「ほいじゃけぇ、お嬢様が来てくださったけぇ、眠気なんか吹っ飛びましたわ。ちょっと、しゃべらんかね?」
明日香は小首をかしげた。
「『しゃべらん』って......何?」
芳江は太ももを叩いて笑った。
「えっ、知られとらんかったですか?『しゃべらん』ゆーたら、お話するって意味なんですよ」
明日香は少し考え込みながら、静かに頷いた。
「......何を話したいの?」
すると芳江は、まるで内緒話でもするかのように声をひそめて言った。
「さっきちょっと外出しとったときにな、こっそり聞いてしもうたんじゃけど......旦那様、ここ三年のあいだに二人も女囲うとるらしいんよ。なんか、もうすぐ弟ができるかもしれんて」
訛り混じりの言葉に、明日香は思わずふっと笑ってしまった。
芳江の話し方は豪快で、どこか憎めない。話す内容に執着がないようで、それがかえって心地よかった。
父が多くの女性と関係を持っていたことは知っている。だが、外に子を残すようなことはなく、仮にあっても、すべて綺麗に処理してきた。
一度だけ、三十歳にも満たない女が幼い子どもを抱えて現れたことがあった。
だがそれきり、その女性の消息はぱったりと途絶え、その子どもの行方もわからなくなった。
そんな出来事は、たった一度きりだった。
机の上にはスタンドライトが灯り、部屋にはほのかに炭の香りが漂っていた。芳江の大きないびきが静かな空間に響いた。
明日香は昨夜の出来事のせいで腕が痛み、眠ることができなかった。
狭いベッドでうつらうつらして、ふと目を覚ますと、窓の外はすでに青く明るくなりはじめていた。
そっと起き上がり、芳江を起こさないよう毛布を肩に掛け、静かにドアを閉めて外へ出た。
雪は一晩中降り続き、外は分厚い雪に覆われていた。昨夜乾かしてもらった綿のスリッパが、玄関に並んでいた。
履くと、ほのかに温もりがあった。
裏口を回り、昨夜自分が帰ってきたことを知られないように気をつける。
正門は開いており、中では使用人たちが散らかったリビングの後片付けをしていた。
彼らは一斉に声をそろえて言った。
「お嬢様」
「......うん」
明日香は小さく返事をして玄関をくぐった瞬間、甘ったるく不快な匂いが鼻をついた。
眉をひそめたまま、階段を駆け上がった。
浴室に入り、傷に触れないようにし