Masuk暉の国。 夜になると妖者と呼ばれる魑魅魍魎が跋扈する地。かつて国を脅かしていた邪悪な鬼術を操る一族が、伏魔殿に封じられてから数百年が経った今も、その影響は止むことはなく。 国の各地方を守護する五つの一族は、妖者によって日々絶え間なく起こされる怪異に手を焼いていた。 紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。 名を無明。 高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、運命が回り出す――――――。 ※第五章からは毎週1話更新に変更 ※表紙イラストはAIで作成したイメージ画像です
Lihat lebih banyak■〜第一章 予兆〜■
暉の国。
夜になると妖者と呼ばれる魑魅魍魎が跋扈する地。かつて国を脅かしていた、邪悪な鬼術を操る一族が伏魔殿に封じられ数百年が経った今も、その影響は完全に止むことはなく。国の各地方を守護する五つの一族は、妖者によって日々絶え間なく起こされる災厄に手を焼いていた。
紅鏡、碧水、光焔、金華、玉兎。
国は五つに大きく分かれており、それぞれ金虎、白群、緋、雷火、姮娥という一族が治めている。
一族の長は宗主と呼ばれ、その嫡子を公子と呼ぶ。一族に仕える者を従者、また一族の門下に入り術を修めた者を、総じて術士と呼んだ。
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紅鏡。金虎の邸。同じ敷地の中にいくつかの大小様々な邸が存在した。その中でも一番小さく質素な造りで、中心に存在する宗主の邸から一番離れた場所に在るのが、第四公子とその母が住まう邸である。
小さいが手入れの行き届いた庭には年季の入った桜の木が一本と、赤と白の模様の鯉が二匹泳ぐ小さな池があり、その周りには季節ごとに色とりどりの花が咲き乱れそこに住む者の穏やかさを感じさせた。
邸からはいつものように奇妙な笛の音と、繊細な琴の音が奏でられている。
春。疎らな薄紅の花衣をつけた桜の木の下で目を閉じ、適当な音程で気のままに横笛を吹いているのは、額から鼻の先を覆う白い仮面を付けている少年だった。十代半ばくらいの見た目で上下黒い衣を纏っている。長い黒髪は赤い髪紐で結んでおり、細身で小柄な印象があった。
そこからさほど離れていない向かい側の邸の縁側で、でたらめな笛の音に合わせて琴を奏でているのは少年の母である。大きな翡翠の瞳が特徴的な美しい容貌の穏やかな女性だが、少女のようなあどけなさも垣間みえる不思議な魅力があった。
ふいに琴の音が止まり、少年の笛の音も遅れて止まる。見れば母が立ち上がり両手を胸の前で組み、丁寧に頭を下げる仕草をしていた。
(珍しいな。父上がこんな時間にここに来るなんて。奉納祭の打ち合わせとか? にしては、なんだか難しそうな顔をしてるみたい······)
母の視線の先に現れた人物に少年も慌てて同じように立ち上がり、やや雑だが胸の前で腕を上げて囲いを作り頭を下げてお辞儀をする。
まだ朝から昼の間くらいの刻であった。事前の連絡もなく突然訪問してきた宗主を、母が縁側から降りて自ら歩み寄りいつものように出迎える。
「無明、お前も来なさい」
皆の前で見せる厳しい紫苑色の眼差しはそこには欠片もなく、ただ穏やかな表情で見下ろしてくる宗主。少年にとってはこちらが本物で、普段の父は見えない仮面を付けているようなものだ。それにも理由があり、母と自分が冷遇されているかのように周りに思わせるための唯一の手段なのであった。
邸の中に入り各々腰を下ろす。
はあ、と嘆息した宗主の顔はどこか疲れた様子だった。
「父上、なにか困りごとですか?」
少年の視界は仮面に覆われているため狭く、その狭い視界の中心はよく見えるので宗主がなにか言いにくそうな顔をしているのが解った。
「······もしかして、奉納祭の件ですか?」
母も勘付いたのか大きな翡翠の瞳を細めて気を遣いながら優しく問う。口ごもっていた宗主はもう一度小さく息を吐き、困ったように頷いた。
✿〜読み方参照〜✿
暉の国(きのくに)、紅鏡(こうきょう)、碧水(へきすい)、光焔(こうえん)、金華(きんか)、玉兎(ぎょくと)、金虎(きんこ)、白群(びゃくぐん)、緋(ひ)、雷火(らいか)、姮娥(こうが)
無明(むみょう)
