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日暮ミミ♪
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Novels by 日暮ミミ♪

拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

「お元気ですか? わたしは今日も元気です――。」 山梨の養護施設で育ち、高校進学を控えた相川愛美は、施設に援助してくれているある資産家の支援を受けて横浜にある全寮制の名門女子校へ進学。〝あしながおじさん〟と名付けたその人へ、毎月手紙を出すことに。 しばらくして、愛美は同級生の叔父・純也に初めての恋をするけれど、あるキッカケから彼こそが〝あしながおじさん〟の招待であることに気づいてしまい……。 (原作:ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』)
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Chapter: 誤解と嫉妬 page8
「いやあ、珠莉ちゃんには話しにくくてさ。珠莉ちゃんとは将来、結婚も考えてるけど。あっちの家柄すげえじゃん? だから何か、仕事辞めたいって言うのもみっともないっつうか、男としてのプライドが邪魔して」「プライドって……。そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? 大事なことじゃない。本気で珠莉ちゃんと結婚したいって思ってるなら、なおさらちゃんと話さないとダメだよ。それに、こういうことしてたら珠莉ちゃんにわたしとのこと誤解されちゃうし」「それは……困るよなぁ」 治樹さんが眉根を寄せて頬をポリポリ掻く。 愛美だって、三年かかって親友になれた珠莉に嫉妬されて、関係がギクシャクしてしまうのはイヤだ。それに、純也さんから誤解されるのもイヤなのだ。治樹さんは愛美にとって親友の兄であり、兄のような存在でしかないのだから。「うん。だからね、ちゃんと珠莉ちゃんにも話した方がいいと思うな。結婚まで考えてるなら、珠莉ちゃんにも無関係な話じゃないんだし」「だよなあ。……分かったよ、ここは愛美ちゃんのアドバイスどおりにするかな」「それがいいよ」 愛美はとりあえずホッとひと安心して、レモンティーを飲んでいたけれど。大きな窓の外に見慣れた車を見つけて、驚いて思わず二度見してしまう。(あの車は純也さんの……。でも、どうして彼がこの町に?)「愛美ちゃん、どうかした?」「あ……、ううん。ちょっとね、知り合いの車が見えた気がして」「もしかして彼氏? 珠莉ちゃんの叔父さんだっけ」「うん……、まあ……そんなところ」 今日、彼が横浜に来るなんて、愛美には一言も連絡してきていなかったはずなのに。どうして彼がここに来ているんだろう?(……そういえばわたし、午後から一回もスマホ見てないかも) スマホのロックを解除すると、純也さんからのメッセージの通知が一件入っていた。『愛美ちゃん、俺、今日一日予定が空いたんだけど。 今から会いに行っていいかな?』「…………マジで?」 純也さんは愛美からの返信を待たずに、横浜まで車を飛ばしてきたらしい。(純也さん……! サプライズで会いに来たかった気持ちは分からなくもないけど、せめてわたしが返事するまで待とうよ……。こっちにも都合ってものがあるんだから) 愛美は頭を抱えた後、ふとあることに気がついた。彼はもしかしたら、愛美が治樹さんと一緒にこのフ
Last Updated: 2025-06-18
Chapter: 誤解と嫉妬 page7
「愛美ちゃん、久しぶり。……っていうか、もういい加減敬語やめない? オレにとってはもう、君は妹みたいなものなんだからさ」「あー……、うん。――ところで治樹さん、今日も仕事なの? 土曜日だけど」 土曜日なら多分、一般企業はだいたい休みのはずだけれど。「そうなんだよ。今オレ、営業やってるんだけどさ、成績がなかなか伸びなくて。土曜日も返上して頑張ってんだ。おかげで昼メシもまだなんだよ」 と言うのが早いか、治樹さんのお腹がグゥ~~……と鳴った。ちなみに時刻は午後二時半。ランチタイムは終わっている時間である。「愛美ちゃん、この後時間あるならオレのメシに付き合ってくんない? っていっても、この時間だとファミレスくらいしかメシ食えるところないかな」「いいよ。わたしはお昼済ませて出てきたから、お茶とスイーツでよければ付き合うよ」 ――というわけで、二人はそこから徒歩数分のところにあるファミレスに入ったのだけれど。まさかこの後、思いもよらない事態を巻き起こすことになるなんて、愛美はまだ知るはずもなかった。   * * * *「――久しぶりだね、愛美ちゃん。高校の卒業式以来かな。元気だった?」「うん、元気だったよ。治樹さんは……ちょっとやつれた?」 テーブルで向かい合わせに座り、治樹さんはよほどお腹が空いていたのか唐揚げ定食をモリモリ平らげている。愛美はパンケーキとホットのレモンティーでお付き合いしていた。「社会人になるとさ、色々と大変なんだよ。……って、愛美ちゃんももう知ってるか」「わたしの仕事は、自分がずっとやりたかったことだから。学校の勉強と執筆の両立は確かに大変だし、初めてボツを食らった時はめちゃめちゃヘコんだけど、辞めたらバチが当たっちゃうよ。それにわたし、やっぱり小説を書くのが好きだから」 自分が幼い頃から抱いていた夢を叶えたからこそ就くことができた職業だから、愛美は一生ものだと思っている。だからこそ逃げ出すことができないし、失敗しても誰のせいにもできなくて大変だけれど。「オレ、今の会社に入って一年過ぎたけど。今さらになって気づいたよ。営業向いてねえのかなーって。だからもう、会社辞めようかどうしようか悩んでて」「えっ、会社辞めちゃうの? 営業じゃなくて他の部署に変わるとか、そういう選択肢はナシで?」「ああ、なるほどなぁ。そういう選択肢もア
Last Updated: 2025-06-06
Chapter: 誤解と嫉妬 page6
「それに、叔父さまはあなたが夢を叶えて作家になったことで、十分投資した分は返してもらったとお思いのはずよ。だからもう、お金のことは気にしなくていいんじゃないかしら」「そっか、援助じゃなくて投資か……。そういう考え方もあるんだね」 珠莉の言葉に、愛美は目からウロコが落ちた。「援助してもらった」と思うから、出してもらったお金は返さなければと思っていたけれど。あれが彼の先行投資だったと考えたら、そのおかげで作家デビューを果たした時点でもう、投資された分にはちゃんと報いることができているわけである。「じゃあもう、お金のことは気にしなくていいってことだよね……」 とりあえず、純也さんちの結婚に向けてのハードルは一つなくなったと考えていい。それが分かった愛美はひとまずホッとしたのだった。   * * * * ――それからしばらく経った、五月の大型連休明けの土曜日の午後。「――相川先生、お疲れさまでした! ですが、何も直接原稿を手渡すために僕を横浜まで呼ばなくても……。データをメールで送って下さるだけでよかったのに」 渾身の一作をやっと書き上げた愛美は、それをわざわざプリントアウトした紙の原稿を持って、編集者の岡部さんと待ち合わせをしていたカフェへ出向いた。 長編小説の原稿の封筒が入ったトートバッグはすごく重くて、正直肩が抜けそうだった。でも、愛美はあえてそうしたのだ。「原稿、重かったでしょう?」「ええ、まあ。肩を脱臼するかと思いました。でも、この原稿の重みを自分でも嚙みしめたくて。メールで送るだけじゃ何だかこの原稿を軽々しく扱ってるような気になるので、せっかく魂を込めて書いた原稿に申し訳なくて」 苦笑いをする岡部さんに、愛美は力説しながら封筒を手渡した。「先生がそこまでおっしゃるってことは、相当思い入れの強い作品ということですね。分かりました。では、じっくり読ませて頂きます。今度こそ出版が決まるよう、僕もめいっぱいプレゼンさせて頂きますので」「はい。岡部さん、よろしくお願いします。この作品はどうしても世に出したいので。すべてはあなたにかかってますからね」 愛美は深々と頭を下げ、飲みかけのアイスカフェラテを一気に飲み干すと、支払い伝票を引き取った。岡部さんがこの後、他の作家と新作の打ち合わせが入っていると言ったことを思い出したのだ。「すみません!
