All Chapters of クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!: Chapter 701 - Chapter 710

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第701話

幼い頃の紗雪は、成績がとても優秀で、そのことは皆が目にして知っていた。しかも、彼女は美月に気に入られようと努めていたが、美月は何の反応も示さなかった。そのことを思い返すと、外側で見ている紗雪も心が疲れてしまう。画面の中に飛び込み、「無理に美月に取り入る必要はない、自分の人生をちゃんと生きることが一番大事なんだよ」と伝えたくなるほどだ。しかし、そんなことはすべて無駄だった。空腹で放置されず、あるいは狂人扱いされて捕らえられないだけでも、紗雪はもう十分に満たされ、感謝していた。その後の出来事についても、紗雪は少しずつ気持ちを整理していった。ゆっくりと歩を進めながらも、やはり何かがおかしいと気づく。美月はいつも彼女たちのそばにいたが、それでも緒莉への態度は相変わらず優しく、変わることがなかった。緒莉も美しく成長していた。この頃になると、美月のあからさまな差別は目立たなくなっていた。父親の庇護を失った幼い紗雪は、この家で自分の存在感を極力消そうと努めるようになる。なぜなら、無事に暮らしていくためには二川家の庇護が必要だと分かっていた。そして今、二川家で最も発言力を持つのは美月だった。彼女を怒らせず、問題を起こさないこと――それを有佑の死後、紗雪は痛いほど理解していた。だからこそ、今のように人の顔色を読むことができるようになったのだ。一方の緒莉については、多くの場面を見て、紗雪は「緒莉は二人の関係について知らなかったのではないか」と思うようになった。この時点では、有佑が亡くなったばかりで、彼女はまだ何も知らない状態だったのだ。紗雪はどうしても気になった。では、緒莉はいつ真実を知ったのだろう?それ以前、なぜ全く気づかなかったのか?疑問は尽きないが、時の流れは止まらない。立ち止まってはいられない。たとえ気づいたとしても、それが分かるのはもっと先のことだ。紗雪は一つ一つの出来事を丹念に見ていった。そうして初めて、自分が多くのことを見落としていたこと、そして外からの声を聞き逃していたことに気づいた。美月も決して楽をしていたわけではない。かつてはずっと会社のオフィスに寝泊まりしていたし、初期には株主たちの家に品を届けて回った。そうでなければ、あの会議もあれほど順調には進ま
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第702話

どうしたらいいのかさえ、分からなくなっていた。なにせ、これらの出来事はすべて現実にあったことなのだ。彼女は、苦しみを受けた人の代わりに、過去の出来事を許すことなどできない。幼い紗雪が、将来自分がこんなにもあっさりと許してしまうと知ったら――それは本当に正しいことなのだろうか。紗雪は赤く染まった唇をきゅっと結び、一歩一歩、前へ進んでいった。通路の両脇に映し出される多くの映像は、どれも美月が緒莉にとても優しく接しているもので、偏愛と呼んでもいいほどだった。紗雪の心は、最初の頃の痛みから、今ではすっかり麻痺へと変わっていた。結局のところ、自分を好まない人は、どれだけ機嫌を取ろうと、やはり好いてはくれない。そういうことなのだ。だからこそ、気にする必要などないし、こだわる価値もない。それに、今の美月は彼女に対してそれなりに優しいほうだ。他の母親と比べれば、むしろかなり良い方だとすら言える。なぜだか分からないが、今の紗雪は、かなり達観していると言ってもいい。彼女はひとり、ゆっくりと前へと歩みを進める。おそらく今の自分は局外から見ている立場だからだろう。映像を眺めても、ただ「懐かしい」と思うだけで、それ以上の感情は湧いてこない。何度も見れば、もう何も感じなくなる。まるで自分が本当に傍観者であるかのように。だから、これらの出来事にも深い感慨は抱かなかった。紗雪は気持ちを切り替え、再び前へと歩き出す。すると、両側の映像の動きが急に遅くなった。まるで紗雪の心情を察したかのように。両親の仲が悪かったことを知ってから、彼女はもう二人の関係に興味を持たなくなっていた。それよりも、緒莉は本当に自分の実の姉なのかを知りたかった。もし本当にそうなら、美月が自分を抱いて生まれたばかりの姿を見せてくれたあの時の記憶は、どう説明できるのだろう?その場には有佑も一緒にいたのに。そうなると、美月が自分と緒莉をこれほどまでに差別していたのは、ただの偏愛なのだろうか?紗雪は、それをどうしても信じられなかった。子どもというものは、両親の愛の結晶のはずだ。もし愛していないのなら、なぜ産んで苦しませるのか?紗雪には、本当に理解できなかったし、どう理解すべきかも分からなかった。長い時間が経っても、
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第703話

