Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─ のすべてのチャプター: チャプター 61 - チャプター 70

88 チャプター

第60話:告白

「はぁ……はぁ……っ……」呪詛の最後の残滓が消え、アイナの巨体は、糸が切れた人形のように石畳へと崩れ落ちた。(とてつもない強さだったな……)(うん……エレンが……こんなにボロボロになるなんて……今まで一度もなかった)(ああ、はっきり言ってギリギリだった)アドレナリンの奔流が引き、代わりに全身を駆け巡るのは、灼けるような痛みと、鉛のような疲労。張り詰めていた意識の糸が、ぷつりと切れる。「だが……私たちの勝ちだ」その一言を最後に、私の身体もまた、膝から崩れ落ちた。「エレンさん!」「エレン!」「エレン様!」仲間たちが、それぞれの表情に焦りと安堵を滲ませながら、私の元へ駆け寄ってくる。その喧騒の中、か細い呻き声が響いた。『ァァァ……』アイナが、苦痛に身を捩っている。その姿に、シオンの顔が、絶望に彩られた。(シオンさんに…あんな悲しい顔……させたくない……)(ああ…私とて同じ気持ちだ)(だから……エレン、入れ替わろう)エレナが、静かに、しかし、揺るぎない意志を持って告げる。それは、仲間たちへ私たちの秘密を明かすということに他ならない。その言葉の重さに、私の思考が凍てつく。危険だ。聖女となる彼女の身が、常ならざる状態にあると知られれば、国が傾く。ベルノ王国にとって、エレナはそれほどまでに重要な存在なのだ。そして、もう一つの懸念。仲間たちが、私たちを拒絶する可能性。二人で一つの魂。その特異な繋がりを、彼らが「不気味だ」と感じ、離れていってしまうかもしれないという、冷たい恐怖。この仲間たちに限って、そんなことはあり得ないと、理屈では分かっている。だが、エレナのこととなると、私は臆病になる。(エレナ……本気なんだな?)私は、魂の奥底で、真剣な声音で問いかける。(うん……。確かに、ちょっと……ううん。すごく怖い)彼女の声が、微かに震えているのが伝わってくる。大切な仲間だからこそ、拒絶されるのが怖い。当然の感情だ。(でもね、さっきも言ったけど……みんなに隠し事をしなくて済むって、そう考えると、心が軽くなるんだ。ありのままの私たちで連携できれば、もっと強くなれる)それも、また事実だ。エレナが表にいる時は、全員で彼女を守る。私が表にいる時は、全員が攻撃に転じられる。私たちの力を最大限に引き出すには、この秘密を共有することが不可
last update最終更新日 : 2025-08-15
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第61話:魂を分かち合う仲間たち

「私たちは……二人で、ひとつなんです」エレナとしての私が紡いだ、精一杯の告白。その言葉は、まるで異世界の呪文のように、仲間たちの時を止めた。誰もが、声も、動きも、呼吸さえも忘れ、ただ目の前で起きている奇跡を呆然と見つめている。重い沈黙を破ったのは、常に冷静なシイナさんだった。「つまり……二重人格……という、ことか?」その問いは、この異常事態をなんとか理解しようとする、彼の理性の表れだった。私は、静かに首を横に振る。「二重人格とは、少し違います。私たちは、この身体を共有していますが、意識はそれぞれ、同時に存在しているのです」「つまり…今は君、エレナが表面に出ているが…エレンさんも、この場にいる……と?」「はい。その通りです。彼は今も、私たちの会話を聞いています」(…………)エレンの、静かな肯定が魂に響く。「こ、これは、とんでもない事になってきましたね……」ミストさんが、震える声で呟く。シイナさんは、その言葉を引き継ぎ、まるで自分自身に言い聞かせるように、状況を整理し始めた。「S級冒険者としてのエレンさんと…聖女見習いのエレナが、一つの身体を共有している……。ベルノ王国にとって、どちらも欠かせない存在が、まさか元を辿れば、一人だったとはな……」その言葉の重さに、皆が再び押し黙る。だが、今は感傷に浸っている時ではない。私は、苦しそうに呻くアイナさんへと向き直った。「皆さん、詳しい説明は…アイナさんを救った後で。私は…もう、逃げませんから」その言葉に、シオンさんの瞳が揺れる。「一体……何を……?」「私の力なら……彼女を救える。そう、感じるのです」本当は、怖い。この勘が、いつものように働く保証などどこにもない。私の、ただの希望的観測なのかもしれない。でも……。救えると、私の心が、魂が、聖女としての本能が、そう告げている。私は、一度だけ、ぎゅっと目を閉じ、そして、ゆっくりと深呼吸をした。そして……両手をアイナさんへとかざす。「聖なる光よ、この魂に、救済の恵みを……」私の祈りに応え、今までで最も純粋で、温かい光が、その両手から降り注ぐ。『ァァァ…』アイナさんの身体が、光に抵抗する素振りを見せる。だが、エレンとの死闘でその身に刻まれた聖なる力が、呪詛の最後の抵抗を許さない。「アイナは……アイナは、元に戻るのですか……!?」シ
last update最終更新日 : 2025-08-16
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第62話:救済

