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All Chapters of 遊莉: Chapter 1 - Chapter 10

12 Chapters

1話 三つの視線

私は彼女の背中を見ている。近くにいるはずなのに、一番遠い存在ーーそれが遊莉《ゆうり》だった。 表立って意見を出す事はない。何かしらの変化を求めて改革をする訳でもない。彼女はその空間の中で存在している。ただそれだけで、周囲の視線を攫っていく。 彼女と出会ったのは高校二年生の頃だった。一年の時とは違う、学校と言う環境に慣れて、当たり前になっていた。 ここに生きているはずなのに、生きている感覚がしない。全ての色が鮮明さを失い、からっぽになった私の心のように色褪《いろあ》せていく。 ただ彼女の存在を感じている瞬間は違った。心臓の奥からドクドクと知らない音が解き放たれ、幸福感と快楽を感じている。 それはまるで依存薬のようで、一度知ってしまうと抜け出せなくなる。 「美穂、どうして私を避けるの?」 「避けてなんかないよ、気のせいだから」 「本当に?」 数日前まで普通に話す事が出来ていたのに、変に意識し始めたせいか、無意識に避けるようになってしまった。 本当は彼女……遊莉と笑い合いたいのに、それが出来ない。 同性の相手に特別な感情を抱くのは、人生の中で初めての経験だった。私の当たり前が歪になり、日常が非日常へとすり変わる。 自分から縮《ちじ》めたのに、自分から離れていく。彼女からしたら、私の行動が不思議で仕方ないのかもしれない。嫌われていると勘違いしている可能性もある。 その反対なのに、目の前に彼女が現れると何も出来ずに固まってしまう。 初めての感覚の中で行き場を失った私は、窓辺に寄り添いながら、外の景色に視線を注いでいく。昼ごはんを食べ終わった男子生徒達は、残りの昼休みを満喫しようと、楽しそうにサッカーをしていた。 あんなに走ってボールを追いかけるの、どうして楽しいと感じるのだろう。心と体は繋がっている。精神的に脆くなっている今の私は、彼らのように出来ない。 「はぁ……何やってんだろ、私」 昼休みは遊莉と過ごしていた。彼女の魅力にあてられた私は、一人で過ごすようになっていく。 黄昏《たそがれ》ている私を見つめている遊莉の視線に気づく事なく、時間を持て余していた。 私の高校は進学校でもあり、スポーツで有名な高校でもある。特進クラス、アスリート、進学クラス、その他諸々《もろもろ》。 特に行きたいと思う高校
last updateLast Updated : 2025-10-01
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2話 心の繋がり

遊莉とメッセージのやり取りを数回して、彼女がいる場所を教えてもらった。私の実家で会う事も考えたが、近くのコンビニで待ち合わせをする事にした。 九時が回っている事もあり、人が少ない。いつもなら車が沢山行き交っているけど、この時間帯になると、殆ど見る事はなかった。 周囲は田んぼに囲まれている。遊莉の家は少し離れた所にある。二年生になった時に転校生として紹介された、あの時の事を思い出しながら、自転車を漕《こ》ぎ始めた。 「今日からこのクラスの一員になる源《みなもと》遊莉さんです。皆! 仲良くしてあげてね。源さんも一言、挨拶どうぞ」 「初めまして。東京から越してきた源遊莉です。よろしくお願いします」 紹介が終わると、男子生徒達が高らかに声をあげる。同性の私でさえ見惚れてしまう程の美少女なのだから、当然だろう。 「それじゃあ、神楽《かぐら》さんの隣の席を使ってね。神楽さん、色々教えてあげて」 「はい」 私の隣の席が空いていた。何故だかこの席だけ空席だったのを覚えている。もしかしたら遊莉と仲良くなる為に、用意されたものなのかもしれない。 人と話す事が苦手な私は、彼女の顔色を確認しながらオドオドと会話をしている。他の女子は私の態度が気に入らないらしく、距離を置かれる事が多かった。 そんな私にふんわりと天使のような笑顔を見せながら「よろしくね」と言葉を向けてくれる。私はただ頷く事しか出来ずに、ドキドキしていた。 今思えば、あの時から彼女の事を意識していたのかもしれない。原因不明の不安定さも、動悸《どうき》も、全て遊莉と会話を交わす時に起きていた。 一目惚れなんてした事のなかった私の心を掴んで離さない。そんな彼女の眼力《がんりき》に吸い込まれていった。 あの時の衝撃を思い出しながら、風をきっていく。これ以上、彼女を待たせたくない私は、全速力で目的地へと到着する。 コンビニの駐車場は異様に大きく、広い。トラック専用の駐車場も完備されている。使っている所を見た事はないが、長距離運転手の為に作ったのだろう。 店の前に視線を流すが、誰もいない。もしかしたら店内で待ってくれているのかもしれない。そう思った私は、息を切らしながらも、駐輪場に止め、店内へ足を進めた。 グルグルと中を確認すると、ぼんやりとジュースが置かれている棚を見つめ
last updateLast Updated : 2025-10-02
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3話 文化祭

