All Chapters of クズ男が本命の誕生日を盛大に祝ったが、骨壷を抱えた私はすべてをぶち壊した: Chapter 541 - Chapter 550

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第541話

深雪は大きく息を吸い込み、刃のように鋭い視線で静雄を真正面から見据え、一言一言、強く言い放った。「静雄、よく聞いて。私は誰かに施しを受ける必要もないし、自分を売って成功を手に入れるつもりもない」「私は自分の力で正々堂々と頂点に立つ」その宣言は揺るぎなく、場の空気を貫いた。延浩はそんな深雪の横顔を見つめていた。その瞳には同情と、そして強い敬意が宿っている。彼は強がりの奥に隠された彼女の脆さも、誰にも頼らず立ち上がろうとする自立心も、愛することも憎むことも恐れない、その眩しさもすべてを見ていた。この瞬間、延浩の中で深雪への想いはさらに深く、確かなものへと変わっていった。リゾートのスタッフや周囲の宿泊客たちは目の前の光景に言葉を失っていた。人々は集まり、ひそひそと囁きながら、静雄と深雪を指差した。場の空気は気まずさと緊張に満ちていた。深雪はこれ以上公の場で静雄と争うつもりはなかった。彼女は延浩を振り返り、静かに言った。「延浩......行きましょう」延浩はやさしくうなずき、深雪の手をしっかりと握ると、落ち着いた足取りでその場を後にした。その後、静雄は怒りを抱えたままリゾートを後にし、別荘へ戻った。だが、胸に渦巻く苛立ちは少しも収まっていなかった。深雪が放った言葉の一つ一つ、表情の一つ一つが、頭の中で何度も繰り返されていた。とりわけ「私は自分の力で、正々堂々と頂点に立つ」という言葉は、鋭い棘となって、何度も何度も心を突き刺した。静雄は苛立たしげにネクタイを緩め、リビングを行ったり来たりしていた。深雪は変わった。あまりにも自信に満ち、あまりにも眩しく、そしてあまりにも決然としている。本当に、もう自分を必要としていないのか?その考えが言いようのない恐怖となって胸に広がった。ふと足を止め、彼は気づいた。衝動のままリゾートに乗り込み、騒ぎ立てたところで、何一つ得るものはなかった。それどころか、深雪にさらに嫌悪され、距離を広げただけだったのだ。彼は何度も、リゾートでの口論を思い返していた。そこへ、芽衣が温めたミルクを手に、そっとリビングへ入ってくる。静雄の険しい表情と落ち着きのない様子を見て、彼女はすぐに察した。「静雄......どうしたの?まだ深雪のことで怒ってる
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第542話

「今日は本当にありがとう」深雪は隣に座る延浩へと視線を向け、心からの感謝を込めてそう言った。「あなたがいなかったら、どう収拾をつけていいか分からなかったと思う」そう続けたあと、彼女はふっと息をつき、どこか呆れたように首を横に振った。「それにしても......今日の静雄の騒ぎ方、本当に見苦しかったわ」リゾートで見せた、あの理性を失った姿を思い出し、深雪の声には隠しきれない嫌悪と疲労が滲んでいた。延浩は視線を落とし、落ち着いた口調で答えた。「気にしなくていい。彼はただ、今の君が自分よりも前に進んでいることが、受け入れられないだけだ」「......うん、分かってる」深雪は小さくうなずき、静かだがはっきりとした声で言った。「もう、彼に振り回されることはないわ」街に戻ると、深雪はすぐに仕事へと意識を切り替えた。下瀬産業との共同プロジェクトは、まさに正念場を迎えており、少しの油断も許されない。彼女は全力で業務に没頭し、プロジェクトを軌道に乗せることだけに集中した。一方、静雄は独自に調査を進めていた。延浩の名義には、確かにいくつもの成功した事業実績があった。だが、情報をいくら掘り下げても、「一手で全てを動かせる存在」や、深雪の絶対的な後ろ盾だと断定できる材料は見つからない。その事実がかえって彼を混乱させた。本当に普通の人なのか?それとも、自分の知らない顔があるのか。やがて、深雪と延浩は下瀬産業幹部との最終協議に臨むことになった。会議は下瀬産業本社で行われた。二人は予定より早めに到着した。広々とした会議室は明るく洗練され、企業としての実力と歴史が静かに感じ取れた。深雪は一歩足を踏み入れ、思わず背筋を正した。自然と身が引き締まる空気だった。ほどなくして、下瀬産業の幹部たちが次々と姿を見せた。先頭に立って現れたのは五十代半ばと思しき中年の男性。穏やかながらも揺るぎない威圧感をまとい、一目で要職にある人物だと分かる。「深雪社長、延浩さん。本日は、下瀬産業へようこそ」男性は柔らかな笑みを浮かべ、率先して手を差し出した。「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。下瀬産業と協力できることを、大変光栄に思います」深雪は落ち着いた所作で握手を交わし、自信に満ちた声で
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第543話

