小さな彼はさまざまなコマーシャルに出ていて、テレビで可愛らしい笑顔を振り向いていた。 その子の笑顔はみんなの心を和ませてあっという間に人気子役に。朝の連ドラや大河ドラマにも出演し、彼の名前を知らない人はいないくらい。 だけど、当時高校生だった俺はなんとなくその子を見かけたらテレビを消していた。キラキラした笑顔が、大人に媚びるための偽物のような気がして、気持ち悪かったんだ。 そんな子がまさか自分の教え子になるなんて、誰が予測できるだろうか。 俺が勤務する予備校に彼、高頼颯人《たかせはやと》が通い始めたのは半年前。 子役の芸名が本名をひらがなにしただけのものだったから、周りは当然ざわついた。しかし昔とはまったく風貌に別人では? と囁かれるくらい彼は変わっていた。 そこにいたのはキラキラした笑顔を振りまき、愛想良くハキハキと喋る「たかせはやと」ではない。人と目を合わさず、小さな声しか出さない典型的陰キャの高頼颯人だったのだ。 子役としての「時期」を終え、高頼颯人の人気はパタリとやんだ。露出が減れば人々は忘れ去っていく。なにせ新しい子役たちはどんどん生まれてくるのだから。 中学生まで芸能生活を送っていた彼。どうしても学業が後回しになり高校生では散々な成績に。そしていま予備校に通っているというわけだ。 半年間通ってどうにか人並みな成績となったけれど俺の担当する数学のみ、テストの結果が壊滅的。彼の答案用紙を見ながら俺は眼鏡を外して目頭を抑えた。 このままじゃ俺の手腕が疑われる。それは困るので、俺は高瀬を教員室に呼び出した。 マッシュボブの彼は前髪が邪魔でどんな表情をしているのか、分かりにくい。まあただ言えるのは、笑顔ではないことだろう。そして深々と頭を下げてきた。 「すみません、僕のせいで先生に迷惑かけてしまって」 こんな風に生徒から謝られるなんて初めてだったから俺は慌てた。 「君が一生懸命やってるのは、知ってるから謝ることはないよ」 授業中の様子から、数学を理解できていないわけではない。ただテストになるとどうにも良い結果にならないのだ。すると高瀬はゆっくりと頭を上げる。 「テスト中、真っ白になるんです。結果出さないとあとがないぞって思うと、数式とか全部ふっ飛んでしまって」 「他の科目は」 「数学だけ……あとは何とか大丈夫」 なんだそり
Last Updated : 2025-04-16 Read more