LOGIN時は平安、まだ人の世に妖が跋扈する時代のこと。 捨て猫だった「秋華(しゅうか)」は、貴族である「水鏡様」に拾われる。 長く生きるうち、秋華は化猫となっていた。 さて京の都には 「銀髪美少年なる藤の花のあやかし、夕月夜」が 美女をさらっていくとの噂があった。 彼は三度あらわれて、こう問いかける。 1度目は「貴方が想う、一等美しいものを教えて」 2度目は「貴方の名を教えて……」 3度目は…… 3度目の問いは……誰も知らないのだという その夕月夜に、水鏡様は心惹かれていく。 「死化粧師、唐橋 千年」との恋 安倍晴明との出逢い 平安あやかし和風幻想譚が、今はじまるのだ────────
View More「明日は百鬼夜行ですものね」
聞いたことのある声────────
殺気を感じてふりかえると、夕月夜と水鏡さまがこつ然と立っていた。
冬に咲く藤の花、満開のその下で。
今あたしは、捨て猫だった自分を拾ってくれた恩人。
水鏡様と戦っている。
「この日をずっと待っていたわ。さあ、一緒に行きましょう。
「
光をうけて、
紫紺の瞳に雪華の肌。
藤色の着物に、瑠璃色の帯。その細い帯布から藤が一輪、かんざしのように揺れていた。
「傾国の美少年」と噂されるだけあって、夕月夜はムラサキの闇から浮かび上がるように美しい。負けない、きっと水鏡さまを取り戻してみせるから……!
夕月夜の隣で、水鏡さまは紅蓮の炎を纏ったような単衣に身をつつみ、あやしく微笑みを浮かべる。腰より下まである銀髪は、さながら流れる河のようだわ。
緋色の瞳を細めると、ゆっくり長い爪を、私に向かって指さした。
「夢の中は、まほろば。誰も死ぬ事のない理想郷。さあ、此処にいらっしゃいな」
「水鏡さま」
「醒めない夢の中でなら、貴方の願いも叶うのよ……」
懐かしい声。
あたし、水鏡様が好きだった。だけど今は、絶対に負けられない理由があるんだ!
刹那、夕月夜の手の平から金色の光が瞬いた。
その光が明滅し、大きな玉となる。何かの秘術だろうか、人の顔ほどの大きさまで膨れ上がると、まるで球遊びのように夕月夜はその輝きを、私に向けてポンと放った……!
「散れ。花火の如く」
「まだ散るわけに、いかねーんだよ!」
「
ああ、千年だ……!
彼が光の玉を、刀で弾いた!
空へと放たれた球は、空中で花火のように爆ぜた。グラリ、ふらついたあたしを片手で抱き寄せると、千年は夕月夜に向かい、言の葉を紡いだ。
爆風で藤の花びらが……桜のように乱舞する。
紫の花霞に千年の横顔が、クッキリと浮かび上がる。それはこの世の何よりも、美しく見えた。
「死化粧師の
この戦い、やめてくんねーかな?」
そう告げると、片手で日本刀をチャキ……っと、構えなおす。
千年、あたしが恋した人。
人が死ぬ間際、最期の声を聞くという「死化粧師」。それが彼の仕事だ。
深紅の着物に、漆黒の袴。
肩まで揺らめく金色の髪。さながら異国の人みたいだ。
瞳は紅の色をして、まっすぐに夕月夜の姿を映していた。
あたしは化猫で彼は人。だからきっと、この恋は叶わない。でも戦ってる時だけは、ヒトの恋人みたいに……くっついていて、いいよね?
「憎しや……。人の分際で、夕月夜さまの邪魔をするとは」
夕月夜はその言葉を受けて、涼やかに笑みを浮かべる。
「水鏡、いいよ。私がこの猫ちゃんに昔を思い出させてあげるから」
「昔を?」
「出逢った頃の記憶さ、あの頃に連れていってあげよう」
夕月夜の、花のような笑み。
その瞬間、雷のような波紋が、彼の周りを丸く囲んだ!
「記憶の柩より生まれし、螺旋の糸よ!
典雅なる時の調べに、過去へといざなえ
幻・夢・招・来────────」
夕月夜が詠唱する。
すると世界が一瞬にして霧に包まれた。藤の花で紫紺に染まる空間に、真っ白な煙がモヤモヤと周囲を覆っていく。えーーっ、なにこれ!? 視界がどんどん白に染まっていくんだけどっ。
「気をつけろ、秋華! 脳を焼くような甘い薫りがする……!」
「わかった、気をつけるね! 千年」
「危ないと思ったら、俺を呼べ! きっと、どこへだって駆けつけるから!」
彼の金髪も、白に染められていく。あたしは甘美な匂いに包まれながら、意識が遠のいていくのを感じたの……。
雨────────
さっきまで、藤の花が咲き乱れる場所にいたのに。
何であたし、ここにいるんだろう?
