Chapter: 第二章 第5話「僕たちティボー家の初代はね、この国の初代国王の弟だったんだ。 黒目紅眼の美しい顔の持ち主だったらしくてね。数多の女性が彼の心を射止めようと必死になったらしいよ。 だけど彼が選んだのは……美しい銀の髪をした女性だったらしい。女性の方も王弟を想っていて……。 二人は相思相愛の夫婦になって、兄王から公爵位を賜った。それが我がティボー家の始まりだね」 そこで言葉を切ったティボー公爵が、すっかり冷めてしまったお茶を一口含む。 それに倣ってわたしもお茶に口を付ける。さっきまでアン様のお部屋で飲んでいたお茶と同じ味がした。「で、子宝にも恵まれ穏やかな日々を送ってた訳なんだが、ある日二人の息子が『厄災』に目をつけられたことによって彼の人生は嵐に揺られる小舟のように落ち着かない日々に代わってしまったんだよ。 彼の息子は、初代によく似た黒髪と紅眼の持ち主だったらしい。黒が好きな『厄災』は息子を手に入れようとありとあらゆる手段を講じてきたそうだ」 ティボー公爵様の話を聞きながら、首をかしげる。 だって黒髪が好きなだけなら、父親である初代ティボー公爵様でもよかったはずだ。 敢えて息子に目を付けた意味が……あるのだろうか? わたしの疑問に気づいたのだろう。 ティボー公爵が苦笑いを浮かべた。「……『厄災』はね、成人前の少年が好きなんだ」 その時のわたしの心情を察して欲しい。 |我が家《バタンテール》に伝わる内容だけでも『厄介な隣人』は非常に厄介だった。 自らの愉しみだけに他人の不幸を招くどころか引き起こす、文字通りの存在だ。 それが……。 稚児趣味とかっ! 本当に厄介だなっ!!「ははっ! 気持ちはわかるよ。君たちが一番『厄災』に煩わされてきたんだからね。 まぁ、話を戻すと、初代が『厄災』に狙われなかったのは、年が行き過ぎていたから。『厄災』は『黒をその身に持つ未成年の男児』、特に我が血族に固執していてね。 だから......代々我が家では、黒い色を持つ男児が生まれた場合、成人まで女装をさせるようになった
Last Updated: 2025-05-02
Chapter: 第二章 第4話「……という訳で護衛をクビになったんですが……」 ここはティボー公爵家の一室。 目の前のテーブルにはさっき食べ損ねた美味しそうなお菓子の数々。 だけど、さっきとは違う場所、違う人物が目の前にいらっしゃるので気軽に手を出せない。くぅ!「ははっ! 僕は君をクビにした覚えはないかなぁ?」 面白そうに笑うのはティボー公爵様。アン様の……アラン様のお父君であり、わたしの依頼主だ。「はい。わたしもご依頼主様から解任を命じられた覚えはございません。 ただ、護衛対象者が明確に拒否を示されましたので、こちらとしても別の手を考えるしか……」 ふむと思案の表情になってみると、未だ笑いを含んだままティボー公爵様がわたしに訊ねた。「だいたい何を言ってあの子を怒らせたんだい? 見た感じウチの息子の方が君を離さないよう必死だろう?」 田舎令嬢一人捕まえるために、公爵令息様が必死にならないでください。 さて、そんな公爵令息様、いや令嬢様か? を怒らせた原因ねぇ。……一つしかないけど。「ティボー公爵令嬢様の周囲に最近黒い怪鳥が出没しております」 単刀直入にそう告げれば、未だ笑っていたティボー公爵様が硬直した。「それは……」「はい。恐らく『厄介な隣人』が関わっているかと……」 わたしの言葉にティボー公爵様の纏う雰囲気が重くなる。 その反応に……やっぱり……という気持ちが浮かぶ。 それと同時にズキリとした胸の痛みとむかむかした気持ちが湧いてきた。「……そうか。それで彼女は君を遠ざけたということか……」「はい」 ふむ、と顎に指をあて、思案する公爵様。 チラリとわたしを見て目を伏せ、すごい勢いでわたしを再度見た。 この前王宮で見たお兄様の二度見に負けず劣らずの、お手本のような二度見だった。「あのね……?」「はい」「もしかしてなんだけど……」「はい」「レリアーヌちゃん、君……滅茶苦茶怒ってる?」
