしれない。 若子がそんな考えに沈んでいると、千景が静かに声をかけた。 「君の気持ち、分かるよ」 彼は優しい声で続ける。 「何といっても、あの子は君の実の子どもだ。しかも、その父親は藤沢だろ?だから君は、もし遠藤を追い詰めすぎたら、彼が何をしでかすか分からないって、不安になってるんだ」 千景は静かに言った。 「子どもを傷つけることはしないにしても、他にどんな行動に出るか分からない―そう思うのも無理はないさ」 若子は小さくため息をついて、そっとうなずいた
今頃、西也はもう飛行機の中だろう。 しかも、あの子―彼女の大切な息子を連れて。 若子は、自分の実の息子を西也に託してしまったのだった。 ―西也を、そんなに悪く思いたくない。 若子にとって、西也は、すべてを捧げてくれた人だった。 けれど、あの動画に映っていた彼は―まるで別人のように、凶暴だった。 若子は、心の底から恐怖を覚えた。 今、あの子は西也の手の中にいる。 もし、あの西也を刺激してしまったら―何が起こるか分からない。 もしあの時、もっと早く知っていたなら― 絶対に、あの子を西也に預けたりなんかしなかった。 どうして修は、もっと早く教えてくれなかったの? 証拠があったなら、最初から見せてくれればよかったのに。 ......でも。 今さら悔やんでも、何も変わらない。 若子は必死に、自分に言い聞かせた。 ―西也は、あの子に手を出したりしない。 信じなきゃ、ダメだ。 それでも、やっぱり怖かった。 だから、もうこれ以上、西也を刺激するわけにはいかなかった。 若子は千景の病室へ戻ると、眉間にしわを寄せて、いかにも思いつめた様子だった。 千景はそんな彼女に声をかけた。 「どうかしたのか?」 若子は小さくため息をついた。 「......うん、実はちょっとね。でも、どこから話せばいいか分からないの」 「なら、思いついたところからでいいよ。俺もこうして寝てるだけだし。君の心の中に引っかかってること、何でも話していい。安心しろ、誰にも言ったりしないから」 若子はそっと口を開いた。 「さっき......あることを知ったの」 若子は、知ったばかりの出来事を、最初から千景に説明し始めた。 千景は一通り話を聞き終えると、ふっと笑った。 「君の今の恋人、なかなか食えない奴みたいだな」 若子は目を伏せたまま尋ねた。 「......あなたも、西也が事前に情報を知ってて逃げたって、そう思う?」 千景は穏やかに微笑んだ。 「俺には分からないけど、でも、タイミングが良すぎるな」 若子は唇を噛みしめる。 「もし本当にそうなら......誰が彼に知らせたんだろう?本当に修のところに、西也の手下がいるの?」 「その可能性は、ないわけじゃないな」 千景は言った。
「......私には、分からないよ」 若子は静かに答えた。 「あなたが決めればいい。この件に関しては、もう私に口を出す資格なんてないから」 西也があんなことをしてしまった以上― 彼女には、もう何も言えなかった。 修は苦々しい顔で言った。 「俺は、これで終わりにするつもりはない。若子、正直に言うけど― あいつが国内に逃げたんなら、俺はこの映像をアメリカの警察に渡す。 それでアメリカの警察が動けるかどうかは、向こう次第だ。 西也にとっては、これが最後のチャンスだろう。 国内に留まっていれば安全だが、もしまたアメリカに戻ってきたら......そのときは、確実に捕まる」 「これでいいか?」 若子はこくりと頷いた。 「......うん、いいよ」 それしか、言えなかった。 西也があんなことをした以上、修がどんな決断を下しても、若子には止める権利などない。 修の怒りも、苦しみも、正当なものだった。 ただ、胸の奥はぐちゃぐちゃだった。 確かに― 西也は修を傷つけ、命を脅かした。 修が警察に届け出ても、若子には何も言う資格がない。 ましてや、「許してやって」なんて、口が裂けても言えなかった。 でも― それでも、もし西也が本当に刑務所に入ったら。 きっと、若子は耐えられない。 あの映像には、はっきりと映っていた。 西也は、若子を探すために― 彼女を奪還するために、あんな無茶をしたのだと。 きっと、若子が修に隠されていると信じて、必死だった。 その焦りと怒りが、彼をあそこまで追い詰めたのだ。 ―もし、あの夜、自分が外に出なければ。 すべては、自分が引き金だった。 でも。 どれだけ理由があったとしても、西也のやったことは、許されるものじゃない。 過ちは、過ちだ。 だから、償うしかない―それが、当然だった。 修は、動画を閉じ、USBメモリを取り外した。 「若子......まだ、何か言いたいことはあるか?」 修の問いかけに、若子は首を横に振った。 「......もう、何もない」 声は小さく、どこか申し訳なさそうだった。 「そうか」 修は短く返すと、USBメモリを手にした。 「じゃあ、これから警察に渡してくる......俺、行
