Semua Bab ムラサキの闇と月華迷宮: Bab 91 - Bab 100

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第三章 六の蝶〜夢幻の雨から、醒めるとき〜

「明日は百鬼夜行ですものね」 聞いたことのある声──────── 殺気を感じてふりかえると、夕月夜と水鏡さまがこつ然と立っていた。 冬に咲く藤の花、満開のその下で。 今あたしは、捨て猫だった自分を拾ってくれた恩人。 水鏡様と戦っている。「この日をずっと待っていたわ。さあ、一緒に行きましょう。秋華」「水鏡さま、あたしは行けない」 光をうけて、夕月夜の銀の髪が煌めいている。 紫紺の瞳に雪華の肌。 藤色の着物に、瑠璃色の帯。その細い帯布から藤が一輪、かんざしのように揺れていた。 「傾国の美少年」と噂されるだけあって、夕月夜はムラサキの闇から浮かび上がるように美しい。負けない、きっと水鏡さまを取り戻してみせるから……! 夕月夜の隣で、水鏡さまは紅蓮の炎を纏ったような単衣に身をつつみ、あやしく微笑みを浮かべる。腰より下まである銀髪は、さながら流れる河のようだわ。 緋色の瞳を細めると、ゆっくり長い爪を、私に向かって指さした。 「夢の中は、まほろば。誰も死ぬ事のない理想郷。さあ、此処にいらっしゃいな」 「水鏡さま」 「醒めない夢の中でなら、貴方の願いも叶うのよ……」 懐かしい声。 あたし、水鏡様が好きだった。だけど今は、絶対に負けられない理由があるんだ! 刹那、夕月夜の手の平から金色の光が瞬いた。 その光が明滅し、大きな玉となる。何かの秘術だろうか、人の顔ほどの大きさまで膨れ上がると、まるで球遊びのように夕月夜はその輝きを、私に向けてポンと放った……! 「散れ。花火の如く」 「まだ散るわけに、いかねーんだよ!」 「千年!」 ああ、千年だ……!  彼が光の玉を、刀で弾いた! 空へと放たれた球は、空中で花火のように爆ぜた。グラリ、ふらついたあたしを片手で抱き寄せると、千年は夕月夜に向かい、言の葉を紡いだ。 爆風で藤の花びらが……桜のように乱舞する。 紫の花霞に千年の横顔が、クッキリと浮かび上がる。それはこの世の何よりも、美しく見えた。 「元、死化粧師の唐橋千年だ。水鏡さまだっけ、秋華が泣いてるんでね。この戦い、やめてくんねーかな?」 そう告げると、片手で日本刀をチャキ……っと、構えなおす。 千年、あたしが恋した人。 人が死ぬ間際、最期の声を聞く
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第三章 七の蝶〜うたかたの片恋〜

 「夢よ醒めて……瞳をあけて。さもないと……」 遠くで誰かが、あたしの名を呼んだ ────気がした。 あたしはもう目が醒めたのに、おかしいな。 頭に白霧がかかったよう、ぼんやりとして眠気が滲んでる。 「気が付いたか、秋華!」 「なんか……これって現し世、だよね?」 「ああ、士道が気付け薬を飲ませてくれた。大丈夫か?」 気付け薬って、失神した人が飲むと目が醒める薬だったような。ん? すっごい千年さまのお顔が近い。後頭部には太ももがあって。……って。 ────膝枕されてない、あたし。 「ぐわあっ!!」 この期におよんで、かわいい声がでない。 驚きのあまり、ドスのきいた声で飛びのいてしまった! あたしってば、緊急時における女子力の低さに驚くわ。じゃない、どういう事!? あたし何故、膝枕されてるの。 「よかった〜そんな元気なら、まだ戦えそうだね」 飛び起きるあたしに、士道さまがクスクス笑みをかけてくれた。一旦、夕月夜との戦いから離れ、様子を見に来てくれたみたい。 「士道、さま?」 「ここで君を守りながら、皆で起きるのを待ってたんだよ」 「みんなで……」 そんな会話を交わす最中、宵闇にと、刀と刀のぶつかる音が響いている。 あの夜空で戦ってるのは、鬼童丸と夕月夜だろう。 繭人くんも若そうなのに、剣の腕はかなりのモノだ。 ぼんやり虚空の戦に目を馳せていると、隣に座した千年さまが、あたしの頭をクシャクシャと撫ぜる。その瞳には透明な雫が浮かんでいた。 「めっちゃくちゃ、心配したんだぞっ」 「ごめんなさい。どのくらい眠ってたんだろ」 「いいさ、どこにも行かないでくれ……!」 泣きそうな子犬みたいな顔で、千年さまはキュッとあたしを抱き締めた。その愛しい肩がかすかに震えてる。千年さまの、こんな心配そうな表情はじめてだ。 それが、あたしの胸を切なく濡らした。 「どこにも、行きません」 「ああ……!」 「あたし一緒に戦うから。そうして、千年さまを守ってみせる……!」 人目も憚らずその背中に触れる。そうしてキュッと、千年さまを抱き締めかえした。だって正直、いつ死ぬか分からないでしょう。 この恋が終わらないように、ただただずっと、貴方の体温を感じていたかった。 「あのさ〜戦いが終わってからにしてくれる?」 「士道、
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第三章 八の蝶〜かつて、千年が好きだった人〜