Last Updated: 2025-05-01
Chapter: 第二章 第3話「もう、貴女は不要よ。同じ部屋にいるのも不愉快だわ。この場から去りなさい。レリアーヌ・バタンテール」 高貴なご令嬢らしく、扇で口元を隠し、特徴的なロアを冠する由来でもある紅い瞳を曇らせたアン様がそう告げた相手は……わたしだった。「……突然どうしました?」 何か悪いものでも食べました? と呟きながらテーブルの上を見やる。 そこにはこのお部屋では恒例となっているアン様が公爵家から持ってきた美味しいお菓子と、わたしがせっせと淹れたお茶が並んでいた。 そう、この恒例の小さなお茶会を始めるまではアン様はいつも通りだった。 いつも通りわたしを揶揄って、わたしの淹れたお茶をわかりにくく褒めてくれて、そして……。 突っかかってくるご令嬢と一緒にいた時に遭遇した黒い怪鳥の話をしたんだ。 そしたらこの有様である。 さすがに急転直下過ぎて訳が……わからなくもないけどさぁ。「どうもしてないわ。わたくしも気づいたの。貴女をわたくしの側に置くのは相応しくないって」「はぁ……」「だから......。もうこの部屋は出て行って。寮母には別の部屋を用意させるわ。 だからもう……二度とわたくしに近づかないで」「……本気ですか?」 真っすぐにアン様の紅眼を見つめる。 一瞬揺れた瞳は確固たる意志を持ってわたしを見返してきた。「あたりまえじゃない」「理由をお伺いしても?」「……理由なんてないわ。ただ……貴女を側に置くことは止めたの」 内なる感情を抑え込んでいることが明らかにわかる、僅かに震えた声でそう告げるアン様の方が……傷ついてるのに。「……さようでございますか」 わたしの返事に、アン様の瞳がぐらりと揺れる。 だけどそれを無理やりに押し込む。扇を掴んでいる手が僅かに震えているのに気付けるのは……鍛錬を重ねて動体視力を鍛えてきた成果だろう。「……そうよ」「畏まりました。……今までお世話になりました」 そう言ってアン様の
Last Updated: 2025-04-30
Chapter: 第二章 第2話「あらぁ~。物の分からぬ田舎令嬢のくせにどういう汚い手を使ったのか公爵令息様のご婚約者になったバタンテール様じゃないですのぉ~」 全ての授業が終わり、後は寮に帰るだけだと女学院の回廊を歩いていたら、いつものご令嬢にいつもの如く絡まれた。 この人も暇だなぁ。相変わらず。 確か伯爵家のご令嬢で、アラン様の婚約者の座を狙ってたから現在婚約者無し。 アラン様が隣国への留学から帰ってくるのを今か今かと待っていたのに、気づいたら『田舎令嬢』と見下していたわたしがアラン様の婚約者に収まってしまって、憤懣やるかたないのだろう。 だからって、顔を合わせたら絡んでくるのやめてくれないかな? 地味に時間をとられて鬱陶しいし、どうもわたしに絡むためにあえて探してるみたいなんだよね。 その情熱、別の事に向けたらいいことあるよ! ……なぁんてわたしが言ったら恐らく手が付けられない程になるだろうから言わないけど。 「はぁ。そうですね」「っ! 相変わらず凡庸ね! なんであなたみたいのがアラン様の御婚約者に選ばれたのかわからないわっ! 何かあくどい手を使って公爵家を脅してるの?! だったらそろそろ手を引きなさないな。取り返しのつかないことになるわよ!」 ……是非ともどう取り返しがつかなくなるのか教えてほしい。 そしてティボー公爵家を脅せるあくどい方法って、相当あくどいですけど、こんな小娘に使えると思います? むしろ脅されてるのわたしでは? ティボー公爵令嬢(アン)様の護衛だったはずなのに、いつの間にか令息(アラン)様の婚約者になっていて……。 いえ、そのおかげで隣国の王族を手に掛けたことが不問になったので、それはそれで助かったんですが。 というか、アン様? ちょっかい掛けてくる人間は粗方対処したとかおっしゃってませんでしたっけ? このお方残ってますけど? ……まぁ、消えていった方々と比べて、この方はわたしに直接突っかかってくるだけなので、あまり危険性はないですけど。 だから見逃されてるのかも?「ちょっと! 聞いて
