All Chapters of 心臓奪う気?クズ男を捨て、最強の盲目夫を選ぶ: Chapter 11 - Chapter 20

30 Chapters

第11話

えっ、市立病院?自分を担当してくれている看護師は新人なのか、まだ自分の素性を知らないようだ。凛音はぐっと拳を握りしめると、重い足取りで病室の入り口へ向かった。すぐ横のナースステーションでは、新人看護師たちが世間話をしている。彼がどれほど結衣を溺愛しているか、その噂はもう院内に広まっているようで、会話の端々に善紀の名前が出ていた。張り詰めた神経が疼くように脳を刺し、凛音は指先が自分の掌に深く食い込むほど、強く握りしめた。しばらくの間、動けなかった。凛音は踵を返し、自分の病室へと戻る。善紀と直接対峙するつもりだったが、看護師たちの会話を聞いて、もはやその必要はないと思った。善紀の行動なんて、結局は結衣の機嫌取りに過ぎない。今さら言い争ったところで何が変わるのだ?善紀の性格からして、どうせ変わらないし、かえって刺激して余計な罠を仕掛けられたらたまらない。善紀、そして結衣。そっちがそのつもりなら……思う存分遊んであげるよ。……凛音は2日間ほど病室で静かに過ごした。退院して家に戻ると、偶然にも宗厳が帰ってきていた。「日中からマスクなんてして、どうしたんだ?」宗厳は怪訝そうな顔でそう言ったが、大したことではないと思ったのか、手をひらひらさせて続ける。「ちょうどいい。話があるんだ。明日、結衣が退院する。退院祝いの食事会を開くから、お前も出席しろ」それは有無を言わせぬ強い口調だった。凛音は思わず苦笑いを浮かべる。こっちだって、つい今しがた退院してきたばかりだというのに。2日間も行方がわからなかった娘に対し、心配する言葉一つなく、結衣の退院祝いの食事会へ参加しろだと?凛音は息を飲み、冷たく言い放った。「行かない」「なぜだ?」宗厳の眉が険しく吊り上がる。「結衣が入院することになったのは誰のせいだ?お前に不満があるのかもしれんが、結衣は無実だ。それに、あの子はお前の唯一の妹なんだから、仲良くできるのも、あとどれだけ残っているか分からんのだぞ……」「結衣、もう死ぬの?」宗厳は虚を突かれた顔で、言葉の真意を測りかねていた。「そうでなきゃ、そんな言い方はしないでしょ?」凛音は嘲笑を浮かべた。「それとも、また私の知らないところで何か企んでるの?」凛音の目は真っ直ぐで透き通っていて、
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第12話

なんだか見合いかネット恋愛をしているような気分になった。凛音は少しむずがゆさを感じつつ、【史哉お爺様……今のスマホには写真はあまりなくて、片付けが済んだら実際に会えますので、少しの間、待ってもらえませんか?】と返信する。素直で可愛らしい応対に、史哉の顔もほころんだ。【凛音ちゃんならどんな姿でも綺麗だから大丈夫だよ。気にしなくたっていい。相手も暇つぶし程度に見たいだけだから】仕方なく、凛音は手持ちの写真を一枚選んで送ることにした。湊が見たがっているのだと思っていた。しかしふと気づく。湊は視力に障害があるのに、見る必要なんかあるのか?きっと、母親が息子のために品定めをしておきたかったのだろう。スマホを置き、凛音はソファでぼんやりとしたあと、バスルームへ向かいながら服を脱いだ。透き通るような肌に斑状のあざがある。これはすべては善紀のせいでできた。凛音は鏡の前に立つ。鏡に映る自分は、しなやかな曲線を描く体つきをしていて、頬から顎にかけてのラインもすっきりと整っていた。目鼻立ちははっきりしていて、どこを取っても非の打ちどころがない。少なくとも世間一般から見れば、誰もが認めるほどの美貌なのだろう。それなのに、善紀ときたら。3年間もろくに自分を見てくれなかったのは、別の女にのめり込んでいたからだったなんて……凛音はふっと笑い、シャワーをひねった。頭上から降り注ぐ冷水が、鈍った脳を無理やり冷やしていく。今は何も考えたくない。ただ深く眠りたかった。夢も見ないほど、ぐっすりと眠れた。翌朝、出社してすぐに一本の電話があった。「欲しがってた面倒ごとだけど、今日の午前10時頃には届くから」凛音は眉をひそめた。「そんな正確に?」「そうだけど?」「今会社に来たばかりだから、今日は行けると思う」こうして呼吸が合うのは、どこか心地よい。相手の男はくすりと笑い、耳に心地いい低い声で言った。「行ってきなよ。向こうも、今はそっちと揉める気力なんてないと思うからさ。今だったら、どんな書類もろくに目を通さないでサインするんじゃない?」凛音はそれ以上何も聞かなかった。この人物は謎めいていて恐ろしいが、自分を害することはないと直感していたから。書類を準備し、月城グループへと車を走らせる。車を降りた蛍がドアを開けた。
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第13話

