Lahat ng Kabanata ng 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女: Kabanata 41 - Kabanata 50

69 Kabanata

40話 弔いの白い花

 まるで、硝子片を砕くようなバラバラとした音だった。  《狂信者》たちの鱗はまるで風に散る花片のように剥がれ落ち、次々に青白い光の粒子を巻き上げ暗闇の中に漂った。 そうしてやがて、姿を現したのはぼんやりと薄く透けた人の姿たちだった。  年老いた男性や老婆、小さな子どもを抱えた妙齢の女性、それから若い青年……と数多の《狂信者》は本来の姿へと戻ったのである。   「**お嬢ちゃん。とても嬉しいわ。本当にありがとう**」 春の暖かい日差しのように、優しく穏やかな女性の声だった。  それは先程、これ以上進めないと言った狂信者だった者とすぐにキルシュは理解した。  その女性の姿は、ふくよかな体躯の中年女性だった。その相好はとてもにこやかで、人の良さが面輪から滲み出ていた。「**まだよ! ここは教会じゃない。まだ先よ?**」 キルシュは慌てて言うが、婦人の亡霊は首を振り、ふわりと優しく微笑んだ。  優しい面輪ではある。だが、今にも消えそうな程に儚くて、そんな笑みにキルシュの胸は痛い程に締め付けられた。   「**もう、ここで充分よ。私たちは、この先には進めない。意志に反して動き回って、とても苦しかったの。そして救ってくれた。私たちの願いを叶えてくれた事、とても幸せに思うわ。ここに居る人たちみんなそう思っているわ」 婦人の問いかけにそこに集まった幽霊たちは皆頷き、それぞれがキルシュに暖かな眼差しで向けていた。   「**お嬢ちゃんは、本物の聖女様だったのね。私たちを信じてくれて本当にありがとうね。ここまで導いてくれただけで本当に幸せよ**」 婦人の亡霊はキルシュに笑顔で礼を言う。  同時にキルシュが思い返す言葉は〝地縛霊〟だった。  本当に、死しても目的地には行けないのだろう。    そして、キルシュの頭に最悪な予測が頭を駆け巡る。  ……たとえ人の姿に戻ったとしても、また翌晩になれば闇の因子を取り込み、またも《狂信者》に成り果ててしまうのかもしれないだろうと。 先程、この婦人は言った。  意志に反して動き回って、とても苦しかった……と。つまりは、闇の因子を取り込んで《狂信者》に成り果てた時、彼ら自身もとてつもない苦しみの中にあったのだと。  それも、人としての意識があったのだろう。  だからこそ、真摯に向き合い話が通じたのだ。
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41話 心配がゆえの叱責

 遠くから男女が言い争っている声が聞こえる。「貴方ね! どれだけ危険な事をしたか分かっているの!」 「分かっているさ。だけどな、俺だって尊重したいって思ったんだよ。結果的には最善には向かった。キルシュが居なければ、無かった奇跡だ」 「そうだとしても!」    シュネとケルンの声だった。  その声に促されて、キルシュがゆったりと瞼を持ち上げると、彼らは言い争いをぴたりと止めた。   「二人とも……」    瞼を擦りながらキルシュは起き上がる。するとシュネに肩をやんわりと押されて「まだ寝ていなさい」とやや厳しく言われた。だがその面輪はどこか愁いを帯びていて……。   「シュネさん……」    キルシュは昨晩の出来事をすぐに思い起こした。  《狂信者》たちを弔った。そして、彼らの呪縛を解き放つ事に成功したが、大量のスノードロップを芽吹かせた直後から記憶が無い。  恐らく、その後倒れてしまったのだろうと憶測が経つ。  果たして、どれ程の時間が経過したかは分からないが、窓の外の明るさを見る限り、昼前か昼過ぎくらいだろうか。   「ケルン私……」    シュネの隣で腕を組んでいるケルンは、一つため息をつき── 「おはよ」と平坦に言いつつ困ったように笑んだ。  そして彼の隣に立つシュネをもう一度見ると、彼女はこめかみを揉みつつ椅子に座し、キルシュに手を伸ばすと乱れた前髪を撫でる。   「キルシュちゃん。ケルンから色々と聞いたけれど、一つだけ忠告しないといけないわ。ここは森の奥深く。もしも大きな怪我をしたり病気になったりしても、お医者さんを呼べないのよ? 連れて行くにしても一時間以上。私が言いたい事はなんとなく分かるわよね?」 手つきも面輪も優しいまま。だが、その声色はいつもとは比べようもない程に厳しく、キルシュはしゅんとしてしまった。    ……隠れての共同生活だ。それも世話になりっぱなしの匿って貰っている身。怪我や病気をすれば迷惑をかけてしまうには違いない。   「ごめんなさい……」    キルシュが詫びると、彼女は頷きキルシュの頬を撫でる。   「別にね。怪我とか風邪引いちゃったら仕方ないの。だけど、自分からそんな危険を顧みない事はしちゃいけないと思うわ。私たちは能有りだとしても人間。命は一つしかないんだもの
last updateHuling Na-update : 2025-06-09
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42話 隠し部屋に秘されたもの

