All Chapters of 7年後の私からの警告: Chapter 1 - Chapter 9

9 Chapters

第1話

今日の午後、私は7年後の自分から一通のメッセージを受け取った。差出人はなんと私自身、神谷舞衣(かみや まい)だった。何かの新手の詐欺だろうと思い、ろくに中身も見ずに憤慨して返信した。【くそ詐欺師!】すると相手は、睡眠薬の空き瓶の写真を送ってきた。【私は詐欺師じゃないわ。でも、確実に死にかけている。景斗とは別れなさい。今日は彼が浮気を始めた初日よ。彼の初恋の人が帰国したの。名前は白石琴音(しらいし ことね)】私は呆然とした。この詐欺師のデタラメを鼻で笑ってやろうとした矢先だった。黒川景斗(くろかわ けいと)の初恋の相手は、紛れもなくこの私なのだ。背後のドアが開いた。景斗が笑みを浮かべて誰かを招き入れ、私に紹介した。「舞衣、新しい友達を紹介するよ。白石琴音だ。俺の義妹で、今日帰国したばかりなんだ。実家の部屋がまだ片付いていなくてね、琴音はしばらくうちで暮らすことになった。そうだ、後で使用人に伝えておいてくれないか。夕食は全部洋食にしてほしいって。琴音は海外から戻ったばかりだから、急には和食に慣れないだろうと思って……」景斗はまだ何かを言い続けていたが、私の耳にはもう一言も入ってこなかった。俯いて手元のあのメッセージを見つめたまま、私は長い間我に返ることができなかった。「舞衣さん?」琴音の甘ったるい声が割って入った。彼女は不安そうに私を見て言った。「どうしたの?顔色、すごく悪いよ。もしかして、私がここに住むの、邪魔だった?私、ホテルに泊まっても全然平気なんだけど……」景斗はすぐに眉をひそめて私を見た。私はそこでようやく我に返り、無理に笑みを浮かべた。「そんなことないわ。あなたは景斗の義妹なんだから、私の義妹も同然よ。自分の家だと思って、安心してここに滞在してね。二人はゆっくり話していて。私、使用人に伝えてくるから」部屋を出て数歩歩いたところで、私はたまらずメッセージの相手を問い詰めた。【景斗は彼女を義妹だと言っていたわ。どうして初恋の人なの?デタラメ言わないで!あなた、一体誰なの!?】五分後、相手からメッセージがポップアップした。【私はあなたよ。単に、7年後のあなたというだけ。使用人に、料理に黒コショウを入れないよう伝えなさい。琴音は黒コショウアレルギーを持っているから。今夜、
Read more

第2話

【7年後の私は、幸せじゃないの?】メッセージを送信してから、向こうは長い間沈黙していた。やがて着信音が鳴り響いた。彼女からの電話だった。画面をスワイプして通話ボタンを押す。受話器から聞こえてきたのは、紛れもなく私自身の声だった。けれど、それはひどくかすれ、苦痛に満ち、まるで生きながら魂を削り取られたかのような声だった。「7年後、あなたは景斗と結婚しているわ。結婚式は盛大で、とてもロマンチックだった……結人(ゆいと)っていう男の子も産むのよ」だが、私の胸の奥に密かな喜びが湧き上がるよりも早く、向こうの言葉が続いた。「でも、あなたは幸せじゃない。生き地獄を味わうことになるわ。琴音はずっとあなたたちの家に住み着いているの。景斗と一線を越えるような真似を繰り返しているのに、その度彼は『ただの義妹だから』って言い逃れをして……そしてあなたが妊娠8ヶ月の時、景斗が琴音をあなたたちの寝室に連れ込み、浮気している現場に出くわすのよ。そのショックで大出血を起こして、ようやく結人を産み落とした」向こうの声がふっと途切れ、微かな嗚咽が漏れ聞こえてきた。それを聞いているだけで、私の心までナイフで抉られるように痛んだ。「景斗は深く罪悪感を抱いて、泣きながら土下座して『心を入れ替える』と誓った。あなたはそれを信じたの。子供のためにと、離婚を踏みとどまった。でも、結人が生後3ヶ月になった時、彼はまた琴音と浮気を再開したわ。次第に、罪悪感すら抱かなくなっていった。出産でたるんだあなたのお腹を嫌悪し、顔にできたシミを疎ましく思い、産後うつでボロボロになったあなたを『まるで狂人だ』と蔑むようになったの。難産の末に命がけで産んだ子供でさえ、琴音のことを『ママ』と呼ぶようになる……」そう言うと、向こうから一枚の写真が送られてきた。それは、家族の集合写真だった。景斗が琴音の肩を抱き寄せ、彼らの膝の上には4、5歳くらいの男の子が座って、この上なく無邪気な笑みを浮かべている。そこに、私だけがいない。私がいないはずなんてないのに。電話越しに声を聞きながら、まるで自分の身が引き裂かれるような凄まじい苦痛に襲われた。彼女が話し終えて、私はようやくハッと思い出した。一番最初に送られてきた、あの空になった睡眠薬のボトルの写真を。震える声で
Read more

