Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─

Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─

last updateLast Updated : 2025-05-20
By:  渡瀬藍兵Updated just now
Language: Japanese
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「心は一つ、身体も一つ。――でも、魂は二つ!? 聖女エレナと最強戦士エレン、入れ替わりファンタジー!」 祈るしかできない少女・エレナ。 剣を振るうしかできない戦士・エレン。 ──ひとつの体に、ふたつの魂。 かつて戦場を駆けた戦士は、いま、記憶を失って聖女見習いの少女と共に生きている。 昼は人々を癒す光となり、 夜は悪を討つ刃となる―― 身体を共有するふたりが、 静かに世界を変えていく。 グールの出現に揺れる王国で、 “奇跡”はふたりの心から始まる。 ────────────── 【作者の一言】 はじめまして!初めてのファンタジー作品に挑戦中です! この物語は、 “祈るしかできない少女・エレナ”と、剣でしか語れない戦士・エレン ふたりでひとつの体を共有する、魂の物語です。 旅の中で出会う人々、戦いの緊張感、そして“温もりのある冒険”を届けられたらと思っています。 特に、エレンの戦闘シーンにはこだわっていて―― 最強だけど、無敵じゃない。 技術と戦術眼で戦う彼が、“制約のある体”でどこまでやれるのか、ぜひ見ていただきたいです!