延浩は、深雪が日々自信をまといながら、成功していく姿を見つめて、胸の内に複雑な感情を抱いていた。誇らしく、嬉しい気持ちがある一方で、どこかに淡い寂しさもある。嬉しいのは深雪がようやく過去の影から抜け出し、以前よりもはるかに強く、眩しくなったこと。でも同時に、彼自身はいまだ本当の姿を隠したままだった。その隠し事は目に見えない壁となって、静かに二人の間に横たわっている。延浩自身もそれを痛いほど自覚していた。一方、松原商事の静雄は眉間に深いしわを刻んでいた。延浩という存在にはどうしても拭えない違和感がある。表向きはただの有能な実業家。だが現実には、ネット上の世論を容易く動かし、下瀬産業の内部でも特別な影響力を持っている。どう考えても、辻褄が合わない。もし彼が深雪の後ろ盾でないとしたら、いったい誰が彼女を支えているというのか。自分ほど彼女の動向に目を光らせている人間が、その存在を知らないなど、あり得ない。考えれば考えるほど、胸の奥に違和感が積み重なっていく。直接、確かめるしかない。静雄はそう判断し、スマホを手に取ると、延浩へ電話をかけた。ほどなくして、通話がつながった。「お電話ありがとうございます」受話器の向こうから届くのは、相変わらず穏やかな声だった。静雄は胸に湧き上がる苛立ちを抑え、できるだけ平静を装っていた。「松原静雄です。突然のご連絡、失礼いたします」「いえ。どうかされましたか?」「少しお話しする機会をいただければと思いまして。ご都合よろしいでしょうか?」延浩の声色は変わらなかった。「どのようなお話でしょうか」静雄はわずかに間を置き、ゆっくりと言葉を選んだ。「最近、松原商事で新しいプロジェクトがありまして。その件で、江口さんのご意見を伺えればと」「......そうですか」延浩は小さく笑い、その声にはどこか含みがあった。「もちろん、喜んで」「では、明日の午後。雲頂クラブでいかがでしょう?」探るような口調で、静雄が提案した。「問題ありません。明日の午後、雲頂クラブですね」通話は、あっさりと終わった。スマホを下ろした静雄の表情は、先ほどよりもさらに険しくなっていた。商業協力など、表向きの理由にすぎない。本当の目的は延浩の正体を探る
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第544話

