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祈りは斬鬼の果てに実を結ぶ のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 24

24 チャプター

第21話 招かれざる客、そして愛

それから、何事もなく過ごせるようになると信じていた。──けれど、それは来訪者によって打ち砕かれた。辺境伯領を訪れたのは、王宮からの使者どころではなく……王宮にいるべき王太子殿下だったのだ。それも、私を王宮に差し出せと、それだけを命じる為に。本来ならば、たった一人の女の為に、王太子殿下が遠く離れた辺境伯領まで来るだなんてありえない。殿下は、そこまでエスター様の事を重んじておられるのか?それとも──いえ、これは考えたくもない。どちらにせよ、王太子殿下を城内に入れない訳にはいかない。貴賓の為の応接間にお通しして、グルーが応対する事になった。殿下は簡潔に、そして傲慢に迫った。「アリューシャを側妃として王宮に入れる事に、同意するよう命じに来た」お断りの書簡には、グルーがはっきりと私は既に純潔を失っているゆえ、入宮させる事は叶わないと書いていたのに、まるで無視している。当然ながら、グルーが頷く事などなかった。「アリューシャは、我が妻は私の子を宿しているかもしれないのです。にもかかわらず王宮に入れるなど出来かねます」「かもしれない、という事は確定している訳でもないだろう。子を宿していないかもしれない事になる。──一か月だ。アリューシャには一か月王宮に滞在させる。その間に月のものが来たならば、子は宿していないのだから、側妃として入宮してもよかろう」この言い草。私はグルーの正式な妻である事を考慮出来ていないし、もはやエスター様への心か、それとも妄執かで動いているようにしか見えない。私が居合わせていたら、怖気に倒れていてもおかしくない程に狂気的だった。「なぜ王室の権威だけで物事を進めようとなされるのですか?アリューシャ本人の意思と、私達夫婦の婚姻の事実を無視なされておいでです」「──屁理屈を聞きに来たのではない。ここには二日滞在して、アリューシャを連れて行く。これは決定事項だと思え」それは横暴だと言ってしまえば、グルーは不敬に問われかねない。事実すら諌める事を許さないのが、王太子殿下とエスター様なのだから。重苦しい雰囲気が立ち込める城内に、こうして王太子殿下は居座った。私はというと、その日の夜グルーが部屋を訪ねて来て、王太子殿下からの話を聞かされた。「──私はグルーから離れる事など御免こうむります。まして魑魅魍魎の住まう今の王宮に向かうなど、考
last update最終更新日 : 2025-10-18
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第22話 王宮と鬼女の支配

──それから十日以上を費やして、必要最低限が保証されただけの、快適さとは無縁な馬車の旅も終わりとなり、私は望まぬ王宮に入って居室を与えられた。そこは日当たりも悪く、調度品も生活に必要な物だけが置かれた貧相な部屋だった。入浴するにもお湯はぬるくて少なく、髪も肌もよく洗ってはもらえない。運ばれてくる食事も質素というより、王宮の料理人が作ったとは思えないくらいお粗末なもので、到底側妃候補として遇されているとは言えなかった。しかも、自由に部屋を出る事は許されない。まるで独房に閉じ込められて、処罰を待つ罪人かとも思えた。けれど、例外としてエスター様のお呼びがあれば、部屋を出て出向く事になる。妃殿下の命令みたいなものだから、私が部屋にこもっていたくとも拒否権はない。「──よく来たわね、ガネーシャ」「王太子妃殿下にご挨拶申し上げます……」エスター様は、よく通る声で鷹揚に居丈高に話しかけてきて──うるさくて耳が痛くなる。それを堪えながら、久しぶりに見るエスター様の姿に驚いた。──これ……エスター様は生地をことさらたっぷり使って、体型が分かりにくくなるようなデザインのドレスを着ているけれど……体を隠してごまかしても、肉付きで丸くなった顔や、たるんだ顎までは、髪を結い上げずに垂らしても隠しきれていない。グルーの助言は無駄に終わったようね。明らかに暴飲暴食を日常的に繰り返して太っている。あまりにも変貌が激しくて、本当にゲームではヒロインだったのか、それすら信じがたくなった。愛くるしい顔だったはずのエスター様は目つきも荒んで、まるで蛇のように鋭くぎらついている。元より立場として許しなく話せはしないのだけれど、それでも私はエスター様の姿に言葉を失った。それをどう思ったのか、萎縮している敗北令嬢とでも見ているのか、小気味が良さそうに言葉を繰り出す。「──明日は令嬢達を集めてお茶会を開くの。あなたも出なさい。皆に紹介してあげるわ」「……ありがたく存じます……ですが、私は……」「辺境伯はお茶会に着るドレスも買ってはくれなかったの?可哀想にね。皆も理解してくれるわ、見苦しくない程度には装えるでしょう?いいわね?」「……かしこまりました。お誘いに感謝申し上げます」紹介も何も、私とて王都にいた貴族令嬢なのだから、社交の場にも顔を出していた。むしろ、私を知らない令
last update最終更新日 : 2025-10-20
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第23話 格子窓の向こうのものに