ザ────────
水たまりに、自分の姿が映る。あれ?
そこには黒い、小さな猫が映っていた。
これって多分、幼い頃のあたしだ。
え、なんで、どうして?
あたしは猫として暮らすうち、化猫に進化していったのに。疑問に思っている間もずっと、雨粒がザンザカあたしの体を濡らしていく。
やばい。冷たい雨が、体温をどんどん奪っていくよ。寒い……!
このままじゃ、あたし死んじゃう……!
どうしよう、人も通らないし。
目の前には、木造の大きな屋敷があるばかりだ。立派な扉は、固く閉まっていて雨宿りするような場所もないよ。か、体がブルブルと震える。
こんな所で死にたくない……っ!
死にたくないよおおおお多おおおおおおおおおおおおっっ!
「どうしたの、あなた一人ぼっちなの」
顔をあげると、そこには……初めて出逢った日の水鏡さまがいた。
「にゃあ」
何か話そうと思ったけど、幼いあたしの舌では上手く言の葉を紡げない。ただの子猫の声が喉から響いた。少女姿の水鏡さまが、和傘であたしを雨から覆いかくす。桜色の傘に、桜色の着物。
……覚えてる、覚えてるよ。
記憶の底で、愛しい何かが疼いた。
「かわいい〜! 黒猫かあ。キレイね、あなた気に入ったわ」
彼女は砂利と泥にまみれた体を、清い布でふいてくれた。
喉が勝手にゴロゴロと音を奏でる。だってちょっと安心したから。彼女は優しくあたしを抱き上げると、さわさわと頬ずりをする。
冷たく、ないのかな……?
あたし、まだけっこう濡れてるのに。
「ねえ、一緒に暮らしましょう。大丈夫! 父上と母上には、上手にお話しするからね」
くしゃくしゃの微笑み。
ああ、水鏡さまだ……!
ずっと、ずっと会いたかったよ。
夕月夜って妖怪に、心を囚われてから、水鏡さまは随分変わってしまったもの。前はこんな風にあたしと、屈託なく遊んでくれていたよね。
「危ないと思ったら、俺を呼べ! きっと、どこへだって駆けつけるから!」
ドクン。心臓が冷える。
────────そうだ、思い出した。
ここはきっと、結界。夕月夜の術で閉ざされた空間なのだろう。そっか、あたし戦わなきゃいけないんだ!
無くしたくない想い出の中で、千年の声が脳に響いている。
これは十年前の光景。
きっと元の世界に戻るには、ここを破壊しなきゃいけないんだろう。空とか割ればいいのかな? バッキバキに壊してやるんだから!!! だってあたし、帰らなきゃいけないし。きっと千年が待ってるよねっ。
そう思いながら、キッ! と頭上を睨むと、そこには……。
「あなたの名前は秋華よ。いっしょに帰ろう、わらわの家へ」
眼前で、懐かしい笑みがこぼれていた────────
「水鏡、次の満月に連れていく。それまで待っていてくれるね?」 夕月夜はそう言の葉を告げると、中庭から屋根までヒラリと跳躍する。 そうして、あっという間に夕闇の中に紛れていってしまった。 「いや、夕月夜さまーーーっっっt!」 せつない絶叫が廊下に響く。 夕月夜が去っていった方角へと視線を向けたまま、水鏡さまはフラ……っと膝から崩れ落ちていったの。 「どうして……連れていって欲しかったのに。夕月夜さま……!」 遠く、夕映えの向こう。 飛び去っていった彼の名を呟きながら、涙をポロポロ零しつづけている。どうしよう、なんて声をかけたらいいんだろう。かける言葉がみつからない。 「あの、水鏡さま……」 「どうして止めたの? あの時」 氷の如き冷たい言葉 それは、あたしに向けて放たれた想いだった。 「もう少しで夕月夜さまに届いたのに! わらわの想いが分からないの!?」 「だって変だよ! あの藤の妖はさ、水鏡さまを攫おうとしてるんだよ!」 「さらって欲しかったのよ! 邪魔をしないで……っ!」 まるで恋敵を見るような瞳 そんな顔、するんだ。 どんなに美しくても、あれは妖。きっと一緒に行ったなら、元には戻れないと思う。命を吸われてもいいなんて、あたし思えないよ。