第3話

景斗の身体がビクッと強張った。彼は私がまだ拗ねて感情的になっているだけだと思い込んだらしく、顔を寄せて私の涙の痕に口付けようとしながら、甘い声で宥めてきた。「舞衣、俺が本当に悪かった。琴音はもともと体が弱いし、俺も兄として情が湧いて、ついキツい言い方をしてしまったんだ。あいつもさっき、申し訳ないってずっと泣いてて、お前に謝りたがってる。だから、もう水に流してくれないか?」私は景斗のキスを避け、両手で彼の胸を突き飛ばした。そして、単刀直入に告げた。「琴音が、あなたの初恋の相手だってこと……知ってるわ」景斗の顔色がサッと険しくなった。彼は私の手首を強く掴み、ギリリと締め上げながら問い詰めてきた。「……なんでそれを知ってる?舞衣、お前、俺の身辺を探ってたのか!」手首を押し潰されるような激痛が走る。景斗を見上げる私の目から、またしても涙が溢れそうになる。「私がどうやって知ったかどうかなんて、そんなに重要なこと?景斗、あなたは初恋の相手を家に住ませて、私には嘘をつき続けて、その彼女のために私を怒鳴りつけ、悪者扱いしたのよ。私に説明する義務すらないって言うの?」私の激しい追及に口をつぐんだ景斗は、バツが悪そうにこう絞り出した。「俺たちはもう別れてる。今はただ、あいつを義妹としてしか見ていない」「義妹」――その二文字が、鋭い針のように私の鼓膜を突き刺した。脳裏に、あの7年後の声がフラッシュバックする。妊娠中の浮気、難産の末の大出血、たるんでしまったお腹、そして他人の女を「ママ」と呼ぶ結人……もう限界だ。私は彼の手を乱暴に振り払い、バッグを掴んで部屋を出ようとした。「本当にただの義妹なのか、あなた自身の胸に聞いてみればいいわ。景斗……私たち、別れましょう」だが、ドアを開けたその瞬間、外で立ち聞きをしていた琴音の姿が目に入った。彼女はボロボロと涙をこぼしており、私を見るなり足元にすがりついてきた。膝をついて哀願する。「舞衣さん、舞衣さん、行かないで!私と景斗さんが昔付き合ってたのは、若気の至りというか……全部、全部私が悪いの。私のせいで喧嘩しないで。もし舞衣さんが私のこと嫌いなら、私が出ていくから。どうせ私なんて、みんなから嫌われる厄介者なの……こんなことなら、いっそ死んでしまったほうがマシよ!」
Read more

