ふわっとした浮遊感があった。 次に続いたのは、急速に落ちる感覚。 目に映る空の青さと、今目覚めたばかりのようなちぐはぐな感覚。 そして続いた、水の冷たい感触と、鼻と喉を塞ぐ窒息感。──溺れる! 手を伸ばし、できうる限りの力を使って水面に出ようともがくが……。 なぜか思ったほどの浮力も膂力も感じられなくて。──もう、だめだ……。 と思った時に、誰かの力強い腕が、ぐいと俺の腕を掴み持ち上げた。「エヴァレット侯爵! こちらです!」 耳に遠く響いた少年の声に、奇妙な懐かしさを感じる。 しかしその声に郷愁を感じている余裕はない。 力強い大きな手が俺の背中を叩き、鼻と口から水を吐く。 息を吸いたいが、肺はいまだに水を吐く動きを続け、酸素を欲する俺の意識とは裏腹に咳き込む。「息をしなさい! マシュー!」「がはっ! げほっ!」「落ち着いて。ゆっくり息をするんだ……」 再び、先刻の声が耳元で言った。 顔を上げると、黒髪に目鼻立ちの整った金色の瞳が、心配げに俺を覗き込んでいる。「ありがとうございます! アレクシス王弟殿下!」 周りは慌ただしい空気と騒がしい声が満ちているが、その話題の全ては〝溺れた俺〟の話のようだ。 俺の背中をさする大きな手と、一番近くで聞こえる声に聞き覚えはあるけど、誰だかがわからない。 そもそも、俺は咳き込むほうが忙しくて、そちらを気にする余裕がなかった。──あれ……? 口元を拭った自分の手を見て、そのサイズ感にものすごい違和感を覚える。 でも、なんでおかしいと感じたのか、理由がわからない。──なんだこれ? なにが起こった……? 理論立ててものを考えたいのに、喧騒と混乱が思考を邪魔する。 それ以上に、溺れたショックなのか異様に疲れて……。 俺は、あえなく意識を手放した。
最後更新 : 2026-05-05 閱讀更多