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柚月なぎ
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Novels by 柚月なぎ

彩雲華胥

彩雲華胥

暉の国。 夜になると妖者と呼ばれる魑魅魍魎が跋扈する地。かつて国を脅かしていた邪悪な鬼術を操る一族が、伏魔殿に封じられてから数百年が経った今も、その影響は止むことはなく。 国の各地方を守護する五つの一族は、妖者によって日々絶え間なく起こされる怪異に手を焼いていた。 紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。 名を無明。 高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、運命が回り出す――――――。 ※毎週月曜日3話ずつ公開中 ※表紙イラストはAIで作成したイメージ画像です
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Chapter: 2-3 白群一行
 白群の一族一行と合流したのは、金虎の邸から北側にある森の前だった。 白漣宗主と白笶、奉納祭の席にはいたが口を出さなかった、宗主の子で白笶の兄である白冰、あとはあの礼儀正しいふたりの若い従者だった。 先に宗主に挨拶をし、その横にいた公子たちに続いて頭を下げる。白笶は相変わらず言葉を発することはなく、ただ丁寧に姿勢正しく挨拶だけ交わす。 宗主と白笶の間でにこにこと人懐こい柔らかい笑みを浮かべ、特に弟に何か言うでもなく、薄青の衣を纏った背の高い秀麗な容姿の公子がすっと手を差し出す。 細く長い髪の毛は胸の辺りまであり、藍色の紐で括って右肩に掛けるように垂らしている。青い瞳は穏やかで優しげだった。「こうやって言葉を交わすのははじめて、だね。私は彼の兄の白冰。これからよろしくね」 弟とは真逆でかなり砕けた性格のようだ。にこにこと笑顔で自己紹介をし、ぶんぶんとふたりの手を取って激しい握手を交わした。「ああ、このふたりは右が雪鈴、左が雪陽。似てない双子ちゃんだよ。なにか困ったことがあったら彼らに言って?」 竜虎たちと歳の変わらなそうなふたりの従者は、よく見れば確かに似ているところがある。双子らしいが、白冰の言う通り全く同じ顔ではなかった。 どちらも美しい顔立ちをしているが、印象としては雪陽の方が凛々しく、雪鈴の方は優しそうな雰囲気がある。背に白群の家紋である蓮の紋様が入った白い衣を纏い、頭の天辺で長い髪の毛を丁寧に結っていた。「なんなりと申し付け下さい」 代表して雪鈴の方が言葉を発し、ふたり同時に頭を下げた。「こちらこそよろしくねっ」「よろしく頼む」「こ、こちらこそ、なんなりと申し付け下さい!」 三者三葉の返答で金虎側も返す。 そして二列になって宗主を先頭に歩き出す。 無明は竜虎の傍を離れ、雪鈴と雪陽を追い抜いて、ひとりで歩く白笶の横に並び、手を後ろで組み腰を少し折って前屈みになると、顔を下から覗き込んだ。「また会えたね!」「······ああ、」 再会が早すぎたが、気まずさよりも嬉しさの方が勝って無明は楽しそうだった。一方はまったく表情が変わらないが、ちゃんと返事を返してくれた。「その衣、は······」 ゆっくり瞬きをして、ちらりと無明の方に視線を送る。「似合うかな? 母上が紅鏡に来た時に着ていた衣を繕ってくれたんだ。光架の民の伝
Last Updated: 2025-05-05
Chapter: 2-2 藍歌の想い