対照的に凛音は穏やかだった。宗厳が書類に目線を向けたので、気を利かせて書類の「株式譲渡」という箇所を指し示し、素直に言うことをきく娘としての姿を存分に演じる。それに気づいた宗厳の顔が、ようやく少しだけ明るくなった。今日一日面倒ごとしかなかった宗厳だったが、これだけがせめてもの救いとなったのだろう。宗厳がスマホを肩と耳の間に挟みながら、中身をじっくり確認しようとした。だが、凛音はすかさずペンをその手に握らせる。「お父さん、忙しいんでしょ?さっさとサインしちゃって。済み次第、弁護士に手続きを頼むから。心配しないで、私に任せて」宗厳は一瞬、何事か考え込むように動作を止めた。だがその時、電話の相手が何かを言ったらしく、宗厳は怒りを露わにして言い返すと、即座にサインをして、捺印まで済ませた。凛音はそのサインを見つめ、一瞬だけ瞳を瞬かせた。書類を片付ける。凛音は視線で、宗厳に別れを告げた。すると宗厳も手を振り、再び電話の相手との駆け引きに戻った。今、彼自身に起きている面倒ごとなど些細なものだなどと、宗厳は思いもしていないのだろう。今日、実の娘がサインさせたものこそ、後々地獄を見るほど悔やむ代物だとも知らずに……階下に降りると、凛音は即座に蛍へと書類を手渡した。「よろしくね。早ければ早い方がいいから」宗厳に気づく隙を与えてはならない。蛍は興奮気味に頷くと、車で凛音を会社へと送り届けた。その夜、結衣の退院祝いの食事会が開かれた。宗厳はこれほど追いつめられているというのに、なおもこのような無意味なことをするなんて。ああ、そうか。宗厳にとって、結衣は何よりも優先すべき存在だった。プロジェクトの揉め事など、結衣の機嫌に比べれば微々たることなのかもしれない。パーティーは海鳴市で最も華やかな別荘で開催されており、遠目からでも煌びやかな灯りが目につく。凛音が到着すると、現場は既に招待客たちで賑やかだった。庭には色とりどりの花が咲き乱れ、そこには人一倍目を引く、淡いブルーのドレスを纏った結衣がいた。凛音を見つけた誰かが、「凛音さんがいらっしゃったぞ」と声を上げる。その言葉で、会場に一瞬だけ静寂が広がった。笑みを浮かべた結衣が、小走りで寄ってきた。「凛音さん、ちょうどどこにいるのかを聞こうと思ってたの。
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第14話