 夏妃、千年のかつての相棒 かつて、千年が好きだった人──── 「あたし、相手が夏妃さんでも。今宵は本気で戦うよ」 「いいさ。本気で来なよ、ただし」 「ただし?」 「もうすぐ百鬼夜行となる。月の力が満ちているから、いつもより強いけど。それでも、いい?」 そう言い捨てると、彼女は巨大な剣を横に凪いだ。 ブンッッ──────── 「あっぶな!」 あたしは勢いよく、しゃがみ込む。 頭の上スレッスレを、巨大な剣がかすめる。 あと一瞬遅かったら、首が飛んでいた……!? ヒリつくような緊張感と殺気。後戻りなんか出来ないよ、恐ろしさを感じる。 「千年さま、逃げて!」 「そんなわけ、いくかよおおおお────────!」 ガキィン! 千年さまの日本刀と、夏妃さんの大剣の刃が合わさる。 瞬間、火花がバチッと煌めいて、爆ぜた。 二人は刃合わせをしたあと、サッと後方に下がる。夏妃さんは哀惜を帯びた表情で、スラリと構えなおす。 「あたしが殺せるの。千年」 「殺さねえ! だが、負けるわけにもいかねえんだ!」 「いっそ、殺してよ……」 「え……」 シュン──────── 「うわっ!」 一瞬のスキをついて、夏妃さんの大剣が、千年さまの肩を斬った。 だが深手ではないらしい。一筋の血がツゥっと、雫となって流れ落ちていく。 「愛せないなら、殺しなさいよ!」 「夏妃」 「だって、この魂は偽物。なのに、この記憶は本物なんだよっ!?」  ザンッ!!! 彼女の小さな体躯から、斬撃がザンザンと連打される。すごい速度だ。 なれど、その刃に切なさが滾っていた。あたしは思わず千年さまを庇いながら、彼女の前に踊りでる。 「泣いてるの? 夏妃さん」 「わかんない。困惑してるのさ、こんな風に戦いたくなんかないのに……っ!」 慟哭しながら、刀を振るう彼女の姿。 自分じゃないけど胸が軋むよ。 あたしはこの時、一つの決意を固めたんだ。 「あたしに戦わせて、千年さま」 「え?」 「あたしが……斬ってあげたい。だって、一等気持ちがわかると思うもの……っ!!」 激しく地面を蹴った。 好きな人と、どうして戦わなきゃいけないんだろう。 あたしだったらきっと、生きていた時 彼を守るために戦ってた筈だからっ!  翡翠色の
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第三章 九の蝶〜白い蝶となっても〜

