偽りの花束、灰に帰す愛 のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

「何だと……」成景は、まるで雷に打たれたかのように硬直し、その目は瞬く間に血走った。彼は狂気に駆られたように看護師の襟首を掴み、詰るように問いただした。「流産手術を受けただと？気でも狂ったのか！枝織が中絶の手術などするはずがない！」成景にはその言葉が決して信じられなかった。ほんの数日前、枝織は彼と一緒に未来の娘の名前を考えていたんだ。彼女が堕ろすなど、あり得ない！絶対に何かの間違いだ。「神谷さん、落ち着いてください。私はただ事実を申し上げただけです。もし信じられないのでしたら、奥様の主治医に……」成景ははっと手を放した。彼は険しい顔のまま、心ここにあらずといった様子で、よろよろと外へ向かった。枝織が行くかもしれない場所を頭の中で必死に考えていた。だが、成景は不意に思い至ってしまった。枝織の普段の生活は職場と家の往復、ただそれだけだったことに。仕事が終われば、まっすぐ家に帰った。彼女には、他に身の寄せ所などほとんどなかったのだ。彼女は母子家庭で育ち、母親はとうに亡くなっている。頼れる身内も、いざとなれば帰る実家すら、彼女にはないのだ。その事実に思い至った瞬間、まるで胸を抉るような鋭い痛みが走り、成景は衝動的にブレーキを踏み込んだ。今しがた、長い夢から叩き起こされたかのように、呆然としていた。彼は目の前の青信号を見つめ続け、背後から無数の車が鋭いクラクションを鳴らし続けて、ようやくハンドルを切り、家へと戻った。家に帰るという当てを除けば、成景には枝織が他にどこに現れ得るのか、まったく見当もつかなかった。ドアを押し開けると、リビングのテーブルの上には枝織が普段から「ジャンクフード」と呼んでいた食べ物が広げられていた。フライドチキン、コーラ……陽向と陽菜が実に楽しそうにそれを頬張っていた。成景は疲れ切った目で二人を見つめ、ひどく掠れた声で尋ねた。「枝織は帰ってきたか？」陽向はフライドチキンに齧りつき、嫌悪感を露わにした。「僕に言わせれば、あの人、もう二度と帰ってこなければいいのに！彼女がいたら、こんな美味しいもの食べられないじゃないか。本当の息子じゃないからって、僕をいじめてばっかりだ。やっぱり、ママが一番だよ！」陽向は陽菜の頬にキスをし、この上なく幸せそうに笑った。成景はその光景が酷く

枝織を探す合間を縫って、成景は再検査を受けた。彼は誤診の可能性をわずかでもなくすため、わざわざ別の病院を選んだ。だが、結果は確定だった。ALS。診断書に並ぶ専門用語を見つめ、成景の希望はついに絶たれた。医師は深い遺憾の意を込めた目で彼を見た。「神谷さん、ニュースなどであなたのご家庭の事情はおおよそ存じ上げています。ALSはやはり遺伝的要因との関係が非常に強いです。残念でなりません。まさか、あなたがまだ三十代という若さで、確定診断をお受けになることになるとは……」そうだ。自分はまだ三十代だ。成景は思い出していた。彼の父親がALSと診断された時はすでに四十代だった。彼の父は苦しみながら生にしがみついた。その哀れな状態のまま、五年間を耐え抜いた。最期は孤独なまま病床で息を引き取った。その苦しみは凄じいものだった。成景にとって、あの幼少期の記憶はあまりにも暗黒だった。だからこそ、彼はこの病を心の底から恐れていた。そのために、枝織と結婚に至ったのだ。実のところ、成景は思っていたほど陽菜を愛していなかったのかもしれなかった。陽菜は彼が運命に抗うための旗印であり、その決まりきった人生で彼が求め続けた一さじの刺激に他ならなかった。成景は顔を上げる勇気もなかった。「俺は……これから、どうすればいい？」「残念ながら、ALSの根本的な治療法はまだ見つかっていません。保存療法を続けるしかありません」医師はそう言うと、喉の奥でどうしようもないといった風のため息を漏らした。「ところで、奥様はALS研究室の方々と非常に近しい仲でいらっしゃるのではないでしょうか。奥様の師匠はALS分野の権威であり、奥様ご自身もこの分野のトップクラスの人材です。奥様のもとにいれば、あなたは最先端の治療技術と医薬品を手に入れることができます。私個人の意見としては、この件はやはり奥様に隠さず、二人で力を合わせ、この困難に乗り越えるべきだと考えます」医師の顔には自信が満ちていた。「信じていますよ。夫婦が心を一つにすれば、どんな困難にも打ち勝てると言います。あなた方お二人なら、必ずや運命に打ち勝てます！」医師は力強く、確信に満ちた声で言った。だが、その時の成景の胸の内はすでに底なしの虚無に飲み込まれていた。成景はうつむき、アシスタントからた

