Mag-log in時は平安、まだ人の世に妖が跋扈する時代のこと。 捨て猫だった「秋華(しゅうか)」は、貴族である「水鏡様」に拾われる。 長く生きるうち、秋華は化猫となっていた。 さて京の都には 「銀髪美少年なる藤の花のあやかし、夕月夜」が 美女をさらっていくとの噂があった。 彼は三度あらわれて、こう問いかける。 1度目は「貴方が想う、一等美しいものを教えて」 2度目は「貴方の名を教えて……」 3度目は…… 3度目の問いは……誰も知らないのだという その夕月夜に、水鏡様は心惹かれていく。 「死化粧師、唐橋 千年」との恋 安倍晴明との出逢い 平安あやかし和風幻想譚が、今はじまるのだ────────
view more「夕月夜はな、妖怪『枕返し』のチカラを、吸収しておったようじゃ」 蛍火自慢の料理、魚の煮物をつまみながら、晴明さまがトツトツと話してくれる。 あの事件から、数日がすぎた。「枕返しの力って、夕月夜はサトリですよね?」「そうじゃな。どこかでサトリになってから、枕返しを食べたのであろうな」「そっか、それで力だけを吸収したと」「ああ。夕月夜は格別チカラの強い、サトリだったようじゃ。他の妖怪を喰らい、夕月夜の姿のまま、強化する事ができたようじゃな」 なんていうか、あたしは大変な闇の王と戦っていたらしい。 今更ながらに、あれは大物であったと理解ができたわ。「なんか生きてて良かったです!」「誠にのう」 こうやって皆でいつものようにお膳を囲み、おいしい料理に箸をはこんでいると、ふと千年さまがあたしの隣で笑っている気がして、まだ切なくなる。 けれどあたし、日常に帰ってきたよ。 ここは晴明神社。式神の住まう屋敷。 いつものように広い座敷に、みんな向かい合わせで膳を並べ、晴明さまも式神も、いっしょになってご飯を食べるのだ。今は朝餉の時間。 春の陽射しがまぶしく煌めき、御簾から光がこぼれてお膳を照らす。 千年さまがいた場所に、今は士道さまと、鈴丸、桔梗さまが座っている。士道さまが、汁物を啜ると目を細めてあたしへと言の葉を紡いだの。「秋華ちゃんが、生きていて良かったよ」「士道さま」「千年との約束が、守れて良かった」「そう、ですね……」 そうしている間、鈴丸と桔梗さまはミカンを奪い合っていた。きゃいきゃい騒ぎながら、楽しそうに蜜柑を二人で頬張っている。鬼童丸も、今日はゴキゲンなようだ。 ああ、そういえば日常って、こんな感じだったっけ。 あたしは魚をハグッと頬張る。 そして、晴明さまに聞いてみたかった事を、投げかけた。「ねえ晴明さま、妖怪『枕返し』について、もっと詳しくお聞きしたいな」「枕返しか。人はな、夢をみている間、魂が肉体を離れると言われておる。夢うつつの状態で枕を返されると、どうなると思う」「ど、どうなるのですか?」「魂が黄泉の国にいったまま、二度と帰っては来ないのじゃ」 ゴクリ、と喉が鳴る。「それって……死を意味するのでは」「ああ、おそらくな」「ではあのまま。一等優しい夢の中で溺れていたら……あたし、ど
「みずか……さま……」 水鏡さまの穿たれた心臓から、一匹の蝶がまた生まれる。 あたしはその緋色の蝶に手を伸ばすけれど……するりと指の間を抜けていった。 体の先から深紅の蝶になっていく水鏡さまが、夢のように微笑する。「地獄でもかまわないと、いったでしょう? 私ね、愛しい人の傍にいられるのなら、鬼にも蝶にもなれるのよ。貴方ならわかるでしょう……? 秋華……」 彼女の瞳から、ひとすじの涙がこぼれる。 涙は、やがて蝶になる。 あたしに向かって差し伸べられた掌が、はらはらと崩れて。 やがてそれは数多の蝶へと変化した。「それでも、心は……残っていたのかな」 桜色の傘、あの日の雨音が聞こえる。 ねえ、それが貴方の夢だったの……? なつかしい微笑みは、小さな無数の蝶へとかわり羽ばたいていく。彼女の体がすべて蝶になってしまうのを、どうしても止められない。「どこへ行くの?」 炎の色を秘めた蝶は、あたしを取り囲むと、あたしの体をフワリと浮かびあがらせる。「え、浮いてるっ!?」 そのまま幾千の蝶達があたしの体を乗せて、闇の向こうへ運ぼうと舞いあがった。「いかせない」 パシン……! 