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Chapter 1

魔法の起源

遥かなる古《いにしえ》、万象が未だ若く、世界が静かな息吹を漏らしていた時代。

人々は、ただひとりの神に祈りを捧げ、その大いなる慈悲に救いを求めて生きていた。

その神は、遍く世界に恩寵を垂れた。

乾いた大地には豊穣の実りを約束し、

日照りの地には恵みの雨を呼び寄せ、

病に蝕まれた者には癒やしの光を、

絶え間なき争いに疲弊した者らには安寧の秩序を。

生きとし生けるものすべてに、その愛は太陽のように等しく、そして深く注がれた。

人々は神の御業《みわざ》に畏怖の念を抱き、心からの崇敬を捧げた。

そして、いつしか彼らは敬愛を込めて、こう呼ぶようになる。

──魔神様(まじんさま)、と。

絶対の庇護者、唯一無二の存在として。

けれど、その永劫にも思われた平穏は、ある日、一人の男によって静かに侵された。

男は、神を信仰の対象としてではなく、飽くなき探求心を満たす「研究対象」としてのみ捉えた。

彼は言葉巧みに神の信頼を騙《かた》り、その聖域へと忍び寄り、ただひたすらに神の奇跡の力を“我が物とする”ことだけを渇望していた。

その心に、一片の|敬虔《けいけん》さもなかった。

その浅ましくも純粋な裏切りの果てに、魔神様は砕けた。

いかなる怒りも、いかなる悲しみも、

その神々しい表情に浮かべることなく、

ただ静かに、まるで積年の役目を終えたかのように、音もなく崩れ落ちるように。

そして次の瞬間、世界が息を呑んだ。

神の聖なる身体は、天と地を覆い尽くさんばかりの凄絶な爆発を引き起こした。

神の体内、その根源からあふれ出た無尽蔵の“魔力の粒子”は、

目に見えぬ風に乗り、色鮮やかな光の雨となって大地へと染み込み、

広大なる海を渡り、蒼穹の果てへと溶け込み――

やがて、世界そのものと不可分に混じり合っていった。

***

永い、永い刻《とき》が流れ。

世界が神の遺した魔力で満たされた後。

その混沌たる力に“適応”し、

新たなる理《ことわり》をその身に宿した者たちが、

静かに歴史の表舞台に現れ始める。

彼らの血は、神の残滓に触れてより熱く滾《たぎ》り、

その肉体は、人ならざる強靭さを獲得し、

そして魂の奥底には、失われた神の記憶の欠片を、

微かに、しかし確かに宿していた。

彼らは、疑いようもなく“人”でありながら、

同時に“人”という枠を遥かに超越した存在へと変容を遂げていた。

この世の理を超えた絶対的な力──すなわち、“魔法”を自在に扱う者たち。

その神より分かたれし力は、世界の法則を塗り替え、

新たな秩序の礎となった。

***

魔法とは、砕け散った神の本質そのものであり、

それは世界に十の明確な貌《かたち》をもって顕現した。

万物を焼き尽くす原初の【炎】

万物を育み流転する【水】

万物を停滞させ絶対零度を現す【氷】

万物を引き裂き罰を与える【雷】

万物を吹き運び自由を謳歌する【風】

万物を支え不動を誇る【土】

万物に芽吹きと循環をもたらす【樹】

万物を断ち切り武具となる【鉄】

万物を深淵に誘い影を落とす【闇】

そして、神の慈悲と奇跡の残照たる【聖】

これら十の属性こそ、魔法の源流であった。

人々は、その力を受け継ぎし者たちを、畏れと、羨望と、そして一抹の不安と共に、こう呼ぶようになる。

──魔人(まじん)、と。

それは、神の力を受け継ぎし、新たなる時代を担う者たちの名であった。

そして、神の欠片たるその力は、

一個の魂が宿せる形もまた厳格に定められていた。

魔人たちは、その生を受けた瞬間から、

この十の属性のうち、ただ一つだけをその身に授かる。

二つの属性を同時に宿す者は、決して現れず。

その理《ことわり》に例外は、世界の始まりから、ただの一度として存在しなかった。

それは、砕けた神が世界に遺した最後の戒律であり、

魔人たちが生まれながらにして背負う宿命でもあったのだ。

