田中秘書は再びためらった。
報告すべきか、それともしないべきか?
「でも、この試験は私にとって本当に大切なんです。左手で書くことはできますか?」奈津美は言った。「先生方は手が器用で、左右どちらの手でも字が書けると聞きました。何かコツを教えていただけませんか?」
「学びたいですか?」
「はい!」
奈津美は真剣な表情で初を見つめた。
初は言った。「それは慣れの問題です。滝川さんの左手には特に問題はないので、左手で字を書くことは可能です。ただ、9日間で習得するのは少し難しいかもしれません」
「大変なのは覚悟の上です。どうしても卒業しなければいけないんです」
神崎経済大学の卒業証書は、新しい世界への扉を開く鍵のようなものだ。
この世界では、高学歴であることは非常に重要だ。
特に神崎経済大学は、この界隈では特別な意味を持つ。
黒川家のような家柄の人間にとっては、神崎経済大学など取るに足らないだろう。
しかし、滝川家は倒産寸前だ。もし卒業証書さえ手に入らなければ、どうやって滝川家を再建できるというのだろうか?
「いいでしょう。教えてあげます」
初は奈津美に微笑みかけ、心の中で冬馬の借りをまた一つ増やした。
海外派遣費用、交通費、食費、宿泊費、そして今回の授業料。
きっと冬馬からたんまりと巻き上げることができるだろう。
これは絶対に損のない取引だ。
その時、田中秘書のスマホが鳴った。
田中秘書は奈津美に声をかけ、電話に出た。
電話の向こうの涼は、冷淡な声で言った。「まだ病院で時間を無駄にしているのか?」
「黒川社長、滝川さんは......」
田中秘書が言い終わる前に、涼は冷たく遮った。「お前の任務は奈津美を病院に連れて行くことだけだ。付き添う必要はない」
「......かしこまりました」
「運転手に送らせろ」
「かしこまりました」
田中秘書はますます涼の気持ちが分からなくなった。
しかし、黒川社長がそう言うなら、田中秘書は奈津美に告げるしかなかった。
「滝川さん、会社に用事があるので、これで失礼します。後で運転手を送らせます」
「そんな手間はかけさせません」初は言った。「ちょうど会議が終わったので、私が滝川さんに左手で字を書く練習に付き合います」
「それは......」
田中秘書は少し迷った。
黒川社長は、海外から来