みんなが、こんなにも温かい言葉を、私にくれたんだ。その想いが、恐怖で凍えていた私の心に、温かい光を灯してくれる。アイナさんは……絶対に、私が救う。その覚悟が、魂の形を成したかのようだった。私が再びアイナさんへと向き合った、その瞬間。私の内から溢れ出す聖なる光が、仲間たちの想いを受けて、先ほどとは比較にならないほど力強く、そして優しく輝き始めた。光は、アイナさんの禍々しい姿に降り注ぐ。すると、まるで私の覚悟と同調するように、その肉体が劇的な変化を始めた。呪詛の象徴だった背中の異形の腕は、聖なる光に灼かれ、悲鳴を上げる間もなく塵となって消えていく。死人のようだったネズミ色の肌は、みるみるうちに血の気を取り戻し、温かい生命の色を帯びていく。そして、絶望の色だった真っ白な髪は、光に染め上げられるように、艶やかな黒髪へと戻っていった。「こ、これは……!!!!」「まじかよ……!」「わ、私たちは今、魔物化した人間が元に戻るという、前代未聞の奇跡を目撃しているんですね……!!」仲間たちの、息を呑む声が聞こえる。そして、シオンさんの、魂が震えるような声が響いた。「アイナ……っ……!!!」良かった……!本当に……彼女を、元の姿に……。そこまで思考した瞬間、私の身体から、全ての力が抜けていった。張り詰めていた緊張の糸が切れ、視界が白く染まる。「おっと……!大丈夫か、エレナ!」膝から崩れ落ちた私の身体は、すぐそばにいたグレンさんが、力強く支えてくれた。「あ、ありがとうございます、グレンさん……」私の感謝の声は、もう、誰の耳にも届いていなかったかもしれない。全員の視線は、ただ一人、ゆっくりと目を開けようとしている女性へと注がれていたから。シオンさんが、まるで夢でも見ているかのように、おぼつかない足取りで、アイナさんの元へと駆け寄っていく。「アイナ……!アイナ……!」彼の、涙に濡れた声に、彼女の瞼が、微かに震えた。そして、薄く開かれた唇から、掠れた、しかし、凛とした声が、紡がれる。「シ…………オ……ン?」その一言が、世界の全てだった。シオンさんの瞳から、堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出す。「あぁ……っ……!!アイナ……っ…!!良かった……!!本当に…………!!良かった……!」彼は、ようやく再会できた相棒を、子供のように、ただ、
last update最終更新日 : 2025-08-18
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第63話:立場

