ワンナイトから始まる隠れ御曹司のひたむきな求愛 のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

99 チャプター

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 蒼也は美桜と猫を連れて、近くのペット同伴OKのカフェへと向かった。 テーブルの下では、蒼也のメインクーンが大人しく丸くなっている。他にも何匹かの犬や猫がいて、みな大人しくしていた。 メニュー表を見ていた美桜が、目を丸くした。「あら、面白い。ペット用のメニューがあるのね」「うん。うちのもこのカフェのおやつが好きでね。時々来るんだ」 蒼也と美桜はコーヒーを、猫にはササミのカツオソースかけのおやつを頼んだ。 コーヒーが来たので、美桜は改めて蒼也にお礼を言う。「本当にありがとう、如月君。あなたがいなかったら、あの子は家族に会えなかったと思う」「僕の力は微々たるものさ。実際に助けたのは君だ」「うーん。如月君の力があってこそなのにね」 美桜は少し照れて、テーブルの下で美味しそうにササミを食べる猫を見た。「それにしてもその子、すごくきれいね。なんていう名前なの?」 美桜がそう尋ねた瞬間、それまでクールだった蒼也の表情が一瞬にして崩れた。これ以上ないほど気まずそうに視線を泳がせて、言い淀む。 何度も言いかけてはやめて、彼はやっと口を開いた。「……その……絶対に、笑わないでほしいんだけど」「え?」 蒼也は観念したように、小さな声で言った。「……ミオ、だよ」 美桜はぴたりと固まった。蒼也は顔を真っ赤にして、テーブルの上のコーヒーカップを見つめている。「……ほら、君は僕の憧れだったから。この子を飼うと決めた時、すっと頭に浮かんだんだ」 蒼也の高校時代から今も続く、不器用でひたむきな片思いの証。「しっかり者の君と違って、この子は甘えん坊でわがままだけど。でも大事な僕の家族だよ」 そう語る蒼也の目は優しい。いつもの冷徹な社長の顔は消えて、高校時代の面影が美桜の心によぎった。 美桜はふわりと微笑んで、ふと気づいた。
last update最終更新日 : 2025-10-21
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73:プリンスの敗北

 週明けのプロジェクトルームにて。会議が始まる前、美桜と蒼也はタブレットを覗き込みながら親しげに話していた。「ミオのやつ、君が帰った後、しばらく拗ねていたよ」「ふふっ、ごめんね。蒼也君によろしくと言っておいて」 楽しそうに笑いながら、美桜はごく自然に蒼也を下の名前で呼んだ。その光景を部屋に入ってきた陽斗が目撃する。二人の間に流れる、親密な空気。陽斗の胸に、チリチリとした焦りが広がっていく。(ミオ? 蒼也……君? いつの間に、そんな)「おはようございます、先輩」「おはよう、一条君。今日も一日よろしくね」 蒼也との間に割り込むようにして挨拶すると、蒼也はわずかに眉をしかめた。 ミーティングが始まる。「プロジェクトは第二フェーズに移行しました」 メンバー一同をぐるりと見渡し、美桜が言う。「AIの精度をさらに高めるために、ある基幹技術が必要です。……が、この記述の特許の持ち主は難しい人で」 その人物はドクター・クロフト。天才的なITエンジニアだが、営利企業、特に大企業のやり方を嫌う。「私の方から彼に接触、交渉しているものの、ライセンス交渉が全く進んでいない状況です」 美桜は肩を落とした。 彼女の手腕が劣るというよりも、相手が悪い。皆、それは分かっている。(よし。これはチャンスだ) 陽斗は内心で頷いた。蒼也が知性と思い出で彼女との距離を縮めるなら、自分は圧倒的な「力」で彼女を守り、自分の存在価値を示さなければならない。「ドクター・クロフト? それなら僕が――」 蒼也が言いかけたのをさえぎって、陽斗は自信に満ちた声で言った。「先輩、その件は俺に任せてください」「一条君に? 何かあてがあるの?」「はい。必ず成功させてみせます」 そこまで言うのなら、と、この件は陽斗に任されることになった。◇ ミーティングの後、陽
last update最終更新日 : 2025-10-22
