Todos los capítulos de 植物人間の社長がパパになった: Capítulo 1141 - Capítulo 1150

1163 Capítulos

第1141話

けれど、どう動けばいい?莉子は目を細めた。仕掛けがあまりに露骨なら、すぐ人に気づかれてしまう。その時点で計画は水の泡だ。しばらく考えた末、莉子の脳裏に浮かんだのは──麗子の存在だった。この女の腹の底は真っ黒だが、桃への憎しみもまた本物だ。もし桃がまだ雅彦と縁を切っていないと知れば、絶対に黙ってはいないだろう。これまで何度も利用されてきたのだ。今度くらいは、こちらが彼女を利用してやってもいい。そう決めると、莉子は深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせ、すぐには連絡せず、海が出て行き自分ひとりになったところでようやくメッセージを送った。――「うちの人間が調べたらしいの。雅彦がまた桃を海外から連れ戻したって。それに今は一緒に住んでるみたいよ」信じさせるために、莉子は嫌悪を押し殺して、削除した写真をわざわざ探し出して、添付して送信した。麗子はちょうど海外での用事を終え、寝たきりの正成を放っておくのも体裁が悪いと帰国していた。桃が子どもを奪われ、母親まで植物状態になっていると聞くたび、胸のすくような思いを抱いていたのだ。雅彦の庇護がなければ、桃なんてただのアリ同然。いつでも踏み潰せる存在で、どう痛めつけようと自由自在だった。その頃、麗子は正成のベッドのそばに腰かけ、佐俊の惨めな現状を聞かせていた。正成という男に対して、もはや情など微塵も残っていない。佐和が死んでまだ日も浅いのに、この人間は自分の私生児を正妻の子に格上げしようとし、佐俊という「隠し子」を家に迎え入れようとしたのだ。憎悪以外に抱く感情など残るはずもなかった。だからこそ、表向きは献身的な妻を装いながらも、実際には世話など一切せず、たまに耳にしたくない話を突きつけて精神的に痛めつけているだけだった。「お前のような妬ましい女を妻に迎えるなんて……俺は目が曇っていた。だがな、必ず報いを受けるぞ!」唯一の息子が異国で惨めな生活を送っていると聞かされ、正成は怒りに震えた。だが今は立つことすらできず、口先だけで強がるしかない。「ふん、佐和が死んだ今となっては、私に怖いものなんてないわ」麗子はさらに、佐俊の母親が今自分の手中にあり、死ぬより辛い地獄を味わわせていることを告げてやろうとした――その時、スマホが鳴った。画面を覗き込んだ麗子は、次の瞬間、目を見開く。
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第1142話

麗子はもう莉子の態度など気にも留めていなかった。今は何より、桃という厄介な存在をどうにかすることが先決だと考えていた。居場所を探らせようとしたそのとき、ふともっといい策が浮かんだ。麗子は口元に笑みを浮かべ、運転手を呼んで菊池家へ向かった。永名は海外で市場開拓を任されていて、本邸にはいない。麗子と美穂は水と油、顔を合わせれば衝突するだけ。だから本来なら、麗子がここに戻ってくることなどあり得なかった。リビングでのんびり茶を味わっていた美穂は、麗子の姿を見た瞬間、思わず息をのむ。――あり得ない、彼女が気まぐれで訪ねてくるはずがない。「どういう風の吹き回しかしら?」美穂は冷ややかに言い放った。「もちろん、ちょっと面白いものを見つけたからよ」麗子はにこやかに歩み寄り、現像させたばかりの写真をテーブルに放り投げた。「笑っちゃうわね。あんたの息子、あの女にずっと浮気されてたってのに、平気で許してやってるんだから。今じゃイチャイチャする始末。もしかしたら将来、よその男の子どもまであんたに育てさせる羽目になるんじゃない?」声は皮肉と嘲笑に満ちていた。普段なら美穂はすぐに使用人を呼びつけ、麗子を追い出したはずだ。だがその言葉に胸騒ぎを覚え、写真に視線を落とす。そこに映っていたのは、腰をかがめて桃を支える雅彦の姿だった。しかも着ているのは、ここ数日いつも身につけていたスーツ。つまり、これは昔ではなく、ごく最近の光景に違いない。美穂の胸に冷たいものが走る。――そんなはずはない。桃はあんなことをしでかしたのに、雅彦がまだ受け入れている?母だからこそわかる。息子の目に宿る優しさも、思いやりも、どんな女に対しても見せたことのないものだ。それでも誇り高い美穂が、麗子の前で取り乱すことはなかった。彼女はただ、冷ややかに笑ってみせる。「よくもまあ、こんなものをわざわざ撮ってきたわね。でも、これが本物かどうかなんて、誰が証明できるのかしら?」麗子は焦らない。美穂に知られさえすれば十分だ。彼女の性格なら、放ってはおかないだろう。「好きに鑑定すればいいわ。どうせ雅彦が、裏切った女と一緒にいることを選んで、腑抜けたまま生きるって言うなら、私は喜んで笑い者にしてあげる」高笑いを残し、麗子は悠然と去っていった。美穂の顔から笑みが消える。す
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第1143話