「延浩さんはお若いのに、これほどの実績を商界で築かれていて、本当に感心しています」静雄は穏やかな口調でそう切り出した。「差し支えなければ、ご実家はどのような事業をなさっているのか、教えていただけますか?」延浩はティーカップを手に取り、ゆっくりと一口飲んだ。その表情は終始落ち着いている。「ごく普通の商いをしていますよ。規模も大したものではありません。松原社長にそう言っていただくのは、少し気恥ずかしいですね」「そうですか?」静雄は眉をわずかに上げ、探るような視線を向けた。「ただ......私の知る限りでは、延浩さんは下瀬産業さんと、かなり良好な関係を築いているように見えるのですが」延浩はカップを置き、軽く微笑んだ。「下瀬産業さんは業界屈指の企業ですから。関係を良くしたいと思わない人はいないでしょう。私個人としても、以前から下瀬産業さんの動向には関心があり、機会があれば協業できれば、という程度ですよ」静雄は延浩の目をじっと見つめ、わずかな動揺も見逃すまいとした。「......本当に、それだけですか?」意味深い声で続けた。「聞くところによると、延浩さんは下瀬産業さんの内部でも、かなり影響力をお持ちだとか」延浩は相変わらず余裕を崩さなかった。「冗談がお上手ですね。ただの一商人です。影響力だなんて、とんでもありません。いくつかの案件で接点があっただけで、それが誤解を生んでいるのではないでしょうか」静雄の眉間のしわは、さらに深く刻まれた。延浩の返答はどこを切っても隙がない。付け入る余地をまったく与えないのだ。だが、それが逆に怪しい。「本当に謙虚ですね」静雄は薄く笑い、話題を変えた。「そういえば最近、深雪の会社と下瀬産業さんの協業が、非常に順調だと聞いています。その件に、延浩さんも関わっていらっしゃるのですか?」その瞬間、延浩の瞳に、ほんの一瞬だけ光が走った。やはり来た。「深雪は非常に優秀です。彼女なら、下瀬産業さんとの協業がうまく進むのも不思議ではありません」延浩は穏やかに続けた。「私はあくまで部外者で、実務には関与していませんよ」「本当に?」静雄の声には、疑念が滲んでいた。「ですが、交渉の場では、延浩さんが深雪に多くの助言をしていたとか。それに、いくつかの
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第545話

静雄の顔色はみるみるうちに悪くなり、内心の動揺を隠しきれなくなった。ここまで踏み込んでくるとは思わなかった。しかも、深雪のために、ここまで露骨に敵対するとは。「延浩さん、冗談がお上手ですね。昨日のリゾートでの件は、少々行き違いがあっただけですよ」静雄は必死に平静を装い、その場を穏便にやり過ごそうとした。「行き違いですか?」延浩はまるで可笑しな話でも聞いたかのように、口元を歪めた。その眼差しは、先ほどよりもさらに冷え切っている。「行き違いとは、公衆の前で深雪を貶め、人格を踏みにじることですか?随分と高くつく誤解ですね」口調は柔らかったが、言葉に宿る圧は増すばかりで、見えない力が静雄の胸を押し潰そうとした。静雄の表情は、さらに険しくなった。謝罪を迫っている。それは分かっている。でも、深雪に頭を下げる?そんなこと、できるはずがない。「延浩さん。商いの世界では、多少の衝突はつきものです。そこまで目くじらを立てる必要があるでしょうか」話題を逸らそうとする静雄の言葉を、延浩は静かに遮った。「松原社長。今日ここに来たのは、あなたの顔を立てたからです」穏やかな声のまま、しかしはっきりと言い切った。「だからといって、深雪の尊厳を踏みにじることまで、許容するつもりはありません」「深雪は、私の大切な友人です。彼女を傷つける者が誰であれあなたであっても、許しません」声を荒げることはない。だが、一言一言が重く、揺るぎない威厳を帯びていた。その言葉に、静雄の胸中で怒りが一気に噴き上がった。面子は完全に潰されてしまった。だが、表には出さない。今ここで完全に決裂するわけにはいかなかった。彼はまだ、延浩の正体を掴んでいない。深雪との関係も、下瀬産業との立場も、すべてが不透明なままだ。「......誤解があったようですね」静雄は声の調子を落とし、無理に笑みを作った。「深雪に悪意があるわけではありません。言葉の選び方が、少々拙かっただけです」延浩は、その作り物の笑顔を静かに見つめた。瞳の奥に、かすかな嘲りが見えた。だが、それ以上は追及しなかった。「そうであればよかったです」その一言だけを残した。再び、沈黙が落ちた。空気は張り詰め、重く、息苦しい。静雄
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第546話