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「……存じております。ですが、あの方は」「彼の持つ『量子予測エンジン』の技術特許が必要になった。明日の朝一番で、彼の元へ最高の条件を提示する。あらゆる手を使い、必ずライセンス契約を取り付けろ」「しかし若様、クロフト博士は……」「言い訳は聞かない。伊藤さん、これは一条グループの総力戦だ。金の心配はするな。彼が望むなら、彼の名を冠した研究財団を設立してもいい。三ツ星商事のグローバルネットワークを、彼の研究のために自由に使わせると約束しても構わん。これは命令だ。失敗は許さない」 電話の向こうで、伊藤の声が少し低くなる。「……若様。あなたはお父上の厳命で、入社後三年はただの一社員として修行を積む約束のはずです。いかに社運を賭けたプロジェクトとはいえ、我々の力を使うのは感心しませんな」「分かっている。だが、ここでドクター・クロフトとの契約を締結できなければ、一条グループの将来に暗雲が立ち込めるだろう。この件は父さんに――社長に許可を取る。頼んだ」「はい。その覚悟がおありなら、私どもも全力で応えましょう」 陽斗の言葉に嘘はない。このプロジェクトは一条グループの未来を左右し得るものだ。 だが、それだけであれば陽斗は一条家の力に頼らなかっただろう。美桜と蒼也の急接近が、陽斗の心に焦りを生んでいた。◇ 翌朝、クロフト博士の元へ届けられた提案書は、「完璧」という言葉がふさわしいものだった。 表紙は一条家の家紋が金の箔押しで入れられた、黒革の重厚な装丁。 冒頭は一条グループ総帥、つまり陽斗の父親である一条社長直筆の博士の研究への賞賛と敬意が綴られた、丁重な手紙が添えられている。 提案内容も破格だった。 契約一時金の内容は「白紙」。つまり、ドクター・クロフトの納得するいかなる金額でも支払うという意思表示がされている。 ロイヤリティのパーセンテージも常識外に高い。 さらには研究支援として、三ツ星商事が持つ、世界中の物流、金融、資
last update最終更新日 : 2025-10-22
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 しかし数日後にクロフト博士から届いた返答は、一通の短いメールだけだった。「金の亡者である巨大コングロマリットに、私の魂を売る気はない。交渉は無意味だ。二度と連絡してくるな」 陽斗はディスプレイに映し出されたその文章を、血の気の引いた顔で見つめていた。彼が最も信頼していた「力」が、ここでは全く通用しなかった。初めて味わう完全な敗北だった。◇「先輩、申し訳ありません。交渉に失敗しました……」 ミーティングの場で、陽斗はそれだけを言うと席に戻った。 ミーティングは何の解決策も見いだせないまま、重苦しい雰囲気で終わった。 プロジェクトルームで陽悠斗は一人、悔しさに唇を噛み締めて、机に突っ伏している。一条家の力が通用しなかったこと、そして美桜の前でいいところを見せられなかったことへの、二重の屈辱が陽斗をむしばんでいた。 美桜はそんな彼の背中を、どう声をかければいいのかも分からず、ただ黙って見つめている。初めて見る彼の弱々しい姿に、彼女の胸は痛む。 プロジェクトは、完全に暗礁に乗り上げてしまった。 ◇  次の会議は重苦しい雰囲気に包まれていた。 陽斗が交渉失敗を正式に報告した後、チームは代替案を模索するが、どれも決定的な解決策にはならない。プロジェクトは完全に手詰まり状態に陥っていた。 陽斗は自分の力の限界を突きつけられて、唇を噛み締めている。美桜もリーダーとして責任を感じ、胸を痛めていた。 翔と玲奈だけが、この状況を内心でせせら笑っている。 そんな中、腕を組んで議論を聞いていた蒼也が言った。「一条君が失敗したのなら、次は僕に任せてもらっていいだろうか」 失敗、と彼は言うが嫌味の色はない。ただ事実を述べて、次の手を打とうとしている。 ミーティングメンバーに漂う諦めムードを払うように、蒼也は少し笑ってみせた。「ドクター・アリー・クロフトとは、昔ちょっとした面識があってね。僕が学生の時、彼の論
last update最終更新日 : 2025-10-23