だってちっぽけな子猫の頃から一緒に暮らしてるんだもの。 「あたし、水鏡さまにさ……死んで欲しくないんだよ!」 「貴方だって化け猫でしょう。一等、気持ちが分かるのではなくて?」 「そんなの、わかんないよっ」 「じゃあ、もう知らない。顔も見たくない!」 「……え?」 今、なんて言ったの……? 「しばらく顔も見たくないわ。次の逢瀬も邪魔をしないで!」 「あんた、この猫ちゃんを拾ったって聞いたけど」 千年さまが割って入ってくれた。 座り込むあたしに手を差し出すと、スッ……と立ち上がらせてくれたの。まるであたしを守るように、水鏡さまの前に立つと、千年さまは口を開いた。 「拾った命に対して、ずいぶんと軽いもんだな。顔も見たくないって、捨てるつもりなのか」 「そこまで言ってませんわ」 水鏡さまは涙を拭きながら、言いよどむ。先刻までの殺気は、少しおさまった気がした。 「同じ事だろうよ。この化け猫ちゃんは心配してるだけだろう。連れて行かれたら、死ぬかもしんねーんだぞ? 赤の他人
「ほう、人の中にも面白いモノがいるものだ」 涼やかに口の端をあげると、夕月夜はスルリと術をかわした。 ドンッッッッッッ!! かわされた術式が、寝所の壁に傷跡を残す。 それは獣の爪で引っかいたようなカタチに刻まれていた。ちょ、千年さまも相当の実力ある陰陽師か何かなのかしら? 煙がモウモウと舞い上がる部屋の奥で、水鏡さまが夕月夜に駆け寄っていく姿があった。 「夕月夜さま、危のうございましたわ」 「大丈夫だよ水鏡。今宵はね、君に『冬に咲く藤の花』を見せたくて此処に来たんだ」 「冬に咲く、藤の花?」 こんな戦いの最中なのに、花の話題!? 夕月夜はまるで、この世に二人きりのような風情だわ。 憂いを帯びた笑みを浮かべ、水鏡さまの肩を抱いている。え……なんか余裕なんですけど! 怖いよ……この少年。あたしの水鏡さまの肩、抱かないでほしい! 当の本人は、煌めくような星の瞳で、夕月夜を見つめている。 水鏡さま、ほんと正気に戻って!!! 「冬に咲く藤の花……! それは、さぞや美しゅうございましょう」 「ああ、雪の華と藤の花びらが……浅葱の空で、はらはらと散りゆくさまをそなたにも……見せてあげたい」 そう呟きながら、ゆっくりと夕月夜は視線を千年さまに向けた。 「君は邪魔だね」 あ、危ない──── ゾクリと肌が泡立つ。その刹那、右手で水鏡さまを抱きしめたまま、銀髪の美少年は左手をまっすぐに、コチラに向けた。いけない、いけない気がする……! 冷たい月のような紫紺の瞳。 それがカッと見開いた……! 「さあ、今宵のお客人。『寡黙の糸』に絡めとられよ」 それは、視えない蜘蛛の糸。 夕月夜の妖術だわ! 水鏡さま以外のその場にいた全員が、目に視えぬ糸に絡めとられた。まるで透明な蜘蛛の巣が、この部屋いちめんに張りめぐらされたようだわ。 「何これ、一体なんの呪いよ!」 あたしは、蜘蛛の巣に囚われた虫のように。 透明の糸で、体をグルグル巻きにされた。 なすすべもなく畳の上に転がるしかない。めっちゃ困るっっ! 立ったままの姿勢で安倍晴明さま、千年さまも寡黙の糸に絡めとられ抵抗できずにいた。 そんな……! みんな動きを封じられてピクリとも動けない。 あたしは声をふり絞り、ギリギリと視えない糸にあらがってみる
安倍晴明さまが印を切った刹那 地上から神々しい光が放たれ、五芒星が浮かびあがった。見ると、水鏡さまが怒りをたぎらせて叫んでいた! 「おのれ安倍晴明、何をしたの!?」 激しい燐光が足元から、円を描くように放たれる。 輝きをまき散らし、世界を包んでいく。ちょっ、突風がヤバイ! 風つっっよ!! 無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーー! ものすごい風に煽られ、几帳が舞い上がる。 姿があらわになった水鏡さまを 五芒星が包むように光ってるんだけど、何これ!? 