【聖痕保有者(スティグマ)】  ────具象の力を持つ者を示す。  神々が人を創造した時に生まれた副産物。人知を越えた聖法の力を受け継いだ変則的な存在。刻の偶像クレプシドラによって選出されると言われている。その者たちが力を発動させる糧。それは《心(ヘルツ)》そのものである。  閉ざされた書斎の中。旧語で綴られた分厚い本を抱えたキルシュはその一文を指でなぞっていた。    ここは以前、ケルンに教えてもらった礼拝堂の内陣(チャンセル)奥にある隠し部屋。内陣とは聖者の控え室であるが、ここでさえ漆喰装飾が施されるなど絢爛豪華なのに、この隠し部屋はびっくりする程に質素だった。 正面の壁は全て本棚。床から天井まで一面に古書がギッチリと詰まっている。  部屋は随分とこぢんまりとしていたが、隅には書き物机と椅子も備え付けられていて、古書の解読を好む本の虫──キルシュにとっては、まさに夢のような空間だった。 窓の無いので、空間は薄暗く空気もひんやりとしている。だがそのおかげで、並んだ書物はどれも驚くほど保存状態が良い。  空間が狭い分、カンテラと毛布、それにコートさえあれば、十分に暖を取る事もできた。 そんな現在は、《狂信者》の弔いから一ヶ月以上。もうすぐ年末を迎える。 あれ以降、この森で《狂信者》を見る事は無くなった。  二百年以上続いた呪縛を完全に解き放つ事ができた事に、ファオルも奇跡のようだと驚いていた。 しかし……あれ以降、ケルンは《裁く者(リヒター)》としての責務が完全に無くなってしまったのである。  それは良い事に違わないだろうが、どうにも持て持て余しているようで、夜明け前から薪割りをする軽快な音を聞く事が増えた。    相変わらず湖に釣りに行くようだが、それ以外の時間は部屋で寝てばかり。  そのせいもあって彼は、ファオルから『力を持て余した無職』だの『引き籠もり機械人形』だのと新たな不名誉な呼び名で弄られていた。 何もする事が無い。或いは、張り詰めていたものから解放されたからだろう。  彼の面輪は以前よりも、和らいだようにキルシュは思う。  その影響もあってだろう。ケルンと過ごす時間は以前より格段に増えていた。 だが、困った事も一つあるもので……掃除に入れば「添い寝して」と年中言われるもので……。  そうしてベッドに引き摺り込
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43話 具象の真実と膨らむ不安