彼女の見間違いなのだろうか?それとも、美月は自分を緒莉と勘違いしているのだろうか?そう思うと、紗雪の胸には少し切なさが広がった。今まで、どうしてこんなふうに感じたことがなかったのだろう。自分はいったいどれほど愛に飢えていたのか。母親が子どもに布団をかけてくれるだけで、ここまで信じられないなんて。そんなことを口にしたら、きっと他人は腹を抱えて笑うだろう。そう考えると、紗雪は自分がひどく卑屈に思えてきた。自分も美月の子どもであるはずなのに、相手がただ布団をかけに来ただけで、こんな疑い方をしてしまう。本当に、つまらない話だ。紗雪は口元にゆるやかな笑みを浮かべ、自分があまりにも馬鹿らしいと思った。そして再び前へ進もうとしたその時、映像の中で美月が幼い紗雪の頭をそっと撫で、目に涙を浮かべている姿が映った。その光景を見て、紗雪の大きな瞳がわずかに見開かれる。彼女は思わず足を止め、細くしなやかな手を伸ばしてスクリーン上の美月に触れようとした。間違いじゃないよね?これは本当に美月だよね?お母さんも、自分を愛してくれているんだよね?胸の中には、いくつもの疑問が渦巻いた。だが、どこから言葉にしていいのか分からなかった。ただ、今の自分の心は満ち足りている――そう感じた。誰が何と言おうと、これまで何があったとしても。この瞬間、自分も母に愛されている子どもだということだけは分かった。映像の中で、美月は小さな声でこう呟いた。「紗雪......ごめんね、全部お母さんが悪いの。あなたも私の子どもなのに、私はどうしても緒莉と同じようにはできなかった。これはあなたのせいじゃないわ。全部、全部お母さんのせい......ごめんね」その言葉を聞き、紗雪の大きな瞳がぱちりと瞬く。意味がよく分からなかった。同じようにできなかった?緒莉のように扱えなかったってこと?まさか、父への不満をすべて自分にぶつけていた......?つまり、母は自分を愛してくれている......そうだよね?そう思った瞬間、紗雪は嬉しさのあまり涙がこみ上げてきた。自分は美月を誤解していたのかもしれない。確かに、普段から食べる物や着る物で不自由させられたことはない。そう考えれば、それも一つの愛情の形だろう。
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第704話