雅彦は思わず「そんなことは絶対にない」と言いかけた。だが、ふと躊躇して言葉を飲み込む。そんなふうに言ってしまえば、桃のことを気にしていると受け取られかねない。美穂に余計な想像をさせたくなくて、ほんの一瞬迷ったあと、ようやく口を開いた。「……彼女が何をしたかは知らない。ただ、仮にそんなことを考えたとしても、実行できる力なんてないはずだ」「そう?」雅彦が桃をかばうように、ためらいもなく嘘をついたのを見て、美穂は皮肉を含んだ声を返した。だが次の瞬間には、何事もなかったかのように口調を戻す。「まあいいわ。ただの世間話よ」そう言って、電話はぷつりと切れた。残された雅彦は、まだツーツーと鳴り続けるスマホを見つめながら、瞳をわずかに陰らせた。この会話には何か含みがある――そう思わずにはいられない。だが、それが何なのかまでは掴めなかった。考え込んでいたところに、外から秘書がノックしてきた。「社長、会議の出席者は全員そろっています。あとは社長をお待ちするだけです」「わかった」仕事が先だ。美穂の真意を探っている余裕はない。この会議は、菊池グループの今後一季の目標を決める重要な場。雅彦は余計な思考を振り払い、気持ちを完全に仕事へ切り替えた。……その頃。美穂は電話を切ったあと、険しい顔をしていた。迷いもなく、永名から託されている側近の数人を呼びつける。「桃が今どこにいるのか調べて。ほかの人間には絶対に気づかれないように」「かしこまりました、奥さま」彼らは永名が幼い頃から育ててきた者たちで、情報収集や裏の仕事に長けていた。その手にかかれば、美穂としても安心できる。永名が築いた情報網を使い、桃の行方はすぐに突き止められた。――雅彦が、郊外の菊池家の別荘に彼女を匿っている。その報告を受け、美穂の目は氷のように冷たくなった。隠して女を養うのはいいとしても、よりによって相手はあの女……胸の奥に誰にも知られず葬り去ってしまおうかという衝動がよぎる。だが、それはほんの一瞬のこと。――駄目だ。雅彦の性格からして、もし桃に何かあれば、必ず徹底的に追及するだろう。疑いの矛先が自分に向かえば、すでにぎくしゃくしている母子の関係は、さらに修復不能になる。とはいえ、このまま桃を雅彦のそばに置いておくこともできない。思案に沈む美穂を見
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第1144話