「《聖痕保有者(スティグマ)》は具象で出現させた物体及び自然物の操作を……」  その一文を読み上げて、キルシュはその続きに書かれた、各属性の自然物についてさらりと読み上げる。「そういえば、キルシュちゃんって古典文学と語学が得意なのよね……さすがね。私は少しの単語しか拾えなかったの」 そこから分かったものだけを拾い上げ、なんとなく解読したのだと。そして実際にやってみたら、できてしまったと。そんな風に説明すると、シュネはキルシュの肩に手を置いて一緒になって本を覗き込む。「ねぇ、他にどんな事が書いてあるの?」 「ちょっと待ってくださいね」    興味津々にシュネが訊くので、キルシュはその続きを読み始めた。    能有りがクレプシドラによって選出されたとは先程も書かれていたが、その固有の力──権能の発現比率などについても記載されていた。  火・水・木の属性。この三つから氷、光、磁力、重力など、多種多様なものが派生しているそう。  主体となる火と水の属性を持つ者は権能者の中では最も多いが、木の属性は少ない。 その理由は、この権能は唯一命を芽吹かせるからと……。  命を生み出す。それ故か、この権能を持つ者は女性だけで出現率が少ないのだと。 しかしその次の一文に目を通し、キルシュは震えた。    唯一、命を生み出す事ができるその権能は、自然植物の命を奪う事ができるのだと。衰退の枯死の具象。木の属性──草花の権能は最も美しく、最も醜い。 言葉に発する事もできなかった。キルシュは目を見開いたまま青ざめた。  脳裏に過ってしまった。この森一帯を枯らす自分を。命を吸い上げ、青々とした針葉樹が褐色に染まり、生命を失っていく様を。「……キルシュちゃん?」 そんな様子に見かねたのだろうか、シュネはキルシュの顔を心配げに見る。「私の力……枯らす事ができるみたいです……」 唯一、命を生んで育み、命を奪う権能。  そう付け添えた直後、シュネは何も言わず、キルシュを抱き寄せた。「ごめんなさい。私、想像力が乏しすぎた」  ──ごめんなさい。とシュネは今一度謝るが、キルシュはすぐに首を振るう。 シュネは自らの話題で、失意に落としたと思ったのだろう。当然そこに悪意や裏など無いのは理解できる。  キルシュ当人でも想像できなかった事だ。当事者でないシュネが想
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44話 枯死の具象と記憶を揺さぶる鐘の音

日付を跨いで、午前零時過ぎ。 キルシュは窓辺で、ぼんやりと降り積もる雪を眺めていた。 真夜中というのに雪明かりで辺り一面が青白く明るかった。窓辺から望む湖畔周辺は白々とした輝きを放ち、凍てついた湖面に処女雪が薄く積もっている。 〝南部〟辺境地とは言え、レルヒェ地方は厳冬だった。寧ろ、北部よりも降雪量が多いとも言われている程。その理由は、高々とした山脈が帝国南西部に走っているから。雪雲がそれにぶつかり、この一帯を根深い雪に閉ざすのだ。 さも当たり前の毎年の光景ではあるが、雪が降ればいよいよ本格的な冬が始まったのだと思う。 (寒い……) ほぅと息をつくと、白い息が漂った。 明日も街に行くシュネを見送るのだから、早々に寝るべきなのだろう。それなのに、どうにも瞼が重たくならなかったのだ。 自分で自負できる程に単純な性質だ。悩みなんて大抵、湯浴みをしてさっぱりしてしまうか、少し眠れば吹き飛んでしまうのに。今回ばかりは、どうにも簡単に掻き消される事は無かった。 これまで自分の力が厭わしいと思った事は何度だってあるが、美しい花や生命力溢れる蔓草を芽吹かせるこの力自体は決して嫌いではなかったのに。 自分が怖いと初めて思ってしまったのだ。 キルシュは澱を吐き出すように、もう一度深い息をつく。 (どうして、こんな力をクレプシドラは授けたのだろう……どうして私が) キルシュは自分の手の甲に描かれた花と蔓草を模った紋様を片手で摩る。 しかし、触れている手の感覚なんてもう無かった。 長い事窓辺でぼんやりしすぎただろうか。いい加減に寝よう。そう思って、キルシュが踵を返してベッドに向かおうとする最中だった。 ボーン。と一つ、静謐とした空間に柱時計の音が響き渡る。 その途端だった。たちまち鼻腔の奥に蘇ったのは、焦げ臭い匂いだった。 助けて、熱い、痛いと。聞こえる数々の悲鳴はやがて炎の音に掻き消されていく。 薄く開けた視界には橙色の火の粉が舞っていた。 微かに少年の呻く声が聞こえる。ぼんやりと霞んだ視界の端に映ったのは、地面に突っ伏した金髪の青年で……。彼の周囲には夥しい血痕が散り、彼の身体の下からは血液が広がっていた。 「……ケルン?」 悪い夢でも見ているのだろうか。しかし、寒くて溜まらない。それに視界がぼやけて次
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45話 その因果は心そのもので

