私は殺人者に水槽の中に閉じ込められたあの時、兄が夏目美瑠(なつめ みる)と一緒にケーキを作っていた。気管がゆっくり切り裂かれて、苦しい呼吸しかできなかった時。電話越しの兄は冷たく言い放った。「小木曾雨芽(おぎそ うめ)、父さんの命日なのに帰ってこないなんて。ほんと恩知らずだな。美瑠が頼んでるのに父さんのところ行かないどころか、彼女を殴ったって?お前、死ぬ前にまず美瑠に謝ってから地獄に落ちろ!」そのあと、兄は自分の手で私の死体を解剖し、事件を分析した。でも目の前のこの死体が、自分の実の妹だなんて、彼は夢にも思っていなかった。……私の死体は川から引き上げられた。引き上げた作業員は顔面蒼白で警察に説明している。「暗くなる前にゴミをちょっと拾っとこうと思って……そしたら何かが網に引っかかって……」監察医界のエースである兄は、隊長の電話で慌てて現場へ駆けつけた。まだ小麦粉のついたエプロンを付けたまま。隊長は眉をひそめ、低い声でつぶやく。「雨芽の誕生日を祝ってたんじゃないのか?」兄は一瞬ぽかんとしてから首を振る。「美瑠は僕が作るケーキを食べたいって言うからさ。雨芽はどこで遊んでるんだか、何日も帰ってこねぇし。放っとけばいいだろ」彼はもう、今日が私の誕生日だということすら忘れてしまうらしい。なんて皮肉なの。涙で私の視界がにじむ。ふっと昔の光景がよぎる。幼い兄が小さなケーキを私の前に置いて、笑っていた。「雨芽、これから君の誕生日は、毎年ずっと一緒に祝うからな」今の私は、兄が可笑しなエプロンを外し、真剣な表情で手袋をはめて仕事モードに切り替える姿を見つめる。黒い袋に包まれた私の死体は、鼻につく腐臭を放っている。袋を開けた兄は、巨体の姿になった死体を見て一瞬だけ止まる。皮膚はほとんどなく、白くふやけた肉をむき出す。顔のパーツは鼻だけが残り、一目見ただけで心臓が縮むような形相だ。けれど兄は眉ひとつ動かさず、助手に指示を出す。「DNAを採取しろ。ここまで損壊してるとデータベース照合しかない」助手が「あれ?」と声を上げる。「風真(ふうま)さん、この靴……雨芽さんが履いてたのに似てません?」以前、私が兄に弁当を届けた時、この助手に踏まれたことがあった。その時、彼は気まずそうに「靴がかわいいね
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