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魔法の起源
遥かなる古《いにしえ》、万象が未だ若く、世界が静かな息吹を漏らしていた時代。 人々は、ただひとりの神に祈りを捧げ、その大いなる慈悲に救いを求めて生きていた。 その神は、遍く世界に恩寵を垂れた。 乾いた大地には豊穣の実りを約束し、 日照りの地には恵みの雨を呼び寄せ、 病に蝕まれた者には癒やしの光を、 絶え間なき争いに疲弊した者らには安寧の秩序を。 生きとし生けるものすべてに、その愛は太陽のように等しく、そして深く注がれた。 人々は神の御業《みわざ》に畏怖の念を抱き、心からの崇敬を捧げた。 そして、いつしか彼らは敬愛を込めて、こう呼ぶようになる。 ──魔神様(まじんさま)、と。 絶対の庇護者、唯一無二の存在として。 けれど、その永劫にも思われた平穏は、ある日、一人の男によって静かに侵された。 男は、神を信仰の対象としてではなく、飽くなき探求心を満たす「研究対象」としてのみ捉えた。 彼は言葉巧みに神の信頼を騙《かた》り、その聖域へと忍び寄り、ただひたすらに神の奇跡の力を“我が物とする”ことだけを渇望していた。 その心に、一片の|敬虔《けいけん》さもなかった。 その浅ましくも純粋な裏切りの果てに、魔神様は砕けた。 いかなる怒りも、いかなる悲しみも、 その神々しい表情に浮かべることなく、 ただ静かに、まるで積年の役目を終えたかのように、音もなく崩れ落ちるように。 そして次の瞬間、世界が息を呑んだ。 神の聖なる身体は、天と地を覆い尽くさんばかりの凄絶な爆発を引き起こした。 神の体内、その根源からあふれ出た無尽蔵の“魔力の粒子”は、 目に見えぬ風に乗り、色鮮やかな光の雨となって大地へと染み込み、 広大なる海を渡り、蒼穹の果てへと溶け込み―― やがて、世界そのものと不可分に混じり合っていった。 *** 永い、永い刻《とき》が流れ。 世界が神の遺した魔力で満たされた後。 その混沌たる力に“適応”し、 新たなる理《ことわり》をその身に宿した者たちが、 静かに歴史の表舞台に現れ始める。 彼らの血は、神の残滓に触れてより熱く滾《たぎ》り、 その肉体は、人ならざる強靭さを獲得し、 そして魂の奥底には、失われた神の記憶の欠片を、 微かに、しかし確かに
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第1話 ふたつの魂
朝露に濡れた草葉が陽光にきらめき、鳥たちのさえずりが夜の静寂を押しのけて空へ舞い上がる。その響きに応えるかのように――鐘が鳴った。低く、けれど力強く。空の高みにまで届くような荘厳な音色が、今日もまた、ベルノ王国の一日が始まったことを告げていた。それは、王国の揺るぎない象徴。民に平和と祝福を届ける“祈りの音”だ。私は――その祈りを、誰よりも大切に受け止める者。陽光を含んだ金色の髪、澄んだ碧の瞳。王国に仕える、聖女見習いの少女。まだ見習いとはいえ、人々の病や苦しみを祈りで癒す力を授かった私には、この国に生きる者としての、ひとつの使命がある。それは、世界がほんの少しでも優しくあれるようにと、祈り続けること。この手には何の武器も握っていない。けれど私は、私にできることを信じて、今日も静かに祈りを捧げていた。そのときだった。「エレナ様っ!!」バンッ!教会の重厚な扉が凄まじい勢いで開け放たれ、息を切らした男性が、転がり込むようにして聖堂の中へ駆け込んできた。扉が壁に激突し、石造りの空間に鈍い音が響き渡る。私は祈りを中断し、思わず顔を上げた。額に汗をにじませ、肩で荒く息を吐くその男性の目は、恐怖に見開かれていた。何かに怯えきったように、わずかに震えている。「こんにちは。本日も、良いお天気ですね。……何か、お困りですか?」私は穏やかに立ち上がり、声をかける。少しでも、この人の心を覆う不安の影を、和らげられるように。「ゆ、昨晩……! この街のすぐ近くの森に、グールが出たんです!!」グール――人の生肉を喰らう魔物。人間の体格を模した不気味な姿、緑の粘液に覆われた皮膚、鋭利な爪と牙を持った異形の怪物。ベルノ王国にグールが現れるなど、本来なら万に一つもないはずだった。なぜなら、国境は精鋭の騎士団によって厳重に守られており、魔物などは境界で排除されているはずだからだ。「グール……でございますか。冒険者ギルドには、すでにご連絡を?」「し、しました! でも、ギルドの方が言うには……どうも、様子が妙なんです!討伐隊が出たというのに、奴らの痕跡がまるで見当たらなくて、まるで、霧か何かのように消えてしまったみたいで……!」男性の声には、隠しきれない動揺と焦燥がにじんでいた。これは……ただのグールではない。突然変異か、あるいは知性を備