青白く仄かに光る五芒星に阻まれて、 水鏡さまがギリリ……と扇越しに、こちらを睨んでいた。 まるで鬼を宿したかのような、鋭い眼光だわ……! 「結界か……晴明、おのれ……っ!」 「貴方のためです、水鏡さま。明日の夜、夕月夜があらわれるまで、その結界の中でくつろいでいて下さいな〜」 晴明さまがにこり、と口の端をあげた。 これが……京の都一の陰陽師、安倍晴明。 ……やはり凄い人なのだわ。 「さあ少しの辛抱ですよ。だいじょうぶ退屈はしません、私もこの部屋でともに夕月夜を待ちましょうぞ」 晴明さまと千年さまは、そう言いながらゆっくりと腰をおろした。朝までこの部屋で、結界を張るつもりなんだろう。でも、どうにも嫌な予感がするの。話せるうちに、言葉を伝えなきゃいけない気がする。 「水鏡さま、あたしよ!」 あたしは畳を蹴って立ち上がり、几帳へとかけよった。 じっとして等いられなかった。 結界の中の彼女と視線が交わる。その深紅の瞳、吸い込まれそうだわ。 「秋華……? 何故……」 「どうしてしまったの、水鏡さま変だよ。夕月夜なんかに騙されないで! あれは夢を魅せて命を奪うあやかしだよ!」 その言葉を受けて、水鏡さまは不思議そうに首をかしげた。 「騙される……? 私は恋を知っただけよ」 「恋って……夢のあやかしに……?」 「そうよ。ねえ、秋華。あの人の美しさを知っていて?」 「知らないわ」 「ならば教えてあげる。銀の髪に、蒼い月のごとき瞳。真綿のような白き指で、あたしの頬をなぞる彼の人は……妖でありながら、この世の誰よりも美しいのよ」 うっとりと彼女が呟く。その指が、なにもない虚空を探る。 そこに愛しい誰かがいるように。 その瞳は魔を孕み 燃え立つような紅い単衣とあ
ある村に、藤の花の精霊が棲んでいたという その精霊は、夢の如き美少年でありました。 樹齢千年を越えた、巨大な藤の花は いつしか妖しの力を持つようになったのです。 銀髪の麗しき少年「夕月夜」 かの妖があらわれるのは三回。 一度目は「貴方が想う……一等美しいものを教えて」と問われ。 二度目は「貴方の名を教えて……」と聞かれ。 三度目は…… 三度目の問いは、誰も知らないのだという。 それは少年が三たび訪れた時、必ず死に至るから────◇ 藤の花の精霊、その名は『夕月夜』 彼が今宵、ここにやってくると聞きましてな。 結界を張ろうと思うのですが、その前に 安倍晴明さまは、涼やかに笑みを浮かべると小さな錫杖を鳴らした。 シャンーーーーー その水鏡殿の元へと、ご案内願いたい」 鈍色の錫杖。 すごい、さすが稀代の陰陽師。よく使い込まれた色をしているわ。 「この千年も、一緒に参りましょうぞ!」 肩まである金色の髪が、サラリと揺れる。 はーーーなんか千年さまって、綺麗……! このまま見つめていたいけれど、化け猫としてちゃんとお仕事キメないとね! あたしは水鏡さまの寝所へと、ご案内する事にした。 寝所の横の廊下を通ると、甘い香りが鼻腔をくすぐる。 冬牡丹だわ。 おおきな真紅の華が咲きみだれ、庭を美しく染めていた。 そういえば、まだあたしが子猫だった頃、鮮やかに咲く冬牡丹、大好きだったなあ。 前足でチョイチョイ、花を叩いたりしてたっけ。 水鏡さまはそんなあたしを見て、柔らかく抱っこしてくれたよね。「かわいい〜お前はあたしの宝物ね!」 そう呟いては、額をフワフワ撫でてくれたの。 あんまり心地よくて、喉がゴロゴロ鳴ってたな……。 そう、あれはまだ夕月夜って妖に、水鏡さまが心を奪われる、はるか前の出来事── 懐かしい記憶が今、フッ……と脳裏をかすめていった。 見上げれば、緋色の夕焼け。 気がつけば美しい黄昏が、雲を染めていたの。 いけない、しっかりご案内しなくちゃ! 「ここが水鏡さまのお部屋です。あの、水鏡さま〜安倍晴明さまがいらっしゃいました。今、開けますね」 真っ白な几帳を眼前に見すえ、中の部屋へと足を進める。 刹那、水鏡さまの低い声が響いた……!