病鬼は朎明に至近距離で霊弓の矢を突き付けられても、身体を起こしただけで、にたにたと笑うばかりだった。含みがあり気味が悪いその笑みはどこまでも不気味で、この鬼の底知れないなにかを感じさせるにはじゅうぶんだった。「お前の主はどこにいる?」 とにかくなにか聞き出せることはないかと言葉を紡ぐ。これが本当に病鬼で、間違いなく特級の鬼なのか。 今のところそれを裏付けるものがない。守り刀の光で、いとも簡単に弾き飛ばされた事実がある。本当に特級の鬼なら、そんなものは効かないだろう。「なんのために都に疫病を齎した?」 朎明はつがえたままの三本の矢の先を向け、問う。やせ細ったその鬼は、にたりと笑いながらこちらを見上げてきた。「なんのためぇ? そんなのきまってんだろうぉが!」 はっと朎明は身構える。それは、目の前の鬼が急に手を掲げたからだった。思わず後ろに飛んでそれを躱し、そのまま矢を射る。矢は三本とも正確に病鬼に向かって行ったが、異常な身のこなしですべて外された。矢は霊力で作られた物で、地面に突き刺さるとそのまま消えた。「こうやってぇ、操るためさぁ」 病鬼の足元に赤黒い陣が浮かび上がる。陣から放たれたその赤黒い光の柱は一瞬にして闇色の空に伸びると、地面と同じ紋様が天に広がり都の上空を覆った。その光は悍ましい気配を纏い、辺りを不穏な空気に変えてしまう。(広範囲の陣····、なにをするつもりなんだ) 操ると病鬼は言った。嫌な予感が過る。「俺の本当の能力は、疫病を撒き散らす病鬼の力ではなく、俺が喰らった妖鬼の能力を操ること、」 朎明の横に、白笶と竜虎がそれぞれ駆け寄る。清婉は宿の中に避難させ、被害が及ばないように白笶が結界を施した。「俺の通り名は梟。お前ら術士からは特級の鬼と呼ばれている」 先程までのやせ細ったぼろぼろの衣を纏う病鬼の姿はなく、代わりにそこに現れたのは、美しい容姿をした青年のような姿の妖鬼だった。 分けられた前髪は頬にかかるくらい長いが短い黒髪で、瞳は漆黒。すらりとした細身だが背が高く、白笶と同じか少し高く見えた。消炭色の暗い灰色がかった衣を纏い、右腕に金の輪を付けており、切れ長の両眼の端が赤い色で彩られていて、男の姿をしているのに色っぽくも見えた。「梟····確か、」「ああ、変化を得意とする特級の妖鬼」 しかし梟という妖鬼は、玉兎で
先の方が少し癖のある、綺麗な黒髪をゆっくりと時間をかけて櫛で梳く。座らせている大事な"お人形"の髪を整える。あの時見たものと同じように、丁寧に左右のひと房を赤い髪紐と一緒に編み上げ、後ろでひとつに括る。残りの髪の毛は背中に垂らした。 着替えさせた白い神子装束は袖の辺りに赤い紐が飾られており、中に着せた赤い上衣が透けて見える。帯は上下に銀の横線が入っていた。 されるがままになっているその"お人形"の翡翠の瞳は、真っすぐに前を向いているがなにも映していないようだった。 ふたりの後ろにはもう一体、同じ背丈同じ髪形同じ格好をした人形が、椅子に座らせられている。違うとすればその人形の瞳はなく、真っ暗な空洞がふたつあった。 心なしか微笑んでいるようにも見える。滑らかな白い肌。真っ赤な口紅。まるで人間のように精巧なその人形は、今にも動き出しそうだった。「お化粧もして口紅も塗ってあげましょう。綺麗にして、みんなに見てもらいましょうね。ぜんぶ終わったらあの可愛らしい痣も切り取って、お人形に付けてあげる」 着替えをさせた時に見つけた、腰の辺りにあった五枚の花びらのような薄紅色の痣。蘭明は痣のあった腰の右側の辺りに触れ、ふふっと笑みを零す。 人形を完成させる。 ただそれだけのことで、あのひとの役に立つというのなら。「あなたが悪いのよ?」 化粧を施しながら目元を親指ですっと撫でる。藍歌に会った時からずっと気になっていた。あの瞳の色はどこまでも美しく誰とも違う色。しかし藍歌は金虎の宗主の第二夫人。手は届かない。 けれども、第四公子は違う。金虎の厄介者で有名だったこの子は、誰にも必要とされていないはずだった。あの日、奉納舞を舞った彼はどこまでも美しく唯一無二だった。あの場にいた誰もが思ったはずだ。 そんな子がなぜか紅鏡から外に出された。あのひとの言った通りになった。あの黒装束の女のような口調の男が、あの夜に言ったその通りに。「あなたは特別な子。あのひとはあなたを殺すなとは言ったけど、それ以外の事はしてもいいと言ったわ。自分の欲望のままに、」 完璧な人形を作る。それが自分の望み。あとはそう、"いらないもの"を処分するだけ。ぜんぶ真っ白にして、あとは自分の思うままに初めから作り直すことで完璧な存在となる。 自分を要らないと言った、宗主や妹のように。 要らないモノ