 眠るように散った夏妃さんに、ふと視線をうつす。 「え、蝶……?」 あわい紫の粒子が、彼女のカラダを包んでいた。 その肉体から白い蝶が、ふわりふわりと無数に生まれていく。 「夏妃の体から、蝶が……っ!」 「輪郭が溶けて、羽ばたいていくよ」 彼女の肉体が、紫に明滅して輝いていた。 幾千の蝶が、パタパタと羽をひらめかせ上空へと昇っていく……。 「わぁ、キレイ」 あたしの顔の前を煌めきながら、ふわりと飛ぶ蝶は、夢のように美しい。千年さまが捕まえようと手を伸ばすけれど、その指のスキマからすり抜けていく。 「夏妃から生まれた蝶……どこへいくんだよっ」 千年さまの瞳が、潤んでいた。 月に向かい、ゆらゆらと飛び立つ蝶の群れ。 それは瞬く星みたいで、おもわず見惚れてしまったんだ。あたしはふと、水鏡さまから寝物語に聞いた話を思いだしたの。 「そういえば。白い蝶は『人の魂』だって聞いた事があります」 「人の、魂?」 「ええ。亡くなった愛する人の魂は、いつか白い蝶になるんだって」 「そっか、あの蝶は……夏妃の魂なんだな」 ひらり、ひらり。 天へと昇っていく蝶たちを、あたしと千年さまは二人で見届ける。 「夏妃、しあわせにな……。ちゃんと天へと昇ってくれよー!!」 飛び立つ蝶の群れに向かい、千年さまが大声で叫んだ。瞳に浮かんだ雫を、両手でゴシゴシ思いっきり拭う。そうして夕月夜と戦っている方に、キッと視線をうつした。 「悪いが今は時がない。後でめちゃくちゃ、夏妃を弔うから。今は戦おうぜ!」 「うん、そうだね」 ふり向いたその時、空中で戦う夕月夜と目があった。 「消えたのか、夏妃は?」
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第三章 十の蝶〜夏妃の、最期の願いを〜

 「その蝶は、まさか夏妃なのか?」 空中で戦っていた夕月夜が、スタンと地上に舞い降りる。 そうして鬼童丸の刀を制しながら、あたしへと言葉をかけた。 「そうよ。彼女は死体に戻ったの。その体からは、幾百の蝶が生まれて飛んだわ」  「そうか。サトリは死ぬと、蝶になるんだったな」 サトリは死ぬと蝶になる──────  そんな言葉は初耳だった。 「貴方、知ってたのね」  「ああ、人狼の戒という男に聞いてな」  「人狼の戒なら、知ってるわ」  「何だって?」 そうか。あたしが雪椿の力で、夕月夜の過去を旅したこと……彼は知らないんだったわ。彼は、鬼童丸の刀と刃合わせしていたけれど、キインと跳ね返した。 そうして不思議そうな顔で、あたしに向かい切先を向けたの。  「化け猫よ。なにゆえ、戒を知っている?」  「雪椿の力で、見たからよ」  「見た、とは?」 「この目で見たのよ。貴方の過去をね!」 パシィン──── 向けられた切先を、あたしは爪で勢いよく弾いた。 「雪椿? どうして彼女の名が出てくるのだ。何を知っている!?」  「莫迦ね、あたしは雪椿だった」 「どう言う意味だ」 「そういう意味よ。少しだけれど、いっしょに暮らしたの!」  「いっしょに暮らした……?」 そう、彼女の瞳を通して、あたしは同じ時を生きた。優しかった母上には、陽だまりの廊下でよく頭をほわほわ、撫でてもらったの。 逞しい父上には、魚料理をこっそり貰ってた。  おいしかった。  幸せだった……っ! 春の優しい日差し。もうこの世界には、どこにもない日常。 「椿餅、好きだったでしょう」  「戯言を。なにゆえ知っている?」  「貴方が、忘却の彼方に置きわすれた優しい日々を、あたし見てしまったんだよっ……!」   咆哮をあげながら、どうしようもない想いを胸に、あたしは夕月夜に飛びかかる。 この子は敵だ、という気持ちと  この子と一緒に暮らしてた、という気持ちが 私の中で交錯する。 それはどちらも真実だった。 なのに、心臓がちぎれそうに痛いのはなんでだろう。  今、記憶の中の夕月夜とは違う、転生した闇の王である彼は、どうしようもなく強かった。 「私が封じた過去を知って、何になる?」  「なっ……!」  「どんな術を使ったは知らぬ
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第三章 十一の蝶〜鬼になった少年と、白猫の記憶〜