タイミングよく、それほど遠くない場所から結衣がお姫様のように華々しく登場する。後ろにはプレゼントを持った警備員たちが続き、周りには多くの取り巻きが追従していた。「結衣さん、羨ましいです……結城グループの御曹司みたいな彼氏さんがいるなんて」「前にも噂で聞きましたよ!結城さんは結衣さんが欲しがってたブランド品を、すぐに取り寄せてくれたって!それに、数千万もしたんですよね?すごく大切にされてますね」「そうですよ。どんな出会いだったのか、教えてくださいよ!遠距離恋愛であまり会えないんじゃないんですか?」結衣は頬を上気させ、照れくさそうな表情を浮かべている。「もう、みなさんやめてくださいよ。結城さんとはそんな関係じゃないんです」「まさか!遠慮しなくてもいいんですから、ね?」と、周囲は明らかに信じていない様子だ。結衣は熱を持った頬に触れながら、か弱い声でつぶやいた。「本当です。私、結城さんとはまだ、お会いしたこともないんですから」それを聞いた周囲の人々の目に、ゴシップへの期待がますます浮かんだ。「それじゃあ、結城さんの片思いってことですか?」「絶対そうですよ!だって、結衣さんのことなら何だって知ってるわけだし、それだけ結城さんがずっと見守ってるってことでしょう?」聞こえてくる噂話を聞きながら、結衣は恥ずかしそうに目を伏せた。だが、ふとした瞬間に覗く得意げな眼差しや優越感は、わざとらしすぎない程度にきっちりと抑えられている。結衣とは対照的に、凛音は無表情でリンゴをかじりながら、視線を善紀の方へ向けた。善紀は少し離れた場所から、姫を守る騎士のように静かに立っていた。彼の目は始終結衣だけを追い、そこには計り知れない愛情が宿っている。ああ……見ているだけで反吐が出る。凛音は胸の奥のつかえを覚え、リンゴの味すら感じられなくなったので、そのままゴミ箱へと放り投げた。その場を去ろうとした瞬間、結衣の視線が凛音に向けられた。「凛音さん!」結衣は凛音に駆け寄ると、凛音の腕に親しげに絡みついて言った。「結城さんがプレゼントをくれたんだけど、良かったら何個かもらってくれる?一人じゃ使い切れないから」「使い切れないなら、棺桶にでも入れとけば?」凛音の声は決して大きくなかったが、周囲に聞こえるには十分だった。凛音
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第15話

「頭沸いてるんじゃないの?」凛音は結衣を冷ややかに見下ろす。その声には、何の感情もなかった。「あなたの母親が私の父の愛人で、あなたがその子どもだってことだけで、私があなたを受け入れられない理由としては十分だと思うんだけど?分かってるかな?」結衣の瞳が赤く染まった。「でも、私は悪くないじゃない!」「何が?」凛音は鼻で笑った。「自分の母親が何をしたか知らないわけ?それとも、あの女がお父さんを縛り付けていた時も、あなたは無関係だって言うつもり?」結衣はすべてを知っていた。幼い頃、凛音の母親は重い病気を患っていた。だから凛音は泣きながら宗厳を捜し回り、別の家で彼を見つけたのだった。「お願い、帰ってきて……お母さんを助けてよ。もう、長くないと思うから……」凛音は膝をついて宗厳にすがりついた。その時の宗厳は迷っていた。だが、結衣は心臓が苦しいふりをして、宗厳を引き留めたのだ。「凛音さんの母親が離婚しなかったのが悪いんじゃない!」結衣が唇を噛んだ。「お父さんは私のお母さんを愛してた。でも、あなたの母親が『月城夫人』の座に執着してたから。早く離婚すれば、みんなが幸せになれたのに。そしたら、あんなひどい死に方もしなかっ……」結衣の言葉が終わる前に、凛音の鋭い平手打ちが飛んだ。凛音の氷のように冷たい目が結衣を見下ろしている。「結衣。もう一回でも、私の母親の名を汚してみなさい。私が残忍だって言われてる世間の噂が、本当かどうか教えてあげるから」結衣は頬を押さえ、ゆっくりと顔を上げた。「じゃあ、私と和解する気はないってこと?」この女……頭でも打ったの?凛音は構わず、その場を離れようとした。すると結衣がその場に立ち尽くし、どこを見るともなく、不気味に低く呟いた。「仲良くする気がないっていうなら……この家に娘は一人でいいよね?姉を一人消すくらい……私は構わないもん」凛音は振り返る。辺りはすっかり暗くなっていた。遠くから車のライトが当たり、結衣の真っ白な顔を照らす。その姿は、何とも薄気味悪い。凛音は眉間にしわを寄せた。「脅してるつもり?」感情のこもっていない結衣の声が返ってきた。「事実を言ってるだけだよ」正直、最初からあけすけな性格だったなら、凛音ももう少し見直していたかもしれない。だが実際は、人前では
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第16話