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第2話 グールの捜索
夜。音という音が潜んだ街を、ただ静かに、月光だけが満たしていた。建物の落とす影は漆黒の帯となって長く伸び、家々の窓から灯りが消え失せた路地裏には、もはや人の気配はおろか、野良猫一匹の息遣いすら感じられない。まるで世界から色が失われたような、そんな静寂。私はそっと目を閉じ、意識の深淵にいるもう一人の自分へと呼びかける。(エレン……いつも通り、お願い。この街を、そこに生きる人々を守って)(ああ――君は安心して休んでいてくれ)彼の力強く、そしてどこまでも優しい声が応じる。それを合図に、ふわりと意識が心地よい微睡みへと沈んでいく。自分の身体であるはずなのに、その感覚が次第に内側へと遠のいていく不思議な浮遊感。その代わりに――静かで、鋼のように研ぎ澄まされ、それでいてどこまでも凛とした気配が、この器を満たしていくのを感じた。私の金色の髪は、まるで月光を吸い込んだかのようにその色を急速に変えていく。やがて、月の光を浴びて白銀にきらめく長い髪へと。そして、閉じていた瞼が再び開かれる時、その瞳には、血の色を淡く滲ませたような深紅の光が宿っていた。ひとつ、深く息を吸い込み、そして吐き出す。もう、この身体は“彼”のものだ。⸻視点:エレン⸻夜風がぴたりと凪ぐ。肌を撫でる空気が、まるで研ぎ澄まされた刃のように切り替わる。そんな明確な感覚とともに、私は、エレナが閉じたのとは異なる意思を持って、目を開けた。覚醒した意識は水鏡のようにクリアで、周囲のあらゆる情報を正確に捉え始める。白銀に変わった長い髪を慣れた手つきでうなじのあたりで一つに束ね、外套のフードを深く、表情が窺えぬほどに被る。腰に差した愛剣の柄に一度だけそっと触れ、「……捜索を開始する」静かに呟いた声は、夜の冷たい大気に触れると同時に吸い込まれ、誰の耳にも届くことなく消えていった。まずは、夜警に回っている騎士団の巡回ルートを避け、人通りの完全に途絶えた裏道を選んで進む。特殊な歩法により、私の足音は硬い石畳にほとんど響かず、濃い影から影へと音もなく滑るように紛れていく。闇に溶け込むことは、私にとって呼吸をするのと同じくらい自然なことだった。(……やはり、隠れてる可能性があるのは下水道か。)(うん。騎士団の人たち、表通りばっかり念入りに見回ってたもんね……。あっちのほうは、全然気
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第3話 得意個体のグール
(エレン……大丈夫? 数が多いけど……) エレナの、隠しようもない不安を滲ませた声が、意識の奥深く、まるで水面に広がる波紋のように静かに響いた。 私は夜の静寂に紛れるほど小さな声で、しかし絶対的な自信を込めて、短く返す。 (……私を誰だと思っている。この程度の数、ウォーミングアップにもならん) 前方、薄暗い通路の先には、先ほど右腕を斬り飛ばされたグールが、未だ夥しい量の血を滴らせながらも、濁った眼でこちらを睨みつけ、低い唸り声を上げ続けている。その執念深さだけは評価に値するかもしれない。 「……さて、狩りの時間だ」 私はフードの端をわずかに引き下げ、その深紅の瞳に宿る光をさらに鋭くした。 そのまま、予備動作なく跳躍。石畳を強く蹴った身体が、まるで放たれた矢のように夜空を裂き、濃密な殺気を纏って滑り出す。目指すは、ただ一体の敵。 