最初、健太は枝織を好いていなかった。彼はまさに反抗期の真っ只中の子供だった。まるで全ての大人に対して、生まれながらの抵抗精神を持っているかのようだった。枝織が自分の病気を治すために来たと知った時、彼は非常に冷めていた。「僕はC国で一番の病院でこんなに長く治療しても、まったく効果がないんだ。こんなに若い医者一人に、何ができるっていうんだ？」枝織はALSの分野で長年深く研究を重ね、さらに権威である師匠もいた。この分野において、彼女は実際に他の医師よりもずっと先を行っていた。だから、彼女は健太の軽蔑を気に留めず、病院と協力して彼の治療に当たった。治療方針を変えるやいなや、健太の容態は目に見えて良くなっていった。病院の部長はその日のうちに病室に飛んできた。「和泉先生、もしご興味がおありでしたら、ぜひ私たちのチームに加わっていただけませんか？最高の待遇をお約束します！」部長は興奮を隠しきれない様子だった。「あなたの多くの投薬方針は私にとって目から鱗が落ちる思いでした」健太はその言葉を聞くやいなや、焦り出した。顔色が一気に険しくなった。彼は目を吊り上げ、枝織を睨みつけた。枝織がその申し出を丁重に断るまでは。「申し訳ありません。今の私は健太の専属医として契約しております。そのため、他の医療機関に移る予定はございません」健太の表情が途端に和らいだ。彼は何度かフンと鼻を鳴らした。「まあ、それが当たり前だ！」その日から、健太の彼女に対する態度は一変して良くなった。七日後、第一段階の治療が一段落した。健太は自分でベッドに座れるまでに回復していた。それ以前、彼の病状は深刻で、ベッドの上で麻痺したまま、身動き一つできなかったのだ。その日、枝織は車椅子を押し、健太を連れて外の空気を吸いに出た。二人は、青々と茂る木の下に立っていた。微風が吹き抜けると、健太は手を伸ばし、夏風に吹かれて落ちてきた一枚の葉を掴まえた。「枝織、ありがとう。僕はもう二度と自分で座ることなんてできないと思ってた……」長い沈黙の後、健太は枝織を見上げ、真剣な顔で言った。「実は、僕もうこの世を去る覚悟は済んでいたんだ。今のところ、ALSが治らない病気だってことは知ってる。けど、あなたのおかげで、もう少しだけこの世界を見ていられる。本当に