延浩は終始、隙のない態度を崩さなかった。商談に関しても、どこか乗り気ではない様子で、当たり障りのない返答を数言添えるにとどまり、具体的な約束をすることは一切なかった。松原商事の新規プロジェクトについても同様だ。軽く触れる程度の評価は口にしたものの、肯定も否定もせず、その態度は曖昧なままだった。静雄は必死に言葉を選び、何とか延浩の口から有益な情報を引き出そうとした。しかし延浩は、まるで太極拳の達人のように、あらゆる探りを柔らかく受け流し、すべてを無力化していく。その様子に、静雄の胸には次第に焦りが募っていった。同時に、延浩という男の底知れなさがはっきりと浮かび上がってくる。今日のこの試みは間違いだったのではないか。そう思わずにはいられなかった。延浩は想像していた以上に厄介で、容易に扱える相手ではない。やがて、頃合いを見計らったように延浩が立ち上がった。「松原社長、本日はお時間を頂いてありがとうございました。ご提案いただいた件については、前向きに検討させていただきます」穏やかな声だった。「......検討だけですか?」静雄は眉をひそめ、わずかに不快感をにじませた。「それは、どういう意味でしょう?」延浩は軽く微笑み、意味深に答えた。「協業というのは、双方にとって大きな決断ですからね。企業の将来に関わる以上、慎重になるのは当然でしょう。その点は、松原社長もご理解いただけるかと」静雄は言葉を失った。延浩の言う検討が、単なる社交辞令に過ぎないことは、痛いほど分かっている。最初から、協業する気などなかったのだ。今日ここに来たのも、話を受けるためではなく、自分への警告、そして深雪にこれ以上近づくなという意思表示ではないか。「......そうですか」静雄は怒りを必死に押し殺し、無理に笑みを作った。「それでは、これ以上お時間を取らせるのも失礼ですね。前向きなお返事を楽しみにしております」延浩は穏やかに手を差し出した。「ええ。それでは失礼します」静雄は渋々その手を握り返したが、胸の内では怒りが渦巻いていた。延浩が去ったあと、静雄は一人取り残された。顔色は暗く、目には苛立ちが滲んでいる。彼は拳でテーブルを強く叩きつけた。「......くそっ!」鈍い音が室内に響
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第547話

「分かってるわ」深雪は揺るぎない口調で言い切った。「でも、私はやらなきゃいけない。寧々のため、そして自分自身のために、静雄と芽衣を、必ず完全に叩き潰す。自分たちがしたことの代償を、きちんと払わせるの」その瞳に宿る決然とした光を見て、延浩は悟った。もう彼女を止めることはできない。彼は静かに息を吐き、うなずいた。「......分かった、深雪。どんな選択をしても、僕は君の味方だ。必ず、そばにいる」深雪は延浩を見つめ、胸の奥からこみ上げる感情をそのまま言葉にした。「ありがとう、先輩。ずっと支えてくれているの、分かってる」延浩はやさしく微笑み、手を伸ばして彼女の髪に触れた。「馬鹿だな。僕たちの間で、今さら礼なんて必要あるか」その後数日。松原商事と南商事の協業は、表向きには順調に始動した。双方のチームが顔を合わせ、和やかな雰囲気で打ち合わせを重ねた。だが、その水面下では静かな駆け引きと疑念が渦巻いていた。静雄が送り込んだチームは、名目上は協業のための交渉団。しかし実際には、南商事の内部情報や、深雪と下瀬産業との関係を探ることが最大の目的だった。一方の深雪も、すでに手を打っていた。松原商事との窓口は、すべて大介に一任。大介は頭の回転が速く、社交的で抜け目がない。どんな探りにも、柔らかな笑顔で対応しつつ、核心には一切触れさせない。表面上は円滑な協業だが、その実態は、互いに腹の内を探り合う神経戦だった。「協業」という名の幕は、穏やかにして、なお不穏に上がった。松原商事のチームは、市場部のマネージャーを筆頭に、選りすぐりの人材を引き連れて、堂々と南商事に乗り込んできた。名目協業内容のすり合わせと将来展望の共有。だが、空気には見えない戦いの匂いが漂っている。南商事側の対応責任者は大介だ。表情は終始穏やかで、言葉遣いも丁寧だった。しかし、その受け答えは完璧で、どんな揺さぶりも要領よく受け流していった。会議室では、笑顔と称賛が飛び交い、一見すると実に友好的だった。だがその裏では誰もが警戒心を解かず、互いの一言一句を計算しながら探り合っていた。静雄も時折、スーツに身を包み、端正な態度で南商事を訪れた。あのリゾートでの醜態など、最初からなかったかのようだ。彼は偶然を
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第548話