『という事で、任せたよ』「……分かりました。やれるだけ、やってみます」シイナさんの、覚悟の決まった返事。『それから、人間の魔物化についてだけど…これは流石に前代未聞の出来事だ。そして、それを元に戻すエレナ君の力も、実に興味深い』『だから、旅の中で何か分かったことがあったら、随時、私に連絡を頼むよ』「承知しました」『私も、王国の方でいろいろと調べておこう。じゃあ、皆、良き旅を』その言葉を最後に、所長の姿が光の粒子となって消え、ツナガールからの通信が切れた。「ぷ、ぷはぁ〜っ! まじで魔力切れるかと思ったぜ……」支えてくれていたグレンさんの腕から、どっと力が抜ける。長時間の通信は、彼にも相当な負担だったようだ。「さて――」シイナさんが、仕切り直すように、私へと向き直った。「エレナ。エレンさんとの入れ替わり…さっきの話は、俺たち以外は誰も知らない、という事でいいんだな?」「……いえ。ただ一人、王都の司祭様だけはご存じです」「……なるほど。それなら尚更、この件は決して口外しない方がいいだろうな」シイナさんが静かにそう言った、その時だった。「なんでだよ? 聖女様も戦えるって分かれば、みんな安心するんじゃねぇのか?」グレンさんが、純粋な疑問を投げかけた。――以前、夜の街で会ったジンという人も、同じようなことを言っていた。「ベルノ王国において、“聖女”というのは、国王に並ぶほどの象徴だ。そんな方が、俺たちのような少人数で旅をすること自体、本来なら有り得ない」「まぁこれはさっき説明したな。」淡々とした口調で、シイナさんが続ける。「その上で、自ら戦う姿を見せれば、それは『聖女が前線に出なければならないほど、国が追い詰められている』というメッセージになり、逆に民の不安を煽ることになる」「そんなもんなのか……?」「当然です!!!」グレンさんが首を傾げると、ミストさんが横から補足した。「聖女となるエレナさんは、“希望の象徴”でなければなりません。本来は、王族以上に厳重な警護がついているべきお方なのです」「……なるほど。つまり、たとえエレンさんがいたとしても、公の場では、エレナさんと入れ替わることすらできない、と」シオンさんが、鋭く本質を突いた。「そういうことになるな。だが――」シイナさんが、今度は、優しく私に目を向ける。「安心し
last update最終更新日 : 2025-08-20
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第64話:メモリスのその後

────── エレナの視点 ────── 翌日―― 陽光が石畳を薄く染める朝、ラムザスの狂気を止めた私たちのもとに、メモリス領主からの正式な呼び出しが届いた。重厚な羊皮紙に刻まれた蝋印は、この街が背負う重責の象徴のように、鈍く光を反射している。 案内された先は、街の庁舎最上階に位置する応接室。白い大理石で築かれた壁面には、歴代領主たちの肖像画が静寂を湛えて並んでいる。だが今、この部屋を支配しているのは、絵画ではなく――机の向こうに佇む一人の女性だった。 純白の研究衣が、彼女の細い肩を包んでいる。長く艶やかな黒髪は後ろで一つに束ねられ、理知的な眼鏡の奥から覗く瞳には、深い疲労と、ようやく得られた安堵が入り混じっていた。その眼差しが私たちを捉えた瞬間、空気が微かに震える。 「皆さん、この度は……」 彼女の声は、枯れかけた花のように、か細く震えている。 「ラムザスを止めていただき、心の底から……本当に、ありがとうございました」 メモリス領主――この街の正式な代表者が、背筋を真っ直ぐに保ったまま、深々と頭を下げた。その仕草には、長い間封じ込めてきた罪悪感が、ありありと刻まれている。 「言い訳にしかならないことは承知しています……けれど」 彼女が顔を上げた時、その頬を一筋の涙が伝っていた。 「私もまた、家族を人質に取られておりました。夫と、まだ幼い娘を……。ラムザスの狂気には、どうしても逆らうことができなかったのです」 石造りの部屋に、彼女の懺悔が静かに響く。私は胸の奥で何かがきゅっと締め付けられるのを感じながら、慎重に言葉を選んだ。 「事情は理解いたしました。ですが……」 私の声には、糾弾ではなく、ただ真実を求める響きが込められていた。 「あなたの命令だと言っていた者たちに、ソウコ君――被験者の一人が襲われかけました。あれは一体、どういうことだったのでしょう?」 あの薄暗い路地裏での出来事が、鮮明に脳裏に蘇る。ソウコ君の恐怖に歪んだ表情、刃の煌めき、そして―― 「それも全て……全て、ラムザスが私の名を騙り、衛兵や傭兵を操っていたのです」 領主の声は、今にも砕け散りそうなほど細く震えている。 「私が私の専属衛兵に命じたのは、あの少年をあくまで『保護』することでした。決して……決して、危害を加えるようなことは」 その声の震えは、決し
last update最終更新日 : 2025-08-21
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第65話:記憶よりも大切なもの

