【Prologue】  ---------------------  「やっ、ん。緒川さんの……嘘、つきっ」  生まれて初めて入った、ラブホテル。  そんなところに異性と一緒に入れば、〝そういう事〟になるなんて容易に推察できたはずなのに。  恋愛経験の乏しい小娘の私は、15も年の離れた男性の性事情にとても疎くて。  勝手にそのぐらいの年齢になったら、女性に対してガツガツしなくなる。  もしかしたら不能にさえなっているんじゃないかなんて馬鹿なことを思っていた。  そんなわけ、ないのに――。  ---------------------  お昼休み。  男性ばかりの職場で、ひとり大人しく自席でお弁当を食べていたら、携帯に知らない番号からの着信。  いそいそとお弁当箱にフタをして席を立つと、廊下で恐る恐る電話に出る。  『戸倉さん、緒川だけど分かるかな?』  相手は、前に同じ班で働いていた年上の男性だった。  『急に連絡してごめんね。えっと――突然なんだけどさ。明日の昼休み、俺の車が停めてある駐車場まで出てきてもらえない……?』  会計年度任用職員――いわゆる市役所の臨時職員――として働く私は、ひとところに長くいられない。  ひと月ちょっと前に配置換えがあって、私、今は緒川さんのいる都市開発課とは違う課――下水道課――に配属になっている。  当然その時点で電話の彼――緒川さんとの接点も皆無になったはずで。  半年間お世話になった都市開発課を去るときに、くだんの緒川さんも含めた同じ班――公園みどり班――の皆さんから、お別れ会を盛大にして頂いて、可愛い花束までプレゼントされたのだ。  なのに。  あれから1ヶ月も経とうという頃になって……今更何の用だろう?  緒川さん、無口でちょっぴり怖いなって思っていた人で、正直同じ班にいた時にもそれほど接点はなかったはず。  そう思いはしたけれど、打ち解けていなかったが故に、そんな年上男性からの呼び出しを断れるほど、私はまだ世渡りが上手くなかったから。  「……わかりました」  よく分からないままにそう返事をしてしまって……約束の日時。  指定された駐車場に出向いた私を、車の中に誘うなり抱きしめて、緒川さんが言った。
 Last Updated : 2025-10-25
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