右手に強い力を感じる。 あたしの腕をキリリと握り、桔梗さまが引きとめた。「秋華ちゃんは私の式神だ。行かせない!」 桔梗さまの掌は、しっかりと結ばれていた。 強い強い力で、あたしは地面へと引き戻される。 タンと、うつし世の地面に足をつける。 ここは現実、あの人のいない世界……!「それでも、生きていくからね。千年……!」 大好きな、あの人を想った。 どうしようもない恋だった。 それでも全部、真剣だったよ。この世なんかいらないと思う程、誰かを愛せたこと。 もうそれだけで、十分だったから──── あたしは桔梗さまに駆け寄ると、ぎゅぅぅぅぅっと抱きしめた。もう無くしたくない絆を、確かめるように。「ありがとう」「みずか、さま……?」 その光景をみていた幾百の蝶たちが、なにかを悟ったかのようにと方向をかえた。 そうして一斉に月へと羽ばたいたいていく。 ザン……! 深紅の蝶たちが、蒼い蝶を追いかけていく。 あたしの頬をかすめて飛びゆく蝶を、もう捕まえることはしなかった。抱きしめた桔梗さまから腕をはなして、照れたようにあたしは笑みを宿した。桔梗さま
鳳凰の口から、炎の滝が一気に放出された。「ゴオオオオォオオン」「千年の仇、その身に業火を浴びるがいい!!」 鬼童丸の体躯から、修羅のような殺気が立ち昇っていた。 それと重なるように、地獄の豪華のような火炎が、夕月夜に向かって降りそそがれる。「夕月夜、君を守る!」「鈴丸!」 夕月夜をかばうように、鈴丸が両手を広げて、立ちはだかった。 あたしも、何故か守ってあげたくなる。 おかしいよね、あれは憎い……敵なのに!「もういいよ、鈴丸」「えっ」「君は、誰より生きなきゃいけない」 そう呟くと、夕月夜は鈴丸をの背中をドン! と押して、いっしょにゴロゴロと転がった。 滝のような炎は、二人から離れた場所で、ダクダクと降りそそがれる。 その光景を見据えると、夕月夜は砂をはらいスルリと起き上がった。 「鈴丸、君がここに来るまで……人など滅べばいいと願っていた」「夕月夜?」「でも、君が生きているなら。ヒトも悪くないな」「だけど。僕はもう、ヒトじゃないよ」「いいや、誰よりも君は……ヒトであろう」 風がさやさやと頬を撫でる。 夕月夜に、やわらかな笑みが滲んでいた。 ああ、この優しい面差し。懐かしい感じがする。 それはかつて、あたしが雪椿だった頃に出逢った、あの夕月夜だったんだ。「君は生きるといい。その為ならば、命を賭けたっていいや……!」「夕月夜!」 あたしは思わず、彼の名を呼んだ。今ならば、あたしの声も届くような気がしたから。「雪椿からの、伝言だよっ!」「なんだって?」「あの子は散って、幽霊になっちゃったんだ。あたし彼女に伝言を頼まれたのっ!」「伝言って、雪椿からか」「そうだよ、どうか……覚えててーっ!」 あたしが叫んだ刹那 天空をスーッと旋回する鳳凰が、大きく羽ばたいた。鬼童丸の殺気は、より激しい勢いをみせる。 体から瘴気のごとき金色の炎がメラメラと燃え滾り、その右手にたずさえた火神剣を、天空に高々とかかげた。そうして雄々しい咆哮をあげる。「夕月夜、天の裁きを受けるがいい!」 鬼童丸は炎に包まれたまま、夕月夜に向かい、まっすぐに走っていく。当の傾国の美少年は、涼やかな瞳でそれを見つめていた。 もう、鬼童丸を止めることは出来ない! だったらせめて……この言葉だけでも、どうか……届い
鈴丸はキリリと結んだ漆黒の髪を揺らし、その手にたずさえた刃を鬼童丸に向ける。「お願いです、鬼童丸さん! 僕は、夕月夜を助けるために、式神になったんです!」「なんだって」「僕にはチカラがなかった。だから母上も戦乱に巻き込まれて、亡くしてしまった。もう、嫌なんです!」「鈴丸、お前……っ!」「僕はもう、大切な人を……失くしたくないんだっ!」 鈴丸の握りしめた刀が、かすかに揺れていた。 あの子、まだ十代であろうに。 人の身を捨てて、鬼へと変わるなんて────「この、鬼の力があれば戦える。もう一度、あの失われた長岡京を取り戻そうよ、夕月夜」「鈴丸……っ」「なあ、朝顔は元気?」 鈴丸が、夕月夜の前に立ちはだかると、チャキっと切先をこちらに向けて構え直した。まるで、「夕月夜の盾」となる事を決めたように。 