 「約束したはずだよ、夕月夜。いつかきっと会いに行くって」 「まさか、本物の鈴丸なのか……?」 「そうだよ。でも僕の体、今はヒトじゃないんだ」 鈴丸、その名を知ってるわ! 夕月夜の過去を旅した時、耳にした事があるもの。 あの日、あたしは白猫の『雪椿』だった。 夕月夜は、両手であたしを抱きすくめると、花のような笑みでこう告げたんだ。 「約束したんだ、いつか遊びに来てくれるって」 「にゃあ」 「覚えてるだろう、君を預けた時のこと」 「うにゃーん」 「だからね、雪椿。いつかきっと彼に出逢うから、その日まで君を……死んでも守らないといけないのさ」 ────そうだ、一緒に暮らしたお屋敷が、水の底に沈んだ日。 あの日、鈴丸の話を聞かせてくれた。 懐かしそうに語りながら、ほわほわと撫でてくれたっけ。 まさか、新人の式神が「鈴丸」その人だったなんて。全く、思いもしない事だったわ。 「僕の左眼、見せてあげるよ」 紀繭人。いや鈴丸が、静かに刀を納める。 そうして左眼の眼帯を、ゆっくりと外した。 伏せた睫毛をひらくと、その左目だけが、鮮血のごとき真紅に染まっていたんだ。 「この左の瞳、鬼に差し出したんだ」 「なっ! 鈴丸、お前……もう人ではないのかっ」 「うん。ごめんよ、長岡京が終わる頃、我が家もいっしょに滅びかけたんだ」 「そんな事が」 「ああ、大変だったよ〜。母も僕も、死にかけてさ。僕はこの瞳と引き換えに、鬼の力を手に入れたんだ」 そう呟くと、右手にグッと力を込めた。 ゴキュゴキュゴキュ──── その場にいた者たちが皆、騒然となった。 鈴丸の手は真っ赤に染まり、右腕の大きさが、左手の5倍ほどに膨れ上がったのだ。筋肉は隆々と盛りあがり、太い血管がドクドクと脈打っていた。 ああ、「鬼の右手」だ。 あたしの背中にゾクリと、冷たいモノが走った。 「だから僕のカラダは半分、鬼なんだよ」 鈴丸は左手で頭をポリポリかくと、人懐こい表情で目を細める。 少年ぽさの残る、あどけない純な笑み。 それが、巨大な右腕とあまりにも対照的すぎて、あたしは呆気にとられたんだ。 「こんな体になっちゃったけどさ、僕探しに行ったんだよ〜夕月夜の家をさ」 「家は、水の底に沈んだよ」 「え……っ」 「父も母も、人に斬られたよ! たくさんの優
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第三章 十二の蝶〜夢から醒めた日〜

 「きゃあああ、何この花びらっ!」 夕月夜の後ろに佇む、藤の大樹たちが一斉にグワングワン揺れている。恐ろしいほどの花の雨。視界がムラサキに染まるほどに、花弁が降りそそいでいる。 「まるで、花びらの濁流……っ!」 「チッ、夕月夜はどこだ!?」 目の前にいたはずの夕月夜が、花嵐にかき消えてしまった。 春の荒々しい風が、ゴウゴウと吹いているわ。 「こんな再会を、望んでいたわけじゃなかった……!」 どこかの上空から、夕月夜の声だけが響く。 けれど、その姿は欠片も見当たらない。 花びらの合間から、かろうじて目の端に映るのは、鬼童丸、千年さま、鈴丸だけだ。上空をキョロキョロと見回してみたけれど、夕月夜の姿は、みつからなかった。 「夕月夜の声しか、わかんないよ」 「秋華さん、どこから聞こえてるんでしょう」 「わからない。繭人、っていうか。鈴丸って呼んでもいい?」 「いいですよ」 花びらで視界は煙るけれど、眼前にチラつく浅葱の狩衣は、鈴丸だと思ったの。 「夕月夜──! それでも僕は、会いに来たんだよ──!!」 花びらの海に木霊する、鈴丸の声。 それは、まっすぐな想いを秘めていた。 「黙れ! もう帰ってくれ!」 「なんでだよ、会いたくなかったの?」 「会いたかったさ、でもこんな再会を夢見たわけじゃない!」 夕月夜の叫びには、どこか切なさを帯びていた。あたしは二人の動向を、花びらの舞う風の中で見守るしかない。すると、あたしの右手にソッ……と誰かが触れた。 「秋華」 「え、誰!?」 「貴方が願ったのでしょう。この夢を」 「その声、水鏡さま?」 風がゆっくりと凪いでいく。 あたしは右手に触れた人物に、視線を馳せた。そこには銀の髪に、2本のツノをたずさえた水鏡さまが立っていた。紅蓮の焔のような十二単に身を包み、にっこりと口の端をあげる。 「待っていたのよ。さあ、ともに暮らしましょうよ」 水鏡さまは、甘い媚薬のように優しく囁いた。 そうして長く伸びた爪を、あたしへと向ける。 「水鏡さま、あたしは……!」 その刹那。千年さまが、あたしの前に立ちはだかった。 大きく片手を広げて、あたしを守るように立つと、真っ直ぐに二人を見据えたまま、あたしに視線だけをよこす。 「秋華」 「はい!」 「錫杖を」 「あ、はい…!」 あたしは、
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第三章 十三の蝶〜残酷な幻よりも、好きな人〜