 パチパチと薪が弾ける音が聞こえた。 身体の芯にはじんわりと温かさが蘇っており、どこか安堵感も感じてキルシュはゆるやかに瞼を持ち上げる。  ゆったりと揺らめく橙の温かな炎が石造りのマントルピースの中に灯っていた。 炎を見て、どうしてだか悲しい気持ちがほんの少しだけ燻るが、それでも背後から感じるぬくもりには安心感があった。(私……) キルシュは瞼を擦りつつ記憶を手繰り寄せる。だが背後に感じるぬくもりと頭の上から落ちてくる規則正しい寝息に、全てを思い出すのはすぐだった。 ふと、顔を上げて後方を見るとすぐにケルンの寝顔が映った。 マントルピースの前にソファを移動させて、そこで寝かされていたのだと分かる。 膝の上にはブランケット。それも後ろからケルンに抱き締められて。それも両腕でがっちりと胸の下で閉じ込めるように抱き締められて……。 しかし、キルシュが起きて動いたのを悟ったのか、寝息を立てて眠っていた彼はぱっと目を開けた。 光を宿した金の双眸と視線が絡み合う。その奥にゆったりと回るギアもよく見えて……。「……起きたか? 寒く無いか?」 そう訊かれて、キルシュはすぐに首を振る。「大丈夫。それより私……こんな夜中に迷惑かけてごめんなさい」 素直に詫びると彼は首を振って、キルシュの手をやんわりと掴んで指を絡ませると握りしめる。 まるであれが悪夢だったように思えてしまう。だが彼がここにいるという事は事実に違いない。それでも、こうして傍にいてぬくもりを感じるだけで胸の奥が仄かに温かになり、キルシュはほんのりと頬を染める。 ……こんな時にだってケルンは助けてくれた。 窮地を助けてくれる。やっぱり王子様のみたいだなんて、ほんの少し思って。  しかし、あれからどれくらい時間が経過したのだろう。 ぐっすり眠ったみたいに頭はすっきりとしており、キル
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46話 不透明な永遠