私達の青春は確実に存在している。そうあの瞬間は今でも瞼《まぶた》の裏で輝いて、こびり付いていた。 文化祭の季節になると、各クラスで露店《ろてん》を出す計画書が発案《はつあん》された。今回は食べ物をメインに出していきたいと、皆の意見が一致した所で、何を出すのかを話し合っている最中。 私と遊莉《ゆうり》は別の班に分けられている。席順も関係しての構成《こうぞう》となっていた。最初は、班の中で何を出したいかを議論し、意見を擦り寄せながら決めていく。それぞれの班の意見を最終的に提示《ていじ》し、クラスで多数決を取るシステムを採用している。 「皆の意見を聞きたいから、考える時間を与えるね。食べ歩きしやすいものがいいから、それを踏まえて考えを纏《まと》めてほしい」 「分かった。じゃあ考えようか、三分くらいでいい?」 この班の中心になっているのは幼なじみ同士の日雪《ひゆき》とメグだ。この二人はいつでもセットなイメージがある。くじ引きで決めた席順もこうやって運だけで手繰《たぐ》り寄せている所が凄い。 私にもそんな能力があれば、遊莉《ゆうり》と一緒な班になれたのにーー 夏休みが終わった時に席替えがあったのだ。隣同士だった私と遊莉はくじ引きと言う運命の悪戯《いたずら》によって、引き裂かれてしまった。 まるでロミオとジュリエットのように。 あの時の事を思い出すと苦しくて堪《たま》らない。今まで当たり前に話していた事も、叶わない。遊莉《ゆうり》に興味を抱いている生徒が多いからだ。 休み時間に彼女の席に向かおうとしたが、中々遊莉と二人きりで話す事が儘《まま》ならない。 誰にも気づかれないようにため息を吐くと、気持ちを切り替えていく。このタイミングで思い出すのはアウト。表情に出やすい私は、少しの油断《ゆだん》も許されない。
last updateLast Updated : 2025-10-11
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4話 あの時も今も変わらない

私達は昔を思い出しながら夜の街を歩いている。小さな飲み屋街がキラキラと輝いていて妖艶《ようえん》さを醸《かも》し出していた。 大人になった私達はお酒を楽しみながら、夜の街に消えていくーー 学生時代に戻ったように手を繋《つな》ぎ合うと、温もりを感じながら、行きつけの店へ潜り込んでいった。 あの頃に戻る事は出来ない。それでも思い出しながら楽しむ事は出来る。 毎日の授業をこなしていくと、放課後になった。普段なら部活へ向かうのだが、文化祭の準備に追われている私達は、こちらを優先《ゆうせん》している。 吹奏楽に入っているので、文化祭のイベントとしてコンサートが組み込まれていた。練習をした方がいいが、それでもクラスメイト達との思い出を大切にしたかった。 表面的な気持ちは周囲に見せる事が出来る。本音を言えば帰宅部の遊莉《ゆうり》と一緒の空間で作業出来るから。 彼女はクラス対抗の合唱コンサートの幕《まく》を作っている。裁縫《さいほう》が得意だったとは知らなかった。私の知らない遊莉《ゆうり》を知れる事が嬉しい反面、他の人に見せたくない独占欲《どくせんよく》に飲まれている。 「ちょっと手伝ってほしいんだけど。美穂って裁縫《さいほう》出来る?」 「一応出来るけど……」 自信がない私は言い切る事が出来ないでいた。クラスメイトの一人は私の手を引っ張りながら遊莉《ゆうり》の元へと連れていく。 裁縫《さいほう》の話が出た時点で予感はしていたが、まさか願いが叶うなんて思わなかった。 遊莉《ゆうり》の隣でいたいとーー アタフタしながらも周囲の流れに乗っていく。するとそんな私を見て、クスリと微笑む彼女の姿があった。
last updateLast Updated : 2025-10-12
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5話 文化祭本番