Last Updated: 2025-05-27
Chapter: 誤解と嫉妬 page5
 迷いの原因は、自身が児童養護施設で育ったことだ。初めて辺唐院家へ行って挨拶した時の反応でさえあんなにひどかったので、「純也さんと結婚したい」なんて言ったらもう、「どうせ財産目当てでたぶらかしたんでしょう」と嫌味を言われることは目に見えている。 それを察したらしい珠莉が、愛美に申し訳なさそうに言った。「それって、私の両親のことね? 施設出身のあなたが純也叔父さまと結婚したいなんて言ったら、お母さまから財産目当てだとか言われるんじゃないかって心配してるんでしょう?」「うん、そうなの。わたしは別に、自分の境遇をコンプレックスに感じてはいないけど、周りの人はそうじゃないんだってあの時痛いほど分かったから」「世の中、そんな人ばかりじゃなくてよ。あの人たちが異常なのよ。それに、叔父さまと結婚するからって、必ずしも辺唐院家の一員になるわけじゃないわ。だから、そこは気にする必要ないんじゃないかしら」「……そうだよね。純也さんなら、わたしを無理矢理親族の集まりに引っ張り出すようなことはしないよね」 愛美のことを大事に思ってくれている彼なら、結婚後も極力愛美を親族との関わりから遠ざけてくれるだろう。愛美が傷付かないよう、そのあたりの配慮はしてくれると思う。 でも……、愛美が結婚をためらう理由はもう一つあるのだ。「ただね、これはただわたしが一方的にこだわってるだけなのかもしれないけど。わたしって、純也さんからお金を援助してもらってる立場だったわけじゃない? だから、彼に出してもらったお金を返し終わるまでは対等な立場になれないと思うの。そんな状態で結婚してもうまくいかないんじゃないかな、って」「愛美、気にしすぎだよ。純也さんはそんなこと望んでないかもしれないじゃん。お金返してもらうつもりで援助してたんなら、愛美が奨学金受けるようになった時点でとっくに手を引いてるはずだよ」「私もそう思うわ。叔父さまは気前のいい方だから、返済なんて最初からお望みじゃなかったはずよ。あなたの前に叔父さまの援助を受けていた人たちも、お金は返済していないんじゃなくて?」「……さあ、どうだろ? 園長先生もそこまではおっしゃってなかったし。わたしも訊かなかったけど」 愛美は首を傾げたけれど、親友二人がそう言うのならきっとそうなんだろう。純也さんはきっと、愛美がお金を返そうとしても「そんなつも
Last Updated: 2025-05-26
Chapter: 誤解と嫉妬 page4
 現金書留の封筒の字は、もっと年配の人が書くような達筆だった。ということは、あれはやっぱり秘書である久留島さんの筆跡ということだろう。「それとね、わたし、今大学で『あしながおじさん』の物語について研究してるでしょ? それで思ったんだけどね、ジュディってどうして筆跡で『もしかしたらおじさまとジャービスは同一人物かも?』って気づかなかったんだろう、って思ったの」 彼女もそれに気づいていたら、あの二人の恋だってあんなに回り道をすることもなかったんじゃないかと愛美は思ったわけである。 愛美と違って、ジュディはジャービスと何度も手紙のやり取りをしていた。つまり、彼の筆跡をしょっちゅう目にしていたはず。それなのに、どうして筆跡から見破ることができなかったのだろう? それとも、ジャービスもやっぱり純也さんと同じように(かどうかは分からないけれど)左右で筆跡を変えていたのだろうか?「それは多分、英語の筆記体じゃ筆跡の違いを見分けるのが難しいからだと思うわ。同じ人が書いても、日によって変わったりするもの。だから、ジュディも同じ筆跡だとは気づかなかったんじゃないかしら」「ああ、それはあり得るかも」 珠莉の推理に、さやかも納得した。ちなみに、二人とも高校時代から、愛美の影響を受けて『あしながおじさん』を読むようになったらしく、今では愛美がこの話題を持ち出してもついてこられるようになっている。「なるほどねー、筆記体か……。本ではブロック体になってるから、そこまで考えなかったなぁ」 この二人と話していると、愛美は自分の知識がどんどん深くなっていくような気がした。自分の気づかなかったポイントに気づいてもらえることもあるので、ものすごく勉強になる。「あとね、もう一つ理由があって。多分この先、わたしと純也さんって結婚に向けて動いていく流れになると思うんだ。彼の年齢からして、向こうの……あ、ゴメン。珠莉ちゃんの親族が言い出さないわけがないと思うの。そしたら、婚姻届とかで彼の字を見る機会も増えるでしょ? だから、わたしも彼の字を知らないまんまじゃいられないかな、って。もちろん、まだ大学生だから今すぐってわけにはいかないけど」 愛美自身は純也さんに結婚を申し込まれたら、喜んで受け入れようと思っている。ただ、あの辺唐院家に嫁ぐのにはまだ抵抗があるけれど。「……愛美、純也さんと結婚す
Last Updated: 2025-05-21
Chapter: 誤解と嫉妬 page3
「……えっ? いきなり何ですの?」「愛美、どしたの? 急になんでそんなものを」「その理由はね、これ」 愛美は自分の机の引き出しから、小さな封筒を取り出した。その中身は少しくたびれた二つ折りのメッセージカード。「これね、わたしが入院した時に、おじさまから送られてきたお見舞いのメッセージカードなの」「入院って、あのインフルエンザの時の?」「そう。わたしね、この字と純也さんが普段書いてる字が同じなのかずーーっと気になってて。でね、そういえば三年前、珠莉ちゃん宛てに純也さんからレターパックが届いてたなってついさっき思い出して。どうして今まで気づかなかったんだろう」「それで、二つの筆跡を見比べたくなった、と。それは分かったけど、そんな三年も前の封筒なんてもうとっくに処分してるんじゃないの? 引っ越しのどさくさでどっかに行っちゃったとか。今の今まで取ってあるわけ――」「あら、ありますわよ」 珠莉がサラッと即答したので、さやかがのめった。「……って、あるんかい! アンタもなんで取ってあるのさ、そんなもの」「叔父さまがわたしに荷物を送って下さるなんて初めてだったものだから、あら珍しいと思って取っておいたのよ。ええと、確かこの辺りに……あったわ!」 珠莉は机の本棚を物色し、大学で使うファイルや雑誌の間に挟まっていたそれを見つけた。 「まさか、こんな形で愛美さんの役に立つなんて思わなかったけど。……で、これをどうするんですの?」「ありがと、珠莉ちゃん。とりあえず、このカードと封筒を横に並べてルーペで見比べてみる」 愛美はいつだったか百円ショップで買ってあったルーペを机の引き出しから取り出し、二つの筆跡を比較し始めた。……けれど。「う~ん……。やっぱりちょっと違う気もするけど……、よく分かんないなぁ」「純也叔父さまは両利きでいらっしゃるから、もしかしたら左右で筆跡を使い分けてらっしゃるのかもしれないわね」「なるほど、両利きか……」 彼が両利きだったなんて、愛美は今まで知らなかった。というか、知ろうとも思ったことはなかったけれど。「っていうかさあ、愛美。筆跡鑑定のプロでもない限り、正確な筆跡鑑定なんて不可能なんじゃないの? アンタみたいな素人にできるわけないじゃん」「だよねえ……」 それもそうだ。誰もが簡単に筆跡鑑定できるなら、プロの鑑定人なん