彼女は顔を上げて見た。前方の道はまだまだ続いており、まるで終わりが見えないかのようだった。紗雪は心の中でふと考えた。もしかして、この通路に映し出されている場面は、これまで自分が経験してきたすべての出来事なのだろうか?しかも、こんなにも細かく?そう思った瞬間、紗雪の脳裏に高校時代のあの事故がよみがえる。ということは......自分はあの真相を知ることになるのだろうか?紗雪は瞳を伏せ、加津也のことを思い浮かべた。あの高校時代の事故で、彼女を救ったのは他ならぬ加津也だった。だからこそ、紗雪は迷うことなく彼に恋をした。それだけではない。この出来事をきっかけに、彼女は遠く離れた地へ向かい、母親と賭けまでした。恩を返したいという気持ちに加え、その頃の彼女はまさに乙女心に満ちた年頃だったのだ。あの事故は、誰もが肝を冷やすほどの出来事だった。その時まだ子どもだった紗雪は、命を救われた上に、加津也の優しい寄り添いを受けた。当時の彼女にとって、加津也はまさに「光」であり、「世界そのもの」だった。幼い頃、美月はあまり彼女を可愛がらなかった。しかし今、全身全霊で自分を大事にしてくれ、そばにいてくれる人が現れたのだ。そんな相手に心を動かさないわけがなかった。だが、あの後は......ここまで考えて、紗雪は胸の奥に違和感を覚えた。なぜか分からないが、最初はおかしいと思っていたのに、彼が「その人」だと確信した瞬間、むしろ初めの感情が消えてしまった。さらには、彼の中にあの時の「お兄さん」の面影をまったく見いだせなかった。何度も「自分は人違いをしているのでは」と疑った。しかし、さまざまな証拠はやはり加津也があの人であることを示していた。結局、紗雪も何も言えなくなってしまった。彼女は加津也と3年間を共にした。華やかな名家の令嬢から、何事も自分でこなす「お手伝い」のような存在へと変わってしまった。それでも彼は、一切心を動かす素振りを見せなかった。まるで「全部お前が勝手にやっているだけ」という態度だった。このことを思い出すと、紗雪はさらに嫌悪感を覚えた。だが同時に、「自分を救ったのが加津也だった」という事実に、期待と戸惑いが入り混じった感情も抱いた。奇跡が起こり、あの人が加津也と
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第705話

これほど多くの出来事が重なり、紗雪は思わず白目を剥きそうになった。加津也と初芽が一緒になるのは、むしろ良いことだ。そうすれば、他の人を巻き込んで害を与えることもなくなる。そう考えた瞬間、紗雪の精緻な顔に、ようやくわずかな笑みが浮かんだ。入ってからここまで、本当に一度も笑えなかったのだ。だが今は違う。この二人が互いに縛り合ってくれれば、他の誰も巻き添えを食らわずに済む。そう思うと、紗雪は少し嬉しささえ感じた。とはいえ、一人旅はやはりどこか物足りない。数多くの光景を目にし、心は何度も揺れ動いた。最後には、彼女は歩みを速め、高校時代の遭難事件の場面を早く見つけたくなった。あの頃のことを思うと、紗雪の胸は自然と高鳴った。そこは、ある意味で彼女の夢が始まった場所でもある。当時の紗雪は、学校の建築デザインを見て強い興味を抱いた。しかし、まさか事故があんなにも早く訪れるとは思わなかった。彼女はずっと、その時に寄り添ってくれた「お兄さん」を探していた。そしてようやく加津也を見つけ、そこでようやく探すのをやめたのだ。この出来事をどう捉えるべきか、彼女自身にも分からなかった。見つけた加津也は、想像していた「お兄さん」とは少し違っていた。けれど、その頃の彼はとにかく格好良かった。周囲は皆、それを普通のナンパだと思って深く考えなかった。だが、その時ただ一人紗雪だけが、自分がどれほど激しい心理戦を繰り広げていたか知っていた。あまりに興奮して、言葉が出ないほどだった。もし加津也がいなければ、あの事故で自分は確実に命を落としていただろう。その後、確かに彼は冷たくなり、時には酷いこともした。友人たちとの「真実か挑戦か」で負けた時、罰ゲームはいつも彼女の役目だった。そのせいで何度も風邪をひき、熱を出し、体は徐々に弱っていった。それでも当時の紗雪は、美月との賭けを思い出し、さらに彼が自分の命の恩人であることから、何度も何度も彼を甘やかした。どんなに酷いことをされても、紗雪は微笑んで受け入れた。彼女は知っていたし、信じてもいた。自分の恩人は、根っから善良な人だ。だから心配する必要などない。恩人のことは、自分が全身全霊で信じるべきなのだ、と。その姿を見れば分かる。どんなに
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第706話