 塀の低い門の前で、無明と藍歌夫人がすでに用意を終えて待っていた。「藍歌夫人、お久しぶりです。お身体の方は大丈夫ですか?」「ええ。白群の公子殿の処置が完璧だったおかげだと、お医者様がおっしゃっていたわ」 顔色も悪くないので、やせ我慢ではなさそうだ。竜虎は心配事がひとつ片付いた後、もうひとつの問題に突っ込まざるを得ない。「お前······その恰好、」「どう? 母上が今日のために繕ってくれたんだ」 無明はいつも纏っている黒い衣ではなく、珍しい色の衣を纏っていた。もうひとつの問題とはまさにこのことで、その恰好はなんというか········。「か、」「か?」 竜虎は言いかけて、思わず出かけた言葉を呑み込んだ。無明は首を傾げて不思議そうにこちらを見ている。(いや、俺は何を言いかけた!?) 青ざめて、首を横にぶんぶんと振る。 違う違う。それじゃない! 訂正!「な、なんて恰好をしてるんだっ! まるで女人じゃないかっ」「え? でも似合ってるでしょ? そんなことで怒らないでよ」(お前は、恥を知るべきだ!) 袖と合わせの部分に金と白い糸で繊細な紋様が描かれた、膝の辺りまでの長さの水浅葱色の薄い羽織。その中に白い上衣、白い表袴の上に羽織と同じ色の薄い下裳を纏っており、それに合わせた藍色の帯紐に付いた薄紫の花の飾りなどはどう見ても女物にしか見えない。 けれども翡翠の瞳の色を薄めたような水浅葱色の羽織は、本人には口が裂けても言わないが本当によく似合っていた。「ふふ、私が紅鏡に嫁ぎに来た時に纏っていた衣裳を繕ったの。髪の毛もそれに合わせて結ってみたわ。どうかしら?」「いや、どうと言われても······」 どこに嫁ぎに行かせる気なんだ! と心の中で突っ込まずにはいられない。 夫人がどうかしら? と言っている髪だが、左右ひと房ずつ横で赤い紐と一緒に編み込み、それを後ろで軽く纏めて結び、背中に垂らしている。それは間違っても、十五歳の少年が普段する結び方ではなかった。「か、可愛らしい········はっ!?」 思わず清婉は竜虎が呑み込んだ言葉を口に出し、すぐさま我に返る。「そうでしょう? そうでしょう? 光架の民の特別な衣裳と結び方なのだけど、良く似合ってるわ」 藍歌はふふっと満足げに笑って、無明の両肩に手を添え羽織を直す。表向きはお供としてと宗主は
Last Updated: 2025-05-05
Chapter: 2-1 旅立ちの朝
 翌日。 竜虎は姜燈に何度も、それは耳に胼胝ができるほどしつこく念を押された。「いい? なにかあったら必ず知らせを飛ばすこと。無謀なことはしないこと」「無明が馬鹿なことをしないように眼を光らせること、でしょ。何度も聞いたから大丈夫だよ、母上」 そもそも普段の無明は姜燈が思っている何倍もまともだ。さすがに他の一族の前でいつもの"あれ"をすることはないだろう。白群の公子とはいつの間にか仲良くなっていたし、今更痴れ者になる必要もない。「兄様、気を付けてね、」 璃琳は心配そうに眉を寄せて、竜虎の両手を取って別れを惜しむ。確かに寂しくないわけではないが、今は好奇心の方が勝っていた。「璃琳も元気で。無明のことは心配無用だ」 最後の方は耳打ちするように小声で伝える。べ、別に! 心配なんてしていないわっ! と璃琳はあからさまに動揺して声を荒げた。 無明も今頃、同じように藍歌と別れを惜しんでいることだろう。「竜虎これを持って行って? 怪我をしたら使うといい。傷に良く効くはずだよ」 あの一件で少しやつれたように見える虎珀だが、いつものように微笑んで貝殻でできた薬入れと薬草を詰め込んだ袋を手渡す。 ありがとう、と竜虎は頷く。大変な時なのに自分のために用意してくれたのだと思うと嬉しかった。それに比べて血が繋がっている方の兄の姿はない。自分のことなど眼中にないのだろう。「戻ってきたら、虎珀兄上の力になるから期待して待ってて」 母に聞かれないように小声で伝えると、虎珀は首を振った。「こちらのことは気にしなくていい。君は君のために頑張って」 竜虎は虎珀らしいと思いながらも、心の中で最初の誓いを叶えられるように精進しようと決める。「白群の方々を待たせても悪い。竜虎、私からは、昨夜の内に十分言葉は送ったから必要ないだろう。しっかり学んで来なさい」「はい、父上。では、行ってきます」 前で腕を囲って丁寧に揖し、深く頭を下げる。顔を上げ、地面に置いていた荷物を持ち、そのまま見送りに来てくれた者たちに背を向けると、無明の邸の方へと歩を進める。 若い青年の従者が、その後ろをそそくさとついて歩く。飛虎たちが見えなくなった頃に、その従者が恐る恐る竜虎に声をかけてきた。「······あ、あのぅ、竜虎様?」「どうした? なにか忘れ物か?」「い、いえ! あの、わ、私がどう