Last Updated: 2025-05-19
トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~

トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~

大財閥〈篠沢(しのざわ)グループ〉の先代会長だった父の急死を機に、17歳でその後継者となった一人娘の絢乃(あやの)。 そんな彼女を献身的に支えるのは、8歳年上の秘書・桐島(きりしま)貢(みつぐ)。彼は自身をパワハラから救ってくれた絢乃に好意を抱き、その恩返しに秘書となったのだった。 絢乃もまた桐島に初めての恋をしていたが、自分の立場や世間の注目が彼に集まってしまうことを危惧して、その恋心を内に秘めていた。 ところがある日の帰宅時、桐島の車の中で彼にキスをされたことにより、絢乃は彼の自分への秘めた想いに気づいてしまう──。 初恋に揺れ動くキュートなお嬢さま会長と、年上ポンコツ秘書とのラブストーリー。
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Chapter: エピローグ PAGE3
「貴方は出会ってから、わたしに色んなことを教えてくれたよね。パパの余命を前向きに捉えることとか、悲しい時には思いっきり泣いていいんだってこと、緊張した時のおまじない、それから」「えっ、そんなにありましたっけ?」 彼はここで驚いたけれど、わたしがいちばん伝えたい大事なことはこの先だ。「うん。……それから、恋をした時の喜びとか苦しさも、わたしは貴方から教えてもらったの。だから、この先もずっと貴方に恋をし続けていくよ」「はい。僕も同じ気持ちです。あなたに一生ついて行きます」「だから、それって花嫁のセリフだってば」 わたしはまた笑った。「――絢乃、桐島くん。式場のスタッフが呼んでるわよ。『そろそろフォトスタジオにお越し下さい』って」 控室のドアをノックする音がして、オシャレなパンツスーツを着こなした母が一人の中年男性を伴って入ってきた。「はい、今行きます! ――絢乃さん、では僕は先に行っていますね。フォトスタジオでお待ちしています」「うん、分かった。また後でね」 控室を後にする彼を振り返ったわたしは、母と一緒に立っている人物に目をみはった。 父に顔はよく似ているけれど、父より少し年上の優しそうな紳士――。「やぁ、絢乃ちゃん。久しぶりだね。結婚おめでとう」「聡一(そういち)伯父さま……」 それは、アメリカから帰国した父方の伯父、井上聡一だった。伯父にも招待状を送っていて、出席の返事はもらっていたけれど、どうして母と一緒に控室を訪ねてきたのかは分からなかった。「今日は、来てくれてありがとう。……でも、どうしてわざわざ控室まで?」「加奈子さんに頼まれたんだ。源一の代わりに、絢乃ちゃんと一緒にバージンロードを歩いてほしい、って。私は父親じゃないが、君の親族であることに変わりはないからね」「…………伯父さま、ありがとう……。パパもきっと喜んでくれてるよ……」 伯父の優しさが心に沁みて、わたしは感激のあまり泣き出してしまった。「あらあら! 絢乃、泣かないで! せっかくキレイにメイクしてもらったのに崩れちゃうわ」「うん、……そうだね。こんな顔で行ったら貢がビックリしちゃうよね」 慌てる母に、わたしは泣き笑いの顔で頷いた。 その後母に呼ばれたヘアメイク担当のスタッフさんにお化粧を直してもらい、わたしはウェディングプランナーの女性に先導され、母
Last Updated: 2025-02-28
Chapter: エピローグ PAGE2
 彼はブルーのアスコットタイを結んでいる。これは「サムシング・ブルー」になぞらえたらしいのだけれど……。「貢……、それって新婦側の慣習じゃなかったっけ?」 わたしは婿を迎え入れる側だけれど、とりあえずこの慣習を取り入れてイヤリングと髪飾りをブルーにした。でも、新郎側がこれを取り入れるなんて聞いたことがない。「まぁ、そうなんですけどね。僕も気持ちのうえでは嫁(とつ)ぐようなものなので」「……そっかそっか。まぁいいんじゃない? 今は多様性の時代だしね」 何も古くからのしきたりに囚(とら)われることはないのだ。これがわたしたちの結婚の形、と言ってしまえばそれまでなんだから。「ところで貢、知ってた? ママがこれまで断ってきた、わたしの縁談の数」「いいえ、僕は聞いたことありませんけど。……どれくらいあったんですか?」「聞いて驚くなかれ。なんと二百九十九人だって!」「えっ、そんなにいたんですか!? 逆玉狙いの男性が」 彼はわたしの答えを聞いて、愕然となった。彼の解釈は間違っていない。「ママね、わたしが小さい頃からずっと言ってたの。『絢乃には、本心から好きになった人と幸せを掴んでほしい』って。よかったよー、貢がその中に入らなくて」「そうですね。これが絢乃さんにとって、いちばんの親孝行ですよね」「うん。わたし、貢となら絶対に幸せになれると思う。やっぱり、貴方とわたしとの出会いは運命だったんだよ。貴方に出会えて、ホントによかった」「僕も、絢乃さんに出会えてよかったです。もう二度と恋愛なんてゴメンだと思ってましたけど、そんな僕をあなたが変えて下さったんです。ありがとうございます」 こうして向かい合って、お互いに感謝の気持ちを伝え合えるってステキなことだとわたしは思う。この先もずっと、彼とはこういうステキな夫婦関係を築いていきたい。「絢乃さん、こんな僕ですが、末永くよろしくお願いします」「……何かそれ、もう完全に花嫁さんのセリフだよね」 思いっきり立場が逆転しているなぁと思うと、わたしは笑えてきた。「でも、わたしたちって最初っから一般的なオフィスラブと立場が逆転してるんだよねぇ」「……まぁ、確かにそうですよね」 貢もつられて笑った。今日みたいないいお天気の日には、笑顔での門出が似合う。梅雨の時期なのに今日は朝からよく晴れていて、絶好の結婚式日
Last Updated: 2025-02-28
Chapter: エピローグ PAGE1
