母の誕生日の夜、一緒に帰って食事をして誕生日を祝うと約束していたのに、夫の佐藤啓介が姿を消した。
電話も繋がらず、会社に電話すると、部下からお昼にはもう帰ったと聞かされた。
何か急用で席を外したのだろうか、と考えている矢先、彼のINSが大胆にも更新された。
「遅すぎた手繋ぎ。この瞬間を、どれほど待ち望んだことか。これから先は、もう二度とこの手を離さない」
添えられた写真は、佐藤啓介の右手と、名前はわからないが明らかに女性のそれとが繋がれているものだった。
写真の中で、佐藤啓介の薬指には、私が心を込めて選んだ結婚指輪はなかった。
結婚式当日、私がこの手で指輪をはめた時、彼は一生外さない、と約束したのに。
この野郎、たった二年で、一生って随分短いんだな!
歯を食いしばり、私は彼のINSの投稿にコメントした。
「死んだのかと思ったわ。連絡もつかないし。生きてたのね。INSは更新できるのに、電話には出られないわけ?」
「これって新しい彼女?紹介してくれないの?顔でも見せてよ。あまりにブサイクで、人前に出せないとか?」
コメントを送信した直後、画面を閉じる間もなく、コメントは削除された。
すぐに、佐藤啓介から電話がかかってきた。
陰鬱な声で、いきなり私を責め立てた。
「恵美、お前、もう少し正々堂々としてみろ。陰で人の悪口を言うのって、楽しいか?」
「今すぐ彼女に謝れ!彼女を侮辱するなんて許さない!」
聞き慣れた声と、人とは思えない言葉に、元々煮えくり返っていた怒りが爆発した。
「INSで夫の新しい彼女を見せつけられる私より、誰が正々堂々としているっていうの?」
「浮気するにも、そんなに焦らなくてもいいじゃない。もう公表までするの?そんなに死に急いでるの?」
「死ぬにしても、もう少しゆっくり死んで。先に離婚してからにして。こんなクズ男の骨を拾う妻にはなりたくないから」
「それで、侮辱したですって?あなたと一緒になってる時点で、これ以上侮辱する余地なんてないわ。腐りきってるんだから」
こんな直接に罵倒されるとは思っていなかったようで、佐藤啓介の呼吸は荒くなった。
「真奈美ちゃんとは正々堂々付き合っている。隠すことなんて何もない。公表することに何の問題もない!」
「むしろお前こそ、コメントする資格がない!彼女こそ俺の真愛だ。お前と結婚したのは、最初から間違いだった!」
佐藤啓介は怒鳴るように言うと、直後に、あざとい女の声が聞こえてきた。
「奥さんが嫌がるなら、私たち、やっぱり付き合わない方がいいわ。私......私は大丈夫だから......」
「大丈夫なわけないだろ!お前は俺の好きな女だ。少しでもお前を悲かせるわけにはいかない......」
もう聞いていられなくて、吐き気を催しながら電話を切った。
その夜、私は母と食事をし、賑やかとは言えない誕生日を過ごした。
帰り道、マンションの入り口で、見知らぬ女性に呼び止められた。
私を上から下まで見回すと、彼女は急に鼻で笑った。
「なるほど、確かに少し似てるわね。佐藤啓介があなたと結婚した理由がわかったわ」
「でも、代替品は所詮代替品。永遠に代替品で、捨てられるのも当然よね」
こんな滅茶苦茶なことを言えるのは、名乗らなくても、誰だかすぐにわかった。
同じように彼女を上から下まで見回し、鼻をつまんで後ずさりした。
「おばさん、当たり屋はやめてよ。香水瓶ごとぶっかけたみたいだけど、その加齢臭は隠せてないわ。私と何を比べるつもり?」
「今まで自分の顔には結構自信あったんだけど、おばさんに似てるって言われると、この顔、剥がしたくなってきたわ」
反撃は途中で終わった。さっきまで腕組みして余裕しゃくしゃくとしていた女が、豹変し、今にも私をひっかこうと襲いかかってきた。
軽く身をかわし、私は素早くそれを避け、足を上げて、彼女の尻に一発蹴りを入れた。彼女は前のめりに転んだ。
「おばさん、あなたのスキルポイントは男を釣ることにあるんでしょう。身の程知らずもいい加減にして。恥の上塗りよ」