男性は黒いスーツを身にまとい、ロイヤルブルーの袖ボタンがひときわ目を引いた。明るい色のパテックフィリップの時計は、独特の時代感を醸し出しつつも、今日のテーママスクである「オペラ座の怪人」と見事に調和していた。
凛は彼の微笑む瞳を見た瞬間、彼が誰であるかを即座に理解した。
瀬戸時也！
「ごめん、私、踊れないわ」
そう断るものの、時也は揺るぎない口調で言った。「知ってるよ。学校の裏でつま先立ちで踊っているところを」
突如暴かれた過去に、凛は数秒間言葉を失った。
彼が言っているのは、大学4年生の時、卒業パーティーで披露するはずだったソロダンスのことに違いない、と彼女は思い出した。
2ヶ月間練習したものの、足の怪我でステージに立つことができなかった。
彼女自身でさえ、そんなことは忘れかけていたのに、彼が覚えているとは思いもしなかった。
その時、ステージ上の司会者が何かを言い、探照灯が会場中を掃射し始めた。
観客の歓声は一層高まり、興奮が会場全体を包み込む。
そして、不意を突くように、一筋の白いスポットライトが二人を照らし、彼らを光の輪の中に包み込んだ。
時也は唇をわずかに持ち上げ、柔らかく笑いながら言った。「舞踏会のルールでは、スポットライトに照らされた男女は必ず一曲踊らなきゃいけないんだ。神様でさえ、俺がお前に拒絶されるのを見たくないらしいよ。それとも、みんなを失望させるつもり？」
そう言いながら、彼は優雅に45度のお辞儀をし、手を差し出して彼女に舞踏会の誘いを送った。
周囲の人々はからかうように声を上げ始めた。「彼に約束して――彼に約束して――」
「踊って――踊って――」
凛は歯を食いしばり、仕方なく手を彼の手のひらに置いた。アヒルを急いで舞台に上げるような気持ちだった。
時也はすぐに彼女を連れてダンスフロアの中央へ滑り込んだ。
前進、後退、旋回、抱擁。高身長でハンサムなオペラ座の怪人が、狡猾で愛らしい小狐を巧みに捕らえたかのようだった。
男性のスーツのズボンと女性のスカートの裾が絡み合い、目が合った瞬間、時也は楽しそうに、そして満足そうに笑みを浮かべた。
凛は踊れるだけでなく、かなりの腕前を持っていた。
これは幼い頃、母親が彼女を育てる際に大切にしていた教育方針のおかげだった。母親は、娘が他の女の子たちと同じように、ダンスや絵
