リビングから聞こえてくるテレビの音は、低く抑えられたまま流れていた。七菜が何かアニメ番組を見ているのだろう。笑い声や明るい効果音が、障子の隙間から和室へと柔らかく染みこんでくる。智久は、畳の縁に足を揃えて座っていた。背筋を伸ばすでもなく、崩すでもなく、ただ静かに。その横には、同じように春樹が膝を立てて、クッションを抱えるようにして座っていた。ふたりの間に言葉はなかったが、沈黙は重くはなかった。窓の外では風が枝を揺らしていた。カーテンは引いていないが、曇り空のせいで部屋の中には淡い灰色の光が広がっている。時間は、午後の三時を少し回った頃。休日の午後の空気は、どこか水のようにゆるやかで、誰もその流れを乱そうとはしなかった。春樹が、不意に小さく笑った。「こうしてるとさ、家族みたいだな」その声は、囁きに近かった。特別な抑揚もなく、何気ない雑談のように投げかけられた言葉。それなのに、智久の耳には、まるで水面に一滴落ちた小石のように、深く響いた。隣にいる春樹は、目線をテレビの方に向けたまま動かない。智久の顔を見ていたわけではなかった。けれど、そういうところにこそ、彼の本心が宿っていると智久は知っていた。答えはすぐには返さなかった。返せなかったというよりも、返したくなかったのかもしれない。智久の視線は、目の前の座卓の端に落ちていた。手の甲の上にもう一方の手をそっと重ねると、ほんのわずかに指先が冷たさを持っていることに気づいた。(家族)春樹の口にしたその言葉が、智久の心に不思議な重みを残していた。過去の記憶が浮かぶ。亡き妻と、まだ幼い七菜と、三人で囲んだ食卓。誰かが笑い、誰かがこぼした味噌汁を誰かが拭っていた。そんな些細な日々。幸せは、あのころ確かに形を持ってそこにあった。だが今、春樹の言葉に心が揺れるのは、あの時の記憶を壊されたからではなかった。むしろ、それを知った上でなお、この今が優しすぎるからだった。言葉にしてしまえば、何かが変わってしまいそうだった。そんな予感が、胸の奥でしずかに疼いていた。「……」口を開かず、智久はただ
Terakhir Diperbarui : 2025-08-14 Baca selengkapnya