それでも、神経の逆立つような痛みが、じわじわと凛音の理性を蝕んでいく。「病院に行かなくたって大丈夫だよ……結城先生、私は平気だから」「行かなきゃだめだ。なんで断る?」凛音は目の前の二人を射抜くような目で睨みつける。「結衣は病院の売上に貢献してるんだから、行かなきゃだめでしょ?だから、転んだの殴られたのはもちろん、ちょっと息苦しいだけでも大騒ぎして診てもらわなきゃ」「いい加減にしろ!」耐えきれなくなった善紀は、鬼のような形相で怒鳴りつけた。「凛音、謝れ!」今日ここで謝らなければ、ただでは済まさない。彼の目はそう言っているようだった。凛音が口を開くより早く、背後から宗厳の声が響く。「何してる?凛音、また結衣に何をしたんだ!?」宗厳はやっとの思いで業界の重鎮二人を招いて仕事の話をしていたというのに、騒ぎ声で台無しにされたのだった。そして騒ぎの元へ来てみれば、そこにはまた凛音の姿があった。腹の虫が治まらない宗厳は、なりふり構わず言い放った。「凛音、結衣は妹だろ!そんなに妹をいびって、何が楽しい?」凛音はまるで喉に刺さった小骨のような違和感を覚え、真っ赤な目で、無言のまま宗厳を睨む。この父親も善紀と同じく、事情すら聞かずに一方的に自分のせいにするらしい。非難、文句、憤り、そして疎ましさ。この二人は本来、自分の最も近くで自分を信じてくれるはずだった存在なのに。今では、二人揃って迷いなく、結衣を庇っているのだ。もしかして、本当に自分が間違っているのか?宗厳は、結衣の頬が赤くなっているのを見て心から嘆いた。そして有無を言わせぬ勢いで捲し立てる。「凛音、結衣に手を上げるのはこれで何度目だ?どうしてこんな酷いことができるんだよ?」酷いこと、か。凛音はふっと笑みをこぼした。ゆっくりと顔を上げ、掠れた声で告げる。「そうよ、私はこんなにも酷い女なの。だから、その大事な娘を二度と私に近づけないでくれる?じゃないと……本当にやっちゃうかもしれないよ?」その場から立ち去ろうとして、振り返った凛音の目に、寄り添い合う善紀と結衣の姿が入った。凛音を見る善紀の目は、冷徹な死神のように冷たい。凛音は鼻でせせら笑い、背を向けた。この日は、本家へ戻らずそのまま車で自宅へと帰った。だがまさか、善紀が追いかけてくるとは
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第17話

凛音は目の前の男の顔を見て、一瞬、まるで他人であるかのような錯覚に陥った。凛音は笑みを浮かべて言う。「そうね……あなたの言う通りね。結衣なら絶対にそんなことしない。あの子は本当にいい子だから。世界で一番純粋無垢な女の子だもの」その嫌味たっぷりの言い回しに、善紀は思わず眉間にしわを寄せた。「凛音……」「結衣は私の妹だからとか、そんなことは言わないで。いい?私があの女を許すなんて、一生あり得ないから!」そう言い放つと、凛音は善紀の隣を通り過ぎた。その瞬間、かすかな夜の帳にまぎれ、善紀の瞳の奥にある鋭いナイフのような冷酷さが目に入る。それから数日が経ったが、あの日以来、凛音は善紀の姿を見ていなかった。きっと、結衣のそばで献身的に世話でも焼いているのだろう。だが、そんなことはどうでもいいこと。刻々と迫る時間の中、凛音は月城家のすべての事柄を最短で処理し、永遠に姿を消す準備を進めていた。会社の持ち株の他に、母が残してくれた宝石類があるのだが、それは現在、結衣の母親・月城美和(つきしろ みわ)が所有している。かつて、宗厳が美和の機謙を取って、月城家に入らせるために、凛音の母の遺品を持ち出したのだ。ところが美和は、後ろめたいことでもあるのか、どういうわけか頑として応じようとしなかった。それどころか、あえて世間との関わりを断ち、ひっそりと暮らしていた。凛音は、美和に会いに行くことにした。会社のことを済ませ、蛍と共に北区の郊外へと向かった。屋敷が見える距離になると、門前に黒いロールス・ロイスが止まっているのが見えた。「車を止めて」「どうかしましたか?」蛍が尋ねる。凛音は顎で示す。「あそこを見て」車の窓越しに、すらりとした男性の背中が目に入る。いつもの質素な格好とは違い、見るからに高価な装いをしている善紀がいた。これこそ、結城グループ御曹司の真の姿だ。彼の運転手はそばにそっと立っているが、どうも顔色が優れない。「善紀様、大旦那様のお耳に入れば……間違いなくご立腹になるかと……」「それがどうした?」善紀は冷たく言い捨てる。「結衣が喜ぶならそれでいい」どうやら、結衣のためにまた何か派手に立ち回ったらしい。二人が立ち去ってから、凛音は車を降りた。建物の中をのぞくと、ちょうど管理人らしき人物が笑
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第18話