「彼女の母親が今どこにいるか調べて。それから伝えておいて。私の言うとおりにするなら外へ出してやってもいいわ。ただし、二度とここには戻らないこと。雅彦に気づかれてもならない」部下はすぐに動き出し、香蘭の行方を探らせると同時に、心音を桃のもとへ遣わし、彼女の気持ちを探らせた。この知らせを受けた心音は、胸の奥でほっとした。雅彦が桃を乱暴に扱っていたわけではない。だが同じ女性として、彼女が幸せでないことは痛いほどわかっていた。どれほど贅沢な暮らしでも、外の世界と切り離され、雅彦の帰りをただ待つ日々――そんな生活を心から望む人はいない。心音は湯気の立つ茶を淹れ、桃の部屋に入った。この部屋には外とつながるものは一切なく、パソコンもスマホもない。桃にできるのは、本を読むか、ぼんやりと時を過ごすことだけだった。気配に気づき振り返った桃は、心音の顔を見ると小さく笑った。ここに出入りする人間は限られている。自然と心音と親しくなった、菊池家の者ではあるが、自分への気配りは細やかで、そのおかげで二人は時折、ちょっとしたおしゃべりを楽しむこともあった。「桃さん、お茶をどうぞ。なつめとクコの実を入れてあります。体にいいんですよ」「ありがとう」桃は湯飲みを受け取り、ひと口ふくむ。温かな甘みが喉をすべり落ち、冷えた体をじんわりと包んでいった。「桃さん、これからお話しすることは……誰にも知られてはいけません。静かに聞いてください」心音は身を屈め、声を落とした。桃は一瞬ためらったが、彼女から悪意を感じず、安心してうなずいた。「わかった。話して」「ご存じのとおり、私は菊池家の人間です。あなたがここにいることが奥様に知られてしまいました。奥様は激怒なさいましたが、大ごとにしたくはないと考えておられます。あなたを外へ出すおつもりです。ただし条件があります。行き先は奥様が決める。雅彦様に絶対見つからない場所へ……二度と会えないように」桃の指が湯飲みをきゅっと握りしめた。――外に出られる。それは願ってもないことだった。けれど、二度と戻れないということは、あの子たちとも会えなくなるのではないか。心音はその心を読み取り、真剣な声で続けた。「桃さん、受け入れた方がいいと思います。奥様はすでにあなたのお母様の居場所を探しています。承諾すれば母娘一緒に出られるよう取り計
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第1145話

雅彦は浴室に入り、服を脱いで湯を張った。湯気が立ちのぼり、頃合いを見てゆっくりと浴槽に身を沈める。この数日、帰国してから仕事は山ほどあり、彼には心身を休める時間が必要だった。けれど、本当に安心して眠れるのは桃のそばだけ。だからこそ、わざわざ遠回りしてここへ戻ってきたのだ。雅彦は目を閉じ、温かな湯に身をゆだねた。ジェットバスの泡がじわじわと身体をほぐし、やがて深い眠りへと落ちていく。その頃、外では桃が、どうやってここを抜け出すかと思い悩んでいた。考えがあちこちに散らばり、ふと我に返ったときには、雅彦が浴室に入ってからかなりの時間が経っていた。時計を見直すと、やはり長い。桃は思わず眉をひそめる。――まさか、何かあったんじゃ?彼が相当疲れているのは見て取れる。もしかして浴室で眠り込んでしまったのだろうか。しばし迷った末に、桃は立ち上がり、確かめに行くことにした。声をかけながら浴室の扉をノックする。だが、中からは反応がない。桃は一瞬ためらったが、結局扉を押し開けた。そこで目に飛び込んできたのは、浴槽で眠り込む雅彦の姿だった。普段の張り詰めた冷徹さは消え、濡れた髪が端正な顔に貼りついて、年齢よりいっそう若く見える。その寝顔を見つめ、桃は思わずため息を漏らした。――ずるい人。時の流れはこの人の顔に傷一つ残さないどころか、ますます男の魅力を増していくなんて。けれどすぐに首を振る。今はそんなことを考えている場合じゃない。それに、どんなに魅力的でも、もう自分とは関わりのない人だ。「雅彦、起きて。こんなところで寝ちゃだめ」桃はそっと近づいて声をかけた。だが雅彦は目を覚まさない。仕方なく肩に手を伸ばし、軽く揺すった。浴槽で眠り続ければ、下手をすれば溺れる危険だってある。雅彦がここまで深く眠るのは珍しかった。近ごろはまともに休めず、もう限界だったのだろう。だが――その腕に触れた瞬間、長年染みついた危機への本能が反応した。ぱしっと、桃の手首をつかむ。予想外の強い力に引き寄せられ、桃はバランスを崩してそのまま浴槽へ。どぼん、と大きな水音が弾けた。その衝撃で雅彦は目を覚ましたが、桃は全身びしょ濡れ。上半身の服は肌にぴたりと張りつき、見るからに惨めな姿になっていた。彼女は思わず、泣き笑いを浮かべる。もしさっきまで彼がずっと
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第1146話