「……次は、ナヴィス・ノストラだ」 シイナさんが指した、地図の一点。 その地名に、私の心臓が、とくん、と小さく跳ねた。 「ナヴィス・ノストラ……」 ぽつりと呟いた私の声に、ミストさんが「おお〜」と声を上げる。 「さすがシイナ君。確かにそのルートなら、禁足地までの距離も縮まりますね」 ナヴィス・ノストラ。 私も、その名は知っている。歴史の影に、隠れるように存在する――小さな港。 そして、その海の先にあるのは……聖女の地下墓を擁する国。 「エレナ。察しはついていると思うが、ナヴィス・ノストラの先には“へレフィア王国”がある」 「うん……。私のお母様も、そこに眠っているから……」 その一言で、ほんの少しだけ、場の空気が澄んだように静かになる。 大丈夫。悲しいけれど、私はもう、それに縛られないと決めている。お母様は、その命を、祈りと共に国のために捧げたのだから。 その誇りを、私が受け継ぐんだ。 「ああ。道中、近くを通るなら……君もきっと、先代の聖女様のお墓参りに行きたいと思ってな」 シイナさんの不器用だけど、温かい気遣いが、胸にじんわりと染み込んでいく。 「……ありがとう」 私はそっと微笑んで、みんなの顔を見た。 「では、へレフィア王国が次の目的地……そして“隠れ港”は、そこへ向かうための中継地ということですね?」 シオンさんの確認に、シイナさんが頷く。 「ああ。準備ができ次第、出発するぞ」 その言葉で、私たちの新しい旅路が、確かに定まった。 *** メモリスの街を後にして数時間後――私たちは久しぶりに野宿をすることになった。 空が燃えるような茜色から、深海のような藍へと美しく移り変わっていく。一番星が、まるで希望の灯火のように瞬き始めている。 焚き火を巧みに起こすグレンさん。黙々と、しかし見事な手際でキャンプの準備を整えるシイナさん。夜の静寂に包まれた森で薪を集めるシオンさん。今日の食材を吟味し、丁寧に下ごしらえをするミストさん。 そして私は――この小さな、けれど大切な営みを守るため、周囲に四方結界を張り巡らせていた。 「よし……ここで、最後!」 私が最後の一角に祈りを込め、結界が淡い蒼白の光のドームとして完成した――その瞬間だった。 **――誰かに、見つめ
last update最終更新日 : 2025-08-23
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第66話:ダンジョン

鳥のさえずりが、静かに朝の訪れを告げてくれる。 風は優しく、テントの幕を揺らしていた。私は、ゆっくりと身を起こす。 (おはよう、エレナ) 「……おはよう、エレン」 彼の名を、声に出して呟く。 今となっては、仲間たち全員が、私たちの“秘密”を知っている。もう、このやり取りを、何かに怯えながら行う必要はないんだ。その事実が、胸を温かくする。 私はテントの入口を開け、外の様子を覗き込んだ。夜の間に降りた朝露に濡れた、ひやりと冷たい空気が、頬を撫でる。 「まだ、みんな寝てるかな……。着替えて、少し散歩に行こう」 (いい案だな) 私はそう呟いて、ゆっくりと立ち上がる。 寝間着姿のまま荷物へ手を伸ばし、清潔に畳まれた服を取り出した。柔らかな素材の白いシャツを身にまとい、次に、金の刺繍があしらわれたスカートを丁寧に履く。 司祭様から貰った、聖女としての衣服。袖を通すと、自然と背筋が伸びる気がした。 心配をかけないよう、簡単な置き手紙を書き残し、私はそっと、キャンプ地を離れた。 *** 朝靄に包まれた森の中を、私は一人、歩いていた。 「ここ、綺麗……。川の水も澄んでるし、なにより、自然の匂いがする」 (ああ、そうだな) 木々のざわめき、川のせせらぎ、遠くで響く鳥の声。そのすべてが、メモリスでの戦いで張り詰めていた心を、浄化してくれるようだった。 そんな、穏やかな時間の中―― (……エレナ) 「ん? どうしたの?」 (左前方だ。……何か、感じないか?) 言われた方へ視線を移す。最初は、木々と下草しか見えなかった。 けれど、ゆっくりと近づいていくと―― 「……あっ」 落ち葉の陰に隠れるように、古びた石造りの“階段”が、黒い口を開けていた。まるで、大地に空いた、古い傷跡のようだ。 (……ダンジョン、だな) エレンの声が、低く呟く。 ダンジョン……。魔力が自然に溜まった場所に生まれる、魔物の棲み処。その構造は一つとして同じものがなく、冒険者にとっては未知の試練と言われている。 「ど、どうする……?」 (魔物の気配はする。……だが、大した強さではないな) 「じゃあ……行ってみようかな? ……エレン、代わる?」 (ふむ……いや、このまま行こう) 「えっ!?」 (昨日、エレナに対して“甘そう”だと、シイナに言われてしまってな。ち
last update最終更新日 : 2025-08-23
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第67話:成長の自覚