 ――こうして、わたしと貢の関係は恋人同士から婚約関係となった。ちなみに、あの騒動のおかげでわたしたちの関係は世間的に公になったのだけれど、これは喜ぶべきだろうか? 真弥さんはあの日撮影した映像を、自分のアカウントでもXにアップしていて、その投稿は見る間に拡散したらしい。〈彼氏登場! いきなりハイキックとかカッコよすぎww〉〈彼氏、ヒーローすぎてヤバい〉 などなど、称賛のコメントと共に思いっきりバズっていた。  去年のクリスマスイブは彼と二人きりで過ごし、婚約指輪はそこでクリスマスプレゼントとして彼からもらった。小粒のダイヤモンドがはめ込まれたシンプルなプラチナリングで、多分価格もなかなかのものだったはず。彼の男気を感じて嬉しかった。 誕生日にもらったネックレスとともに、この指輪もわたしの一生の宝物になるだろう。 その夜は彼のアパートに泊まり、彼の小さなベッドの上で一緒に朝を迎えた。わたしの後から起きてきた彼と目を合せるのが照れ臭かったことが忘れられない。でも、それが結婚生活のリハーサルみたいに思えて、心躍ったのも確かだ。 三月の卒業式には、母と一緒に貢も出席してくれたので驚いた。母の話によれば、その日は一日会社そのものをお休みにしたんだとか。会長の新たな出発の日だから、社員一丸となってお祝いするように、と。「ママ……、何もそこまでしなくても」と呆れたのを憶えている。 四月最初の日曜日、両家顔合わせの意味も込めて我が家で食事会をした。料理は専属コックさんと母、わたしと史子さんで腕によりをかけて作り、デザートのイチゴのシフォンケーキもわたしが作った。桐島さんご一家のみなさんも「美味しい」と喜んで、テーブルの上にところ狭しと並べられた料理を平らげて下さった。 そこで、わたしと貢は驚くべき事実を知った。なんと、悠さんがお付き合いしていた女性と授かり婚をしたというのだ! 顔合わせの席にはその奥さまもお見えになっていて、お名前は栞(しおり)さんというらしい。年齢は貢の二歳上で、悠さんが店長を務められているお店の常連客だったそう。そこから恋が始まり、お二人は結ばれたというわけだった。……ただ、順番が違うんじゃないだろうかと思うのは考え方が古いのかな……。 そこから彼が我が家で同居することになり、二ヶ月が経ち――。 本日、六月吉日。愛する人と二人で選
Last Updated: 2025-02-28
Chapter: 大切な人の守り方 PAGE15
「――絢乃さん、僕、覚悟を決めました。あなたのお婿さんになりたいです。僕と結婚して下さい。お父さまの一周忌が済んで、絢乃さんが無事に高校を卒業して、そうしたら。……で、どうでしょうか」「はい。喜んでお受けします!」 彼からの渾身のプロポーズに、わたしは喜び全開で頷いた。エンゲージリングはまだなかったけれど、気持ちのうえではもう、二人の結婚の意思は確固たるものになっていた。 思えば初めてわたしの気持ちを彼に伝えた時、子供っぽい告白になってしまった。でも今なら、彼にとっておきの五文字で想いを伝えられるだろうか。あの時から少し大人になったわたしなら……。「貢、……愛してる」「僕も愛してます、絢乃さん」 わたしたちは熱いハグの後、長いキスを交わした。「――ところで、絢乃さんは高校卒業後の進路、どうされるんですか? 僕、まだ教えて頂いてないんですけど」 帰り道、彼が器用にハンドルを切りながらわたしに訊ねた。……おいおい、今ごろかい。「わたしね、大学には進学せずに経営に専念しようと思ってるの。やっぱり好きなんだよね、会長の仕事とか会社が」「……なるほど」「ママは最初、大学に進んでもいいんじゃないか、って言ってくれたんだけど。最後には折れてくれたの。わたし、これまでよりもっともーっと会社に関わっていきたいから」「加奈子さん、絢乃さんに甘々ですもんね」「うん、まぁね。ちなみに、里歩は大学の教職課程取って、高校の体育教師目指すんだって。唯ちゃんはプロのアニメーターを志して、専門学校に進むらしいよ」 卒業後の進路はバラバラでも、わたしと里歩、唯ちゃんとの友情はこれから先も変わらない。きっと。
Last Updated: 2025-02-28
Chapter: 大切な人の守り方 PAGE14
「――改めて、貴方には心配をおかけしました」 わたしはいつもの指定席である助手席ではなく、後部座席で彼に深々と頭を下げた。「ホントですよ。あれほど無茶なことはするなと言ったのに。ヘタをすれば、絢乃さん、アイツにケガさせられてたかもしれないんですからね?」 彼はまだご立腹のようだった。でも、それはわたしのことが本当に心配だったからにほかならない。「だーい丈夫だって。そのためにあの頼もしいお二人にも協力してもらったわけだし。いざとなったらボディーガードをしてもらうつもりで――。まあ、結局は貴方に助けられたわけだけど」「イヤです」「…………は?」 彼に唐突に話を遮られ、わたしはポカンとなった。「イヤ」って何が?「あなたが他の人に守られるなんて、僕はイヤなんです。あなたを守るのは僕じゃないとダメなんです。……すみません、ダダっ子みたいなことを言って」「ううん、別にいいよ。貴方の気持ち、すごく嬉しいから」 むしろ、ダダっ子みたいな貴方が可愛くて愛おしくて仕方がないんだよ、とわたしは目を細めた。「でも、今日ほどわたしは貴方に守られてるんだなって思ったことはなかったかも。ホントにありがと」 わたしはいつも、自分が彼を守っているんだと思っていた。でも、時々こうやって自分を顧(かえり)みずに無茶なことをしでかすわたしを助けてくれているのは貢だった。それは秘書としても、彼氏としても。「わたし、いつもこうやって貴方のことを助けてるつもりでも、結局のところは貴方に助けられてるんだね」 父の病気が分かってショックを受けた時、父が亡くなった時、親族から心ない罵声を浴びせられた時。それから会長に就任した時もそうだった。彼はいつもさりげなく、わたしの心の支えとなってくれていたのだ。彼の優しくて温かい言葉に、わたしはどれだけ救われてきたか分からない。「今ごろ気づかれたんですか? 僕の大切さが」「……うん、ごめん。でもありがと」「それにしても、僕を守るなら他に方法くらいあったでしょう? あえて僕と離れて、中傷の目を遠ざけるとか」「それは、わたしがイヤだったの。たとえ貴方を守るためでも、貴方と離れるなんてダメだと思った。だったら、一緒にいながら貴方を守る方法を取った方がいい、って。……まぁ、その分お金はかかったし、ちょっと危ない橋も渡っちゃったけど」 傍から見れば
Last Updated: 2025-02-28
Chapter: 大切な人の守り方 PAGE13
