私は都内有数の名家・橘家に連れ戻された本物の令嬢。けれど家族からは、徹底した割り勘生活を強いられていた。末期の乳がんと診断された日、兄の橘慎吾(たちばな しんご)は、食卓に置かれた焼き鮭の食べ残しを指さして言った。「この鮭と、それ以外の料理にも箸をつけたんだろ。家族だからってタダだと思うなよ。会計はお前がしろ」病気による激痛に耐えながら、私はカバンから財布を取り出し、さらに必死に貯めてきた100万円の入った封筒も差し出した。しかし慎吾は眉をひそめ、嫌そうに吐き捨てた。「澄乃、頭がおかしいのか?この程度の食事にこんなお金はいらないだろ。金を渡して俺をバカにしているのか?」私は前もって用意しておいた、「清算・絶縁同意書」を取り出し、彼に微笑みかけた。「お兄ちゃん、そんなつもりじゃないのよ。この100万円は、食費と家賃、お母さんが私を産んだ時の出産費用も含めてあるわ。その全部を返すつもりで持ってきたの。これで完全に縁を切らせて」慎吾は書類を乱暴に引き裂くと、私の顔に投げつけた。「いいだろう!だが今後、泣きついてきても、この家の人は誰もお前を助けないからなもし死んだとしても、俺たちが見えないところで勝手に死ね。遺体を引き取る暇なんてないし、葬儀に出る義理もないからな」私は黙ってちぎれた同意書の破片を拾い集めた。掃除を家政婦に頼めば、その費用は全部私に請求されるからだ。この先どうするかは、すでに計画があった。タクシーを呼ぼうとスマホのアプリを開くと、予想料金は3500円と表示された。これは……鎮痛剤、2箱分の値段だ。指が震え、スマホを落としそうになった。この金があれば鎮痛剤を2箱買える。がんによる痛みの中で、鎮痛剤は命綱だ。「ゴホッ……ゴホッ……」胸の奥に突き刺すような痛みが走り、私は前かがみになって右胸を強く押さえた。そして、今からやろうとしていることを考え、少しでも無駄な出費を減らそうとした。私はスマホをポケットにしまい、バスに乗って西区にある葬儀社へ向かった。店のカウンターに座る男が、1台のカメラを磨きながら顔を上げた。私は全身を雨に濡らし、泥混じりの雫を床へ落としながら静かに立っていた。この後、彼の名前が蓮見航(はすみ わたる)だと知ることになるのだ。「店長、お店の中で死な
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