手術当日、私は看護師について廊下を歩いていた。
隣は産婦人科で、新生児を抱えた妊婦が手術室から運び出され、大勢の親戚や友人が駆け寄り、母子の様子を心配していた。
その光景を見て、胸にわずかな酸っぱさと名残惜しさがこみ上げ、小腹にそっと手を当てた。
看護師は私が緊張していると思ったのか、「スマホでも見て、少しリラックスしてくださいね」と声をかけてくれた。
私はぼんやりとスマホの画面を見つめながら、無意識にタイムラインを眺めていた。
すると、ちょうど目に入ったのは、桜井安梨沙が投稿した丁寧に作られた4枚写真と現在地情報付きの投稿だった。
それにつける文にはこう書かれていた。
「最愛の人との最後のひとときの旅」
写真には、二人がしっかりと手を握り合っている様子が写っていた。
結婚式当日にすでにこの関係を諦めることを決めたはずだったが、涙がぽろりとスマホの画面に落ちた。
神谷史人は仕事が忙しく、よく残業や出張があり、結婚式の日取りも何度も延期されていた。
今回の結婚式と新婚旅行は、私は何度も何度も想像し、何千日も待ち続けていたものだ。
そして、結果はこんなにも惨めなものだった。
顔に流れた涙を拭い、スマホの画面についた涙も拭き取ろうとした際、誤って「いいね」を押してしまった。
すると、すぐに神谷史人からのメッセージが届いた。
【本当はこの新婚旅行、清凛葉と一緒に行くつもりだったんだ。でも、君が駄々をこねたせいで、予約したホテルを無駄にするわけにはいかなくてね】
私はその場で彼をブロックし、見なかったことにした。
しかし、神谷史人は怒り心頭で電話をかけてきた。その時、ちょうど看護師が私の番号を呼んでいた。
電話越しに、彼はようやく私が病院にいることに気づき、心配そうに尋ねてきた。
「清凛葉、何の病気なんだ?ひどいのか?必要ならすぐに帰るけど」
その横では、桜井安梨沙が邪魔をするように声を上げた。
「もしかして私の投稿を見て、わざと病気のふりをして、私たちの旅行を邪魔しようとしてるんじゃない?史人、絶対騙されちゃダメ!私の病気のほうがよっぽど重いんだから」
神谷史人は少し考えた後、桜井安梨沙の言う通りだと思ったのか、こう決めつけた。
「結婚式の日に俺を叩く元気があったくらいだ。それで、今病気で入院するなんてあり得るか?」
そして、彼は電話口で怒鳴りつけた。
「清凛葉、くだらない小細工はやめろ!俺を騙せると思うなよ!」