 ――作戦は無事成功したものの、わたしは何だかワケが分からなかった。わたしもまたドッキリにかけられたような気持ち、というのか……。「……どうして貢がここに? 打ち合わせでは、あの場で登場するのは内田さんだったはずじゃ」「ああ、内田さんから連絡を頂いたんです。今日、絢乃さんが危ない目に遭うかもしれないから、新宿駅前に来てほしい、って」「相手が激昂してる時に、見ず知らずの男が現れたら事態が余計に悪化するかもしれないと思ってな。ここは格闘技を習得した彼氏に花を持たせてやった方がいいかな、って」「内田さん、そういうことは事前に教えておいてくれないと。わたしをドッキリにかけてどうするんですか!」 そういう問題じゃない気もしたけれど、わたしはとにかく一言抗議しないと気が済まなかった。「悪い悪い。でも、桐島さんが間に合ったんだからよかったじゃん」「そうですよ! 僕が間に合ったからよかったですけど、下手したら絢乃さん、本当に危ないところだったんですからね!?」 彼が怒っているのは、わたしのことを本気で心配してくれていたからだ。だからわたしは叱られているのに嬉しかったし、自分の無謀な行動を猛省した。「……ごめんなさい」「でも、無事でよかった……。本当によかった」 彼は深いため息をつくと、ここが公衆の面前だということもお構いなしにわたしをギュッと抱きしめた。「ちょっ……、貢……?」 彼はわたしを抱きしめたまま震えていた。泣いてはいないようだったけれど、それだけでわたしへの心配がどれくらいのものだったかが伝わってきた。 わたしは彼の背中に手を回し、そっと背中をさすった。父の葬儀の日、泣けなかったわたしに彼がそうしてくれたように。「ごめんね、貢。心配かけちゃって、ホントにごめん。……でも、心配してくれてありがと。もっと他に方法はあったはずなのにね。わたし、これくらいの方法しか思いつかなくて」 路上で抱き合っていると、周りが何だかザワザワと騒がしくなってきた。「……とりあえず、クルマに乗って下さい。話はそれからです」「そう……だね」 これ以上のイチャイチャは人目が気になるので、わたしたちは彼のレクサスへと移動することにした。「じゃあ、あたしたちもこれで撤収しまーす♪ あとはお二人でどうぞ♪」「絢乃さん、オレたちこれで五十万円分の働きはしたよな?」
Last Updated: 2025-02-28
恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~

恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~

〈篠沢グループ〉も新年度を迎えた。 その中枢・篠沢商事の秘書室に、一人の女性新入社員が配属される。 彼女の名前は矢神麻衣(やがみまい)。何事にも一生懸命だけれど人見知りが激しく内気な彼女は絢乃や桐島などの上司からの評価も上々だが、実は大学時代の自称〝元カレ〟・宮坂耕次(みやさかこうじ)からストーキング行為を受けており、麻衣はそのことを誰に相談していいのか分からなかったのだ。 麻衣に想いを寄せ、陰ながら彼女を守っている同期入社の入江史也(いりえふみや)は彼女と宮坂の大学時代の同級生でもあり、この事態をどうにか解決しようと奮闘するけれど……。 果たして両片想いの爽やかな恋の行方は……!?
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Chapter: 宮坂耕次という男 PAGE5
「でも、宮坂くんがあんなふうになっちゃったのってわたしにも原因があるんだよね。やっぱり、告白された時にハッキリ断わってたらこんなことには――」「それは違うだろ。アイツ、出会ったばっかの頃からお前にやたら執着してたし、元々ヤベえヤツだったんだって。だからお前が責任感じることなんかねえよ。そんなふうに思ってたらお前、アイツの思う壺じゃん。だから、『自分が悪い』なんて考えるな。分かった?」 入江くんは美味しそうにカツカレーをガツガツ食べながら、小川先輩と同じようなことを言ってわたしを慰めてくれた。彼はわたしと(友だちとしての)付き合いが長いので、言いたいことはズバッと言ってくれる。「……うん、だね。っていうかさっき、小川先輩にも同じようなこと言われたなぁ」「だろ? 誰が聞いたっておんなじこと言うよ。とにかく、今はちゃんとメシ食えよ」「うん」 入江くんと話せたことで、少し食欲が戻ってきたわたしは、焼きサバ定食をキレイに平らげたのだった。   * * * * ――その日の帰り、入江くんは入社式の日の夜と同じように、わたしをちゃんとマンションのエントランスまで送り届けてくれた。「入江くん、送ってくれてありがと。お疲れさま。気をつけて帰ってね」「オレは大丈夫だよ。つうかお前こそ気をつけろよ。ちゃんと戸締りして、インターフォン鳴ったら相手確かめてから出るようにしろ。不用心に玄関に出るなよ」「うん、分かった」 宮坂くんが会社まで来るようになってしまった以上、このマンションにまで来るだろうことは簡単に想像できる。インターフォンが鳴っても、出るのが怖いくらいだ。「でも、いつまでこんなのが続くんだろうな。いや、オレは別に構わねえんだけどさ、お前息詰まっちまうよな……」「それなら大丈夫。今度の日曜日にね、佳菜ちゃんと遊びに行くことになったから。映画観て、帰りにわたしの服、佳菜ちゃんが見立ててくれるって」「おー、そっか。よかったじゃん。気分転換に二人で行ってこい」「うん! ホントは入江くんも一緒に行けたらいいんだけど……ムリだよね」 こんなことを言ったら彼を困らせるだけだとわたしも分かっているし、彼に依存じているみたいなのが自分でもイヤだ。彼にも彼の都合というものがあるはずだから。「うん……。その日はオレ、ちょっと別の用事があるんだ。ゴメンな。あっ、でも相
Last Updated: 2025-06-18
Chapter: 宮坂耕次という男 PAGE4
 ――お昼休み。わたしはいつもどおり社員食堂に来て昼食を摂っていたけれど、何だか食欲が湧かなかった。「…………はあぁぁ~~~~っ」 注文していたのは焼きサバ定食のゴハン少なめ。お魚を選んだのは、お肉よりもあっさりしていそうだからこれなら食べられるかな、と思ったからだったのだけれど……。あまり変わらなかった。何だか胃がキリキリ痛んで、ゴハンが喉を通らないのだ。 こういう時、佳菜ちゃんでもいてくれたら少しはおしゃべりして気が紛れるのだけれど、『今日は同じ部署の人にランチを奢(おご)ってもらうから』とメッセージが来ていた。まあ、彼女にだって彼女なりのお付き合いがあるんだし、それは仕方のないことなんだけど。「――あれ? 矢神、お前昼メシそれだけ? ちゃんと食わねえと午後からもたねえぞ」「あ……、入江くん。今日はなんか食欲なくて」「なんで? どっか悪いのか?」 心配そうに訊いてくれた彼に、わたしはあのことを話すべきか悩んだけれど、結局打ち明けることにした。「そういうわけじゃないんだけど……。今日の午前中にね、宮坂くんがわたしを訪ねてこの会社に来てたみたいなの」「何だって? アイツが!?」「ちょっ、入江くん! シーッ! 声大きいよ。入江くんはただでさえ地声が大きいんだから、気をつけないと」 彼が大声を張り上げたので、周りの人が「何だ何だ」とこちらのテーブルを振り返ってくる。その中には会長と桐島主任のカップルもいたので、わたしは慌てて彼をたしなめた。「あ、悪(わ)りい。……でも、まさか会社まで押しかけてくるなんてな。お前、大丈夫なのか?」「うん。受付からの内線電話を取って下さったの、桐島主任だったんだけど。わたしの怯えようを見て、機転を利かせて追い返すように言って下さったからわたしは会わずに済んだの。これから先も、宮坂くんのことは取り次がないようにって受付の人に釘を刺してくれたって」「そっか、それならいいけど……。よし、決めた! 今日から帰りはオレがお前をマンションの前まで送ってく。あと、朝もマンションまで迎えに行くよ」「ええっ!? いいよそんなの! なんか申し訳ないよ! 朝もなんて、早起き大変だよ?」 いくら何でも、それは過保護すぎないだろうか? 彼がわたしのことを心配してくれている、その気持ちはものすごく嬉しいけれど……。「オレのことはこの