フードの奥、空洞であるはずの眼窩に、殺意そのものが紅い光となって灯った。憎悪に満ちたオーラが空間を圧し潰すように膨れ上がり、骸骨の魔物が床を蹴る。空間そのものを歪ませるような怒気をまき散らしながら、一直線に跳びかかってくる。刃のように鋭利な骨の鎌が、空気を引き裂く音を立てて横薙ぎに迫る――。(しゃがめ……っ!)エレンの声が、思考に直接打ち込まれるように鋭く響く。脊髄が命令を理解するより早く、私は地を這うように身を屈めた。鋭い鎌は私の髪を数本かすめ、背後の壁に深い傷を刻んだ。ぞっとするほどの空圧が通り過ぎていく。「今っ!」しゃがんだ姿勢のまま、短剣に宿した聖なる光を、祈りと共に前方へと突き出す。眩い光芒が圧縮され、白熱の刃となって一気に伸長。狙い過たず、がら空きになった魔物の胸郭を深々と貫いた。『オ、オオオオ……ッ!』音ならざる悲鳴が、魂に直接響く。「ていっ!」私は光の刃を握る手に力を込め、真横に薙ぎ払う。骨が砕ける物理的な感触ではない。魔物の霊体を構成する瘴気を焼き切るような、魂そのものが軋むおぞましい抵抗が手に伝わった。ザンッ――!聖なる軌跡を残し、特異個体の魔物は霊的な繋がりを断たれたかのようにガクンと崩れ落ち、動かなくなった。「……あれ?特異個体って、もっと手強いんじゃ……?」(違う。君が、強くなったのだ)「えっ……?」(この旅が、君の眠っていた身体能力を目覚めさせている。そして……その身に宿す聖属性の純度は、以前とは比較にならんほど高まっている)知らなかった。でも、エレンの言葉がじんわりと胸に染みてくる。内側から、確かな熱が生まれるのを感じた。「私も、成長してるんだ…」その感慨に浸る、ほんの刹那。(エレナ――ッ!後ろだ!!)エレンの警告が、警鐘のように頭蓋を揺らす。「えっ……!?」――死角。いつの間に回り込んでいたのか。二体目の魔物が振り上げた骨の鎌が、すでに眼前に迫っていた。その瞬間。カチィンッ――!私の意志とは無関係に、左手が勝手に腰の短剣を抜き放ち、眼前の鎌を弾き返していた。金属と骨がぶつかる甲高い音が響く。「ええっ!?」(ふう……どうにか防げたな)「すごい……エレン! こんな真似ができるなんて……!」(私の方も、君という器と馴染み、日々できる事が増えている……ということだ)――
last update最終更新日 : 2025-08-25
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第68話:幸せの町、ソレア