紅鏡。奉納祭の夜。 無明が毒紅の件で、虎珀の伯父である周芳の目論みを暴き、投獄された後に話は戻る。 その話は他の一族たちの耳に入ることはなかった。金虎の一族の中でも一部の者たちだけが知る事実として、他言無用と箝口令が敷かれたのだ。 そんなことが起きていたとは知りもしない蘭明は、毎年欠かさずに訪れているある場所に足を向けていた。奉納祭の後は静寂だけが残り、あんなに賑やかだった邸の中は今はとても静かだ。 金虎の本邸。 時折、本邸の従者たちとすれ違ったが、その度に丁寧に挨拶をする蘭明は従者たちの間でも好印象しかない。 彼女の行く先を知っている、長く金虎に仕えている老巧な本邸の従者たちは、誰一人として止める者はいなかった。手には菓子の入った、艶やかな黒が美しい小さな取手付きの重箱が握られていた。 向かう先は金虎の第一公子である虎珀の部屋だった。 本邸はとても広く、知らない者はもちろん来て間もない従者は必ず迷う。それくらい部屋の数も多く、入り組んだ廊下やわざと迷わせるための工夫がされてある。同じような通路がいくつもあって、そのどれかは行き止まりだったりするのだ。 宗主や夫人の部屋に関しては、お付きの従者しか解らないようになっている。公子たちでさえも、ひとりで訪れることはない。呼ばれるか予め約束をして、従者に案内してもらうのが規則となっている。 公子たちの部屋はそこまでは複雑ではないため、何度か訪れていれば迷うことはない。蘭明は幼い頃から仲良くしている虎珀に、毎年奉納祭の夜に逢いに行くのが恒例となっていた。「虎珀兄様、蘭明です」 部屋の前で声をかける。少しして、奥の方から足音が近付いて来るのが解った。扉の前でその音は止まり、「蘭明?」と声が返ってきた。「はい。手作りの菓子を持ってきました。よかったら一緒にどうですか?」 ゆっくりと開かれた扉に先に、いつもの笑みがあった。蘭明《らんめい》はその穏やかで誰にでも優しい笑みが、幼い頃から好きだった。「わざわざすみません、せっかく来てくれたのに。今日は少し疲れてしまって········ご一緒したい気持ちはあるのですが、」「いえ、私の方こそすみません。では菓子だけ置いていきます。よかったら食べてください。前に虎珀《こはく》兄様が好きだと言ってくれた、杏子の砂糖漬けです」 手に持っていた小さな重箱を渡し
竜虎たちと落ち合う前。 無明は白笶に背負われていた。最初は抱き上げられたのだが、それはちょっと····と困った顔で嘆願したら、結果このようなことになったのだ。 白虎との契約を終え、堂を後にしたふたりだったが、都の外れにある姮娥の邸までは距離がだいぶあった。夕刻はとうに過ぎており、薄暗くなってきていた。 今はその闇が降りつつある空の上から、都を見下ろしている。灯りはぽつぽつと点いているがどれも疎らで、本来の都であればもっと多くの光があったことだろう。ぼんやりと浮かぶ半月の方がずっと明るく感じた。 春も終わり夏を迎える今の頃は、この時間でもそこまで寒さは感じない。 薄墨色の空を行く白笶の首にしっかりと腕を回して、無明は下に広がる寂しい光を見つめていた。「白笶。これから俺が話すこと、ダメって言わないって誓える?」「······誓う」 理由は訊かずに、しかし少し間をおいて白笶は答えた。本当なら内容次第で止めていてもおかしくはないのだが、本人の中でもう決まっているのだろうことに対して、それをしても意味がないと解っていた。「竜虎たちの集めた情報も聞いてからでないと確信は持てないけど、少陰様の話を聞く限り、たぶん、狙いは俺だと思う」 耳元に近い位置にある無明の声は、どこまでも明るく、不安など全く感じさせない。そのすぐ後に肩に埋められた顔は、白笶には見えるわけもなく、ただ少しだけ左肩があたたかかった。「どういう風に相手が動くかは予想でしかないけど、たぶん、白笶たちは邸にすら入れてもらえないかもね」 わざわざ自分の邪魔をする者たちを招き入れるはずはない。宗主が不在ならば、無明が神子であることを知らない可能性の方が高い。それでも自分を狙う理由として考えられることは、ひとつ。「失踪した少女たちの特徴を聞く限り、今都で起こっているふたつの事件は、いずれもひとつの物事を覆い隠すためのまやかしみたいなもの」 病鬼による疫病と、少女たちの失踪。宗主が倒れ、三女も消えた。姮娥の一族で残っているのは長女と次女のふたり。そのどちらかがこの事件に関わっている。無明はそう確信していた。「会ってみない事にはなんとも言えないし、実際、少女たちがどうなっているかは俺にも予想できない。最悪の事態も考えられる····そうでないことを願いたいけど」「奉納祭の夜に、長女の蘭明が数刻ほ
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