 「やっと、気が付いたんだね。秋華ちゃん……!」 「士道さま……?」 蘇芳色の着物に、漆黒の艶めく長い髪。 いつもの士道さまなのに、見た事ないくらい泣きそうな表情だ。 いつも陽の空気を纏っているのに、どうしたんだろう。あたしを見つめる瞳は、とてもとても辛そうで、見ていると心臓がキュッと痛んだ。 「そんな哀しい顔で、どうしたんですか?」 「哀しいに決まってるだろ! 千年がいなくなったんだよっ!」 「士道さま……っ」 あたしは、突然ギュッと抱きしめられた。 どうして、士道さまの方が震えてるんだろう。 だって、もう何も無いんでしょう。 あたしなんか、心配しなくてってもいいのにさ……っ。 「なん、で」 「哀しかったら泣いていい。もう、我慢しなくていいんだ!」 「だって、千年さまは、もう」 「そうだ。平気なフリなんか、もうしなくていいっ! 秋華ちゃん無理してただろ……っ。俺たち皆、めちゃくちゃ心配したんだから……っ!」 心配。そっか、あたし心配されてたんだ。 全然分からなかった。だってね、この世にある色彩を、全部失くしたみたいだったんだよ。 「あたし、千年さまのいない世界なんか……いらなかった……っ!」 だから夢に囚われても、良かったんだ──── 「それじゃ困るんだよ! 僕は、千年に約束したんだから……っ」 「士道さま、に?」 あたしを呪縛から解き放つように、抱きしめていた腕をゆるりと振り解いた。月の光を浴びて、漆黒の髪が蒼身を帯びて煌めく。 士道さまは、あたしの肩にそっと手を置いた。そうして、優しい瞳で言の葉を紡いだの。 「千年からの伝言だ」 「でん、ごん?」 「秋華を守ってくれって。もう、守って……あげられないからって……っ」 肩に触れた手のひらが、カタカタと震えている。 士道さま、泣いてる? あたしは眼から零れる雫に、指先でソッと触れてみたの。 「泣かないで」 「だって、僕じゃ代わりになれないから……っ! 皆、心配したんだよっ。このまま永遠に、目が醒めなかったらどうしようって、僕は……っ!」 「そっか、そうなんだ。あたしなんかを、待っててくれたんだ……」 あたしね、何もかも諦めてたんだ。 こんな世の中、終わっちゃえばいいと思ってたんだよ。全然、ダメな女じゃない? こんなのさ。 だから自ら進んで、この夢
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第三章 十四の蝶〜火神剣と玉依姫のおまもり〜