 キルシュの頬はみるみるうちに赤々と染まり、震える手のひらからは薄紅の小花が萌え始めた。 その態度で想像した事を察したのだろう。ケルンは目を細めて、唇にニタリと弧を描く。何だか狡猾そうな顔で、どこか嗜虐的な色を含んでいた。 しかしその瞳をまじまじとみて、キルシュはぞくりとした。  上質な玻璃のよう。曇りこそ無いが……ゆったり回るギアの奥。そこには無機物にそぐわない、欲の色が見えた。 形の良い唇を開き、舌なめずり。 潤った舌が上唇をなぞるようには途方もなく官能的で……。とんでもない艶めかしさを間近で見て、キルシュは尚更紅潮する。  今までに、ここまであからさまに欲を出す事は無かっただろう。 面輪があまりにも違う。今目の前にいるケルンは完全に〝男の顔〟だった。  いたたまれない羞恥にキルシュはキュっと瞳を硬く閉ざした。 きっと、唇を貪るように奪われる。そう思ったのに、彼の吐息が耳元を擽ったのだ。「キルシュさ。舌を絡めたキスをしたら俺の《心》を喰えるって想像したの?」 ──可愛い。と、吐息と甘い声が外耳を擽り、背筋が甘く痺れた。 だが、その途端だった。ちゅ。っと、耳たぶを口付けられた──かと思えば、耳を食まれ、ぴちゃりと彼の舌が外耳をなぞる。「ひぅ……!」 あまりに突然の事にキルシュはピクピクと身を戦慄かせる。「やだ、何して……ぅ……」「ん。愛情表現。真っ赤になった可愛い耳たぶが目の前にあるからキスしただけ。弱いの? そんなにビクビクして」 彼にしては随分と甘ったるい声。それが鼓膜を痺れさせる。 「ひゃ……!」 あられもない声を上げそうで、キルシュが自分の口を手で塞ごうとすれば、すぐさま彼の無骨な手に捕らわれた。 そうして、耳を食むのを止めた彼に今度こそ唇を奪われて…&
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47話 愛せずにいられなかった

 何度も角度を変えて唇を食み、舌を絡めて頬や首筋を撫でる。 彼女の脚の合間に身体を割り込ませ、身を擦り寄せると小さな身体は大袈裟な程にぴくぴくと震え上がった。 そうして幾何か。甘く深い口付けから解放し、キルシュの表情を見下ろすと小さな唇から舌をちらりと出したまま。若苗色の瞳は蕩けており──どこか甘く淫靡な色香を感じる面輪に、無機物にはそぐわぬ情欲が腹の奥から湧き立った。 それと同時に込み上げるのは、切ないほどの愛おしさで……。  長い間恋し続けた運命の幼馴染み。そんな彼女は、ベッドに組み敷いた直後に〝永遠〟を言わんとした事をすぐに察した。  しかし、それは不透明だった。否、無理だと分かっていた。 もう終わるのだ。じきに終わりを迎えるのだ。 分かっていて堪らなくなり苦しくなり、思わずその唇を塞ぎ貪るような口付けを与えてしまったのである。 残酷で、最低で、酷い男としか言えないだろう。自己嫌悪もあるが、愛情を止めるのはもう無理だった。 たとえ、別れに向かう再会だとしても、愛すなという方が無理だった。「俺は幸せだ。なぁキルシュ、それは……いつか男の俺から、はっきりと言えたらいいな」 断言なんてできない。あくまで希望、そして胸の奥から溢れる切なる願いだった。 キルシュの前髪を撫でて、ケルンはやんわりと笑んだ。 ──そんなキルシュは、蕩けた面輪のままではあるが、どこか物悲しげで切ない面輪を浮かべていた事は、ケルンも分かっていた。 *** 凜と冷たく暗い空間に、ボーン……と柱時計は六つ目の鐘の音を鳴らし終えた。 朝を迎えたにも関わらず、空は夜とさして変わらぬまま。シャツを羽織りながらケルンは窓辺で外の雪景色をぼんやりと眺めていた。 (随分積もったな……)  ほぅと息をつけば、白煙が立つ。 そうして着替え終えると、ケルンは踵を返しベッドで眠るキルシュを愛おしげに見つめた。
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48話 無自覚の悲壮