リリは遺棄された子供であり、父母が誰なのかはわかっていない。目の前の資料を見つめながら、枝織は全身を震わせていた。「リリの年齢は推定だが、君の娘とほぼ同じはずだ」言葉を続けながら、慎司もまた息を飲んでいた。彼自身でさえ、今や疑い始めていた。まさか、本当にリリが……慎司は枝織の手を掴み、外へと歩み出した。「どこへ？」「病院だ」慎司は言った。「DNA鑑定を」リリは慎司に抱きかかえられ、後部座席に乗せられた。出発する前、院長が二つのパックを持って駆け寄ってきた。「桜井さん、お手作りなさったお料理です。どうぞ持っていってください。お腹が空いた時に、召し上がってください」枝織には食事をする気分も食欲もまったくなかった。特に、枝織は慎司が作っていたのは、あの辛口のカレーのはずだと思い込んでいた。だが、リリがパックを開けると、ふわりと漂ってきたのは肉じゃがの甘い出汁の香りだった。辛いものが苦手な枝織にとって、肉じゃがが彼女のお気に入りだった。枝織は少し意外に思った。「カレーを作ったのではなかったの？」慎司は無意識に答えていた。「君は辛いものが食べられないのだろう？」車内がふいに沈黙した。どこか気まずく、甘い空気が漂った。枝織は肉じゃがを箸でつまんだまま、言葉に詰まった。やがて、慎司がごまかすように口を開いた。「施設の子供たちの中にも、辛いものがダメな子がいる。だから、カレーを作った後、肉じゃがも少し作ったんだ」非常に美味しい味が口の中に広がっていった。枝織はそれをゆっくりと咀嚼しながら、かすかに「とても美味しい」と言った。本当にとても美味しかった。DNA鑑定が終わったのは午後になってからだった。至急扱いにしてもらったものの、結果が出るまでには、それでも三日はかかるとのことだった。焦りながら待つ間、枝織はリリを連れて、真新しい服を何着か買ってやった。ケンタッキーやマクドナルドにも連れて行った。施設に送り返す途中、リリは泣き出した。リリは枝織の腕に抱きつき、言った。「枝織さん。あなたが私の本当のママだったらよかったのに。どうして誰も、私をもらってくれないの？」リリには軽い身体障害があった。彼女の左手には指が三本しかなかったのだ。そのせいで、これほど長い間、リリに引き

枝織はリリのために必要な手続きをすべて済ませ、彼女を家に迎え入れた。枝織は数日をかけ、リリとの絆を築いていった。一緒にご飯を食べ、一緒に眠り、遊園地に行き、服を買いに行った……二人はいつもぴったりと寄り添っていた。そして、その間、慎司もずっと枝織に付き添ってくれていた。この日、健太の第二段階の治療が正式に始まった。枝織はリリを連れて病院へ行った。意外なことに、リリは健太とすぐに打ち解け、とても楽しそうに遊んでいた。健太もリリを気遣い、よく面倒を見てくれた。二人が遊んでいる合間に、慎司はようやく、あの「懸賞金一億円」の件に調べる時間ができた。枝織は平然としていた。「神谷成景の仕業よ」慎司は眉をひそめた。「俺のほうで、君の別の身分を用意し、足がつかないようにすることもできるが……」「いいえ、いいの」枝織は彼の申し出を断った。「今の私にとって、何より大切なのは、この子に素敵な名前を付けてあげることだから」二人は思わず顔を見合わせ、微笑んだ。リリを病院で丸一日遊ばせ、夕方になる頃には、彼女は疲れ果て、深く眠り込んでいた。慎司が車で二人を家まで送り届けてくれた。枝織は遅かれ早かれ成景と顔を合わせる日が来る覚悟はできていた。だが、その日がこれほど早く訪れるとは思ってもみなかった。リンカーンが枝織のアパートの前に停まった時、突如、甲高いスキール音とゴムが焦げる匂いが辺りを包み、一台のセダンが火花を散らしながら、彼らの行く手を塞ぐように目の前で停止した。枝織は反射的にリリを庇っていた。慎司は即座に枝織を自分の背後へと庇った。次の瞬間、セダンのドアが開き、一つの人影が飛び出してくると、有無を言わさず枝織の腕を掴んだ。枝織はその圧迫に痛み、眉をひそめた。顔を上げると、成景の視線とかち合った。枝織は刹那、凍りついた。ひどく疲弊し、赤く充血した目で枝織を捉えた成景はまるで喉の奥からこじ開けるようにして、掠れた言葉を吐き出した。「枝織……やっと、君を見つけた」枝織は眉をひそめて一歩後ずさった。低い声で言った。「しっ。その子を起こさないで」成景の顔色が一瞬にして険しくなった。「枝織、君は俺に説明すべきことがあるとは思わないか？」目の前のよく知っているはずなのに、まるで見知らぬ他人のように立ちはだ