「......怖くなったのか?」
ヴィンセントは薄く目を細めながら、冷たく問いかけた。
「それなら、その選択肢は却下だな。君は―死ぬのが怖い」
そう言って、彼は手の中の銃をすっと下ろす。
「残るのは二つ。百億ドルか、一週間と一万ドル。松本さん、君が選べるのはそのどちらかだ。
帰る?それは君の選択肢には入ってない」
若子は目の前の男に、こんな一面があるなんて思いもしなかった。
でも考えてみれば当然だった。出会ったばかりの彼のことを、自分は何一つ知らない。
銃弾を受けてまで自分を守ったその時、彼はただ「怖そうな人」なだけで、根は優しいのだと思い込んでいた。
けれど今―
彼は、本当に「怖い人」だった。
「......誰か他の人を雇ってもいい?プロの看護師でも、ハウスキーパーでも、最高の人を手配するわ」
「いらない。俺が欲しいのは君だけだ」
蒼白な顔色にも関わらず、ヴィンセントから放たれる威圧感は凄まじかった。
「なんで......どうして私じゃなきゃダメなの?」
「命の恩人だろ?君は俺に恩がある。それだけのことだ」
その言葉に、若子は反論できなかった。
たしかに―彼は命を懸けて、自分を救った。
元々は、自分の意思で彼の世話をするつもりだった。
でも今の状況は違う。銃で脅されての「世話」なんて、それはもう―
「じゃあ......その一週間、ずっとここにいなきゃいけないってこと?
料理して、洗濯して、掃除して......それだけ?他には何もないの?」
ヴィンセントが、一歩近づく。
若子は反射的に後ろへ下がる。
一歩、また一歩。壁に背中がぶつかった時には、もう逃げ場がなかった。
「......やめて......本当に......何かしたら、ただじゃ済まないから......」
「......君は、俺が何をしたがってると思ってる?」
ヴィンセントの手が彼女の頬を掴む。
「体が目当て......とか、思ってるのか?」
若子には、この男が次に何をするかわからない。
だからこそ、想像するだけで恐怖だった。
彼の指先が顎を撫でるように滑り、唇がゆっくりと近づいてきた。
「......そんなつもりなかったんだけどな。
でも、君の顔、けっこう俺の好みみたいだ」