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 美桜が頷くと、蒼也はその場でクロフト博士にビデオコールをかけた。モニターに映し出されたのは、無精髭を生やした、いかにも気難しそうな壮年の男だった。 クロフト博士は、敵意をむき出しにしていた。「ソウヤ・キサラギか。君の会社、キサラギ・イノベーションズには期待していたのに、三ツ星商事の犬になったのか」 けれど蒼也は一切動じない。クールに不敵に言い放った。「博士、ご無沙汰しています。あなたの最新の量子暗号に関する論文、拝見しました。第四章の論理展開、相変わらず美しいですね。ですが、一つだけ、見過ごせない『穴』がある」 その言葉に博士の眉がぴくりと動く。「何を言うかと思えば、くだらん」 蒼也はチェスの初手を指すように、静かに続けた。「博士のその理論は、完璧な『城』のように見えます。しかし、その防御の要であるはずの『観測者問題』の解釈……その一点が、まるでがら空きの『玉座』のように、僕には無防備に見える」 詩的で的確な指摘に、博士の顔から侮蔑の色が消えた。彼は初めて蒼也を対等な相手として認識した表情で、身を乗り出す。「ほう、面白いことを言う。だが、その玉座を守るために、私は三重の『論理の罠』を仕掛けている。君はそれを見破れるかな?」「ええ。ですが、その三つの罠は、すべて同じ前提に基づいている。前提そのものを、こうひっくり返せば……」 蒼也は手元のタブレットで数式を書いて、それを画面に共有する。 そこから先は、美桜や陽斗には理解不能な領域だった。「非可換幾何学」「コホモロジー」「ゼータ関数」。二人の間で、矢継ぎ早に専門用語が飛び交い、モニターには目にも留まらぬ速さで数式が描き出されては、消えていく。まさに天才同士の頭脳が繰り広げる、光速のチェスゲームだった。 そうして議論が始まってから20分後。蒼也は最後の一手を指すように言う。「――どうです? チェックメイト、でしょう?」 蒼也が示した、たった一つのシンプルな数式。それが博士の理論の前提を根底から
last update最終更新日 : 2025-10-23
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 クロフト博士とのビデオコールが終わり、会議室は安堵と興奮に包まれた。「さすが如月社長だ! あのドクター・クロフトと見事に交渉をまとめ上げるなんて」「数式のやり取りは正直、理解不能だったけど。社長がどれだけ高い知性の持ち主かはよく分かったよ」 チームメンバーたちが口々に蒼也を称賛する中、彼は静かな声で美桜に告げた。「高梨リーダー。これで、君の描くプロジェクトの心臓部が手に入った。思う存分、腕を振るうといい」 彼の言葉は美桜を単なるリーダーとしてではなく、このプロジェクトの創造主として認める響きがあった。美桜は強い信頼に、胸が熱くなるのを感じる。 会議が終わった後、美桜は蒼也に改めて礼を言った。「本当にありがとう、如月社長。あなたがいなければ、このプロジェクトは終わっていたわ」「礼なら、ディナーでも奢ってもらおうかな。君と二人きりでね」 蒼也はさらりと微笑む。それは次のデートへの誘いでもある。 そのやり取りを、陽斗は黙って聞いている。 プロジェクトが暗礁に乗り上げず救われたことは、心の底から嬉しい。けれど美桜が蒼也に向ける憧れと感謝に満ちた眼差しが、彼の胸に突き刺さった。それは、陽斗が禁じ手としていた一条家の力を使ってもなお、この件を失敗してしまったせいでもある。(結局、俺は何もできなかった。俺自身の力はもちろんのこと、一条の家に頼ったにもかかわらず、無力だった。先輩が本当に困っている時に、俺の『力』は役に立たなかった。彼女を救ったのは、俺じゃない……。如月社長、なんだ……) 陽斗は人生でほとんど初めての致命的な失敗に、無力感を感じていた。 美桜は、陽斗の表情が曇っていることに気づいた。彼がプライドを傷つけられていることを察して、慌てて声をかける。「一条君。あなたが最初に動いてくれたから、私も諦めずにいられたのよ。ありがとう」 美桜の優しい言葉に、陽斗は無理に笑顔を作った。「いえ。俺は、何もできませんでした」 その笑顔はいつもの
last update最終更新日 : 2025-10-24
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78:ノーサイドの空の下で