Last Updated: 2025-05-05
Chapter: 1-30 新たな始まり
 ――――その夜。 宗主に本邸に呼ばれた無明は、自分の耳を疑った。聞こえていないと思ったのか、飛虎はもう一度同じことを繰り返す。「紅鏡を離れ、この国をその目で見て感じてくるといい」「··········はい?」 目が点になっている無明を現実に戻すように、飛虎は話を続ける。「藍歌とも話した。お前は、この小さな囲いの中で納まる器ではない。外の世界を見て、たくさんの人に出会い、修練を積んだ方がいいと。そして戻って来た時に、ひと回りもふた回りも成長した姿を見せて欲しいと」「けど、竜虎にも聞いたでしょ? 晦冥のこと。あの陣のこともさっき話したばかりで、」 あの陣がただの陣ではなく、烏哭の宗主が生み出したものかもしれないということを。「それは我々が解決する問題であって、お前が案ずることではない」「それに! 夜の妖者退治も、都の人たちの厄介ごとも、俺がいなくなったら······っ」 竜虎がひとりで引き継ぐことになる。そうしたらなにかあっても守れない。「それは金虎の術士たちに任せる。私から命ずることで動かざるを得なくなるだろう。彼らにも多くの経験が必要だ。お前たちがやって来たことは手放しで褒めてはやれないが、良くやってくれた。同じ志で行動できる術士たちを増やすきっかけにもなるだろう」 ここに残るための理由をほとんど潰されて、無明は押し黙る。藍歌がすでに宗主の考えを汲んでいるため、藍歌を理由にもできないのだ。「それに竜虎にはすでに話してある。今頃準備をしているだろう」「え? どういう意味です?」「表向きは竜虎のお供として、各地方の一族に挨拶がてら修練をつけてもらうという話にしている。朝から各宗主の元に出向いて話は付けてきた」 そこで無明は気付く。あの時、白漣宗主が言っていた言葉の意味を。 しかもあの様子からして、白笶も知らされてなかったのだろう。今頃どんな顔をしているかものすごく気になる。「出立は明日。白群の宗主たちと一緒に碧水へ。その後のことはお前たちに任せる」 もうどうにでもなれと、無明は解りましたと答え、そのままその場に跪いた。深く頭を下げて儀式的な別れの挨拶を行う。「父上、母上を頼みます」「こちらの事は案ずるな。道中は危険だ。どんな時もふたりで協力して、しっかり学んできなさい」 顔を上げた無明の頭を撫で、それから小さな子どもにするよ
Last Updated: 2025-04-28
Chapter: 1-29 出会い、そして別れ
 食事処を出て、そのまま白群の一族が借りている邸へ向かう。奉納祭で助けてもらった礼をどうしても宗主に直接伝えたかったのだ。 夕方近くにやっと帰ってきた白笶を、ふたりの若い従者らしき者が礼儀正しく迎えた。隣にいる自分にも同じく挨拶をしてくれたので、慌てて無明も返す。ふたりは腕に抱えられた土産物を白笶から受け取って奥へと持っていった。 白笶は無明を連れて宗主がいる部屋へと向かう。部屋の前で声をかけて中に入る許可を得る。ふたりは腕で囲いを作り頭を下げて挨拶をすると、奥に座る宗主の顔を窺った。「伯父上、戻りました」 白笶は宗主の弟の子であったが、赤子の頃に両親を失ったため、宗主が自分の養子にしたのだった。しかし白笶は自分の立場を理解した上で、宗主を伯父上と呼ぶ。「奉納祭のお礼を直接お伝えしたくて、公子様に頼んで連れて来てもらいました。あの時は助けてくださり、本当にありがとうございました」「いや、礼には及びません。