 「何、このお守り!? 何か入ってるの?」 水鏡さまの指先から、黒煙がブスブスと立ちのぼっていた。 まるで、火傷でも負ったようだわ。 水鏡さまが、お守りに触れた部分の皮膚が、赤くなっている。この袋の中身って、ただのお守りじゃないのだろうか? なんだか、心がざわめく。 あたしはお守りの袋の中から、ちいさな一枚の板を取り出したの。 「それは石神さんの、鬼を祓う守りの札じゃな」 「晴明さま! これは夏妃って人が散る前に、千年さまに渡した……形見だったんですよ」 「夏妃か。よう、うちの神社にも出入りしておったな」 晴明さまは、いつかの記憶に想いを馳せるように、虚空を見上げた。 その瞳はどこか、憂いを帯びているように見える。 「生きてほしかったんじゃろうな。そのお守りの御神体は『玉依姫』じゃから」 「玉依姫、ですか?」 「おなごの願いを……たった一つだけ叶えてくれる、女神なんじゃよ」 女の子の願いを、たった一つだけ──── 「ああ……そっか。生きて欲しかったんだ」 まるで、あたしみたいに。 一度も逢った事のない、夏妃さんの面影。 この守り袋には、恋の『残り香』を感じたの。 あたしは、出逢ったこともない彼女に、少しだけ巡り逢えたような気がしたんだ。 「この恋のチカラ、借りるね……夏妃さん」 あたしは刀をギリッと握りなおす。 月灯りの下、水鏡さまの銀の髪が光を浴びて風にゆれた。 桜の下に佇む銀髪の少年と、紅蓮の単衣をまとう鬼の水鏡さま。現し世でありながら、二人だけは夢の住人のようで、言葉が届かない気がする。 それでもあたし、今伝えなきゃ。 永遠に届かなくなる、その前に! 「秋華ちゃん、全力で君を守ろう。俺の大っ嫌いな、千年の代わりに……!」 「士道、さま」 「どうしようもないアイツの、最後の頼みだったしね」 士道さまは笑いながら、あたしの肩をポンと叩いた。その瞳には、雫が浮かんでいたことを、あたし見逃さなかったよ。 「ありがとう。士道さまの力、借りるね……!」 心臓がじわりと温かくなっていく。 すると鬼童丸が、あたしの後方から声をかけてくれた。 「秋華、夕月夜を斬ってくれないか」 「鬼童丸」 「俺も全力で戦う、だから最後の一太刀は、秋華が頼む」 「あたしで、いいの?」 「秋華じゃなきゃ、納
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第三章 十五の蝶〜鳳凰のホムラ〜

 鈴丸はキリリと結んだ漆黒の髪を揺らし、その手にたずさえた刃を鬼童丸に向ける。 「お願いです、鬼童丸さん! 僕は、夕月夜を助けるために、式神になったんです!」 「なんだって」 「僕にはチカラがなかった。だから母上も戦乱に巻き込まれて、亡くしてしまった。もう、嫌なんです!」 「鈴丸、お前……っ!」 「僕はもう、大切な人を……失くしたくないんだっ!」  鈴丸の握りしめた刀が、かすかに揺れていた。 あの子、まだ十代であろうに。 人の身を捨てて、鬼へと変わるなんて──── 「この、鬼の力があれば戦える。もう一度、あの失われた長岡京を取り戻そうよ、夕月夜」 「鈴丸……っ」 「なあ、朝顔は元気?」 鈴丸が、夕月夜の前に立ちはだかると、チャキっと切先をこちらに向けて構え直した。まるで、「夕月夜の盾」となる事を決めたように。 だが、鈴丸の言葉を耳にした夕月夜は、氷のような表情を宿した。 「鈴丸。朝顔は……死んだよ」 「えっ、嘘だろ」 「誠さ。長岡京が滅ぶ少し前、大きな反乱があってな。私も命を狙われたのだ」 「そんな事が」 「朝顔は、母上に『雪椿』って新しい名をもらってね、可愛がられてたんだけど。父上と母上は討たれ。雪椿は、まるで私を庇うようにして、流れてきた矢に……射抜かれたんだ」 あわい紫の瞳から、涙の雫がシン……と流れる。 「私は、忘れられない。誰一人として、忘れてしまっても……私を、長岡京を滅ぼした人間どもを、許すことなど、出来やしない……っ!」 「そうか……、朝顔が。君の気持ち……わかった」 「鈴丸」 はらはらと、あふれる涙を拭うことも厭わずに、鈴丸はコクンと頷いた。 「君のチカラとなろう!」 夕月夜と鈴丸。二人は背中合わせとなり、あたし達にカッと、刃を向ける。 あたしは、夕月夜と暮らした事がある。 だから、二人の気持ちだって……痛いほどに理解ができたんだ! 「ごめん。できれば、殺めたくないっ!」 「小賢しい。ヒトなど、この都のためにも……滅んだ方が良いのだ!」 「うおおおおおおおおおおおおっっっっっ」 二人が共鳴するように、咆哮する! 天空では火神剣から生まれし鳳凰が、バサリと大きな羽を広げ、炎の紅玉を放とうとしていた。鬼童丸が、鳳凰とともに光に包まれていく。 「ほざくな
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