第4話

7年後。景斗は、私宛に発信して繋がらなかった十数件の発信履歴を見つめ、言い知れぬ不安に駆られていた。以前の私なら、絶対にこんなことはなかった。狂ったように彼へ絶え間なくメッセージを送り、電話をかけ続けていたはずだ。いつまで私を苦しめるつもりなのか、なぜ浮気をしたのか、どうして私にこんな仕打ちをするのかと問い詰め、最後には泣きながら家に帰ってきてほしいと哀願するのが常だった。だが今日は、あまりにも静かすぎた。まる一日。電話はおろか、メッセージの一通すら送られてこない。景斗は居ても立っても居られなくなった。彼は立ち上がって上着を羽織ると、結人を抱きかかえてアニメを見ている琴音の前を通り過ぎようとした。「ちょっと家に戻る。お前は結人とここでゆっくり遊んでてくれ」琴音はすぐさま立ち上がり、ドアへ向かう景斗の前に立ちふさがった。「どうしたの、舞衣さんがまた何か喚き散らしてるの?景斗さん、私たち、せっかくこうして遊びに来たじゃない。もう彼女のことは放っておいてよ。彼女、毎回そうやって悲劇のヒロイン気取って大騒ぎするじゃない。一度甘やかしたら、次はもっとひどく騒ぎ立てるわよ」景斗は躊躇したが、それでも私を見に帰りたいという思いは消えなかった。琴音は呆れたようにため息をつくと、話題を変えた。「結人に約束したばかりじゃない、明日は一緒に遊園地に行くって。まさか子供の前で、約束を破るつもり?」そう言いながら、琴音は結人に向かって目配せをした。結人はすぐさま景斗に飛びついて抱きつき、泣きじゃくりながら声を上げた。「パパ、行かないで!あの悪い女のところに行っちゃダメ!悪い女のせいで、結人は遊園地に行けないの。パパ、悪い女のところに帰らないで、ここに残って僕とママと一緒に遊園地に行ってよ。パパ、約束は守らなきゃダメ!僕に嘘つかないで!」景斗の胸が、ズキリと鋭く痛んだ。結人の頭を撫でながら、言い聞かせるように訂正する。「結人、パパは何度も言っただろ。あいつは悪い女じゃない。お前のママなんだ。そんな風に呼んじゃいけない」結人は涙ぐんだ瞳で顔を上げた。「ごめんなさい……パパが行かないなら、結人はいい子にするよ。お家に帰ったらもう悪い女って呼ばない。ママって呼ぶから」景斗はこくりと頷いた。それは、ここに留まるという意
Read more

第5話

景斗の膝から一気に力が抜け、胸の底に押し殺していた不安が瞬く間に溢れ出した。彼は呆然と床に膝をつくと、半ば這いづり回るようにして私の遺体へとすがりついた。震える手を伸ばし、遺体を覆う白い布をめくり上げる。そこにあったのは、血の気を完全に失った私の顔だった。そっと頬に触れると、氷のように冷たい。背後では、救急隊員がなおも痛ましそうにため息をついていた。「黒川さん……奥さんは以前から重度のうつ病を患っておられ、こうした患者さんは自死の念にとらわれてしまうことも少なくありません。いくらお忙しいからといって、お一人で家に残されるべきではありませんでした……」だが、景斗の耳にはもう何も届いていなかった。固く目を閉じた私の顔を死に物狂いで見つめたまま、彼は胸の空気が急激に引き抜かれていくような息苦しさを覚えていた。まるで、見えない手に心臓を力任せに引き裂かれているかのような激痛が彼を襲った。過酷すぎる悲痛に耐えきれず、景斗は糸が切れたようにその場へ真っ直ぐに倒れ込み、意識を失った。――再び目を覚ますと、消毒液の匂いが鼻腔を突いた。景斗は意識がはっきりするやいなや、弾かれたようにベッドから跳ね起きた。手の甲に刺さった点滴針をろくに見もせず乱暴に引き抜く。針穴から赤い血が滲み出した。彼は、ちょうど点滴の交換に入ってきた若い看護師の腕を力任せに掴み、血走った目で詰め寄った。「舞衣は!?俺の妻はどこだ!舞衣はどこにいる!」あまりの剣幕に怯えきった看護師は、後ずさりしながら震える声で手を振った。「く、黒川さん、な、何をおっしゃってるんですか、あなたは独身ですよ……!過労で倒れられて、今入院中なんです。どうしてそんなうわごとを……念のため、もう一度頭部のCTを……」だが、景斗の耳にはもう届かない。彼は看護師を突き飛ばすようにして病室を飛び出し、手当たり次第にタクシーを拾った。「青山荘へ行け!」車が門前に滑り込むと、待機していた使用人たちが戸惑い顔で出迎えた。「旦那様?入院中ではなかったのですか?執事の田中さんからは、本日お戻りになるとは伺っておりませんが……」「舞衣は!」景斗は振り返りもせず、怯える使用人たちの視線を完全に無視して、狂ったように二階へと駆け上がった。主寝室のドアを力任せに蹴り開ける。
Read more