だが、鈴丸の言葉を耳にした夕月夜は、氷のような表情を宿した。「鈴丸。朝顔は……死んだよ」「えっ、嘘だろ」「誠さ。長岡京が滅ぶ少し前、大きな反乱があってな。私も命を狙われたのだ」「そんな事が」「朝顔は、母上に『雪椿』って新しい名をもらってね、可愛がられてたんだけど。父上と母上は討たれ。雪椿は、まるで私を庇うようにして、流れてきた矢に……射抜かれたんだ」 あわい紫の瞳から、涙の雫がシン……と流れる。「私は、忘れられない。誰一人として、忘れてしまっても……私を、長岡京を滅ぼした人間どもを、許すことなど、出来やしない……っ!」「そうか……、朝顔が。君の気持ち……わかった」「鈴丸」 はらはらと、あふれる涙を拭うことも厭わずに、鈴丸はコクンと頷いた。「君のチカラとなろう!」 夕月夜と鈴丸。二人は背中合わせとなり、あたし達にカッと、刃を向ける。 あたしは、夕月夜と暮らした事がある。 だから、二人の気持ちだって……痛いほどに理解ができたんだ!「ごめん。できれば、殺めたくないっ!」「小賢しい。ヒトなど、この都のためにも……滅んだ方が良いのだ!」「うおおおおおおおおおおおおっっっっっ」 二人が共鳴するように、咆哮する! 天空では火神剣から生まれし鳳凰が、バサリと大きな羽を広げ、炎の紅玉を放とうとしていた。鬼童丸が、鳳凰とともに光に包まれていく。「ほざくな! 貴様に殺された千年の気持ち、考えた事があ
──『ここから先は、都の最後を見てもらうわ』 「また脳に響く声? もー! 一体、誰なのよ〜!」 まただ! 姿は見えないけれど、誰かがあたしに頭に語りかけている。 こんな精神の病気があるって聞いたけれど、そういうんじゃない感覚。妖術っぽいんだよね、この声って。 ──『いいから。長岡京の終焉を目に焼きつけて、秋華』 「長岡京の、終焉?」 ──『覚えていてあげて、あの忘れじの都の記憶を……』 その声が脳裏に響いたとき、あたしの体は、藤の花びらに攫われた。 激しい旋風が巻きおこり、夕月夜の腕の中にいたあたしの体は、ムラサキの渦の中に吸い込まれていく。 「ちょっ、今度はどの
千年さまは、襖の戸をスッと開けた。 いつもより、憂いを帯びた表情をしている。彼は、あたしの肩にそっと優しく手を添えると、顔をゆっくり近付けた。吐く息が、かかりそうな程に──── 「秋華、式神のことだけどさ」 「式神の?」 「ああ、その……なんていうか」 「はい」 言い淀む千年さまの頬が、妙に紅く染まっていた。 なんだろう。いつもよりヒリヒリと、緊張した空気を感じる。 「俺、まだ結婚しねーからっ!」 「えっ……?」 「式神と陰陽師は結ばれないって、聞いたけどさ。俺には関係ねえ……っ!」 そう叫ぶと、あたしをギュッと抱き寄せる。 「ちょっ!」 どういう事──
「お会いしとうございましたわ!」 桔梗と呼ばれし少女が、ふふっと花のような笑みを浮かべた。 全身が乙女! って感じの、歩いていたら振り向きたくなる美少女だ。 「桔梗、料理の修業はもう良いのか?」 「ええ、ひと通りは二条の叔母さまの家で学んできましたわ」 「それはよかった! では今宵より、一緒に暮らせるのだな」 え、一緒に暮らせるって この女の子、誰……!? 「そのために帰ってきましたのよ。たっくさんお土産話がありますの〜!」 ……えーと誰なの〜っ 幼馴染とか、かしら。 呆然としたままだけれど、きっと目つきが悪かったのであろう、夕餉の準備を手伝っていた花蓮が、あたしの表情
「お花見『桜狩り』って言葉の方が好きだわ」 「そっか。じゃあ、一緒に桜狩りをしよう、秋華」 千年さまが、優しい瞳をあたしに向けた。 「はい、一緒に……!」 あたしは、その想いに報いたい だって、もうすぐ百鬼夜行がやってくるもの……! 青龍の結界は、閉じたものの。肝心の「青龍」という強力な守護神がいない状態だ。もしも地獄の門が開き、幾百の妖怪を連れて、そこに夕月夜が現れたら……! 想像するだけで、ゾクゾクする。 肌が泡立つ思いがした。 あの晴明さまでさえ「命の保証はないかもしれぬ」と、言葉を濁すほどだ。 「きっと、大きな戦いになりますよね」 「ああ」 「あたし、千年さま
Rebyu