昭彦は眼鏡の位置を直した。「勝手な噂を立てないでくれ。僕にはまだ恋人はいない」「ええー!じゃあ社長はどんな女性がタイプなんですか?」数人の独身女性社員の目が、瞬く間に輝いた。昭彦の視線が不意に、少し離れた場所にいる静奈を捉えた。彼は軽く咳払いをした。「好きな人はいる。ただ……彼女が僕の恋人になってくれるかどうか、まだ分からないだけだ」その一言はその場の全員の好奇心に火をつけた。「うそ!一体どんな女性ですか?社長が、まだ落とせてないなんて!」「もし私だったら、即OKするのに!」「社長、早く教えてくださいよ!私たちの知ってる人ですか?」「解散!」昭彦はその二文字で、皆の野次馬根性を断ち切った。会議が終わり、人々が次々と退室していく。静奈が会議室を出たところで、昭彦に呼び止められた。「朝霧君。週末の旅行、必ず来てくれ」静奈は一瞬ためらった。「私はちょっと……」彼女は大勢で騒ぐのがあまり好きではなかった。ましてや、そこには彼女にとって辛い記憶しかなかった。「君が入社して初めての社員旅行だ。息抜きだと思って、参加してくれ」静奈が顔を上げると、昭彦の真剣な眼差しとかち合った。確かに。入社したばかりで参加しないのは協調性がないと思われるかもしれない。「はい。参加させていただきます」夜。潮崎市で最も高級な料亭の個室。陸が酒盃を掲げて尋ねた。「彰人、お前、碧海リゾートに新しい五つ星のリゾートホテルをオープンさせたんだって?」彰人は気のない返事を一つすると、沙彩の好物である刺身の皿を、彼女の前に押しやった。「じゃあさ、今週末、みんなでそこへ遊びに行こうぜ」陸が、ニヤニヤと目配せする。「もちろん沙彩さんも一緒だ。この機会に、デカい跡取りでも作っちまえば、おばあさんも、折れるしかなくなるだろ」沙彩は顔を赤らめ、甘えるように彰人を見つめた。「もう、陸さん、変なこと言わないで……」彰人はグラスを揺らし、一口含んだ。「いいだろう。碧海リゾートへ行くぞ」沙彩の瞳に、喜色の光が宿った。彼女が何かを言いかけるより早く、彰人は向かいに座る湊に視線を移した。「湊。お前もだ」「今週末は買収案件の交渉がある。行けるか分からん」「おいおい、よせよ!」陸が
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