Last Updated: 2025-06-16
Chapter: 宮坂耕次という男 PAGE3
 ――宮坂くんは入江くんと違って、大学からの同級生だった。彼は入学した時から、わたしのことをロックオンしていたらしい。 もっと可愛い子なんて他にもいっぱいいたのに、どうしてわたしみたいな地味で目立たない子がよかったんだろう? それは今でも不思議に思っている。 ……と、ここまではよくある一目ぼれだったのかもしれないけれど、宮坂くんの異常さはここからだ。 わたしは二年生の頃に一度、彼から告白されたけれど、ずっとハッキリとは返事をしていなかった。それにも関わらず、彼はわたしの彼氏になったつもりでしつこくつきまとってきたのだ。そのうえ、わたしと付き合ってもいない入江くんを目の敵にするようになった。 それ以来、彼はことあるごとにわたしのスマホに電話攻撃や大量のメールやショートメッセージを送りつけてくるようになり、それを無視すれば「どうして返事をくれないんだ」「どうして電話に出てくれないんだ」と所かまわず構ってちゃんになる。「俺たち付き合ってるのに」と。 入江くんにはこのことで何度も相談に乗ってもらったし、彼から何度も宮坂くんに「やめろ」と注意してもらったけれど、恋敵だと思い込んでいる相手の忠告なんて素直に聞き入れてもらえるわけもなく、彼のつきまとい行為はずっと続いている。 そしてとうとう、会社にまで乗り込んできた。こうなったらもう、迷惑を通り越して恐怖でさえある。両親にもこのことはまだ話していないので、どう対処していいのか分からなくて困っているのだ。「……わたしも悪かったんだと思います。告白された時に、ハッキリ『あなたとは付き合えない』って断ればよかったのに。ずっと返事を曖昧にしてたからこんなことに――」「矢神さん、それは違うんじゃない? このテの男は、たとえ断ってもしつこくつきまとってくるよ。私もこれまで色~んな男を見てきたから分かるんだけどさ。だから、『自分も悪い』なんて思っちゃダメ。あなたは悪くないから。ねっ?」「…………はい。ありがとうございます」「って言ったところで、警察に頼っても何もしてくれなさそうだし。どうしたもんかなぁ?」「そうですよね……」 こういう時、頼れる相手が少ないというのは困りものだ。とりあえず入江くんには話すつもりだけれど、やっぱり最終的には会長の力を借りるしかないのかな? あまりご迷惑をかけたくはないのだけれど……。「
Last Updated: 2025-06-13
Chapter: 宮坂耕次という男 PAGE2
 桐島主任は「分かった」というようにわたしに頷いて見せ、電話の保留を切った。「――お待たせしました。お客様には、『矢神は本日お休みを頂いています』と伝えて頂けますか? あと、『お約束のない来客はお取り次げない決まりになっております』と。……はい、よろしくお願いします」 主任がわたしの拒絶の意味を汲み取って下さってホッとした。受付の人をどうにか納得させてくれて、彼は受話器を戻した。「……主任、ありがとうございました。ご無理を言ったみたいですみません」「いやなに、部下を守ることも上司の大事な務めだからね。矢神さんの怯えようが何だか尋(じん)常(じょう)じゃなかったから、会わせない方がいいと判断したまでだよ」「……そうですか」 主任に助けてもらえたことは素直に喜ぶべきなんだろうけれど、巻き込んでしまったことが本当に申し訳ない。「宮坂って人、矢神さんが会いたくない相手なんだよね? 詳しい事情は訊かないけど、もし困ってるなら小川先輩に相談するといいよ。男の僕には言いづらいことも、女性同士なら話しやすいかもしれないしね。彼女は君の指導係だから頼って損はないと思うよ」「はい、ありがとうございます。そうします。……あの、主任。このこと、会長には……?」「君が報告してほしいって言うなら、僕からお伝え
Last Updated: 2025-06-12
Chapter: 宮坂耕次という男 PAGE1
 ――それから二日が経ち、また新しい週がスタートした。「うっす、矢神ー」「あ……おはよ、入江くん」 わたしはいつもどおりに出社し、いつもどおりに入江くんと朝の挨拶を交わす。でも、彼の顔を見ると何だか妙に意識してしまい、ちょっと気まずく感じてしまう。一昨日、彼のことが好きかもしれないと自覚したせいだろうか?「…………矢神、今日のお前、何か感じ違(ちが)くねえ? 何かあった?」「えっ!? べべべべ別に何もないよ!? 入江くんの気のせいじゃない?」「そうかあ?」「うん、そうそう!」 こちらだけが意識していて、彼の方はいつもと様子が変わらないので何だか調子が狂う……。確か入江くんの方も、わたしに気があるんじゃなかったっけ?「…………ふーん? ま、何もねえならいいけど。あ、そういやあれからアイツ、お前の前に現れた?」「アイツって……宮坂くん? ううん、わたしの周りには姿見せてないけど」 わたしが彼の連絡先をブロックしたので、わたしとコンタクトを取りたいなら直接会いに来るしかないはずだ。だからこそ、土曜日にもバーベキュー場に現れたわけだし。「もし会社に訊ねてきたりしたらどうしよう? 困るなあ、そんなことになったら」 この会社でわたしのストーカー被害のことを知っているのは、今のところ入江くんだけだ。佳菜ちゃんにも、秘書室の上司である桐島主任や広田室長にも、小川先輩にだってまだ話していない。もちろん、絢乃会長や重役のみなさんにも。 こんな個人的な問題で周りの人に迷惑をかけたくはないし、あまり多くの人を巻き込みたくないのだけれど……。「オレが助けてやれたらいちばんいいんだけどなぁ、部署違うからいつでもってわけにいかねえし。矢神、もしそうなった時は迷わずに周りの人に助け求めろよ。お前の命に関わるかもしれねえんだからな」「……分かった」 できれば自分の力だけでどうにか解決したいので不本意ではあるけれど、確かにいつも入江くんに頼れるわけではないので、わたしは彼のアドバイスを素直に聞き入れることにした。   * * * * ――ところがその日の午前の仕事中、わたしが恐れていた事態が起きてしまった。 事の発端は、受付からかかってきた一本の内線電話。「――はい、秘書室です。……えっ? 矢神さんに来客? その方のお名前は? 宮坂さん……ですか」 わたし