雅彦は、女の柔らかい手が自分の太腿に触れた瞬間、言葉にできないほどの熱を覚えた。桃の服は上半身まで濡れ、布地が肌に張りついて体の線を際立たせている。その姿に、男の呼吸は自然と荒くなっていった。桃は、得体の知れない危うさが迫ってくるのを感じた。まるで獣に狙われる獲物のように。「ごめんなさい……わざとじゃなかったの……」慌てて手を引っ込め、背を向けて出ていこうとする。だが足元の水たまりを踏んでしまい、危うく転びそうになった。すぐに立ち上がった雅彦が腕をつかんで支え、桃は倒れずに済んだ。その拍子に、雅彦の体は余すところなく彼女の視線にさらされてしまう。水滴が肌を伝い、引き締まった筋肉の線をなぞるように落ちていく――思わず目を奪われるほどの存在感だった。どうしていいかわからず、そのまま見つめてしまった桃は、我に返ったときには顔が真っ赤に染まっていた。「どうした?そんなに見たいのか?」雅彦は口元に笑みを浮かべ、からかうように言う。「ち、違う!本当に違うの!」桃は慌てて顔を背け、この気まずさから逃げようとした。けれども雅彦は腕を放さない。二人は至近距離で視線をぶつけ合い、逃げ場を失った。狼狽える桃を見て、雅彦は妙に愉快になり、ふと思いついたように耳元で囁く。「それで……わざわざ入ってきたのは、俺を誘いたかったからか?それとも、本当に心配してた?」「どっちでもない!」男の吐息が頬にかかり、桃はさらに熱くなる。彼の言葉のどれも、認めるわけにはいかなかった。「わ、私は……ただ、中で溺れたり事故でも起きたら、私まで巻き添えになると思っただけ!まだ死にたくないのよ!」その言葉に、雅彦は堪えきれず笑いを漏らした。相変わらず強がっている――だがその裏に隠された気持ちを、彼はしっかり感じ取っていた。「心配なら心配でいい。言い訳なんていらない」そう言ってようやく腕を放し、桃を解放する。桃は怯えた小動物のように振り返りもせず、駆け出した。浴室のドアが勢いよく閉まる音が響き、姿が消える。雅彦はようやく立ち上がり、清潔なパジャマに着替えた。外に出た桃は、火照った顔を両手で覆いながら心の中で自分を罵った。――情けない。どうしてあの男の仕草ひとつで、こんなに心が乱されるのか。やはり、この場所を早く離れるべきだった。一緒にい
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第1147話

桃は言いかけた。――手があるんだから、髪くらい自分で拭けばいいのに。自分は菊池家の使用人じゃない。けれど雅彦の顔を見た瞬間、言葉を飲み込んだ。いつもの鋭さは影もなく、ひどく疲れ切った様子だった。気力をすっかり使い果たしたように見える。極度に疲れていなければ、浴槽の中で眠り込むなんてあり得なかったはずだ。桃は反論したい気持ちを必死に抑えた。――まあいい。どうせもうすぐ出ていく身だし、最後くらいこの男のわがままを聞いてやろう。タオルを手に取り、雅彦を見上げる。「座ってくれなきゃ、どうやって髪を拭けっていうの?」雅彦の背の高さを考えると、ベッドに上がらなければ届きそうにない。雅彦は意外そうに桃を見つめた。拒む言い訳をすると思っていたのに、こんなに素直に応じるとは――今日の桃はどこか変だ。彼はしばらく桃を凝視し、なぜ急に従順になったのか理由を探っているようだった。その黒い瞳に射抜かれるようで、桃は落ち着かず、不機嫌そうに口を開いた。「何を見てるの?嫌ならもういいけど」雅彦は特に怪しいところも見つけられず、深く考えるのをやめてベッドに腰を下ろした。「始めていい」桃はようやく跪き、慎重に彼の髪を拭き始めた。雅彦の髪はきちんと整えられていたので、そう時間はかからず半分ほど乾いた。気づけば桃は昔の癖に戻り、自然に頭皮を揉みほぐして疲れを和らげていた。頭頂に伝わる彼女の手の心地よい圧に、雅彦は不意に二人で暮らしていた頃の感覚を思い出す。遠い昔でもないのに、まるで別の世界の記憶のようだった。短い日々だったが、あの時こそ彼にとって最も幸福な時間だった。心身ともに晴れやかになっていくような気がする。二人は言葉を交わさず、ただ静かにその時を過ごした。やがて手が疲れてきたとき、桃ははっとした。自分にはこんなことをしてやる理由などないのに――一瞬、昔に戻ったような錯覚を抱き、無意識に彼を慰めようとしていたのだ。なんて滑稽なのだろう。この男に同情する必要なんてない。自分は彼にとって蟻のようなもの、いつでも踏み潰せる相手なのに――その彼を憐れむなんて、笑うしかない。ふと我に返った桃は、手のタオルを放り投げた。「トイレに行くわ。もういいでしょ」そう言い捨てて立ち上がり、足早に洗面所に逃げ込んだ。冷たい水を顔に浴びせ続け、ようや
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第1148話