すでに好きな人がいて、自分の入り込めない世界があるのなら、もし無理やり踏み込めば、それはもう「略奪」になってしまう。家ではそれほど可愛がられてきたわけではないが、紗雪は分別のある娘だった。君子たるものは他人大切のものを奪わない――ましてや、互いに想い合っている相手同士ならなおさらだ。恋愛に「先着順」などない。だから紗雪は、ここで悩み続けるよりも、自ら身を引く道を選んだ。彼女は浮気相手ではないし、そんな存在になりたいとも思わない。加津也に、すでに彼だけの「本命」がいると知った今、ここに留まり続ける意味など、どこにあるだろうか。そう考え、紗雪の唇に苦笑が浮かんだ。思えば、加津也があのような態度を見せた時から、何かがおかしいと感じていた。彼女の記憶にある「お兄さん」は、いつも優しく心を汲み取ってくれる人だった。話し方も穏やかで、彼女に対してはとても辛抱強く接してくれた。だが、加津也は違った。多くの場面で命令口調で呼びつけ、少しも敬意を払わない。本当に彼が、あの時の「お兄さん」なのだろうか?記憶にいる人と加津也、本当に繋がりがあるのか?なぜだろう、どうにもそうは思えない。紗雪の胸は、不安で太鼓を打つようにざわついていた。もし同一人物なら、一度失望すれば、もう心配することもなくなる。そう思う自分がいる一方で、「いや、違っていてほしい」という自分もいた。何せ、記憶にある人との落差があまりにも大きいのだから。それでも、紗雪はあの年の真相を、もう一度探し出したかった。いくつもの「ステージ」を見てきた後でも、なぜ今回はずっとこの通路の中をぐるぐる回っているのか、彼女には分からなかった。出口も、今自分がどこにいるのかも分からない。そもそも「今」が何年なのかさえ曖昧だ。胸の奥に、迷いとためらいが芽生える。このまま縛られたままでいるのは嫌だと、彼女はもがき始めた。特に、すでに多くのことを知ってしまった今、「もしこの先、もっと心配になるような事実を知ってしまったら......?」という恐怖が頭をよぎる。それでも進むべきか?それとも、過去を探ること自体をやめるべきか?紗雪は後退しかけていた。ここを離れたい、この先へ進みたくない。だが周囲を見渡しても、出口は見当たらない
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第707話

今の彼女には、何が起きているのか全く分からなかった。頭の中では轟音が響き、何を考えているのかすら自分でも掴めない。このまま一生、ここに閉じ込められてしまうのだろうか。そんな不安が胸をよぎる。やらなければならないことはまだ山ほどある。ずっとここに囚われ続けるなんて、あり得ない。紗雪は、どうしても諦めきれなかった。思わずつぶやく。「なぜ......どうしてこんなことをするの?どうして私がここに来たの?どうして私にこんなものを見せるの?」頭が混乱し、もうこれ以上こんな経験はしたくないと感じる。彼女も馬鹿ではない。今の状況は、出口のない底なしの穴のようで、希望が見えない。かといって、このまま進み続けても、何が起こるのかまるで予想がつかない。紗雪は、これまでにないほどの無力感に沈んでいた。逃げ出したい。でも、出口がない。その時、突然、視界がぐらりと揺れ、天地がひっくり返るような感覚に襲われた。空まで回っているように見え、頭が真っ白になる。立ち上がろうとするが、足元がふらついて立てない。仕方なく壁に手をつくが、まるで効果はない。むしろ、めまいはひどくなるばかりだった。こんな状況になれば、動揺しないはずがない。これまでの体験では、こんなことは一度もなかったのだ。恐怖よりも、むしろ「これは一体何をしようとしているのか」という驚きが大きい。この前、次の「ステージ」に移る時も、こんな大げさなことはなかった。いつも、自然に次の出来事へと移っていた。紗雪がまだ戸惑っているうちに、突然、目の前が真っ暗になった。視界を失えば、人はつい余計な想像をしてしまう。もちろん、紗雪も例外ではない。胸がざわつき、不安が広がる。先ほどまでは、そこまで気にしていなかったのに、今は何かがおかしいと直感していた。漆黒の闇に包まれ、安心感など欠片もない。ましてや、この環境は彼女にとって未知の場所だ。加えて、周囲が真っ暗となれば、不安はさらに募る。彼女は大きく息を吸い込み、背中を壁にぴたりと押しつけ、目を閉じた。そして、やって来るであろう「未知」を静かに待つ。まるで、紗雪が本気で覚悟を決めたのを見計らったかのように、この世界はさらに速く回転を始めた。吐き気をこらえ、下
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第708話