「もう終わった話です。松原社長も、そろそろ前を向かれたほうがいいのでは?」深雪の言葉は冷静だが、はっきりとした拒絶の意味が含まれていた。静雄は完全に鼻を折られ、顔色は青ざめ、もはや一言も返せなかった。深雪はコーヒーカップを手に、そのまま給湯室を後にした。その場には、立ち尽くす静雄だけが残され、その表情は見るも無残に歪んでいた。オフィスでは、深雪と延浩が並んで立ち、山のように積まれた書類を処理していた。大きな窓から差し込む陽光が二人をやわらかく包み込んでいた。延浩は時折、視線を横に向け、深雪を見つめていた。その眼差しは穏やかで、どこまでも真剣だった。作業を終えた深雪は軽く伸びをし、延浩のほうを振り返った。口元に、わずかな笑みが浮かんだ。「先輩、今日のお昼、一緒にどう?あの和食の店に行きたいの」延浩の瞳が、ぱっと明るくなった。「いいね。君が食べたいものなら、何でも」二人は身支度を整え、肩を並べてオフィスを出た。廊下では、その様子を目にした社員たちが思わず視線を送っていた。「深雪社長と江口さん、本当にお似合いよね。まさに、運命の二人って感じ」「それに江口さん、毎日会社に来て、深雪社長の残業に付き合ってるんでしょう?なかなかいないわ」そんな声は、当然のように静雄の耳にも届いていた。彼はオフィスの窓際に立ち、下を見下ろした。並んで歩く深雪と延浩の姿が、はっきりと目に映った。陽光に照らされた二人はまるで金色の縁取りをまとったかのように眩しい。それに比べて、自分は暗がりに潜む鼠のように、陰からそれを見つめるしかない。妬みの炎が心の中で野草のように燃え広がり、理性を侵食していく。静雄は拳を強く握りしめ、爪が肉に食い込むほどだった。「延浩......深雪......覚えていろ」低く吐き出したその声には、怨毒と執念が滲んでいた。それから。静雄は延浩の身辺調査をさらに加速させた。持てる人脈を総動員し、ついには高額な報酬で私立探偵まで雇うことにした。だが、それでも結果は芳しくなかった。延浩の経歴は霧に包まれているかのようだった。表向きには、いくつかの会社を持つ実業家で、規模も特別大きいわけではない。下瀬産業との関係も、あくまで「協業」の範囲にとどまっている。
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第549話

