画面の中、女の甘い声が聞こえる。「智也さん、すごい……」スピーカーから聞こえる長谷川智也(はせがわ ともや)の押し殺した喘ぎ声は、ひどく生々しかった。私はとっさに画面を消した。真っ暗になった画面には、涙に濡れた自分の顔が映っていた。私と智也は、学生時代に出会って結婚した。もう15年になるけど、周りからはずっと「誰もが羨む理想の夫婦」だと言われてきた。でも、智也の心が、もうとっくに自分から離れていたことに、私は分かっていた。彼は私が自分の手で選んだ秘書・小林楓(こばやし かえで)に恋をした。智也が昔、私にささやいてくれた甘い言葉を、今は楓に言っていることも、私は知らないふりをしていた。彼はすべてを完璧に隠せているつもりだったけど、まさか私がとっくに別れの準備をしていたなんて、夢にも思わなかったはず。この時、私が智也に贈る誕生日プレゼントは、もう決まっていた。二度と会わないこと、それだけだった。……スマホの動画は再生され続けている。男の荒い息づかいと女の甘い声が絡み合い、部屋中に熱っぽい空気が満ちていくようだ。画面の中で汗だくになっている智也の横顔をじっと見つめていると、私はふと笑いがこみあげてきた。これが、私が15年間も愛した夫の姿。私の誕生日に、ほかの女と体を重ねている。スマホがまた通知音を鳴らす。開いてみると、メッセージはすべて楓からだった。楓からのメッセージは、文字を読むだけで、彼女の挑発的な表情が目に浮かぶようだった。【由理恵さん、驚いたでしょう?あなたをどんなに愛してる男でも、浮気くらいはしてしまうものですよ】【見た目も学歴も、あなたにはかなわないかもしれません。でもね、ベッドでは私のほうがずっと上手ですよ】楓からのメッセージはまだ立て続けに送られてきたけど、もう読む気はなかった。スクリーンショットだけ撮って、スマホの電源を落とした。楓は、私が智也のために選んだ秘書だった。1年前、智也を長年支えてきた秘書が辞めたので、新しい人を探すことになった。書類選考を通った履歴書の束を、智也が私のところに持ってきた。そのときの彼は、幸せそうに目を細めて私を見つめていた。「由理恵、これは人事部が選んでくれた候補者たちだよ。いいなって思う人がいたら、その人を採用しよう」私は諦め顔で笑った
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