むしろ、こちらの方が礼を言いたいほどです。玄武の宝玉は浄化され光を取り戻しました。なにより、今まで見たどんな舞よりも実に見事な舞でした」 六十代くらいの宗主は目じりの笑い皺が特徴的で、威厳があるがとても優しい眼差しをしており、瞳の色は白笶よりもずっと深い青色をしていた。「今日は白笶が世話になったようで、」「俺の方こそ助けてもらってばかりなのに、なにもお返しできてなくて。今日もそのお礼のはずだったのに、良く考えたら自分が一番楽しんでいたような気も····、」 あはは····と苦笑し、無明は頬をかく。「とんでもない。友のひとりもいない子で、誰かと出かけるなど今まで考えられない事でしたので。よほどあなたが気に入ったのでしょう」「それは俺も似たようなものです」 正直、友と呼べる者はいない。竜虎や璃琳は友というより家族で、かけがえのない存在ではあるが。「先ほどまで飛虎宗主がいらっしゃったのですが、行き違いになったようですね」「父上が?」 そうえいば、昨日の夜に白群の邸に礼をしに行くと言っていた気がする。「歴代の金虎の宗主の中でも、あの方は立派な宗主です。我々は大したことはしていないのに、わざわざ宗主自ら礼に来るなんて、」「あの時宗主や公子様が発言してくださらなかったら、奉納祭は成功していなかったと思います」 謙遜する宗主にふるふると首を
Last Updated: 2025-04-28
Chapter: 1-28 ふたりの時間
 多くの人で賑わう都の盛り場は、様々な店が立ち並ぶ。 昼を知らせる鐘が鳴り、ふたりは丁度目の前にあった食事処へ入った。無明や白笶の衣を見た店主は、他の客たちがいる一階ではなく、二階のさらに奥の部屋に通す。 任せると言われたので適当に料理を頼むと、少しして頼んだ料理が運び込まれ、丁寧に低い机の上に並べられた。「紅鏡の料理はどれも美味しいんだけど、碧水の料理とはやっぱり違う?」 大皿にのった料理を少しずつ皿にのせて、白笶の前に差し出す。「どうしてあの時、晦冥にいたの?」 今更だが、なぜ昨夜、あんな場所に偶然居合わせたのか。それがどうしても気になっていた。あんな場所、普通なら頼まれても訪れたいと思う者はいないだろう。「毎年、この時期に訪れている」 寄せられた料理を口にしながら、表情を変えずに白笶は淡々と答える。どうして訪れているのか、と訊きたかったが止める。「そっか。でもそのおかげで俺も竜虎も命拾いしたってことだね。公子様は、あの六角形の赤い陣、見たことはある?」「あれは、······かつてあの地を支配していた、烏哭の宗主が作り出した陣のひとつに似ていた」 箸を置き、真っすぐにこちらを見つめてくる。無明はその灰色がかった青い瞳に、吸い込まれそうになる。 紅鏡の者は紫苑色の瞳の者が多いが、碧水の者は瞳が青いらしい。生まれた地で色が違うため、どこから来たかはその瞳の色で解る。ちなみに翡翠の色は光架の民の特徴らしい。「けど、ずっと昔に伏魔殿に封じられてるひとの陣が、どうしてあんな場所に?」「烏哭の一族は一族といっても血の繋がりはなく、邪神を崇拝する術士たちもひと括りにされていたという。彼らが陣を模していても不思議ではない」 すっと伸びた背筋は凛としていて、抑えていても低く響くその声は説得力がある。「どうしてそんなことまで知ってるの? 古い書物にも載っていないのに、」 陣のこともそうだが、まるで見てきたように語るので、不思議でならなかった。数百年前の記述は、その当時の神子が自分の魂を犠牲にして、伏魔殿にすべての邪を封じたと書いてある。 しかし烏哭の一族に関する記述は、ほとんどなにも残っていない。妖者や鬼を操りこの国を手に入れようとしたが、神子によって封じられた、という事実のみ。「······碧水にある蔵書閣で、当時のことを記した記述を読んだ
Last Updated: 2025-04-28
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