「清凛葉、何を言ってるの!」
今まで桜井安梨沙をしっかり握っていた私の彼氏である神谷史人は、私に手を伸ばそうとした。
しかし、私に即座に平手で打たれてから、頬を押さえ、大きな目を見開いて信じられないという顔をしていた。
桜井安梨沙はウェディングドレスの裾をつまんで、彼のそばに駆け寄り、庇うようにその前に立った。そして、か弱い声で泣きながら言った。
「清凛葉さん、そんなに怒らないで!史人を傷つけるのもやめて!この結婚式なんていりません。このウェディングドレスも返しますから、私一人で寂しく死んでいけばいいのよ、ううう......」
そう言いながら、今にもウェディングドレスを脱ぎ捨てようとしたが、神谷史人に腕を掴まれた。
「このウェディングドレスは、もともと安梨沙のものだ。この結婚式だって、安梨沙のためのものだったんだ!」
神谷史人は桜井安梨沙のドレスを丁寧に整え、花飾りやリボンひとつひとつを直していった。その白いドレスは桜井安梨沙をさらに柔らかく美しく引き立てて、大広間のシャンデリアよりも美しく、そして儚げに見えた。
これは本来、神谷史人が私のために選んだウェディングドレスだった。彼女にこんなにも似合うなんて。
その瞬間、私はようやく気付いた。あの日ウェディングドレスを試着した時、どこかしっくりこなくて直したいと言った私に、神谷史人は「オーダーメイドだから直せない」と説明した。
実は最初から、桜井安梨沙のためのオーダーメイドだったのだ。
私は自嘲気味に笑った。その笑みを見て、神谷史人は声を荒げた。
「清凛葉、満足か?安梨沙を死に追い込む気か?お腹の子のことを考えろ。産まれてすぐに父親不明の子なんてされたくなきゃ、黙って俺の言うことを聞け!」
そして、結婚行進曲が鳴り響き、花童たちがバラの花びらを撒く中、神谷史人は桜井安梨沙の手を取り、満場の注目を浴びながら式場へと入場していった。
幸せを意味するピアノ曲が流れる中、私は病院に電話をかけ、中絶の予約を取った。
来賓たちは、舞台の上で幸せそうに微笑む二人を見つめながら、私を見てひそひそと話していた。まるで私こそが余計な存在のように。
やはり、二人が司会者の前で愛を誓い合う声を耳にした瞬間、私は耐えられなくなり、その場を逃げ出した。
出て行く時、私はちらりと最前列に座る家族を見た。彼らは新婦が入れ替わったことに、少しも驚いている様子がなかった。
それどころか、弟は舞台に上がって祝辞を述べていた。
「今日の結婚式、すごく豪華だな。お義兄さん、さすがだな!」
事情を知らない人が見たら、その新婦が本当に彼の姉だと思ったかもしれない。
弟は舞台を降りた後、私がいないことに気付くと、慌ててメッセージを送ってきた。
【お姉さん、早く戻ってこいよ。お義兄さんに恥かかせるな。これくらい大したことないだろ?結婚証明書には、まだお姉さんの氏名があるんだからさ】
【おとなしく謝れよ。お義兄さん、来月新車を買ってくれるって約束したんだ。俺もう契約書にサインしちゃったから、お義兄さんが怒ったら、残りの支払いはお姉さんが払えよ?】
その瞬間、私の心臓はぎゅっと締め付けられるような痛みを感じ、震える手で返信した。
【毎月お小遣いを渡してるのに、どうして史人にそんな高価なものをねだるの?】
弟の返信中の表示は長く続いたが、一向に返事は来なかった。
代わりに電話が鳴り、母からだった。開口一番、怒鳴りつけてきた。
「本当に産んで損したわね。お前みたいな金食い虫を!自分で稼いで弟に車を買えないのは仕方ないけど、せっかく気前のいい旦那を捕まえたのに、あんな恥をかかせるなんて、家族の顔に泥を塗る気か!」
母の罵声を聞きながら、私はようやく一つの真実に気付いた。
義母が私にことあるごとに「金目当てだ」と言い、冷たい態度を取ってきた理由――それは、両親と弟が私の名前を騙って、神谷史人に何度もお金をせびっていたからだった。
それから、私は全身の力が抜け、礼堂の中央の階段に崩れ落ちた。手に握りしめたスマホは、すでに通話が切れていた。