母の英語を聞き慣れていた悠斗だったが、楓は鼻で笑い、冬真も息子の言葉を気に留める様子はなかった。
悠斗は呆然とLunaの後ろ姿を追いかけた。きっと、気のせいに違いない!
あのカッコいいLunaを、あのうざったいママと間違えるなんて、失礼すぎる!
大型バイクのレースの話を聞きつけた富豪の息子たちが、我先にとLunaに自分のバイクを勧め始めた。
「Luna!僕のバイクを!」
「こっちこっち!僕のを使って!」
周りを取り囲む富豪の息子たち——夕月は彼らの顔を全て知っていた。もしヘルメットを脱いだら、この熱狂的な態度は一変するだろう。
彼らは楓の親友で、18歳で藤宮家に戻った時から敵意を向けられていた。
橘家の嫁になってからも状況は変わらなかった。冬真の権力があれば、普通なら彼女への態度も変わるはずだったのに。でも、冬真の態度こそが、この御曹司たちの対応を決定づけていた。
楓は愛車を押して現れ、かつての親友たちがLunaの周りに群がる様子を見つめた。その眼差しには、もはや憎しみしか残っていなかった。
自分のライディングスキルには絶対の自信があった。今やネットで人気の女性ライダーだ。しかもLunaは借り物のバイク。勝算は更に高まった。
楓は観客席の方を見上げた。
ある女性が合図を送る。楓は小さく頷き返した。
瞳に浮かぶ勝ち誇った笑み。あと10分もすれば、Lunaを神の座から引きずり落としてやる。
夕月は人混みの向こうに、涼の姿を見つけた。カスタムバイクを押しながら、こちらへ向かってくる。
涼は黒いバイクを見やり、夕月に告げた。「これを使ってくれ」
近づいてみると、サイドパネルには三日月のデザインが描かれていた。
夕月の胸が高鳴った。まさか、自分のために用意されたものなのか?
すぐに思い上がりだと打ち消し、「ありがとう」と涼に伝えた。
「賞金の配分は三対七でどう?私が三で」
涼は微笑んで言った。「勝ってくれれば、それが俺とこのバイクへの、最高の応えになる」
シートを軽く叩きながら、告げる。「名前は『月光レーシング』だ」
かつての月光レーシングクラブは消えたが、彼は暇を見つけては、このバイクを手作りで仕上げてきた。
地面に座り込んで、一筋一筋、サイドパネルに月のデザインを彫り込んだ日々。
ガレージで眠らせたまま、永遠に日の目を見るこ