もう見えるようにはなったが、頭の中はまだ真っ白だった。ここは、どこ?紗雪はあたりを見回した。見覚えがあるような、見知らぬ場所。もしかすると、あまりにも長い時間が経ってしまったせいかもしれない。最初は、状況を理解することすらできなかった。体をしっかりと起こすと、もう先ほどのような力の抜けた感覚はなく、身体は完全に順応していた。拳を握りしめ、胸の奥に戸惑いと不安が渦巻く。ここは、やはり見知らぬ場所だ。加えて、先ほどあの通路で突然異変が起きたこともあり、紗雪は少なからず動揺していた。そして今、またこうして唐突にこの場所へと来てしまった。慎重にならずにはいられない。何事においても、用心第一――これは紗雪がずっと心に刻んでいる信条だ。周囲を見渡すと、進める道はただ一本。ほかには行けそうな場所はない。行き先は分からないが、今はこの場所のルールに従うしかなかった。ふと、脳裏にあの人の姿が浮かぶ――事故のとき、自分を救ってくれた「お兄さん」。まるで近所の兄のように、いつもそばにいてくれた人。もしかして、この場所で答えが見つかるのか?紗雪は少し胸を高鳴らせた。その人が加津也であってほしくはない。少なくとも、今の加津也は、自分の記憶の中にあるあのお兄さんには到底及ばない。誰とも比べられない、唯一無二の存在。これまでずっと、その人を探し続けてきた。たとえ加津也を見つけたとしても、あのとき抱いた感覚は何か違った。ただ、その時は恩を返すために、関係を続ける道を選んだ。けれど、今は違う。加津也と自分の記憶の中の「お兄さん」との間には、あまりにも大きな隔たりがある。だからこそ、いつか必ず、本物を探し直そうと思っていた。しかし、時間はあっという間に過ぎ、さらに美月の会社の経営を手伝う日々が続き、そのための時間はほとんどなくなってしまった。そう考えると、紗雪は少し惜しい気持ちになった。これほど長い間、自分の時間などほとんど持てなかった。心も体も、家の会社のことだけに注がれてきた。その他のことは、ほぼ何もなかった。自分が楽しむ時間さえ、ほとんどない。だからこそ、この件もずっと先延ばしになり、進展することもなかった。思えば、あれほど必死に頑張ってきたのに
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第709話

