私は誰にこの不幸を伝えればいいのか分からず、絶望に打ちひしがれ、床に崩れ落ちた。
視線が加藤健太郎のベッド脇の鍵のかかった引き出しに留まった時、私の思考はまるで一気に蘇ったかのようだった。
あの引き出しには、彼が私に絶対に触れさせない秘密が隠されていた。
中に一体何が隠されているのか、どうしても確かめたくなった。
少し力を取り戻した私は、台所から骨切り包丁を持ち出し、ためらうことなく引き出しをこじ開けた。
引き出しが開くと、中には分厚い手紙の束と、一冊の詩集が入っていた。
中の物はどれも年季が入っており、手紙は長い時間が経っていたにも関わらず、とても丁寧に保管されていた。
私は手紙の束に手を置き、これらの手紙に何が書かれているのか、心の中では既に察しがついていた。
手紙の内容は、きっと私を苦しめるだろう。
それでも私は頑なに、歯を食いしばり、一通一通開封していった。
「愛しい藍へ、結局、家の意向に逆らえず、婚約することになった。来週には結婚式だ。君が花嫁だったらどんなにいいか」
「愛しい藍へ、体が君を裏切ってしまったことを許してほしい。僕も苦しい。しかし、子供のために、黙って耐えるしかない」
「愛しい藍へ、今日、あの女が妊娠していることが分かった。この子は僕にとってまさに恥辱だ。きちんと避妊していたのに、きっとあの女が策略を使って妊娠したに違いない。君もどうか怒らないでほしい。安心してほしい。既に堕胎薬を買った。僕は君との間にしか子供を作るつもりはない」
「愛しい藍へ、あの女のお腹の子供はもういない。医者には、あの女には一生子供はできないと伝えるように頼んだ。この件を口実に、あの女とは別々に寝るようになった。もう吐き気をこらえてあの女に触れずに済む。今夜夢で君に会えるといいのだが」
「愛しい藍へ、僕たちの子供があの女を母さんと呼ぶのを聞くのは本当に辛い。いつか必ず息子を君の元に連れて行き、全ての真実を話す」
......
吐き気がする!
本当に吐き気がする。この30年間の全てが偽りだったのだ!
私は目眩がして、胃がひっくり返りそうになり、頭に血が上るのを感じた。
この野郎!
......
手紙の内容に、平静を取り戻すことができなかった。
寝室を飛び出し、ソファに力なく倒れ込んだ。加藤健太郎の言う「行儀が悪く無礼な」行動を、初めてこの家でしてしまった。
怒りをこらえながら立ち上がり、30年以上生活してきたこの家を見回した。
3LDKのこの家で、私は隅にある一番小さな寝室に住み、加藤健太郎の主寝室は家の反対側の端にあり、互いに干渉しないように暮らしていた。
家の中の全てが、はっきりと区別されていた。
彼は、物事には規律が必要だという口実で、日用品は全て各自で所有していた。コップ、箸、椅子まで、それぞれに割り当てられていた。
以前は、それを特に変だとは思わなかった。むしろ、加藤健太郎はたくさんの書物を読んだ教養人だから、家の中でもきちんとしているのだと思っていた。
今になってようやく分かった。彼ら親子にとって、私は家族の一員ではなく、ただ彼らに仕える召使いでしかなかったから、全てをはっきりと区別し、互いに干渉しないようにしていたのだ。
今日、嫁が事故で足を骨折し、緊急の事態だったため、彼が見つからず、仕方なく部屋に押し入ったのだった。
私が家事をし、世話をしているこの家で、私がずっと無視されてきた端の存在だったのだ。
その時、突然嫁から電話がかかってきた。
電話口で、嫁は少し荒っぽい口調でまくし立てた。
「お母さん、家に着いた?お母さんの電話、どうして繋がらないの?」
「もうすぐ手術室に入るんだけど、拓也ったら仕事のことしか頭にないみたいで。必要な物、早く病院に持ってきてくれない?」
「お父さんも早く来てもらって。もう痛くてたまらないのに、誰も手伝ってくれない」
嫁の態度に私は腹を立てなかった。
若い女の子が骨折して手術を受けなければならないのに、こんなことまで心配しなければならない。
結局のところ、うちがきちんと世話していなかったのだ。
「すぐに行くわ。怖がらないで......」
私は嫁を少し慰め、電話を切った。そして、再び気丈に振る舞った。
何が起ころうとも、私は母親なのだ。
人の娘がうちに嫁ぎ、親元を離れて、今怪我をして手術を受けなければならない。それが今、一番大切なことだ。
私と加藤健太郎の間の愛憎劇は、子供たちに影響を与えてはいけない。
たとえ息子が実の子でなくても、それは彼の選択ではない。それに、彼も私が一生懸命育ててきた子供なのだ。
私が育てた子は、私の子だ。
私はベッドに横たわる加藤健太郎に視線を向けた。
「この畜生、元カノを忘れられずに一緒に死ぬつもりなら、もっと綺麗に死になさい。生きている人間に迷惑をかけないで」
私は少し力を取り戻し、加藤健太郎の部屋に散らばった手紙を再び整理し、私の痕跡を消した。
こうすれば、息子が帰ってきても、彼が病気で急死したと思うだろう。
加藤健太郎の心臓はあまり強くない。それは家族全員が知っていることだ。
しかし、片付ける時、ベッド脇の引き出しも壊れてしまった。私の部屋の引き出しと同じものだから、それと交換することにした。
引き出しを取り付けようとした時、上の引き出しにもう一通の手紙が入っていることに気がついた。
手紙に何か書かれているのではないかと心配になり、そのまま開封した。
手紙は息子に宛てたものだった。