 ドクター・クロフトの一件以来、陽斗が少し元気を失っているのを、美桜は心配していた。彼は美桜の前では明るく振る舞うが、ふとした瞬間に見せる表情に、まだ敗北の悔しさが滲んでいる。(私が支えてあげたい。今までたくさん助けてもらったもの。今度は私の番よ) その想いが美桜の背中を押した。金曜の終業後、彼女は陽斗を呼び止める。「一条君、あの……もしよかったら、今度の週末、どこか出かけない?」 少し緊張しながら言うと、陽斗は驚いて目を丸くした。「え。先輩から誘ってもらえるなんて……」「うん。いつも、あなたに元気づけてもらってばかりだから。たまには、私からも誘いたいなって」 陽斗は最初は驚き、次に顔をくしゃくしゃにして心の底から嬉しそうな笑顔になった。「……はい! すごく嬉しいです! 行き先は決まっていますか?」「特には。陽斗君は行きたいところ、ある?」「実は、ラグビーの国際試合のチケットが二枚あるんです。もし興味があれば、一緒にどうですか?」「いいわね。行きましょう」 こうして週末のデートが決まった。◇ 週末当日。二人が乗り込んだ電車は、駅に着くたびに、応援するチームのTシャツを着たファンたちで混み合っていく。吊り革につかまる美桜の隣で、陽斗は遠足前の子供のように瞳をキラキラと輝かせていた。「今日の対戦相手、世界ランキング3位の強豪なんです。特に、10番のスタンドオフは『魔術師』って呼ばれていて。彼のパスは、本当に予測不可能で……」 彼は会社で仕事をしている時とは別人のように、早口で熱っぽくラグビーの魅力を語っている。無邪気で楽しそうな横顔に、美桜は自然と笑みがこぼれた。 彼が心からこの日を楽しみにしていたと、よく伝わってくる。 最寄駅に到着すると、ホームは人でごった返していた。人の波に押されて美桜がよろめきかけた、その時。陽斗がさっと彼女の腕を引き、自分の隣
last update最終更新日 : 2025-10-24
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 そうして進んでいくと、巨大なスタジアムが姿を現した。「わあ。大きい建物ね」 スタジアムは既に歓声に包まれている。フィールドでは屈強な選手たちが練習をしていて、迫力があった。  周囲の熱気に美桜は気圧される。  陽斗はそんな彼女を見て、満足そうに笑った。「すごいでしょう? さあ、行きましょう、先輩!」 陽斗は美桜の手を引いて、観客席へと向かった。 ◇  試合が始まると、陽斗の雰囲気が一変した。彼はもう明るく子犬のような後輩ではない。一人のラグビーを愛する男として瞳を輝かせ、フィールドで繰り広げられる激しい攻防に一喜一憂している。(すごい迫力……!) 屈強な男たちが、音を立ててぶつかり合う。美桜が試合の激しさに息を呑んでいると、隣で陽斗が興奮気味に解説を始めた。「先輩、見ててください! 今からスクラムです。8人のフォワードが、互いのプライドを賭けて押し合うんです。一見ただの力比べに見えますけど、8人の息が合わないと絶対に勝てない。チームの魂が試される瞬間なんですよ!」 彼の言葉通り、両チームの選手たちががっちりと肩を組んで一つの塊となって押し合う。低くとどろくような唸り声と、筋肉の軋む音が聞こえてきそうだ。 試合が動き、選手たちが激しくぶつかり合う。美桜はボールがどこにあるのかすら、目で追うのがやっとだった。特に選手たちが密集して団子状になるプレー(ラックやモール)は、何が起きているのか全く分からない。「ねえ、陽斗君。今みたいに、皆でぎゅーって集まってボールを奪い合ってる時って、一体何が起きてるの?」 美桜が素朴な疑問をぶつけると、陽斗は待ってましたとばかりに目を輝かせた。「いい質問ですね、先輩! あれは『ラック』と言って、倒れた選手の持っているボールを両チームが奪い合う状態です。一見するとただのごちゃごちゃに見えますけど、実はものすごく繊細で、重要なプレーなんですよ」 彼は自分の膝をフィールドに見立てて、指を選手のように動かしながら説明を始めた。「まず、ボールを絶対に手で拾い上げちゃいけないんです。足だけでボールを掻き出すか、相手を押し込んで、ボールが味方側に出てくるのを待つしかない。だから一人一人が体を張って、味方のために壁を作って、スペースを確保するんです」
last update最終更新日 : 2025-10-25
