「母さん、俺が葵に申し訳ないことをしたんだ。もう言わないでくれ!」
黒井遼は一夜にして良心を取り戻したかのように、母親の腕を引いて帰ろうとした。
家に戻ると、濑岛清花がすっかり女主人の様子で振る舞っていた。
私の残した物は全て捨てられ、彼女は自分の服で私と遼の衣装ケースを埋め尽くしていた。
「遼さん、あのホステス女の物は全部捨てたわ。これからは私と子供があなたのそばにいるから」
だが遼は突然激怒し、清花の頬を激しく平手打ちした。
「お前に彼女の物に触れる資格なんかない」
清花と義母は呆然と立ち尽くし、誰も遼を止める勇気はなかった。
遼は清花の持ち物を目の前で投げ捨て、私の物をどこに捨てたのか問い詰めた。
「遼、清花のお腹にはあなたの子供がいるのよ!」
義母は孫のことを心配し、先に口を開いたが、遼は今や彼女の言葉など聞く耳を持たなかった。
「俺が欲しいのは葵の子供だけだ!あいつの腹の中にいるのは私生児だ!」
遼はテーブルの上の物を床に叩きつけ、荒い息で怒りを発散した。
清花は目を真っ赤にし、涙がこぼれそうだった。
遼にはもはや彼女への思いやりは微塵もなく、ただ自分の感情を吐き出すことに夢中だった。
清花と義母は状況を察し、しょんぼりと立ち去るしかなかった。
遼は家中を引っ掻き回して探し始め、目から涙を落としながら叫んだ。
「どこだ?指輪はどこにいった?」
彼はその指輪を手に取り、泣きながら笑い、冷たい指輪に幾度もキスを落とした。
「葵、俺を許してくれるか?もう一度俺と結婚してくれないか?」
彼は突然片膝をつき、空気に向かって指輪を掲げた。今度は誰も応えてはくれなかった。
この指輪は4万円にも満たない価値のもので、当時彼は起業したばかりで資金繰りに苦しんでいた。
「葵よ、俺の青雲の志を支えてくれ。その代わり万金の報いをしよう」
当時は愛はなかったかもしれないが、感謝の気持ちはあったはずだ。
だが彼は知らない。私は万金など必要としない。ただ初心のままの愛情だけを求めているのだと。
遼がようやく時間を作って会社に顔を出すと、助手は喜びのあまり泣きそうだった。
誰も彼が再び記者会見を開くのが、私との結婚を発表するためだとは想像もしていなかった。
私の死を知って以来、彼は日に日に狂気を増し、大勢のメディアを養っていた。
「