 クラスで何の露店《ろてん》を出すかを決めている。中々、話し合う時間を取れなかった私達は、時間を取り戻すように会話を広げていった。 班は6グループに分けられている。私達は皆の意見を纏《まと》めて、結局チョコバナナに決めていた。自分の意見が通らなかった事は残念だが、コストと時間を考えると一番安牌《あんぱい》なのかなとも思う。 定番のチョコバナナを定時してきた班は私達以外に1グループが提出《ていしゅつ》している。意見が被《かぶ》った事もあり、一番有利《ゆうり》なポジションにいた。 後の班は、リンゴ飴、イカ焼き、クレープ、焼きそばが出ている。祭りと言えばたこ焼きだが、誰も出していない。その事実を知った美月《みつき》はショックを隠せない様子だった。 もう一つの定番、焼きそばが出ている。この意見を出した班は男子の意見を採用している様子だった。個人的にはオススメの逸品《いっぴん》だが、結局食べ歩きを考えると難しいだろう。 「各班の提案の中で候補を絞《しぼ》ろうと思う。今回は食べ歩きがメインだから、焼きそばは難しいと思うの。私の意見に賛成《さんせい》の人は挙手して欲しい。揉《も》めない為にも、顔を伏《ふ》せてね」 学級委員のメグは皆にそう伝えると、食べ歩きにいくい焼きそばの意見を集計《しゅうけい》していく。皆は素直に彼女の言う事を聞き、机に顔を押し付けた。 結果は想像通りだった。焼きそばに対しての集計結果は反対が多かった。焼きそばを推していた班は残念そうな顔をしている。多数決で決まった事を受け入れると、焼きそばは除外《じょがい》されていった。「……美味しいのに」 美月はたこ焼きの次に好きな焼きそばが除外された事を悔《く》やんでいる。私はそんな彼女の横顔を観察しながら、ぼんやりしていた。視線に気づくだろうと思っていたが、気づきもしない。 遊莉《ゆうり》だったら、この視線に気づくのかもしれないーー そんなこんなで話は続き意見を絞《しぼ》っていく。その中で
last updateLast Updated : 2025-10-13
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6話 奏者と観客

 お客の対応に追われている遊莉《ゆうり》は時間を気にしながらも露店《ろてん》を回している。日雪《ひゆき》に頼まれている以上、ここから離れる事は出来ない。本当は私の演奏している姿を見に行きたくて仕方ない様子だった。 そんな遊莉の気持ちに気づくように美月《みつき》が声をかけた。彼女も遊莉《ゆうり》と同じで、どの部活にも所属《しょぞく》をしていない。 スポーツ万能で複数の部活動からスカウトを受けていたが、全てを断って帰宅部と言う選択をした。「遊莉《ゆうり》ちゃん、そわそわしてるけどどうしたの? 何か気になる事でもある?」「そんな事ないよ」「うーん。気のせいかな? さっきから時間を気にしているようだけど」 美月は考える素振りをする。本当は何故、遊莉《ゆうり》が落ち着きが無いかを知っていた。クラスメイトがいる所では関わりを持たないように意識しているが、周囲からしたらバレバレ。「あたしが代わりに店、回すから。気分転換も兼《か》ねて回ってきたら? 頑張りすぎ」「……でも」 日雪《ひゆき》の言葉が頭の中で繰《く》り返されている。自分の役目に没頭《ぼっとう》するのは悪い事じゃない。それでも学校生活の中でのイベントは頻繁《ひんぱん》にあるものじゃない。 美月は遊莉《ゆうり》の真面目な性格を見てきたからこそ、楽しむ事も必要と感じていた。程よく力を抜く事が出来る美月《みつき》だからこそ、出来る事なのかもしれないーー 引き下がる様子のない美月に折れた遊莉《ゆうり》は苦笑《くしょう》しながら、渋々《しぶしぶ》受け入れた。本音を言えば彼女の提案《ていあん》は嬉しい。大切な人が奏《かな》でる演奏を聞いてみたかったから。 遊莉は余計な事を考えるのを放棄《ほうき》すると、満面の笑みで「ありがとう」と伝える。その笑顔は破壊的で美月の心さえも攫おうとした。 一瞬、ドキリと心臓が跳《は》ねたが、友人としてしか見ていない美月は頭の中にハテナを浮かばせ
last updateLast Updated : 2025-10-14
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7話 二人を中心に回っている

