「あんたも本当にバカね」耳元で囁かれた言葉に毒が滲む。
「命懸けで手に入れた安物のお守りなんて、匠が大切にするとでも思ってたの?」
三年前、涼川が海外で倒れた時のことが蘇る。
何者かに複数箇所を刺され、意識不明の重体。
国内に移送されても、半月以上目覚めることはなかった。
毎日、涙で目が腫れるほど泣きながら、全て自分で世話をして、誰にも任せられなかった。
市外の山奥に、真心ある者しか参拝できない古刹があると聞いた私は、
一歩進んでは三度土下座を繰り返し、額から血を流しながら参道を登った。
三千段もの石段を、すすり泣きながら上り詰め、ようやくご本堂の扉が開かれた。
お守りを手に病室へ戻ると、涼川の意識は既に戻っていた。
真心が本当に神様に届いたのだと、その時は信じていた。
それ以来、涼川の態度は徐々に柔らかくなり、幸せな日々が始まると思っていたのに。
なのにどうして。赤ちゃんを産んでから一度も、我が子に会わせてもらえない。
体の痛みが増してくる。
全身を貫く痛みに、震えが止まらない。
必死に歯を食いしばり、喉まで込み上げる悲鳴を押し殺す。
声を漏らせば、また暴力が待っているのだから。
悲鳴を上げれば上げるほど、彼らは高揚するのだから。
冷たい父と、責めるような目を向ける母。子供の頃からそうだった。
「また汚れて帰ってきて」
「また、ろくでもない連中と遊んでたんでしょう」
そんな両親の前で、猫かぶりの姉。「お父さん、お母さん、若菜を責めないで。若菜の大切な友達なんですから。
友達をそんな風に言われると、可哀想よ」
暗い子供時代、涼川だけが私の光だった。
でも姉が海外に去ってから、その光は影に変わった。
七年もの間、心は闇に沈んだまま。
精神病院に連れて行かれる時、涼川家の年老いた執事が嘲るように言った。
「坊ちゃまに男の子をお産みになっても、無駄なことです。
坊ちゃまの心にいらっしゃるのは、最初から千夜様だけ。
あなたが必死で産んだお子様も、別の方を母と呼ぶのですよ」
下半身が引き裂かれるような痛みの中、赤子の産声が遠くで響いていた。
「大出血です!子宮の摘出が必要です!」
「なんということだ。転倒さえなければ、順調な出産だったものを......」
その言葉に、私の意識が凍りついた。
転倒......
千夜......そう、千夜が......
白いドレスを纏い、涙で濡れた睫毛を揺らしながら心配そうに駆け寄ってきた、あの日の光景が蘇る。
だがその口から零れた言葉は、甘い蜜に包まれた毒。
「ねぇ、あなたの愛しい匠は、誰の言葉を信じると思う?あなたの必死の言い訳?それとも、私の計算された嘘?」
私は救急車で運ばれ、赤ちゃんは予定より早く産まれた。
そして、二度と母になれない体に変わってしまった。
違う。
そんなはずない。
涼川がそんな仕打ちをするはずがない。
私の人生は、こんなものじゃない。
誕生日には、子供の頃から夢見ていたイチゴのショートケーキを買ってくれるはず。
新しい絵の具セットを、私の好みを考えて選んでくれるはず。
上場企業の社長なのに、寄ってくる美女たちには目もくれない優しい人だった。
出産前夜も、大きくなったお腹を優しく撫でながら、新しい命の誕生を心待ちにしていた。
なのにあのお守りは、確かに姉の細い手首に巻かれていた。
胸を一突きにされたような痛みに、顔が青ざめる。
全て......作り物だったの?
ベッドから這い出るように起き上がる。
「匠......匠、どこ?痛いの......助けて......」