第6話

ドカンッ!凄まじい衝撃と共に、景斗の脳裏に何万本もの針が一斉に突き刺さったかのような激痛が走った。7年前だと?交通事故に、忽然とした失踪……?混乱を極めた記憶の濁流が、景斗の脳内で激しく渦を巻き、激突し合う。「ぐああっ――!」景斗は頭を抱え、耳をつんざくような悲鳴を上げながら、その場に真っ逆さまに倒れ込んだ。再び意識を失った景斗は、長い悪夢の底へと落ちていった。夢の中で、彼は二人の自分を目撃する。一つ目の夢。そこでは、琴音と裸で絡み合う自分の姿があった。そしてベッドから起き上がり、ドアの向こうで身重の舞衣が血の海に倒れ伏しているのを、冷め切った目で眺めている。疎ましげに眉をひそめ、泣き叫ぶ舞衣に向かって「芝居はやめろ」と言い放つ自分の声。結人が口を開き、琴音を「ママ」と呼んでいる光景。そして、舞衣が睡眠薬を瓶ごと一気に飲み干し、床に崩れ落ちて息絶える瞬間。その夢はあまりにも長く、そして冷たかった。まるでナイフで生身を削がれるかのように、息もできないほどの絶痛が彼を苛んだ。場面が切り替わる。映し出されたのは、もう一人の自分だった。そちらの自分は同じ過ちを繰り返しながらも、琴音を自宅に連れ帰ったその日の夜、舞衣と激しい口論になっていた。激昂した舞衣はドアを叩きつけるように飛び出し――次の瞬間、暗い道路の真ん中で大型トラックの刺すようなハイビームが彼女を射抜く。手を伸ばしたのに、掴むことができたのは琴音の手だけだった。二つの夢に登場するどちらの自分も、悍ましく、そして耐えがたいほどの苦痛に悶えていた。いったい、どちらが本当の現実なのだ?景斗はカッと目を見開いた。全身はびっしょりと冷や汗に濡れている。ベッドに付き添っていた健太の方へと首を巡らせ、かすれた声を絞り出した。「琴音は……どこだ」健太は眉をひそめ、ありのままを告げた。「琴音様でしたら……旦那様が舞衣様とお別れになられた直後、旦那様ご自身の命によって海外へ送り出されました。それからこの方、二度と帰国することは許されておりません」景斗は一瞬、言葉を失った。だが、わずかな望みを捨てきれず、彼は矢継ぎ早に問い質す。「じゃあ、結人は……?」健太はきょとんとした表情を浮かべ、困惑したように首を横に振った。「結人……で
Read more

第7話

「この生地じゃダメね。私が指定したのは32番の素材よ。それと、この試作品の色。私が求めたのは綺麗なコーラルであって、こんな黒ずんだ腐った柿みたいな赤じゃないの。業者に作り直させて。対応できないなら即刻別の業者に差し替えて。最後に、もう一度すべての衣装の状態をダブルチェックして。今回のファッションショーでは、いかなるミスも絶対に許さないわ!」アシスタントは傍らで息を殺して猛スピードでメモを取っていた。言葉を切った直後、オフィスのドアがノックされた。受付のスタッフが顔を覗かせ、ひどく困り果てたような表情を浮かべる。「社長、お取り込み中申し訳ありません。黒川グループの代表が、アポなしでいらっしゃいました。わざわざ飛行機で来られたそうで、どうしてもお会いしたいと……以前からの、お知り合いだそうです」企画書をめくっていた私の指先が微かに震え、深く息を吸い込んだ。いつかはこの日が来るのだと、分かってはいた。私はアシスタントの方へ首を向け、淡々と言った。「分かったわ。彼を第三会議室にお通しして。1時間後に会いに行くから。会議を続けるわよ」会議を終え、手元の腕時計に目を落とす。長針はちょうど55分を回ったところだった。私はスーツの袖口を整え、立ち上がって会議室のドアを押し開けた。景斗は、ほとんど反射的に立ち上がった。彼はひどく痩せこけていた。目は真っ赤に血走り、私の姿を捉えた瞬間、その目元がみるみるうちに赤く染まる。その声は、激しく震えていた。「舞衣、本当に……お前なのか?」彼は焦燥に駆られたように距離を詰めようとしつつも、私を怯えさせることを恐れているようだった。ただ長机越しに、すがるような視線で私を見つめ、しどろもどろに言葉を重ねた。「この何年も、ずっとお前を探していた……どうして、一度も連絡してくれなかったんだ?俺がどれだけ心配したか、分かってるのか?今の体調はどうなんだ?あの年の交通事故で、医者はお前が内臓から大量出血したって……後遺症は残ってないのか?もうトップクラスの専門医には連絡をつけてある。俺と一緒に帰ろう。全身の精密検査を受けさせるから」景斗は、この数年間の空白をすべて埋めようとするかのようにまくしたてた。私はゆっくりと手を挙げ、彼の言葉を遮る。冷ややかな眼差しで、景斗を見据え
Read more