 視線を向ければ、先程の穏やかな面とは打って変わり、シュネは眉間に深い皺を寄せた厳しい顔付きでケルンを射貫いていた。「……ねぇ、ケルン。貴方、弱ったキルシュちゃんを抱いたの?」    まさに想定通りの反応だった。きっと、不浄だと、最低だと、弁えろと……仮にも偶像の使徒という立場を言われる事くらい安易にできた。  何せ彼女は聖職者の娘だ。そういった部分に厳しい意見を持っているに違いない。否、女性としての立場で咎めるのは、きっと当たり前だとケルンも分かっていた。    腕を掴むシュネの手はやけに冷たい。それだけで彼女が力を制御できない程に怒気を孕ませている事をケルンは理解できた。  きっと〝無責任な事をするな〟と言いたいのだろうと。   「……無論、潔白とは言わない。ただ、キルシュが具象を枯らして泣いていたから一晩中傍にいた。あとは、全部なりゆきだ。ただそれだけだ」    ケルンは淡々と事実を淡々と述べる。対してシュネは『そう』と冷ややかに言い放つと悩ましそうにこめかみを揉んだ。「貴方は神秘の存在。キルシュちゃんも世捨て人。だから、婚前交渉が良くないだの言う国教なんて関係ないわ。だから、なりゆきでそういう行為をしたとしても、私には一切咎める筋合いは無いの。好き合っているもの同士だもの。ただね。弱った女の子に漬け込むような事していないかは心配になるのよ。昨晩キルシュちゃん相当弱っていたでしょう?」 尤もな事だ。ケルンは目を細めて頷いた。   「合意は得ていた。でもシュネが言うのは一理ある」    ケルンが素直に言うと、シュネは深くため息をつき首を振るう。「具象の件は、私が自然物を操れるって教えたのが発端。その時に本の中に植物の命を奪い枯らす力があるって知って、こうなったのかも知れないけど……キルシュちゃんその件、その後大丈夫なの?」シュネが心配げな面輪を見せたので、ケルンはすぐに頷いた。 「大丈夫だ。落ちついたら自分で原因を解明していた。キルシュはとてつもなく賢いよ」 その答えに、シュネは瞑目し安堵したような面輪を浮かべていた。  それから仕切り直すように、一つ息をつき、シュネは再びケルンに向きあった。   「……あとね。私が何より気になるのは、貴方があまりにも冴えない顔をしているからよ。
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49話 ひとり目覚めた明朝

 遠くから柱時計の鐘の音が聞こえる。 ボーン、ボーン……とした一定のリズムは七回・八回を通り越し、十一回目を聞いた時、キルシュの意識は覚醒した。「へ……今、何時」 ひんやりと冷えた部屋。窓の外は淡い日差しが溢れている。 見るからにいつもの起床時間ではない。「うそ、嘘でしょ!」  キルシュは、慌てて身体を起こし上げるが、自分が一糸纏わぬ姿だった事で昨晩の事を思い出してしまった。床に脱ぎ散らされたナイトドレスに下着……それらに羞恥がじわじわと込み上げる。 しかし今は狼狽えている余裕なんて無い。キルシュはそれらを纏うと、急ぎ部屋を飛び出した。 幾重ものレースをあしらった裾を摘まみ上げ、キルシュは廊下を全力疾走して階段を下る。柱時計の針は既に午前十一時を指していて……寝坊も本当に良い所。 台所は案の定、蛻の殻だった。  食卓の上には癖も無い美しい書体で『お寝坊さん、ちょっと市場へ行ってきます。たまにはゆっくり休んでね』と書かれたシュネの置き手紙が置かれていた。  竈に置かれた鍋の蓋を開けてみればスープは既にできていて、棚の黒いパンも幾らか切られて食卓に置かれていた。(ああ……ごめんなさい、シュネさん) どうしようも無い程の罪悪感を背負いながら、キルシュはとぼとぼと踵を返した。  そうして改めて着替えをしようと、いつもの民族衣装を引っ張り出し、ナイトドレスを脱ぐ。だが、キルシュは姿見で自分の身体を見て、一瞬にして真っ赤になった。 そこには、昨晩の名残がきちんと残っている。 胸元に首筋、太股の内側と柔らかな箇所にケルンの口付けた跡が赤々と残っていたのだから。まるで赤い花。それは、もはや男女の交わりを彷彿させるもの。  自然と昨晩の出来事が、脳裏に散った。 溺れる程の口付けを与えられ、何度も唇を食まれて、舌を絡め合った。 甘やかではあ
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