蛍も凛音の後ろをついて行く。凛音が奥歯を噛み締め、緊張で顎が強張っているのがよくわかった。そんな凛音を見かねて、蛍は胸を痛めて言った。「凛音様……」「大丈夫だから、あなたはここで待ってて」凛音は唇をきゅっと引き結ぶと、早足で奥庭へと向かった。美和はここ数年、外界との関わりを断ち、毎日数珠を握りしめてはまるで出家したかのように慎ましく暮らしていた。奥庭にある仏間には仏像が置かれ、美和はその前の座布団で正座をしていた。凛音は入口に立ち、美和が経文を唱え終わるのを静かに待つ。10分ほどして、ようやく美和がゆっくりと目を開いた。「何の用?」美和は振り返ることなく、誰が来たかを悟った様子で静かに言った。「帰っていただける?月城家の生活を邪魔するつもりなんてないの。だから、あなたも私に関わらないで。お互い静かに暮らせれば、それでいいじゃない?」「あなたはそれで良いかもしれないけど、こっちはそうもいかないの」凛音は眉をひそめ、髪をきれいにまとめた美和の後ろ姿に、冷たい視線を投げる。「あなたが自分の娘さんをきちんと躾けてくれるなら、私だってわざわざここまで来る必要なんてないんだから。でも、どうやら無理みたいで……それに、あなたの娘さんは親思いだから、あなたを家に呼びたがってるでしょ?」結衣の名前を聞くと、美和の手がようやく止まった。彼女は表情を険しくし、ようやく口を開く。「凛音さん、結衣もまた月城家の血を引く娘なの」凛音は含みを持たせるように、皮肉っぽく口を歪めた。「じゃあ、何?私に結衣を殺せって言いたいの?」「凛音さん!」美和は愕然として顔を上げた。「そんなこと言ってないでしょ!」美和の瞳に悪意は見当たらない。ただ母親として心配している顔があるだけだった。凛音は胸に渦巻く苛立ちを何とか鎮める。「あなたの娘さんが私に何をしてきたかを知れば、自分がいかに甘いか分かるはずだから。それに、今日は揉めに来たわけじゃなくて、取り引きをしに来たの」「取り引き?」「あなたにとっては簡単なことだから」美和が正座したまま凛音を見上げる。「『星空』を渡して。そうすれば私が月城家から去るから」その言葉を聞いた瞬間、美和の瞳に驚きの色がよぎった。「どこに行くの?」「それはあなたが気にすることじゃない」この女
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第19話