……人はなぜ、希望と絶望をもって生きるのか?それらの根源はどこにあるのか?きっと、それらは同じところから生まれているのよ。──人が人として生きていることから生まれるものなの。人は生きていれば望みを持ち、時に期待は裏切られ、失意に陥る。それでも生きている限り、人は希望を捨てきれない。生きる望みだから。光と影よ。希望を持てば、影には絶望が潜んでいる。失望と諦念を繰り返し、人は何かを得たり失ったりしても、生きることが性根にあるから再び立ち上がり歩み出す。生きていれば、失ったものを繰り返し思い出して胸を痛めはする。けれど、得たものを繰り返し反芻して味わい心を癒すもの。そうやって生きてゆき、最期に、「悪くはない人生だった」と思えるように足掻くのよ。その最期は、生きることを頑張った人間への最後のご褒美なの。誰だって、悔やみながら命を終えたくはないから、だから自分の人生を生きるのよ──。私は、孤独な王宮での生活で、そう自分に言い聞かせて励ましていた。グルーからの愛情を信じているから。──そして、私が王宮に滞在……軟禁されている間にも、グルーは国王陛下に「我が妻の返還を」と嘆願し続けていた。国王陛下も度重なれば黙ってはいられない。王太子殿下を呼び出して注意する。「ハイラアット辺境伯から、再三の書簡が来ている。妻を返すようにと。──ハイラアット辺境伯夫人は、既に純潔を失い、今現在辺境伯の子を身ごもっている可能性があると。そのような女性に執着する事は王太子としての資質を問われると知りなさい」国王陛下が苦言を呈すれば、皇后陛下も口を揃える。「元はと言えば、王太子妃の悋気と我がままであろう?お前は夫として、妻の事も治められはしないのか?既婚女性を側妃になどと、王室の品格が損なわれるものだというのに、なにゆえ妻の勝手を許している?」「……申し訳ございません……」両親であり、国の頂点に立つ国王陛下と皇后陛下には、王太子殿下も頭を下げるしかない。それを、王太子殿下は快く思わない。執務室に戻ると、不快をあらわにしてグルーを目の仇にし、暴虐な思考に走った。「グルー……あやつは捕縛して亡き者にせよ。亡骸は燃え盛る炎に投じて、残された遺骨は粉々に砕け。そうして、アリューシャの目の前で撒き散らせ。さすれば彼女も己の身の上の儚さを思い知るだろう」王太子殿下は、目を禍
last update最終更新日 : 2025-10-22
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第24話 廃されるものと救われるもの

──懐妊が分かって数日。流産を狙われそうだと、粗末な食事さえも口にする事を控えながら耐えていたけれど。ある日の朝食で、大きな変化に私は驚きを隠せなかった。香ばしい匂いがする柔らかい焼きたてのパン、湯気をたてる具のたくさん入ったスープ、ソーセージと玉子料理、温野菜のサラダにカットした果物までついている。「これは……一体どういう事なのかしら?」運んできたメイドも、見慣れた無機質な人ではない。彼女は微笑んでから、声をひそめて答えた。「国王陛下と王妃殿下の計らいでございます。毒味も済んでおりますので、ご安心下さいませ」「国王夫妻の……?」「はい。これまでは、王太子夫妻の手筈で供されていたのですが……厨房には、罪人に施す食事だと仰せになられていたのです。それをお知りになられました国王陛下が……」つまり、これまでは王太子夫妻の独断専行で私を虐げていたのね。国王陛下も同意の上だとばかり思っていたけれど。「お部屋も陽当たりの良い客室に移って頂きますわ、何しろ辺境伯夫人はお子を宿した大事な時でございますから」「……それは助かるのだけれど、王太子夫妻は許すのかしら?」「──辺境伯夫人、これは王命でございますので、王太子殿下でも覆す事は出来かねますのよ」「王命……わざわざ手を差し伸べて下さったのね」「はい、さようでございます。この扱いをお知りになられた陛下のお怒りは、相当なものでございましたので。厳しい叱責を受けた王太子殿下と妃殿下には、近いうちに何らかの処罰がなされるかと」「そう……分かったわ、ありがとう」食事に使われている食器も銀食器に変わっていて、色は磨かれて輝き、変色は見受けられない。あまりにも扱いが急変した事で戸惑いはあるものの、今は冷めないうちに頂くべきだと思う事にした。「では、頂くわね」「はい、どうぞお召し上がりくださいませ」そっとスープを口にする。滋味に満ちていて美味しい。温かさに、ほっと息を
last update最終更新日 : 2025-10-25
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