全力を出し切った私達は楽器を仕舞い終わると、少しの間、休憩に入った。文化祭は続いているが、休む事も大切だ。久しぶりの演奏に観客の拍手がまだ耳に残って離れない。刺激的な空間は思い出の一つとして心の奥底に仕舞われていく。緊張感を吐き出すように、息を漏《も》らすと、全身の力が抜けていった。 「美浦、お疲れ。演奏会上手くいったね」 「やっぱり舞台に立つと、緊張感が半端ないです。疲れました」 実崎《さんざき》先輩は満面の笑みでコキコキと首をまわしている。余程力が入っていたのだろう。私はそんな実崎《さんざき》先輩のいつもと違う表情《かお》にほんわかしている。他の先輩は同級生達とのグループ内で話しているのに、何故だが実崎先輩はいつも私の所に来てくれた。上下関係が厳《きび》しいのが嘘みたいに思えてしまう。 「先輩はこれからどうするんですか?」 「ん〜。文化祭周ってないから、色々見てこようと考えてるよ。演奏会が終わった後、続けて休憩を取る事が出来たんだ」 私達の学年は露店をしているが、実崎《さんざき》先輩はお化け屋敷を開いている。時間に追われていた私はまだ見に行けていない。一人で周ろうと考えていたが、こういうイベントは複数で周るのが一番楽しい。遊莉《ゆうり》と一緒に見に行きたいが、休憩時間を合わす事が出来なかった。こういう時程、理想通りには行かない。 「美穂の休憩は何時から?」 そう聞かれ、隠す必要性もないだろうと思った私は、先輩と同じ休憩の取り方になっている事を説明していく。こんなタイミング良く、自分にとって都合良く姿を現したチャンスに、乗っかるようにある提案をしていった。 「それなら、私と一緒に周らない? 友人と時間合わなくてさ、淋しいんだよね。美穂《みほ》さえよければだけど……」 「いいですよ。私も一人で周るしかなかったし、一緒に周りましょうか」 後先を考えずに誘いに応じる。実崎《さんざき》先輩は余程《よほど》嬉しいらしく、はにかむように笑っている。その姿を見て、いつもの先輩とは違う雰囲気に飲まれそうになっていく私がいた。元気いっぱいで、何事にも挑戦する実崎《さんざき》先輩の可愛らしい姿と雰囲気が部室に漂い始めた。 「さーゆーきぃー、みーほぉー」 私達の会話を聞きつけたのか実崎《さんざき》先輩の友人である神楽坂《かぐらざか》先輩が名前を呼びながら、げっ
last updateLast Updated : 2025-10-15
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8話 待ちぼうけと出会い

色々あって疲れた私は、やっと文化祭を周れる事に安堵《あんど》しながら、三人で歩いている。ぐぅーとお腹の虫が鳴ってしまって、顔を真赤にしていた。誰にも気づかれないといいのに、そう心の中で言葉を吐きながら、何事もないように表情を保《たも》っていた。 「お腹空いたねー。そういや二年生露店《ろてん》出してなかった?」 「出してますよ」 「美穂のクラスは何出してるの?」 「……チョコバナナです」 嫌な予感がして堪《たま》らない。この話の流れ的に二年生が展開《てんかい》しているブースに行くのではないだろうか。そこには遊莉《ゆうり》がいる。二人は彼女の存在を知らない。私は遊莉《ゆうり》に何も伝えずに、先輩との戯《たわむ》れを楽しんでいる。この状況《じょうきょう》を見られるとマズイ。 浮気をしている訳ではないのに、後ろめたい。こんな事なら一言、伝えとくべきだったと今更反省している自分がいる。そんな私の内情《ないじょう》なんて知らずに、実崎《さんざき》先輩は露店に行こうと言った。最初は一年生のブースから周るものだと思っていた私は、言葉を失いながら呆然《ぼうぜん》としている。 「美穂?」 「……はい?」 「なんだか顔色悪くない? 体調良くないの?」 「いいえ……そんな事は」 言えない、恋人に黙って先輩達と居るなんて。遊莉《ゆうり》にどんな言い訳をしたらいいのか考える事が出来ない。そしてこの話からどうやって逃《のが》れる方法が思いつかずにいる。 「美穂が顔色悪いのはーお腹が空いているからなのさ」 「ほえっ?」 「聞こえてたよー。お腹の虫さんが泣き叫んでいる音を……」 誰にも気づかれていないと思っていたのに、神楽坂《かぐらざか》先輩
last updateLast Updated : 2025-10-16
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9話 運命の悪戯