野営地のテントへと戻ると、朝の柔らかな光が木々の葉を透かし、きらきらと地面で揺れていた。夜の冷気はもうどこにもなく、空気に暖かさが満ち始めている。「ん…おはよう」焚き火の番をしていたらしいシイナさんが、私の足音に気づいて顔を上げた。「うん、おはようございます」私も同じように手を振って、笑顔で返す。少しずつ、本当に少しずつだけど、仲間たちに敬語を使わずに話すことに慣れてきた気がする。「朝から出かけていたのか? 珍しいな」「ダンジョンを見つけて……ちょっとだけ、中に入ってみたの」言った瞬間、シイナさんの穏やかだった表情が僅かに固まった。「…ダンジョン? 一人で…?」彼の声のトーンが、少しだけ低くなる。彼が純粋に心配してくれているのが痛いほどわかったから、私はできるだけ落ち着いた声で説明した。「エレンが、私の自身の護身のためにも戦闘の訓練が必要だって言うから……。本当に少しだけ潜って、様子を見てきただけなんだ」その言葉に、シイナさんは何かを考えるように少しだけ目を伏せた。「なるほど… エレンの判断か」彼は一度言葉を切り、私に向き直る。「そうだな、…いざという時もある。」「自身の護身の為の実戦経験も必要だろう。無事に戻ったから何も言わないが、次からは俺も同行させてもらうぞ? 心配だからな」私のことを心から案じてくれているのが伝わってくる、その真っ直ぐな言葉が、胸の奥にじんわりと温かく染みていく。そんなやり取りをしながら自分たちのテントへ戻ると、どうやら先に戻っていたらしい三人が、それぞれの形で迎えてくれた。「おっ、戻ってきたか、エレナ!」「待ってましたよぉ~!」「おかえりなさい」軽く手を振ってくれるその姿に、張り詰めていた肩の力が自然と抜けていくのを感じる。「グレン、ミスト。口だけじゃなくて、手も動かしてくれると助かるんだがな」シイナさんが、二人を見て、やれやれと首を振る。「一人だけ優雅に本を読んでるヤツに言われたかねぇよ!」「そーだそーだぁ! 我々が働いているというのに!」二人が示し合わせたように、息ぴったりにシイナさんを責め立てる。「…これは遊びで読んでる訳ではないんだが!??」「はぁ……」その深いため息だけが、朝の空気にやけに大きく響いた。***ほなんだかんだと騒がしくテントの片付けを終えた私たちは、
last update最終更新日 : 2025-08-26
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第69話:小さな町での聞き込み調査

「さてさて。私はパンを食べたら、少し町を調査してみますかねぇ。」ミストさんが、楽しげに周囲を見渡す。「おや! あそこ、座って食べるにはもってこいですよ!」彼女の指差した先には、小さな木造ベンチがぽつんと置いてある。ミストさんはベンチに腰を下ろすと、うれしそうに袋からパンを取り出し――ひとくち、頬張る。「ん~~~!!! 美味しいですねぇ~!」緊張感が全く無いその様子に、さっきまで胸にあった警戒心が、ふっとどこかへ消えていった。私も、ミストさんの隣に腰を下ろす。そして、三つ買ったうちのひとつを、そっと手渡した。「おや? これは??」「いつものお礼です。」そう言うと――「な、なんてお優しい……!!シイナ君なんて……長年一緒にいるのに、こんなことしてくれませんよ……!」ミストさんが大げさに、でも本当にうれしそうに喜んだ。その時。「ヘックシッ!!」遠くの方で、誰かのくしゃみが聞こえた。……たぶん、シイナさんだと思う…。私は思わず、くすりと笑った。「それより……私も調査するね。なにか、手伝えることはある?」私はミストさんに尋ねた。「ふむ。では、一緒に歩きましょう!まだこの結晶、完全に機能してるか怪しいところがあるので――エレンさんの感知が頼りになる時や、浄化をお願いする時があるかもしれませんから!」ミストさんは、パンを片手にそう答えた。***そして、私たちは調査を開始した。空は、雲ひとつない清々しい青。これから歩き回るには、もってこいの天気だった。「さぁ! じゃあ行きますよぉ!!」「お、おー!!」私も、右腕を空に伸ばして、ミストさんのノリに少しだけ合わせる。「まずは、聞き込み調査からですっ!」ちょうど、町民と思われる男性が通りかかった。「すみませーん! 少しお伺いしたいのですが!!」ミストさんが元気よく、男性の方へ駆けていく。「お、おお? なんかの調査かい?」「そうなんですよ~。ところで……お兄さん! なにか最近、困ったこととかありませんか!?」ミストさんが、自然な笑顔で尋ねた。「うーん……困ったことかぁ……特にはないかな?」「そうですか~! いえ、なら結構です!!」元気よく一礼するミストさんに、男性が「はは、元気だね」と笑いながら、私にも手を振って去っていった。私はぺこりと
last update最終更新日 : 2025-08-28
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