Last Updated: 2025-04-29
Chapter: 第二章 第1話「黒い鳥……?」 わたしが淹れた薫り高い紅茶を一口含んで満足げに息を吐くアラン様。 ふふん。そうでしょうそうでしょう。今日のは特に美味しく淹れられたと思うんですよね!「うまくなったなぁ。……最初はどうなることかと思ったが……」 ……さすがアラン様、持ち上げてから落としてきますね。 もう一口紅茶を飲んだアラン様が、音を立てずソーサーへとカップを戻す。 流れるようなその美しい動きに見惚れていると、アラン様の紅い瞳がまっすぐわたしを射抜いた。「その……黒い鳥とやらはどこで見たんだ?」「この寮の裏庭ですよ。ちょっとした雑木林のある」 そういうとちょっとだけアラン様が訝し気な表情になった。「そんな場所に何用だ? お前を呼び出して文句をつけるような相手は粗方潰したと思ったんだが……」「物騒なことおっしゃらないでください。朝の鍛錬ですよ鍛錬」 お前の方が物騒じゃないかとおっしゃりますけどねぇ。日々の鍛錬は必要なんですよ。わたし貴女様の護衛ですし? ……そういえば、隣国の件が片付いてアン様が狙われることがなくなったからお役御免では? いやでもティボー公爵(ご依頼主)様から引き上げるような指示も来てないな? だったら指示が来るまでお役目を全うするのみ。「そこで……? 黒い鳥を見たというのか? だいたいなんでそんなその鳥が気になるんだ?」「うーん? なんでですかねぇ? 多分あの鳥普通の鳥じゃなかったからですかねぇ」 お皿の上に品よく盛った焼き菓子に手を伸ばす。 白と黒の二色を組み合わせたクッキーに歯を入れると、さくりとほどけ口の中にバターの芳醇な香りと小麦粉の香ばしい香りが広がった。 さすが公爵家のお菓子! 上品なお味ですね! このお味に慣れてしまって、もう普通のお菓子じゃ物足りなくなっちゃうのでは? ……アラン様と結婚したら、ティボー公爵家に住むことになるから毎日食べられるな? ……いやいやいやいや、お菓子の為に公爵家に嫁入りするのは田舎令嬢には荷が重いわ
Last Updated: 2025-04-28
Chapter: 第二章 プロローグ すぅっと息を吸い込んで、キンと冷たい朝の空気を取り込む。 身体の隅々までいきわたるように深く深く。 そして吐き出す。 細く長く。 肺の奥の空気まで。 全てを。 それを何度か繰り返してから瞑っていた目を開ける。 澄んだ視界に映る木々は、今日も緑濃く鮮やかだ。 今日の朝練にと持っていた模擬剣を正眼に構える。 女学院内では持ち歩けず、取り回しも難しいので滅多に出番がないが、ないからこそ鍛錬は怠れない。 森の中から姿を現した幻の標的を相手取り、剣を振るう。 右へ躱して、剣を薙ぐ。 体勢を落として足を狙う。 倒れ伏した敵に剣を突き立てれば、幻は消え去っていった。 模擬剣を一振りして、鞘に戻す。 辺りはしぃんと静まり返っていた。 不自然なほどに。 周囲に目を向けてもなんの気配もない。 いつもいる鳥の気配も。何一つ感じない。 ぐっと地面を踏みしめて、僅かに腰を落とす。 何が現れてもすぐ対処できるように。 それが……わたしたちバタンテール辺境伯家の在り方だから。 ざわりとうなじの毛が逆立った瞬間、大きな黒い鳥が直ぐ近くの木に降り立った。 油断なく大鳥に、周囲に注意を払う。 まるで時が止まったかのような錯覚を覚えるほどに、黒い鳥に視線を向けたまま膠着する。 黒い鳥もまた、置物のように動かない。 しばしの後。 大鳥は一声不気味な鳴き声を上げると、飛び去っていった。 その瞬間、周囲に音が戻った。 鳥のさえずりが響き、風がそよいで木立を揺らす。 ざわりざわりと騒めくそれに、思わずほっと息を吐く。「……なんだってこんな……」 わたしの呟きは誰に聞かれることなく消えていった。 ◇◇◇ 「……ア? レア?」 女性にしては低めの声がわた
Last Updated: 2025-04-27