深雪は顔を上げ、立っているのが静雄だと分かると、わずかに眉をひそめ、冷淡な口調で言った。「松原社長、こんな時間に......何かご用ですか?」静雄は無理に笑みを作り、できるだけ自然に聞こえるよう努めた。「まだ残業されているようでしたので。お忙しそうですし、何かお手伝いできることがあればと思って」深雪は小さく鼻で笑い、瞳には露骨な嘲りが浮かんだ。「ご親切にどうも。ですが、うちの業務ですから、松原社長にご心配いただく必要はありません」「ご用がないのであれば、お帰りください。私はまだ仕事がありますので」だが静雄は、その退去を促す言葉を聞かなかったかのように、机の前まで歩み寄った。視線は、デスクに積まれた書類の山へと向いた。「深雪社長は本当に熱心ですね。こんな時間まで、協業案を検討されているとは」そう言いながら、彼は何気ない素振りで一枚の資料を手に取り、ページをめくった。その瞬間、深雪の表情が一気に冷え切った。「......何をしているのですか?」静雄ははっとしたように手を震わせ、危うく資料を落としそうになった。慌てて書類を机に戻し、無実を装った表情で弁解した。「違います。誤解です、深雪社長。ただ......ただ少し気になって。南商事と下瀬産業の協業案を拝見して、勉強になればと......うちも、最近は新規事業を検討していまして。成功事例として、参考にできればと思っただけです」「勉強?」深雪は、まるで冗談を聞いたかのように口角を上げた。「ずいぶん謙虚ですね。松原商事ほどの大企業が、うちに勉強しに来るなんて。それとも、本当は勉強ではなく、企業機密を盗み見しに来ただけでは?」声はどんどん冷たさを増し、視線は刃物のように鋭く静雄を貫いた。静雄は言葉を失い、顔色が青から白へと変わっていった。真正面から核心を突かれ、言い逃れの余地はなかった。「誤解です」なおも言い繕おうとしたが、深雪は容赦なく言葉を遮った。「松原社長。これ以上、ここで時間を無駄にするつもりはありません。今すぐ、オフィスから出て行ってください。それでも居座るなら、警備を呼びます」声音は低く、しかし明確な威圧を帯びていた。次の瞬間にも警備員が入ってくると思わせるほどの迫力だった。静雄は悟った。今日は完全に、自分
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第550話

深雪はむしろ落ち着いた様子で淡々と言った。「見たいなら、見せておけばいいわ。どうせ、何も分からないもの。下瀬産業との協業については、最初から万全の準備をしている。中核となる情報はすべて暗号化されているから、仮に資料を手に入れたとしても、内容を理解することはできないわ」その言葉を聞いて、延浩はようやく少し安堵したものの、表情は依然として引き締まっていた。延浩は自分のオフィスに戻ると、眉をひそめたまま、重々しい表情で考え込んでいた。床から天井までの大きな窓の前に立ち、眼下に広がる街の灯りを見下ろしながら、思考を巡らせた。「協業関連のすべての資料について、改めて暗号化を施せ。万が一にも隙を作るな」低く力のこもった声で命じると、暗がりの中ですぐに応答があり、誰かが動き出した。延浩は振り返り、デスクに戻って一通の書類を手に取った。その眼差しは鋭い。「事前に警戒して、多重のセキュリティを施しておいて正解だったな。静雄がこの程度の資料から何かを掴めると思っているなら」口元に冷笑を浮かべ、瞳には明確な軽蔑が宿っていた。「だが......ここまで焦って動くとは。逆に言えば、利用価値はあるな」指先でデスクを軽く叩きながら、延浩の目に知略の光が閃いた。南商事の社長室で。深雪は社長椅子に腰掛け、大介からの報告を聞きながら、ゆっくりと意味深な笑みを浮かべた。「やっぱり、動き出したのね?」その声音は淡々としており、すべて想定内だと言わんばかりだった。大介はうなずき、どこか楽しげな表情を見せた。「はい、深雪社長。松原商事のほうが、最近こちらの財務状況を探っているようです。資金繰りに問題があるのではと疑っているみたいですね」深雪は小さく笑った。瞳には、いたずらめいた光が浮かんでいた。「資金繰りが厳しい?なら、その疑いを事実として確認させてあげましょう。大介。情報を流して。急速な事業拡大の影響で、一時的に資金繰りが逼迫している、と。ただし、あくまで一時的なもので、近く解消される点は強調して」まるで雑談でもするかのような、落ち着いた口調だった。大介は即座に意図を理解し、にやりと笑った。「承知しました。社長が疑いなく信じるよう、うまく仕込みます」深雪は満足そうにうなずき、視線を細めた。「静雄がそこまで
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