先頭に立ちはだかる一体へ――最短距離で踏み込み、腰の愛剣を流れるような動きで袈裟懸けに斬り上げる。 ズバァッ、と肉を断つ鈍い音と、骨が砕ける乾いた音が混じり合った。 巨大な胴が上下に裂ける。噴水のように鮮血が横薙ぎに吹き出し、おびただしい量の臓物が、ぬちゃりとした音を立てて石床に無残に散らばった。 だが、私の動きは止まらない。その勢いを殺すことなく、手首の返しだけで剣を右へと反転させる。 ──ザシュッ。 右隣にいた個体の首が、まるで熟れた果実のように宙を舞う。胴体は一瞬遅れて、崩れ落ちるように膝をついた。 銀色の刃が描く軌道は、まるで意思を持っているかのように止まらず、身体全体のしなやかなひねりと共に左へと流れる。 シュバッ―― 左翼にいた最後のグールも、先の二体と全く同じように、抵抗する間もなく斬首される。 鮮血が闇夜に三日月の軌跡を描き、夜闇を反射して赤く妖しく輝く私の瞳が、その血煙の中に静かに沈んでいった。 数瞬前までの喧騒が嘘のように、動きが――ぴたり、と止まる。 残る二体のグールは、仲間たちが一瞬にして肉塊へと変わる様を目の当たりにし、完全に戦意を喪失したようだった。ぜえぜえと荒い息を繰り返しながら、じりじりと後退を始める。その濁った瞳には、先ほどまでの凶暴性はなく、ただ原始的な恐怖だけが浮かんでいた。 逃げる。その選択は、生物として正しいのかもしれない。 だが、私はその背中に向けて、氷
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第4話 戦う者と祈る者
夜の闇に慣れた深紅の瞳が、前方に立ちはだかる異形の影を正確に捉える。私は、右手に握る馴染んだ長剣と、左手に逆手で持った短剣の二刀を、水が流れるように静かに構えた。目の前に立ちはだかるのは、先ほどまでの雑魚とは比較にならぬほどの瘴気を放つ特異個体のグール。その醜悪な巨体からは、低い獣のような唸り声が絶え間なく漏れ、再びこちらへ突進せんと全身の筋肉を不気味に|蠢《うごめ》かせている。 「……来い。その首を刎ねてやる」私の挑発に応じるかのように、咆哮とともに振り下ろされるのは、岩をも砕きそうな太く鋭い獣のような爪。それは風を切り、死の宣告のように私へと迫る。しかし、私はその攻撃を予測していたかのように、最小限の動きで体をひねって紙一重でそれを回避する。巨腕が空を薙ぎ、私のすぐ横の壁に叩きつけられ、石片が砕け散る音を立てた。着地とほぼ同時に、私は体重を乗せた鋭い突きを繰り出す。グシャッ――!右手に握る長剣の切っ先が、狙いすましたその巨大な右目に、まるで吸い込まれるように深く突き刺さった。肉を抉る鈍い感触が、柄を通じて私の手に伝わる。「カァァァァァァガアアアアアアッ!!」眼球を破壊された激痛に、巨体が大きく仰け反り、耳をつんざくような絶叫が下水道の狭い通路に反響し、壁をびりびりと震わせる。血飛沫と、おそらくは眼球の破片らしきものが周囲に飛び散った。間髪入れず、今度はその左腕が、まるで巨大な鉄槌のように横薙ぎに振り上げられるのを見た瞬間、私は即座に後方ではなく、あえて横へと大きく跳躍する。空中でしなやかに身体をひねり、勢いを殺すことなく、そのまま右目に突き刺さったままの長剣の柄を強く握り、──力任せに引き抜く。ブシュウウウッ――!噴水のように、粘度の高い紫色の血が大量の飛沫を描いて闇に散る。眼窩からは、もはや原型を留めぬ何かが溢れ出していた。「……次だ」私は一瞬たりとも攻撃の手を緩めない。即座に構えを切り替え、左手に逆手で持っていた短剣を順手に持ち直し、標的を定める。一瞬の溜めもなく、残された左の眼窩めがけて、投擲ではなく直接、渾身の力を込めて突きを放つ――ザクッ!短く鋭い刃が、抵抗も少なく眼窩の奥深くを正確に貫き、おそらくは脳の一部にまで到達したかのような重い手応えと共に、肉の奥深くまで沈み込んだ。両目の視界を完全に失ったグールが、もは
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第5話 討伐報告