Last Updated: 2025-06-11
Chapter: 親睦会とアイツの影 PAGE6
 ――バーベキュー親睦会には大勢の社員が参加して、すごく盛況だった。中には家族同伴で参加している人もいて(それもまた自由だったので)、もはや会社の行事というだけではなくなっていたけれど、それはそれで楽しめた。 わたしも美味しいお肉や海鮮、野菜を味わいながら、いろんな部署の人たちと交流を持った。人見知りのせいでうまく話せない時もあったけれど、そういう時には入江くんや佳菜ちゃんが間に入ってくれて、話題を繋いでくれたりわたしの言いたいことを代弁したりしてくれた。 ウチの会社は基本的に職場恋愛も推奨しているらしく(もちろん不倫はダメだけれど)、何組ものカップルを眺めては「羨ましいなぁ」と佳菜ちゃんと二人でうっとりしていた。そういえば、小川先輩の彼氏さんも同期の人だって言っていたけれど、わたしは今日初めて紹介してもらった。お名前は前(まえ)田(だ)優(ゆう)斗(と)さんで、営業部の人らしい。寡黙そうな人で、ちょっととっつきにくそうだけれど話してみたらすごく優しくていい人だと分かった。「私ね、去年まではちょっと不毛な恋をしてたの。でも、そんな私のことを前田くんはずっと想っててくれて。会長と桐島くんが背中を押してくれてね、まずは友だちから始めることにしたの。恋人になったのはつい最近かなー」「そうだったんですね……」 わたしは小川先輩と前田さんとのなれそめを聞いて、何だか感動した。そして深くは訊かなかったけれど、もしかしたら先輩が想いを寄せていた相手は既婚者だったのかもしれないなと思う。それが誰だったのかまでは分からないけれど。「――あ、入江! こんなところにいた。おっ、矢神さんも一緒か」 そこへやって来たのは、入江くんの指導係である久保さんだった。でも、何だか様子がおかしい。後ろをキョロキョロとしきりに振り返っている。「どうしたんすか、久保先輩? オレらに何か用でも?」「ああ、二人にちょっと聞いてほしい話があるんだけどさ。……なんかさっき、このバーベキュー場の方をじっと見てる怪しい男がいたらしいんだよ。歳は二人と同じくらいかな。背は百八十なくて、痩せてて、ちょっと目つきがおかしかったらしい」「…………! 入江くん、それって」「宮坂だ。間違いねえ」 わたしは入江くんの返事に青ざめた。でも、宮坂くんだったとして、どうしてわたしたちが今日ここにいるって分かった
Last Updated: 2025-06-07
シャープペンシルより愛をこめて。

シャープペンシルより愛をこめて。

大学の文学部時代に作家デビューした人気恋愛作家・巻田ナミ(23)。 彼女の作品は、シャープペンシルによる直筆原稿によって生み出される。が、いかんせんパソコン書きの作家より原稿は遅れがち。 担当編集者の原口晃太(28)からは「パソコン、習ったら?」としょっちゅうイヤミを言われているが、それでも彼女は直筆にこだわる。 ナミにとって原口は、口うるさくて一番苦手な相手。だったはずが……!?
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Chapter: 後日談・二ヶ月後…… Page19
「でも、あなたがいてくれなかったら、私もここまで来られなかった。だから、やっぱりあなたのおかげなんです」「ガンコですねえ、ナミ先生は」 急に声のトーンが変わり、原口さんは笑い出した。「なっ……、何がおかしいんですか!?」 私は彼に突っかかった。せっかく素直に感謝の気持ちを表しているのに、笑うなんて……!「でも、ガンコなところも謙虚なところも全部含めて、僕はナミ先生が好きなんです」「…………」 私は原口さんをじっと見つめて固まった。こんな恋愛小説のヒーローが言うようなクサいセリフを、地で言える彼が信じられなくて。 彼ってこんなキャラだったっけ? 少なくとも、付き合い始める前はこんなセリフ絶対言わなそうなタイプだと思っていたけれど。 もしかして、こっちが彼の素(す)で、前はネコ被(かぶ)ってたとか?「あと、未だに下の名前で呼んでくれないところも」「~~~~~~~~っ!」 私はぐうの音(ね)も出ない。よりにもよって、一番痛いところをついてきた。&n
Last Updated: 2025-05-05
Chapter: 後日談・二ヶ月後…… Page18
「とはいっても、『君に降る雪』の方は加筆修正の必要はないので、先生の手を煩わせることはありません。なので、先生は新作の執筆だけに専念して下さい」「はあ、よかった」 私はホッと胸を撫で下ろした。手書き派の私には、一作分だけの仕事(プラス書店のバイト)だけでいっぱいいっぱいなのに、二作分の仕事をしなきゃいけないとなったらもうキャパオーバーだ。バイトだって辞めなきゃいけなくなるかもしれない。「ナミ先生が作家活動とアルバイトを両立できるように、新作の執筆以外はなるべく先生の負担を軽くしていくつもりなので。これでも僕、ちゃんと考えてるんですよ」「そうなんですね……。原口さん、ありがとうございます」 彼はSだけど、基本的に私には優しい。こうして、いつも私の事情を真っ先に考えてくれている。 もちろん恋人としてもそうだけど、編集者としても彼は私と相性がいいと思う。ケンカもするけど、一緒に組んでいてすごく仕事がしやすいし、何より楽しいし安心感がある。「――あの、私はそろそろ失礼します。新作の原稿、早く書き上げたいし。お茶、ごちそうさまでした」 私がソファーから立ち上がると、「下まで見送ります」と原口さんも立ち上がった。「……ねえ原口さん」 エレベーターに乗り込んでから、気まずい沈黙をかき消すように私から口を開く。「はい?」「私、あなたに出会えてよかったです。あなたが担当編集者でよかった。私の担当になってくれて、ありがとうございます」「……えっ、どうしたんですか? 急に改まって。まさか、〝作家辞めます〟フラグじゃ――」 彼が
Last Updated: 2025-05-04
Chapter: 後日談・二ヶ月後…… Page17
「近石さん。……あの」「はい?」 作家にとって、自分の手で生み出した作品は我が子も同然(どうぜん)。だから……。「私の作品(ウチの子)を、どうかよろしくお願いします!」 我が娘(コ)を嫁に出すような想いで、私は近石さんに頭を下げた。原口さんはそんな私を見て唖然(あぜん)としているし、近石さんも面食らっているけれど。「……はい。お任せ下さい。必ず先生のご期待にお応えできるような、いい映画にします! では、僕はこれで」 頼もしく頷いて、近石プロデューサーは編集部を後にした。「――それにしても、『ウチの子』は大ゲサすぎませんか?」 二人きりになった応接スペースで、原口さんが笑い出した。「まだ結婚もしてないのに『ウチの子』って……」「ちょっと原口さん! 笑いすぎでしょ!?」 も