「......そうか。あいつ、そんなふうに言ったんだな」 修は皮肉げに言い返した。 その目は、若子の天真さを嘲るかのような光を宿していた。 若子はコクリと頷いた。 「うん......」 「若子、こんな状況になっても、まだアイツを信じるのか?どう考えても、あいつはビビって逃げたんだ。じゃなきゃ、なんで今日、俺が証拠を警察に渡そうとしたこのタイミングでトンズラこくんだよ。こんな都合よく話が進むわけないだろ?」 「......私も、さすがにできすぎてるとは思う」 若子は静かに答えた。 「でも、修......西也が、あなたが動画を持ってるって、どうやって知ったの?監視カメラは、あのとき彼が全部壊したはずだよ。目につくものは全部......もし本当に知ってたなら、もっと前に逃げてたはずじゃない?」 「......俺も、それが分からないんだよ」 修は怒りを押し殺しながら、シャツのボタンを二つほど外した。 激しく上下する胸―怒りで呼吸さえも乱れている。 「きっと誰かが、あいつに情報を流したんだ......俺の近くに、あいつの手の者がいるのかもしれない」 「修......でも、西也は......」 「......まだ庇うつもりか?」 修は、苛立ちを隠さずに言った。 そして、パソコンの画面を指差した。 「お前も、あの動画を見たろ!最初は嘘をついてた。『ただの護衛だ』なんて平然と―でも、実際はどうだ?殺しに来てたんだぞ。あいつが銃を向けた瞬間、もう全部終わってた。証拠は目の前にあるんだ。それでも、まだ信じるのか?」 「......」 若子は、何も返せなかった。 こんなふうになるなんて、思ってもいなかった。 修は、ズキズキと痛む額を押さえ、深くため息をついた。 どんなに偶然に見えたとしても― たとえ、誰かが情報を漏らしていたとしても― もう、結果は変わらない。 アメリカで立件したところで、西也を捕まえることはできない。 あいつは、ずる賢い狐だった。 そして、見事に逃げ切ったのだった。 「若子......もし俺の勘が正しければ、あいつはもう二度とアメリカには戻ってこないはずだ」 修は、低い声で言った。 「信じられないなら、賭けてもいい。あいつがビビってる証拠だ。そうじゃな
若子の苦しそうで、ショックを受けた様子を見て、修は小さくため息をついた。 「これで分かっただろ......まだ俺が嘘をついてるとか、騒ぎすぎだとか思うのか?」 若子は何も言えなかった。 「これだけのことをしておいて、お前はまだあいつをかばうつもりか?あいつがここまで大がかりなことをして、俺を殺そうとしてたって、今も思わないのか?動画には、全部映ってたろ。俺が銃を奪わなかったら、今頃どうなってたか分からないんだぞ?」 修はじっと待っていた。 若子がどんな言葉で西也をかばうのか―それを。 若子は静かに目を閉じ、内側から湧き上がる痛みと衝撃を必死に押し込めた。 長い沈黙のあと、彼女はゆっくりと顔を上げ、修をまっすぐに見つめた。 「......ごめんなさい。私、あなたを誤解してた」 かすれる声で言った。 「私は......こんなに酷いことになってるなんて、思ってなかった。きっと、そこまでじゃないって......」 喉が痛くて、もう何も言葉が出なかった。 全部、勘違いだった。 信じたかったけど― 現実は、残酷だった。 西也は、本当にそんなことをしていた。 あの状況でも、修は西也を殺さなかった。 代わりに、必死で自分を探してくれた。 ―結局、彼は、元夫でありながら、いまも自分を想ってくれていた。 それなのに、どうして、こんなふうになってしまったんだろう。 離婚する前、修のそばには雅子がいた。 そして今は、侑子がいる。 ......でも、この件に関しては、確かに自分が修を誤解していた。 たとえ、修がこのまま警察に通報したとしても、若子には何も言う資格はなかった。 「......」 修は、心のどこかで覚悟していた。 若子は、きっと最後まで西也をかばう。 きっと、あんな映像を見せても、「きっと何か事情がある」と言う― そう思っていた。 だから、彼女がこんなふうに素直に謝るとは思っていなかった。 修は、どう反応していいか分からなくなった。 悲しみと絶望に浸る覚悟をしていたのに― 若子は、またしても彼に希望を与えたのだった。 この世界で、修の心をここまで揺さぶることができるのは―きっと若子しかいない。 修はそっと手を伸ばし、彼女の肩に軽く触れた。そして、