雅彦は桃を一瞥した。「まだ寝ないのか?」桃は思い切って小さく返事をし、ベッドの端に横たわり、できるだけ雅彦から距離を取った。ところが次の瞬間、彼の体が近づいてくる。桃の身体はこわばり、何かを言いかけたとき――雅彦の温かく大きな手が、彼女の下腹にそっと置かれた。薄いパジャマ越しに伝わるその温もりは、不思議と心を落ち着かせるものだった。「もう寝ろ」雅彦は淡々と告げる。桃は呆然とした。てっきり何かされるのかと思っていたのに、口にしたのはたったそれだけだった。「明日になってもまだ具合が悪ければ、心音に来てもらえ。薬を飲むか、生姜湯でも作ってもらうか……全部頼めばいい」雅彦は低い声で言い聞かせ、桃を抱き寄せたまま彼女の匂いを嗅ぎ、やがて眠気に沈んでいった。そこには下心など一片もない。ただこうして桃を抱いて、静かに眠りたかっただけだった。「……」そのとき桃はようやく気づいた。雅彦は何かを誤解している。けれど、それで構わなかった。望まぬことを迫られるより、よほどましだ。ただ――下腹に置かれたままの手を意識すると、胸の奥で言いようのない感情が渦を巻いた。どうしてこんな場面でまで、こんなにも優しく細やかに振る舞うのか。本当に愛しているかのように。もし母の恨みがなければ……自分は、彼に心を預けてしまったかもしれない。けれど、美穂の仕打ちを思い出し、そして雅彦が母を奪い、彼女を従わせるためだけに利用した卑劣さを思い返した途端、わずかに和らいでいた瞳は再び氷のように冷たくなった。こんな、ペットを可愛がるような情けなど必要ない。桃は彼の手を振り払おうとしたが、怒らせて厄介ごとを招くのが怖くて、結局は身体をこわばらせたまま横になるしかなかった。やがて背後から雅彦の規則正しい寝息が聞こえてくる。桃はその隙に、そっと彼の手を脇へ退けると、ベッドの隅で身を丸め、ようやく眠りについた。……その後の数日間も、二人の関係は同じ調子のままだった。桃は余計な波風を立てぬよう、また雅彦の鋭い洞察に気づかれぬよう、必死に平静を装った。本心では一刻も早くここを離れたかったが、それを表に出すことはなかった。そして数日後。心音が隙を見て、桃に全ての準備が整ったと告げた。「……お母さんは?」桃が一番気がかりなのは母だった。今は植物状態で、常に
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第1149話