こうしていては、まったく割に合わない。紗雪はようやく悟った。ここを出たら、自分だけの生き方を持ち、何よりも自分の命と時間を大切にしなければならない、と。そう考えられるようになってから、彼女は未来にいっそう期待を寄せるようになった。一本しかない道を、真っすぐに歩いていく。歩みは先ほどよりもずっと力強かった。もう迷いも、ためらいもない。曖昧なまま生きるくらいなら、むしろ真実を知りたい。あのとき自分が経験したことが、いったい何だったのか確かめたい。紗雪は唇をきゅっと引き結び、前へと進んだ。その道を抜けたとき、ようやくここがどこなのかが分かった。これは、自分の高校じゃないか?目の前の光景に、紗雪は立ち尽くした。この場所を鮮明に覚えている理由は一つ。高校時代、彼女はそこで事故に遭ったのだ。そしてそのとき、自分を救ってくれた「お兄さん」に心を動かされ、胸の奥に感謝の種を静かに植えた。そう思い出した瞬間、胸が少し高鳴る。なぜ、急にここに現れたのだろう?ということは、これから真実を知ることになるのか?それなら、まもなく自分を救った人が誰なのかも分かるはず。紗雪の顔に、抑えきれない喜びと興奮が浮かんだ。ここで過ごす時間があまりにも長く、外の世界の様子をほとんど忘れかけていた。足取りは自然と速くなり、外の世界へと向かう。やがて道を抜けた瞬間、彼女は再び立ち尽くした。どうりで見覚えがあるはずだ。ここはやはり自分の高校で、周囲の建物の様子からして、事故が起きて間もない時期のようだ。その光景に、紗雪の目には涙がにじんだ。ついに真相を知るチャンスが巡ってきたのだろうか?今度こそ、この世界に感謝しなければならない。もしかすると、過去の出来事をやり直す機会が与えられたのかもしれない。心の奥で半信半疑ながらも、それが本当かどうかを考えていた。しかし、時間は彼女に考える余裕を与えなかった。何かをする間もなく、足元の地面が突然揺れ始めたのだ。一瞬、彼女は戸惑う。そういえば、事故のあったあの日は、こんなに穏やかな晴天ではなかったはず。つまり、何かがおかしい――だが、結局は考えすぎだった。顔を上げると、ただ高校が放課後を迎えただけだった。ほっと息をつく。
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第710話

今では、まるで生活に押しつぶされてしまったかのようだ。一日中、仕事と案件の打ち合わせばかり。その他のこと――娯楽すらも、ほとんどない。そう思うと、紗雪は胸が少し苦しくなった。こんなにも長い間、自分のことをあまりにも疎かにしてきたのだ。生活スタイルさえも、仕事によって変えられてしまった。本来なら、高校時代の彼女は理想を抱いた少女で、有名な建築デザイナーになることを夢見ていたはずだった。だが今の彼女は、ただの管理職に過ぎず、夢からはどんどん遠ざかっている。そう考えると、紗雪は切なさを覚える。高校時代の自分とは、本当に遠い存在になってしまったのだ。そこへ、一群の高校生たちが彼女の方へ歩いてくる。みな、若さあふれる笑顔を浮かべていた。紗雪も少し嬉しくなり、その中へと歩み寄っていく。彼女の視線は一人ひとりの顔を順に見渡していった。そして例外なく、彼女の体はその高校生たちの体をすり抜けていく。だが紗雪は驚くこともなく、ただ心の底から喜びを感じていた。こんなにも多くの人々に触れ、耳元でざわめく声を聞くと、自分が確かに存在していると実感できたのだ。命さえも、生き生きとしたものに思えた。そのとき。知った顔を見つけたからだろうか、紗雪の足がふと止まった。視線の先には、若い清那と、若い紗雪。その光景に、思わず熱い涙が込み上げてくる。あの出来事を経た後、再びこの二人を目にすることになるとは――胸の奥に、深い感慨が湧き上がる。自分はもう吹っ切れたと思っていた。だが今、こんなにも若い自分の顔を目にすると、やはり胸が締めつけられる。吹っ切れたと思っていたのは、結局は自分をだますための方便にすぎなかった。やはり、あのとき何が起こったのか知りたい。西山加津也――彼は、自分の記憶にある人とはあまりにも違っている。記憶の中の「お兄さん」とは、どこか噛み合わないのだ。それでも、長い年月の中で決定的な証拠は見つからなかった。当初は、絶対に間違えてはいないと思っていた。だが今、この奇妙な場所が、何度も自分を見知らぬ場所へ送り込む。しかも、そのたびに何らかの証拠を手にしてきたことを思えば、今回も何かが変わるに違いない。そうでなければ、なぜ何度も場所を変えてまで自分を送り込む
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