「本当に……本当に、ありがとうございました! エレナさん、そしてエレンさんにも、どうかよろしくお伝えください!」ギルドの受付カウンターで、いつもの快活な受付嬢が、カウンターから身を乗り出すようにして深々と頭を下げてきた。その声には、心からの感謝と安堵が滲んでいる。「依頼を受けたのは主にエレンですから……次に本人がギルドへ顔を出したとき、直接たくさんお礼を伝えてあげてくださいね。」私はにっこりと微笑みながら、安心させるようにそっと言葉を添える。「今日のこの感謝の気持ちはしっかりエレンに伝えておきますから。きっと喜びますよ」「もちろんです! ぜひお願いします! それにしても……今回の特殊個体のグール、ギルドに所属する他のSランクの冒険者の方々でも、単独での討伐はかなり難しかっただろうって、討伐後の調査チームから報告が上がってきているんですよ」その言葉に、私は思わず小さく息を呑んだ。──S級冒険者それは、単なる腕利きの冒険者という範疇を超え、一国の“戦略的戦力”とさえ呼べるほどの絶対的な実力者たちの総称。その、選ばれし彼らでさえ容易には打ち破れないほどの魔物だったというのだろうか。「そ、そんなに……手強い個体だったんですね……? 」受付嬢は私の驚きに、こくりと静かに、しかし重々しく頷いた。「ええ、尋常ではありませんでした。異常個体のグール……討伐現場に残されていたわずかな血痕や体組織を魔法研究所で詳しく分析してもらったのですが、あきらかに通常の魔物の組成とは異なる、未知の反応を多数示していたそうですよ。まるで、何かの実験で生み出されたかのような……」「それに――」受付嬢はそこで一度言葉を切り、周囲に人がいないことを確認するように声を潜めながら続けた。その瞳には、畏敬と興奮が入り混じったような複雑な色が浮かんでいる。「その規格外のグールをほぼ完璧な形で倒せたのは、皮肉なことに、“魔法が一切使えない”エレンさんだったからこそ……というのが、ギルド上層部の正式な見解なんです」「もし、他の魔法を得意とする冒険者の方だったら、もしかすると“たかがグールの一種”と、どこかで油断してしまっていたかもしれませんし、既存の魔法体系での対処に固執してしまった可能性も否定できませんから……」……その言葉に、私はハッとする。胸の奥を、鋭い何かで突かれたような衝
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第6話 魔法闘技の開幕
数日後。その日は、まるで世界の始まりを祝福するかのように、一点の曇りもない、どこまでも突き抜けるような紺碧の青空が王都の上に広がっていた。王都の中央、巨大な円形闘技場の上空には、それ自体が高度な魔法技術の結晶であり、一つの芸術品とさえ称されるべき、いくつもの巨大な“魔導結晶”が、まるで天空の星座のように魔法の力で静かに浮かんでいる。それらは、これからこの闘技場内で繰り広げられるであろう数々の激闘のハイライトや、出場する選手たちの勇姿を、様々な角度からリアルタイムで鮮明に映し出し、闘技場の外にいる人々にもその熱狂を伝えていた。まるで、未来の出来事までも見通すかのような、魔法仕掛けの巨大な鏡のようだ。地軸を揺るがし、天を衝くかのような、勇壮極まりないファンファーレが高らかに轟く。それに呼応するように、闘技場を埋め尽くした何万という観客席から、まるで堰を切った激流のごとく、割れんばかりの歓声が一斉に沸き上がった。熱狂の渦が、古の巨人を思わせる巨大な競技場全体を揺るがし、包み込み、そこにいる全ての者の魂を震わせている。「さあ皆さま!! 長らく、長らくお待たせいたしました! 王都が一年で最も熱く燃え上がり、興奮に染まるこの季節がついにやって参りました!栄光と誇りを賭けた魔法の祭典、魔法闘技――ただいまより、いよいよ華々しく開幕でございます!!」闘技場の一角に特設された、まるで鳥の巣のような実況席から、この国で知らぬ者はいないほど有名な司会者の、魔力によって増幅された張りのある声が、闘技場の隅々にまで、まるで神の啓示のように響き渡る。「出場する栄えある選手たちへ、そしてこれから紡がれるであろう新たなる伝説へ、熱き魂のこもった声援を送る準備は、果たしてできているかーーーッ!!?」