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「へぇ! じゃあ、あの密集の中で、たった一人でもサボったら相手に取られちゃう?」 美桜が目を丸くすると、陽斗は頷いた。「その通りです! 一瞬で相手にボールを奪われて、ピンチになる。ラグビーの基本精神は『One for all, All for one』……一人はみんなのために、みんなは一人のために、なんです。あの密集は、まさにその精神が試される場所なんですよ」 陽斗は自分のことのように、誇らしげに胸を張った。  試合を集中して見たいだろうに、初心者の美桜に解説するのを面倒がるそぶりもなく、楽しげに話している。(一人はみんなのために、みんなは一人のために……) その言葉は、まっすぐに美桜の心に響いた。  噂で孤立していた自分を、たった一人で庇ってくれた陽斗。彼の行動の根っこには、ラグビーで培われた仲間を見捨てない誠実な精神があるのかもしれない。 美桜はフィールドで戦う選手たちよりも、熱っぽく語る彼の横顔の方に、いつの間にか釘付けになっていた。(陽斗君のこと、もっと知りたい。もっと色んな話を聞きたい) 美桜は初めて心の底からそう思った。「あっ!」 選手たちの動きを見て、陽斗が身を乗り出す。「先輩、今のプレー、すごいんですよ! 相手のディフェンスラインのほんのわずかな隙間をあのスピードで突破するのは、神業なんです!」 子供のように無邪気で情熱的。  陽斗のそんな横顔を、美桜は見とれるように眺めていた。 ◇  試合は二人が応援するチームが、試合終了間際、劇的な逆転トライを決めて勝利した。  最後のワンプレー、選手たちが泥だらけになりながらも、ボールを繋いで繋いで、ゴールラインになだれ込んだ瞬間。スタジアムは、割れんばかりの歓声と興奮に包まれた。「やった!」 陽斗は心の底から嬉しそうに叫ぶと、その興奮のまま美桜に向かってパッと手を差し出した。「やりましたね、先輩!」「うん! すごかったね!」 美桜も熱
last update最終更新日 : 2025-10-25
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81:賑やかなOG訪問

 週半ばの昼休み。美桜のスマートフォンのチャットアプリに、一件の通知が届いた。  差出人は、如月蒼也だった。(蒼也君? どうしたのかしら) プロジェクトの連絡はいつも会社のチャットツールを使っている。彼からプライベートな連絡が来たことに、美桜は少し驚いた。『高梨さん、突然すまない。実は僕の妹のことで、君に個人的なお願いがあるんだ』『妹は君と同じ大学の三回生で、今、就職活動をしている。それで、第一志望である三ツ星商事のOGである君に、どうしても話が聞きたいそうだ。もし君さえよければ、どこかで時間を作ってもらえないだろうか?』 丁寧で、美桜の都合を最優先に考えてくれている文面。美桜は彼の誠実な人柄を改めて感じて、快諾することにした。『OG訪問ですね。もちろんいいですよ。時間は次の休日、場所は会社の近くのカフェでどうでしょうか?』 会社の応接室も考えたが、気軽に話せるカフェの方がいいだろう。そう思っての提案だった。  返事はすぐに来た。『ありがとう。その場所と日時で問題ない。妹に伝えておくよ』 ◇  週末、美桜が指定したお洒落なカフェに、少し緊張した面持ちの蒼也と、妹である女子大生がやってきた。  快活な印象で、よく見れば兄に似た理知的な光を目に宿した女性だった。「初めまして、高梨美桜さん! 蒼也の妹の如月彩花(きさらぎ・あやか)です。今日はお時間作っていただいて、本当にありがとうございます!」「初めまして。高梨です。こちらこそ、よろしくね」 互いに挨拶を済ませると、彩花はスマホのメモアプリを準備した。キラキラした憧れの眼差しで質問してくる。  いくつかの質問と応答を繰り返した後で、彩花は言った。「大学のゼミでは、マーケティング理論を学んでいます。先輩のように実際に巨大なプロジェクトを動かす上で、学生時代の知識と社会に出てから最もギャップを感じたのは、どういった点ですか?」 ただ漠然とした質問ではなく、彼女が真剣に自分のキャリアを考えていることが伝わる、鋭い問
last update最終更新日 : 2025-10-26
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