私はあの時の出来事を今でも反省している。先を考えずに行動してしまった幼い自分を恥《は》じるようにーー ほんのりと照《て》らされているルームライトが私達を包み込む。ベッドに雪崩込《なだれこ》んだ二人を祝福《しゅくふく》するように。ギュッと抱きしめ合いながら、互いの体温を確認するように、何度も何度も戯《たわむ》れ合っていく。ハラリと束ねられていた髪を解《ほど》くと、ふんわりとしたシャンプーの匂いが鼻について離れない。 二人の時間を大切にしたいと願いながら、火照《ほて》りを貪《むさぼ》るように舌先を堪能《たんのう》し始めた。チュチュと唇が重なる音が部屋全体に広がり、響き渡る。 大人になったからこそ、素直に自分の気持ちを表現出来るようになった。あの時のすれ違いも、苦しみも、歯痒さも全ては過去の産物《さんぶつ》のように忘れ去られてしまう。この環境に慣れてしまった私と遊莉《ゆうり》は、一つ一つ、階段を登るように新しい刺激を求めていくのかもしれない。 「きっと私はまた貴女に恋をするーー」 一度の別れを経験した私達は成長した姿を見せながら、現在を生きている。 瞼《まぶた》を閉じるとあの瞬間が再び訪《おとず》れてしまうのではないかと疑念《ぎねん》に揺られながら、快楽への世界へと沈《しず》んでいった。 あの時の私はどうして遊莉《ゆうり》の気持ちを大切に出来なかったのだろう。ふるふると部屋の隅《すみ》っこで後悔に埋《う》もれながら、ただ泣き続けるしか出来ない。会話を交《か》わして、互いの気持ちを形にする事で関係性を作っていく。その事を忘れてしまっていたのだろう。きちんと了承《りょうしょう》を取ればよかった……実崎《さんざき》先輩と時間を共有《きょうゆう》していた私は、何も考えれずにいた幼子《おさなご》だった。 ピコンとスマホから音が溢《あふ》れた。もしかしたら遊莉《ゆうり》から
last updateLast Updated : 2025-10-17
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10話 自分の知らない自分

自分の後ろに遊莉《ゆうり》がいるのに、自由に体を動かす事が出来ない。実崎《さんざき》先輩のちからがまるで男性のように感じてしまい、力が抜けていく。全ての感覚が歪《いびつ》になっている。自分の中で何が起きているのか分からない。私は焦《あせ》る気持ちを抱きながらも、どこか実崎《さんざき》先輩を受け入れてしまう。頭の中がパンクしそうだ。 「はぁはぁ……んあ」 「可愛い……遊莉《ゆうり》もそんな所で見ていないで、こっちに来れば?」 「……」 実崎《さんざき》先輩は私が向かってくるのを確認すると、口にある錠剤《じょうざい》を含《ふく》み、隠していた。本当は遊莉《ゆうり》に飲ませて快楽に沈《しず》む所を写真として残す計画を考えいたのだが、タイミングが合わさって、違った方向で使用する事にした。目の前に遊莉《ゆうり》が現れたタイミングを見計らって私の自由を奪《うば》い、口の内部に仕込んだ媚薬《びやく》を飲ませる為に、無理矢理《むりやり》流し込んだ。飲み込んだ瞬間から、作用の効果《こうか》が発動《はつどう》する即効性《そっこうせい》のある薬だ。馴染《なじ》ますまで時間を待つ必要もなかった。 自分の思い通りに事が進んだ実崎《さんざき》先輩は、満足そうに何度も私に唾液《だえき》を流し込み、より早く促進《そくしん》させていく。最初は自我《じが》があった私も、時間が経《た》つに連れ、視界《しかい》は歪《ゆが》み、何をしているのか理解できない程に染まっていく。そんな事を遊莉《ゆうり》は知るはずもなく、ただ二人が心地よさそうに絡み合っている姿をぼんやり見つめている。 「ねぇ、美穂。私の方がいいでしょ? そうならほら、舌絡《から》めて……んんっ。いい子」 思い通りに動いている私を見て、手に入れる事が出来たのだと実感する。実際は薬の効果《こうか》でこうなっているだけで、実崎《さんざき》先輩の気持ちを受け入れた訳でも、求めた訳でもない。しかし遊莉《ゆうり》から見たら、全く違うものに見えてしまっていた。
last updateLast Updated : 2025-10-18
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