「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」観客席から、もはやそれは声援というよりも、一つの巨大な生き物が咆哮しているかのような、腹の底から絞り出す地鳴りのような声が、天に向かって力強く湧き上がった。ビリビリと、足元から空気そのものが震えているのが肌で感じられるほどだ。私はそのころ、これから戦いに赴く選手たちが慌ただしく準備をする受付ブースの、さらにその奥まった一角に設けられた、貴賓用の小さな控室にいた。外界の喧騒が嘘のように、そこだけは奇妙なほどに静か
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第7話 焦燥する炎の騎士
土埃が舞い、観客たちの熱狂的な声援がドーム状の闘技場に反響していた。先程までの激しい攻防で抉れた地面に、グレンはゆっくりと、しかし確かな意志を込めて立ち上がった。その肩は大きく上下し、額からは汗が滝のように流れ落ちている。「アンタ……とんでもない動きするな……!まるで疾風だ」掠れた声でグレンが絞り出す。その瞳には、驚愕と、それ以上に強い闘志が宿っていた。「ふふ。あいにく魔法は使えなくてね。その代わり――肉体の動きやしなやかさ、反応速度、それらを誰よりも研ぎ澄ませてきたのさ」私は、鞘に収めるにはまだ早いと判断し、剣の切っ先をわずかに下げただけの構えを解かずに微笑む。観客席からの興奮した声が、耳に届いていた。「へへっ……なにが“魔法が使えない”だよ。あんたの動き、どう見ても魔法で肉体強化してなきゃ無理なレベルだぜ。そうでなきゃ、俺の剣をあんな紙一重で避け続けられるもんか」グレンの声はまだ震えている。しかし、それは恐怖から来るものではない。強者と対峙した武人としての本能が、彼の全身を高揚させているのだ。いわゆる武者震い――いい目をしている。「ならば、“肉体魔法”とでも呼ぼうか。私が編み出し、私だけが使える、至高の魔法だ」軽口を叩きながらも、私はグレンの一挙手一投足を見逃さない。彼の指先が微かに動いた。次に来るのは――「……さっきは不覚を取っちまったが! 今度こそ俺の番だァ!!」グレンが吠えると同時に、その両の手のひらに揺らめく炎が宿った。直径30センチほどの炎の塊が、周囲の空気を歪ませる。私にいきなり飛びかからず、まずは魔法で牽制、あるいは足止めするつもりか。構えを見るに、騎士道を重んじる実直な男なのだろう。好感が持てる。私は、意識を集中させた。次の瞬間、グレンが右腕を振り抜き、灼熱の火球を放ってくる。ゴウッ、と空気を焦がす音を立てて迫るそれに対し、私は地を強く蹴った。火球の軌道を冷静に見極めながら、最短距離でそれをすり抜けるように右へと疾走する。「なんだその速度……!?目で追うのがやっとだ……!でも、まだだァァァ!!」彼は私の動きを捉えようと懸命に視線を動かし、そして見事に次の行動を予測してみせた。私の移動先を塞ぐように、時間差で放たれた第二の火球が、的確に私の正面へと飛んでくる。だが、その程度で私の歩みを止められると思う
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第8話 奇跡のような魔法
『勝者は――エレンだァァァ!! 圧倒的! 魔法を使わぬ剣士、初陣を見事勝利で飾りましたァァァ!!』割れんばかりの大歓声と、実況の興奮しきった声が、巨大な闘技場全体を揺るがし、私の鼓膜を激しく震わせる。先ほどまでの剣戟の金属音はもう聞こえない。ただ、熱狂だけがそこにあった。(……ふぅ。エレン、お疲れ様。すごい戦いだったね。ちゃんと満足できた?)エレナが、試合の興奮冷めやらぬ私の意識の奥で、労うように静かに問いかけてきた。その声には、安堵が混じっているような気がする。(ああ。初戦の相手としては申し分なかった。久々に血が騒ぐ感覚を味わえたよ。実に楽しかった。)私は内心の満足感を隠すことなく答える。(なんだか……最後の方、ちょっと師匠みたいだったよ? グレンさんのこと、すごく見定めるような目で見てたから)エレナが、くすくすと楽しそうに笑う気配が伝わってくる。