秋風に揺れる木の葉が足元に落ちてきた。
それは桜が好きだったカエデの葉だった。
俺はしゃがみ込み、それを拾い上げた。
「神崎さん」
後ろから声をかけられ、振り返る。
「佐藤先生が治療室でお待ちです」
俺は目を閉じ、短く息を吐く。
治療に対する苛立ちは薄れ、もはや抗う気力もない。
治療室で佐藤先生がいつものように穏やかに話しかけてくる。
鼓動のような規則的な機械音が耳に響く中、次第に意識が薄れていくのを感じた。
まどろみの中、桜の姿が浮かんだ。
初々しい頃の桜だ。
まだ幼さが残る丸みを帯びた頬、輝く黒髪、純粋で愛らしい笑顔。
記憶の中で、桜との過去が次々と流れていく。
「幸也、私、20歳であなたのお嫁さんになりたい」
「神崎幸也、愛してる」
「神崎幸也、別れましょう」
「離婚しましょう」
「病気なの。お腹が痛いの」
......
その声が心を刺すたび、痛みが胸を締め付けた。
やがて鼓動のような機械音が途切れると、鋭い響きが意識を引き戻す。
目を見開き、息を乱しながら起き上がる。
体は震え、拳は強く握り締められ、指の関節が白くなるほどだった。
頬に冷たい感触があり、手で触れると涙で濡れていた。
俺は目を閉じ、かすれた声で呟く。
「桜......俺が悪かった。戻ってきてくれ。桜......俺が全部悪かったんだ......」
抑えきれない嗚咽が声に混じる。
しばらくして、俺は目元を拭い、無表情のままゆっくりと起き上がった。
佐藤先生が水を差し出してきた。
「おめでとうございます。退院の許可が出ましたよ」
震える手で水を受け取るが、こぼしそうになりながらなんとか礼を言う。
「ありがとうございます」
ベッドから降り、ふらつく足取りで病院を出た。
病院の入口では岩田が待っていた。
「神崎社長、まずはホテルに滞在されますか?お手伝いさんが戻ったばかりで、自宅の掃除がまだです」
俺は睫毛を震わせながら首を振った。
「そのまま家に行く」
家に着くと、リビングは隅々まで綺麗に掃除されていた。
空気にはかすかなアロマの香りが漂っている。
――桜がよく好んでいた香りだった。
その香りに、胸が締め付けられるような感覚がした。
「旦那様」
使用人が慌ててやってきて言う。
「台所のものは全て片付けました」
俺