若子は修の手を押しのけた。 「そこまで言うなら、なおさら見なきゃダメよ」 どうせ、ここまで証拠を突きつけてきたんだ。あと数分のこと、逃げる理由なんてどこにもなかった。 若子は自分からマウスを握り、動画を再生した。 パソコンの前にじっと座り、画面に集中する。 最初は穏やかだった彼女の表情が、次第にこわばり、やがて目に見えて険しくなっていった。 そして― 震えるほどの衝撃と、信じられない色に染まった。 若子は、目の前の光景が信じられなかった。 あんなにも信じていたはずの男が、こんな冷酷な行動を取るなんて― 映像の中では、西也が武器を持った連中を引き連れて、修の家に押し入っていた。 侵入した彼らは、手当たり次第に監視カメラを探し出し、破壊した。 そして、修と侑子が帰宅すると、すぐに彼らを取り囲み、命を脅した。 銃口は修の胸元に突きつけられ、西也の目は、獣のような冷たさと狂気に満ちていた。 ためらうことなく、修を撃ち殺そうと、引き金に指をかける― 若子の表情は、そこで完全に凍りついた。 彼女の瞳は、激しい衝撃と絶望に揺れ動く。 ―あの優しかった西也が。 ―痛みを支えてくれた西也が。 なぜ、こんなふうに変わってしまったの? 心が、嵐のように乱れる。 怒りと、悲しみと、混乱が押し寄せて、胸の中をめちゃくちゃにかき乱した。 彼女には、もはや何も理解できなかった。 何も、受け入れることができなかった。 映像はさらに続いた。 銃口を突きつけられた修は、ギリギリのタイミングで西也の手から銃を奪い取った。 形勢逆転― 連れてきたボディーガードたちは、あっという間に引き下がった。 そして修は、怒りをぶつけるように、西也を叩きのめした。 殴り続けながらも、修は決して彼を殺さなかった。 奪った銃を握っていながら、最後の一線は、越えなかった。 最後に、修は西也を叩き出した。 動画には、ふたりの言葉がはっきりと収録されていた。 一言一句、鮮明に聞き取れる。 【今は若子が最優先だ。彼女が行方不明なんだ。俺はどんな手を使ってでも、絶対に探し出す。お前が本気で彼女を大事に思うなら、ここで時間を無駄にしてる場合じゃない。さっさと探しに行け】 【俺は、彼女の前夫だったん
修はUSBメモリを若子に差し出した。「これに、あいつのやったことが全部映ってる。若子、お前に一度だけチャンスをやるよ。これを最後まで見ろ。もし見終わった後でも、あいつが俺を殺そうとしたわけじゃないって言うなら......俺はあいつを見逃してやる」若子は修の手の中にあるUSBメモリをじっと見つめた。瞳には、わずかな疑念が浮かんでいる。―本当に、何が映ってるんだろう?当時のことは、修と西也、両方の言い分が食い違っていて、どっちを信じたらいいか分からなかった。若子は涙を拭った。「分かった、見るわ。私も、ちゃんと知りたい」修は若子の手首を掴んだ。「こっちだ」そう言って彼女を人気のない場所へ連れて行き、部下にノートパソコンを運ばせた。そしてUSBメモリを差し込み、中のファイルを開く。若子はパソコンの前に座り、修がマウスを握って一つ一つファイルを選ぶ様子を見守った。最後に、動画ファイルを選んだ―けれど、まだ再生ボタンは押さなかった。修の手が止まる。若子は首をかしげた。「どうしたの?早く再生してよ」自分でマウスを取ろうと手を伸ばす。少しでも早く内容を確かめたかった。だけど修は、その手をそっと押しとどめた。「見せてやる前に、一つだけ聞きたいことがある」「何?」若子は眉をひそめた。修はしばらく黙り込んだあと、静かに尋ねた。「お前にとって、あいつはどんな存在なんだ?」若子は少しだけ視線を落とした。「......そんなの、あなたが一番よく知ってるでしょう?」「それでも、お前の口から聞きたいんだ」修は真剣な目で若子を見つめた。若子は小さく息を吐き、そっと答えた。「西也は......私にとって、優しくて、思いやりがあって、すごくいい人。いつも私に寄り添ってくれて、私のわがままも全部受け止めてくれた。ちょっとした短所はあるけど......それでも私にとっては、完璧な人よ」「......だから、そんなあいつを俺が刑務所送りにしたら―お前、俺を恨むのか?俺がわざとあいつを陥れたって、そう思うのか?」若子は小さく頷いた。「あいつは、お前のそばにいて、たくさん助けてくれた。お前にとって、すごく大事な存在なんだな?」若子は「うん」と小さく答えた。「うん。私にとって、西也はす