凛音は振り返る。白いワンピースに、清楚なメイク、そして鎖骨ほどまで伸ばされた髪。氷のように冷徹な眼差しさえなければ、まさに教養のある令嬢という出で立ちだった。結衣は凛音を見つめながら、凛音の言葉を待たずに、口を開く。「だからここ数日、お父さんが凛音さんをずっと見てないって言ってたのね。まさか、私のお母さんに取り入ろうとしてたなんて。私たちのことなんか見下してたんじゃないの?」「結衣……」美和が眉をひそめ、首を振ってそれ以上言わないように制した。「お母さん!」結衣は数歩進むと、美和の腕にしがみついた。そして振り返ったとき、その眼差しは向かいの凛音を射抜かんばかりに鋭くなった。「この女が私にどんな酷いことをしたか、わかってないの?それに……『星空』まで欲しがるなんて、冗談もほどほどにして!」凛音は拳を握り、必死で感情を抑え込む。出る前に占いでも見ておくべきだった。「星空」が結衣の手にあって、まさかこのタイミングで結衣が現れるとは、予想外にも程がある。だが、今更どうしようもない。凛音は結衣を見据えて低く言った。「条件は?」「条件?」結衣が冷たく笑う。「凛音さん。現時点では、私がお父さんから最も可愛がってもらってる娘なんだよ?何でも手に入る立場なんだから。なのに、血が繋がっているだけでここにいるあなたが、私と何の交渉をするっていうの?」結衣は美和の肩を軽く叩くと、立ち上がった。一歩ずつ、凛音に近づく。人差し指を突き出し、凛音の顎をクイッと持ち上げた。「交渉したければそれでもいい……でも、あなたから欲しいものなんて何もないの。そうね……その顔、自分で壊したら考えてあげてもいいよ?」だが、凛音は瞬きもせず結衣を見つめ、無言を貫く。そんな瞳に、結衣の方がどこか圧倒されてしまった。結衣は指を離すと、何事もなかったかのように数歩下がり、冷ややかに吐き捨てた。「それ以外、一切条件なんて受け付けないから」凛音は歯を食いしばる。「結衣、忘れたの?それ、元々は私のものなんだから」「だから何?」凛音は黙り込んだ。「今私の手元にあるなら、私のものなの。それに、あなたに取り戻せるんだったら、お母さんのところまで来なかったんじゃなくて?」美和は表情を曇らせ、さきほどから何か言いたそうにしているが、二人の緊迫した空
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第20話

車に戻った凛音は、大きな音を立ててドアを閉めた。蛍は様子がおかしいとすぐに察し、車を発進させる。車が安定して走り出したところで、「凛音様、先ほど結衣が入っていくのを見ましたが、何か言われたんですか?」と恐る恐る聞いた。本当に、嫌になる。口で文句を言われたなら、どれほどよかったことか。凛音は目を閉じ、ズキズキと痛むこめかみを押さえた。「結衣はもう、私の前で猫を被らなくなったみたい。まあ、でもあのあざとい性格だから、父の前ではますます被害者を装ってみるんだろうけど。それに『星空』は……」再び開けられた凛音の瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。「結衣が持っているなら、別の方法を考えて、早急に取り戻さないと」バックミラーに映る凛音の顔に、これほどの焦燥感が浮かんでいるのを見るのは久しぶりだ、と蛍は思った。「結衣さんが移動できる範囲は限られていますから、『星空』がまだ本家に置かれている可能性はありますか?」「それはないと思う」凛音は首を横に振る。「たとえそうだったとしても、すぐに場所を変えるはず」結衣は自分を憎んでいる。見つかる可能性が少しでもあるなら、すぐにでもその芽を摘んでおくはずだ。とは言え、一縷の望みをかけてみることにした。その日の夜8時。寝付けずにソファに座っていた凛音は、なんとか善紀を突破口にできないかと考えた。しかし、三度かけても呼び出し音が虚しく鳴るだけ。普段ならこの時間には戻っているはずなのに、一体何があったのだろう?凛音がスマホの画面を凝視していると、インスタの通知が届いた。覗いてみると――なるほど。お熱い時間を過ごしていたから、電話に出られないというわけか。結衣が投稿した写真は自撮りだったが、よく見ると隣に男の手が写り込んでいた。こんな高級時計の限定モデルなんて、善紀に決まっている。こんなものを見せつけられても、もう悲しみなどはなく、ただただ嫌悪感がこみ上げてくるだけだった。即座に画面を閉じ、何かを思いついたかのように、はっと立ち上がる。結衣が今不在なら、もしかすると……今日はまだ一度も家に帰っていないのではないか?午後の蛍の言葉を思い出し、胸の中がざわつく。かなり焦っていたのもあったのかもしれない。だが、望みが薄いと分かっていても、賭けてみたか
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