ふっと、私自身も思わず笑みがこぼれてしまう。確かに、あの若き騎士グレンの、荒削りながらも非凡な才能と、何よりあの燃えるような闘争心を感じた瞬間――私は無意識のうちに、弟子を導いていた時のような目で彼を見ていたのかもしれない。磨けば光る原石、というやつか。(……さて、エレナ。名残惜しいが、そろそろ代わろうか。長居は無用だろう)(うん。わかった。ありがとう、エレン)私はゆっくりと意識の主導権を手放し、身体の感覚がエレナへと戻っていくのを感じながら、意識の表層へと浮上していく。白銀の髪が陽光を吸い込み、再び柔らかな金色へと変わっていく。深紅の瞳は、澄んだ碧空の色を映す。金の髪に、碧の瞳――私、エレナとしての姿に、完全に切り替わった。闘技場の喧騒が、少しだけ遠くに感じられる。(ねえ、エレン。せっかくだから、他の選手の試合も少し観ていかない? 面白そうな魔法を使う人がいるかもしれないし)(ふむ、それも一興だが……確か君は今日、昼過ぎから教会で大切な用事があったはずだが? 忘れたわけではあるまいな?)エレンの、少し呆れたような、それでいて冷静な声が響く。――そうだった!! すっかり、綺麗さっぱり忘れてしまっていた!!エレンのあまりにも楽しそうな試合運びと、闘技場の熱気に当てられて、今日の午後に予定していた「祈りの時間」のことが、頭から完全に抜け落ちていたのだ!(わぁぁ! ありがとう、エレン
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第9話 風を纏う傭兵
私は、あの独特の喧騒と期待感が渦巻く円形の舞台に、再びその身を置いていた。今日の対戦相手は――“風薙ぎの傭兵”と異名を取る、風使いのシオン。資料によれば、風の魔法を巧みに用いた“トンファー”術の使い手で、魔法使いでありながら、本人の近接戦闘における肉体の練度も相当に高いらしい。一筋縄ではいかない相手だろう。先のグレンという若き騎士との戦いもそうだったが……この魔法闘技という舞台、存外、私の渇きを癒してくれるのかもしれない。強者との真剣勝負は、いつだって私の心を昂らせる。(エレン、今日も油断しないで、頑張ってね。応援してるから)エレナの、いつもと変わらぬ優しくも真剣な声援が、意識の奥でそっと響く。(おうとも。この私に抜かりはない。君は安心して見ていてくれ)私は短く、しかし絶対的な自信を込めて応じた。『さあさあ、レディースアンドジェントルメーン! 本日もやってまいりました、魔法闘技! 現在、人気・実力ともに最注目の剣士、エレン選手の登場だァァァ! そしてそのエレン選手を迎え撃つは、神出鬼没の風の傭兵、シオン選手の入場だァァ!!』闘技場全体を震わせる実況者の声が、まるで開戦の号砲のように高らかに響き渡る中、闘技場の反対側のゲートから、私の対戦相手が静かに、しかし確かな存在感を放ちながら姿を現した。息を呑むほどの、中性的な美貌。すらりとした長身で、しなやかな肢体。整いすぎた顔立ちは、一見しただけでは男か女か、判別がつかないほどに中性的で、どこか人間離れした、近寄りがたいほどの美しさを湛えている。艶やかな濡羽色の髪は、耳元までの長さに切り揃えられており、その一部が左目を隠すように、ミステリアスに流れている。身に纏うのは、濃紺色の地に銀糸で風の紋様が刺繍されたロングチュニック。それは肩から裾へかけて、まるで風の流れを体現するかのように緩やかで優美なラインを描き、対照的に袖は肩口から大胆に切り落とされたノースリーブ仕様で、鍛えられた白い両腕が惜しげもなく晒されている。その静かな立ち姿は、どこか捉えどころのない風そのもののようで、その深淵は容易には読めない。彼は私の方へゆっくりと歩み寄り、優雅な仕草で一礼すると、鈴を転がすような、性別を感じさせない透き通った声で名乗ってきた。「初めまして、エレン殿。私はシオンと申します。ご覧の通り、風属性の魔法使い…
last updateLast Updated : 2025-05-19
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