若子の優しさは― 修の胸の奥にまだ疼き続ける、癒えない傷口を無遠慮に触れてきた。 彼は心の中で葛藤していた。 彼女の気遣いが欲しいと願う一方で、彼女にはもう、自分から離れていてほしかった。 潤んだ瞳で若子を見つめながら、修は必死に感情を押し殺し、胸が張り裂けそうな言葉を絞り出した。 「若子......もう、俺に構うな。お前がどれだけ心配してくれても、それは......俺にとって、ただ絶望を深めるだけだ。どれだけ想ってくれても、俺たちは......もう二度と戻れない。お前の優しさは......ただ俺を、もっと苦しめるだけなんだ」 「......分からないよ」 若子は泣きながら叫んだ。 「本当に分からないよ!もし、私の存在があなたを苦しめるだけだっていうなら―どうして、山田さんに子どもを作らせたの!?」 若子は怒りと悲しみに震えながら、修を見上げた。 胸に溜め込んできた痛みを、今こそ問いたださずにはいられなかった。 「教えてよ、修......もしかして、あなたは山田さんを、私の代わりにしようとしたの? あなたは、私があなたに与えたものを、彼女に求めたんじゃないの?」 その声には、怒りと悲哀がないまぜになった感情が滲んでいた。 修は、苦しげに若子を睨みつけた。 その眼差しには、言い訳もできないほどの痛みと後悔が滲んでいた。 そして― 「......そうだよ」 修は搾り出すように言った。 「お前のいない穴を、侑子で埋められると思ったんだ......」 その告白に、彼の顔は苦悩で歪んだ。 若子は、修の言葉を聞いた瞬間、目に涙を溜めた。 本当は、違う言葉が欲しかった。 「そんなわけないだろ」 「お前の代わりなんて、誰にもできない」 ―そう言ってほしかったのに。 でも、彼は認めた。 それが、たまらなく苦しかった。 「......知ってる?修」 若子は泣き笑いのような顔で、言葉を紡いだ。 「あなたがそう認めたことで、私......怒ってる。 どうしてこんなにも怒ってるのか、自分でも分からないけど......でも、悔しくて仕方ないんだよ」 若子の声は震えていた。 もう、抑えきれなかった。 「そうだな」 修は冷たく笑った。 「そんなに怒る理由な
【胃部画像診断結果】 胃体部に腫瘤を認める:胃体前壁、幽門から約5cmの位置に、形態が規則的で境界が明瞭な腫瘤を確認。大きさは約1.5cm×2cm。 画像所見:腫瘤は周囲の胃壁よりやや低い密度を示す低吸収領域として認められ、周囲構造への圧迫は認められない。 腫瘤内部所見:内部は均質な密度を持ち、嚢胞性または実質性変化は認められない。 リンパ節への影響:周囲リンパ節に明らかな腫大や異常所見は見られない。 若子は、報告書の内容を目で追うと、その場に凍りついた。 「これ......何?」 顔を上げた若子は、信じられないものを見るような目をして修を見つめた。 「あなた......胃に、腫瘍があるの......?」 その言葉は、まるで雷に打たれたような衝撃だった。 修はすぐに若子の手から検査結果を奪い取り、踵を返して歩き出そうとした。 けれど、若子はすぐさま彼の腕を掴んだ。 「待って......!ちゃんと説明して!これはどういうことなの?あなた、病気なの?」 「......関係ないだろ」 修は手に持った検査報告をぎゅっと握り締めた。 「お前はお前で、西也の心配だけしてろ。俺のことなんて、もう関係ないんだ」 そう言って、修は若子の手を乱暴に振り払った。 「きゃっ!」 バランスを崩した若子は、床に倒れ込んだ。 ―ドサッ。 その音に、修は振り返るなり、慌てて駆け寄った。 「若子!」 すぐに彼女を抱き起こす。 若子は修の腕を掴んだまま、涙ぐみながら必死に問いかけた。 「教えて......!どうしてなの?この前、検査を受けたとき、もうお酒はやめなきゃダメだって言われてたよね?それなのに、また飲んだの?だから胃に腫瘍ができたの?そうなんでしょ?」 修は目を伏せ、苦しげに唇を噛んだ。 「......どうして、そんなに俺のことを気にするんだ。もう、お前には関係ないはずだろ」 若子はかぶりを振った。 「違う......違うよ!」 ―あなたは、私の子どもの父親なのに。 その言葉が喉まで出かかったが、若子はそれをぐっと飲み込んだ。 ―今さら、そんなことを告げる資格なんて、ない。 だって、侑子はすでに修の子どもを身ごもっている。 若子はぎゅっと拳を握りしめ、苦し紛れに別