春樹はその言葉を耳にして、我慢できずに勢いよく立ち上がった。顔には信じられない表情が浮かんでいた。
「兄貴と別れてまだ数日しか経ってないのに、もうお見合いしているの?お前……」
明美は後ろに二歩下がり、悠斗と距離を取った後、春樹をちらりと見て、淡々とした声で言った。
「もう別れたんですから、私がお見合いしようがしまいが、あなたたちには関係ないですよね」
悠斗は空を切った手を呆然と見つめ、喉仏が何度か上下した。
彼は振り返って彼女を見つめ、目に悲しみがこみ上げてきた。
「結婚したいなら、その相手って俺じゃダメなのか?」
明美はかすかに笑みを浮かべ、軽い口調で答えた。
「ごめんなさい。私、過去にこだわるタイプではありません」
その一言で悠斗の表情が一変した。
春樹も彼女からそんな言葉が出てくるとは思わず、すぐに友人のために不満をぶつけた。
「兄貴は何も悪いことしてないじゃないか。なのにどうして急に別れを切り出したの?
それに今度はすぐお見合いだなんて……
兄貴のこと何年も好きだったよね?
どうしてこんなバカなことするんだ?」
急にとか、すぐ次だとか、バカなこととか?
なんて自分勝手な言い方なんだろう。
明美は彼らと正しいか間違っているかを議論するつもりはなかった。そんなことをしても意味がないからだ。
だからただ一言だけ返した。
「もう好きじゃなくなったから別れました。それじゃダメですか?」
そう言い終えると、二人の反応を見もせずに、マンションの方へ歩き出した。
その冷たい態度に我慢できなくなった春樹は、3メートルほどほど離れた場所から大声で叫んだ。
「佐藤!兄貴の右手がもう使えなくなったって知ってるのか?それでも少しも気にならないのか?」
道徳的な説得がうまくいかないから、今度は同情を引こうってわけ?
でも明美はその手に乗る気はなかった。
彼女は振り返らず、声を張り上げて答えた。
「それは彼が自分で選んだことでしょう。元カノには関係ないですよね」
春の夕陽が明美の体を照らし、暖かさが心地よく感じられた。
彼女は枝先に芽吹いた緑の新芽を見つめ、腰のあたりに残る少しずつ癒えてきた傷跡を思い出し、目に喜びが溢れてきた。
寒い冬はもう終わり。
彼女が長い間待ち望んでいた春が、こうしてやってきたのだ。
ドアを開ける