Last Updated: 2025-05-03
Chapter: 後日談・二ヶ月後…… Page16
「バレました? 実はそうなんです。僕ももっと早く先生にお話しするつもりだったんですけど、先生が喜ばれるかどうか心配で。僕よりも映画のプロの口から伝えていただいた方が説得力があるかな……と」「はあ、なるほど」 私も自分が書いた作品の出来(でき)には自信があるけれど、「映画化するに値(あたい)するかどうか」の判断は難しい。そこはやっぱり、プロが判断して然(しか)るべきだと思うのだ。「僕は先生がお書きになった原作の小説を読んで、『この作品をぜひ映像化したい!』と強く思いました。それも、アニメーションではなく、生身(なまみ)の俳優が動く実写の映画にしたい、と。それくらいに素晴らしい小説です」「いえいえ、そんな……。ありがとうございます」 私は照れてしまって、それだけしか言えなかった。自分の書いた小説をここまで熱を込めて褒めてもらえるなんて、なんだかちょっとくすぐったい気持ちになる。それも、初対面の男性からなんて……。「――あの、近石さん。メガホンは誰がとられるんですか?」 どうせ撮ってもらうなら、この作品によりよい解釈をしてくれる監督さんにお願いしたい。「監督は、柴崎(しばさき)新太(あらた)監督にお願いしました。えー……、スタッフリストは……あった! こちらです」 近石さんが企画書をめくり、スタッフリストのページを開いて見せて下さった。「柴崎監督って、〝恋愛映画のカリスマ〟って呼ばれてる、あの柴崎監督ですか!?」 私が驚くのもムリはない。私と原口さんは数日前に、私の部屋で彼がメガホンをとった映画のDVDを観たばかりだったのだから。「わ……、ホントだ。すごく嬉しいです! こんなスゴい監督さんに撮って頂けるなんて!」「実は、主役の男女の配役ももう決まってまして。あの二人を演じてもらうなら、彼らしかいないと僕が思う演者(えんじゃ)さんをキャスティングさせて頂きました」 近石プロデューサーはそう言って、今度は出演者のリストのページを開いた。「えっ? ウソ……」 そこに載っているキャストの名前を見て、私は思わず声に出して呟いていた。「……あれ? 先生、お気に召しませんか?」「いえ、その逆です。『演じてもらうなら、この人たちがいいな』って私が想像してた通りの人達だったんで、ビックリしちゃって。まさにイメージにピッタリのキャスティングです」 こん
Last Updated: 2025-05-02
Chapter: 後日談・二ヶ月後…… Page15
「いえ、僕もつい今しがた来たところですから」「あ……、そうでしたか」 TVでもよく見かけるイケメンさんに爽やかにそう返され、私はすっかり拍子抜け。――彼が敏腕(びんわん)映画プロデューサー・近石祐司さんだ。「先生、とりあえず冷たいお茶でも飲んで、落ち着いて下さい」「……ありがとうございます」 原口さんが気を利かせて、まだ口をつけていなかったらしい彼自身のグラスを私に差し出す。……私は別に、彼が口をつけていても問題なかったのだけれど。 ……それはさておき。私がソファーに腰を下ろし、お茶を飲んだところで、原口さんがお客様に私のことを紹介してくれた。「――近石さん。紹介が遅れました。こちらの女性が『君に降る雪』の原作者の、巻田ナミ先生です。――巻田先生、こちらはお電話でもお話しした、映画プロデューサーの近石祐司さんです」「巻田先生、初めまして。近石です」「初めまして。巻田ナミです。近石さんのお姿は、TVや雑誌でよく拝見してます。お会いできて光栄です」 私は近石さんから名刺を頂いた。私の名刺はない。原口さんはもう既に、彼と名刺交換を済ませているようだった。「――ところで原口さん、さっき『君に降る雪』って言ってましたよね? あの小説を映画化してもらえるってことですか?」 その問いに答えたのは、原口さんではなく近石さんの方だった。「はい、その通りです。
Last Updated: 2025-05-01
Chapter: 後日談・二ヶ月後…… Page14
「――どうでもいいけどさ、奈美ちゃん。早くお弁当(それ)食べちゃわないと、お昼休憩終わっちゃうよ?」「えっ? ……ああっ!?」 壁の時計を見たら、十二時五十分になっている。ここの従業員のお昼休憩は三十分と決まっているので、残りの休憩時間はあと十分くらいしかない! 慌ててお弁当をかっこみ始めた私に、由佳ちゃんがおっとりと言った。「奈美ちゃん、……喉つまらせないようにね」   * * * * ――その日の終業後。「店長、お疲れさまでした! 由佳ちゃん、私急ぐから! お先にっ!」 清塚店長と由佳ちゃんに退勤の挨拶をした私は、ダッシュで最寄りの代々木駅に向かった。 原口さんは、近石プロデューサーが何時ごろにパルフェ文庫の編集部に来られるのか言ってくれなかった。電車に飛び乗ると、こっそりスマホで時刻を確かめる。――午後四時半。近石さんはもう編集部に来られて、原口さんと一緒に私を待ってくれているんだろうか? 私は彼に、LINEでメッセージを送信した。『原口さん、お疲れさまです。今電車の中です。近石さんはもういらっしゃってますか?』『いえ、まだです。でも、もうじきお見えになる頃だと思います』 ……もうじき、か。神保町まではまだ十分ほどかかる。先方さんには少し待って頂くことになりそうだ。私が編集部に着くまでの間、原口さんに応対をお願いしようと思っていると。 ……ピロリロリン ♪『ナミ先生がこちらに着くまで、僕が近石さんの応対をします。だから安心して、気をつけて来て下さい』 彼の方から、応対を申し出てくれた。『ありがとう。実は私からお願いするつもりでした(笑)』 以心(いしん)伝心(でんしん)というか何というか。こういう時に気持ちが通じ合うって、なんかいいな。カップルっぽい。……って、カップルか。 ――JR山手線(やまのてせん)の黄緑色の電車はニヤニヤする私を乗せて、神保町に向かってガタンゴトンと走っていた。   * * * * ――それから約十五分後。 ……ピンポン ♪ 私は洛陽社ビルのエレベーターを八階で降り、猛ダッシュでガーネット文庫の編集部を突っ切っていった。「おっ……、遅くなっちゃってすみません!」 奥の応接スペースにはすでに原口さんと、三十代半ばくらいの短い茶髪の爽やかな男性が座っている。私は息を切らしながら、まずはお待た
Last Updated: 2025-04-30
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