懐かしい夢を見ていた気がする──────── ……いつの間に、眠りに落ちていたのかしら? まだ夢の残り香があるのか、眠い。 何か大切な言葉を、もらった気がするわ。えーっと、想い出せない。なんだっけ? 「涙。なんで泣いてるの、あたし……」 頬にはらりと零れる雫。 あれ、哀しい夢とか見てたのかな。 うーん、全然記憶にないや。あたしはグーーーっと伸びをして。漆黒の尻尾をブンブン振ってみせる。 ここは平安、いつもの水鏡さまの屋敷だ。 あたしは化け猫なんだけど、けっこうお料理や雑用も人間並みにできるんだ。だから割と待遇がいい。厚畳のある広い部屋を与えられてるの。 文机もあるしね〜。 爪とぎ用に転がっているのは、松の大木を切った「丸太」だ。あたしこれ、めっちゃ好き! たまにバリバリしては、スッキリした気分を満喫しているの。 10才で、化け猫の才能を見出したあたしは。 ある日ただの猫から「ヒトに化けること」を覚えた。 もうここ数年はずーーっと、毎日ヒトの娘の姿で生活してるんだ。慣れてしまえばなんて事はないもの。 不思議なんだけど人に変化すると「漆黒の耳や尻尾」は、 人の目には映らないんだって。 腰まで流れる紅い髪は、見えるみたいなのに。 なんだか腑に落ちませんけどー。 他人から見たあたしは「18歳くらいの乙女姿」をしているらしい。 水鏡様が女房(身の回りの世話をする人のこと)に作らせた緋色の袿に、漆黒の唐衣。 それを短く切って走りやすくした特別仕様の着物を、毎日着てるんだ。前に水鏡様が「かわいい〜」って、褒めてくれたっけ。 最近は、そういえば言ってくれないな。 あの藤の花の精霊が、水鏡さまの心を奪ったからだわ。 あの妖に出逢ってから、水鏡さまはすっかり変わってしまった。 また、元の優しい水鏡さまに……戻ってくれるといいのだけれど。 ……あれ? 今なんか音がした気がする。 「あの、どなたかいらっしゃいませんか?」 ふいに玄関から声がした。 そういえば、水鏡さまの父上が「今日は客人が来るからな」って言ってたっけ。確か、陰陽師の来客がなんとかしゃーん、みたいな言葉を告げて、お出かけしたような。 「はーーい」 あたしは返事をして、引き戸をガラリと開けた。 ──待って。好きな顔、降臨!!!! 「死化粧師の|
「明日は百鬼夜行ですものね」 聞いたことのある声──────── 殺気を感じてふりかえると、夕月夜と水鏡さまがこつ然と立っていた。 冬に咲く藤の花、満開のその下で。 今あたしは、捨て猫だった自分を拾ってくれた恩人。 水鏡様と戦っている。「この日をずっと待っていたわ。さあ、一緒に行きましょう。秋華」「水鏡さま、あたしは行けない」 光をうけて、夕月夜の銀の髪が煌めいている。 紫紺の瞳に雪華の肌。 藤色の着物に、瑠璃色の帯。その細い帯布から藤が一輪、かんざしのように揺れていた。 「傾国の美少年」と噂されるだけあって、夕月夜はムラサキの闇から浮かび上がるように美しい。負けない、きっと水鏡さまを取り戻してみせるから……! 夕月夜の隣で、水鏡さまは紅蓮の炎を纏ったような単衣に身をつつみ、あやしく微笑みを浮かべる。腰より下まである銀髪は、さながら流れる河のようだわ。 緋色の瞳を細めると、ゆっくり長い爪を、私に向かって指さした。「夢の中は、まほろば。誰も死ぬ事のない理想郷。さあ、此処にいらっしゃいな」「水鏡さま」「醒めない夢の中でなら、貴方の願いも叶うのよ……」 懐かしい声。 あたし、水鏡様が好きだった。だけど今は、絶対に負けられない理由があるんだ! 刹那、夕月夜の手の平から金色の光が瞬いた。 その光が明滅し、大きな玉となる。何かの秘術だろうか、人の顔ほどの大きさまで膨れ上がると、まるで球遊びのように夕月夜はその輝きを、私に向けてポンと放った……! 「散れ。花火の如く」 「まだ散るわけに、いかねーんだよ!」 「千年!」 ああ、千年だ……! 彼が光の玉を、刀で弾いた! 空へと放たれた球は、空中で花火のように爆ぜた。グラリ、ふらついたあたしを片手で抱き寄せると、千年は夕月夜に向かい、言の葉を紡いだ。 爆風で藤の花びらが……桜のように乱舞する。 紫の花霞に千年の横顔が、クッキリと浮かび上がる。それはこの世の何よりも、美しく見えた。「死化粧師の唐橋千年だ。水鏡さまだっけ、秋華が泣いてるんでね。この戦い、やめてくんねーかな?」 そう告げると、片手で日本刀をチャキ……っと、構えなおす。 千年、あたしが恋した人。 人が死ぬ間際、最期の声を聞くという「死化
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