桃がうなずくと、心音は白い錠剤を一粒手渡した。「今夜、雅彦様がお戻りになったら、この薬をお水に入れてください。そうすれば一晩ぐっすり眠ってしまわれます。その間に余計な手間も省けますし、最近は雅彦様の警戒心もだいぶ緩んできています。必ず機会は作れるはずです」「雅彦に薬を飲ませるってこと?」桃は緊張で声をひそめた。こんなことをするのは初めてだった。「これだけ多くの目があなたに向いているのに、逃げようとしたら必ず気づかれます。奥様といえども、雅彦様の前でごまかしは通りません。それに、お母様のこともあります。あの状態では、十分な時間を作らないと……もし雅彦様が現れたら、もう二度と逃げられなくなりますよ」心音の言葉は理にかなっていて、桃は小さくうなずいた。「どれくらい眠らせられるの?」桃が訊く。「およそ十二時間です。そのときは『お疲れで休まれている』と皆に説明します。誰も軽々しく邪魔はしないでしょう」「わかった。それでいこう」心音がすでに準備を整えていると悟り、桃はそれ以上問いたださなかった。「……でも、雅彦様の体に害があるとは思わないのですか?」心音はふと気になって口にした。長く傍に仕えてきて、心音は雅彦が桃に特別な感情を抱いていることを察していた。けれど、桃の気持ちは掴めない。美穂から探りを入れるよう言われており、今がちょうどいいタイミングだった。「そっちで用意した薬なら、害はないはずでしょ。美穂がそんなことを許すとは思わない」桃は冷ややかに言い切った。この数日、彼女は自分に言い聞かせていた。――心を鬼にしろ。雅彦に余計な情など抱いてはいけない、と。自分のような立場の人間が、頂点に立つ男を憐れむ資格などないのだから。「確かに……あなたも彼に対して特別な感情はもうないみたいですね。それでいいのかもしれません」これなら美穂にもきちんと報告できる――心音はそう考えた。……心音は桃に指示を伝えると、そのまま美穂へ電話を入れた。桃の態度を聞き、美穂は胸を撫で下ろした。だが、どこか不快でもあった。これほど情がないとは思わなかった。雅彦の身を心配するそぶりすら見せない。だが、未練がないのは都合がいい。長い時間をかけて練り上げた計画を、直前で桃に壊されては困る。その一方で、莉子もまた美穂の計画を探り聞いていた。唇
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第1150話

時は流れ、すぐに夜になった。雅彦は家へ戻ると、そのまま書斎へ向かった。桃は台所でコーヒーを淹れていた。慎重に薬をお湯に溶かし、雅彦の好みに合わせてコーヒー粉と牛乳を加える。カップを手に取り、そっと書斎へ運んだ。軽くノックすると、中から低い声が返ってきた。「入れ」桃はカップを持って中へ入り、机に広げられた書類に目を落としている雅彦を見た。帰国してからというもの、彼はこうしてひたすら忙しくしていた。「コーヒーを持ってきた」平然を装いながら、そっとカップを差し出す。最初、雅彦は使用人が持ってきたのだと思った。だが、桃の声を聞いて顔を上げ、わずかに目を見開いた。「君が淹れたのか?」桃は表情を変えずに横に立ち、軽くうなずいた。雅彦の唇に薄い笑みが浮かび、コーヒーを一口飲む。「……なぜ牛乳を?」雅彦は眉をひそめる。普段は苦いブラックを好み、砂糖もミルクも入れない。それを飲み干すと、すっきりと目が冴えるのだった。「そのままじゃ胃に悪いでしょ?少し牛乳を入れて中和した方がいいと思って」桃は淡々と答えた。実際には薬の味を隠すため、濃いコーヒーでごまかし、さらに苦味をやわらげるために牛乳を加えただけだった。短い沈黙が落ちる。桃は内心、怒られるのではと身構えた。だが、やがて雅彦の眉間のしわが解け、もう一口飲んだ。「悪くない」桃はほっと胸をなで下ろした。そんな彼女を見て、雅彦がふと口にする。「どうした?俺の仕事ぶりに惚れたのか?」桃の口元がかすかに震えた。実際は、彼が眠りに落ちるのを見届けるまで離れられないだけだ。返事をする前に、雅彦の体がふらりと揺れた。突如、強烈な眠気が襲い、瞼が鉛のように重くなる。必死に意識をつなぎとめようとしたが、もう限界だった。雅彦は一瞬で気づいた。「……コーヒーに何か入れたな?」桃は答えなかった。雅彦は懸命に目を開こうとし、彼女の腕を掴もうとしたが、虚しく空を切るばかり。美穂が用意した薬は驚くほど効き目が強く、どれほど強い意志を持っていても抗うことはできなかった。やがて雅彦の体は左に傾き、そのまま意識を失う。桃は慌てて駆け寄り、その体を支え、机に突っ伏すように整えた。何度か揺すってみても、もう反応はない。大丈夫だと確かめると、彼女はそっと手を離し、振り返らずに書斎を離れた。廊
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