第8話

景斗はその場に凍りつき、弁解の言葉すらひねり出せなかった。ただ私を見つめ、とめどなく涙を溢れさせている。その懺悔するような姿は、私にとって吐き気がするほどおぞましいものでしかなかった。「景斗。一度目の人生、あなたは不倫をし、精神的な虐待で私を産後うつに追い込んで、睡眠薬を瓶ごと飲み込ませて自殺に追いやった。二度目の人生、あなたは琴音を庇い、彼女が私につきまとって嫌がらせをするのを野放しにして……最後の瞬間にも彼女を救うことを選んだわね。これらは全部、あなたが自分の手でやったことじゃない。なのに、一体何に苦しんでいるの?」私が言葉を重ねるたびに、彼の顔はみるみる蒼白になり、身体がぐらりと揺れた。「あなたは、私の人生を二度もぶち壊したのよ。頼むから……景斗、もう私を解放してくれないかしら?あなたという人間が、心底憎くてたまらないの」景斗は言葉を失ったまま、ただ呆然と歩み寄ってきた。震える手で、私の手を握ろうと指を伸ばす。だが、その指先が私に触れる直前、私はためらいなくその手を振り払い、ドアを乱暴に閉めて部屋を後にした。あれから7年が経ったのだ。こんな男のために、私が絶対に振り返ることなどもう二度とない。……翌日のファッションショー。スポットライトがランウェイを真昼のように照らし出していた。案の定、最前列の最も目立つ席に景斗の姿があった。私は彼を淡々と一瞥しただけで、すぐに視線を外し、冷静にショー全体をやり遂げた。カーテンコールを迎え、イベントは空前の大成功を収めた。スポットライトを浴びる中、誰もが私の名前を歓呼し、メディアが一斉に押し寄せて、顔のすぐ近くまでマイクが突きつけられる。私はその光の中心に立ち、どんな質問にも余裕の笑みを浮かべて堂々と応じてみせた。その少し離れた場所で、景斗が一人ぽつんと立っていた。まるで部外者のような顔で、私を見つめている。彼は必死に記憶を探っているようだったが、この自信に満ち溢れ、冷静で、まばゆいばかりの輝きを放つ私と、記憶の中の産後うつで発狂し、泣きながら帰ってきてと哀願していた私を、どうしても結びつけることができない。人を愛することは、花を育てることに似ている。景斗は、私という花の愛し方を根本から分かっていなかった。イベントが終わり、バックス
Read more

第9話

あの一件以来、景斗は以前のように、私の目の前に直接姿を現すことはなくなった。だが、その平穏はあくまで「視界に入らない」というだけのことだった。ほどなくして、黒川グループから私のスタジオ宛てに、巨額の契約金が提示された大型オファーが舞い込んだ。その条件はビジネスの交渉とは到底思えないほどに甘く、まるで無条件の貢ぎ物だった。報酬は業界最高水準の5倍。しかも、デザインの内容に制約すら一切設けられていない。私はアシスタントの目の前で、企画書に冷ややかに「提携不可」とだけ書き殴り、そのまま突き返した。結局、景斗は耐えきれなくなったのだろう。私のプライベートの携帯に電話をかけてきた。通話ボタンをスワイプしたものの、耳に当てる気すら起きず、スピーカーモードにしてデスクに放り投げる。電話の向こうから聞こえてきたのは、ひどく怯えたような声だった。背後ではヒューヒューと風が唸っており、どこかのビルの下で雨に打たれているようだった。「舞衣、これはただの商業的な提携なんだ。黒川グループには優秀なデザイナーが必要で、お前にもリソースが必要なはずだ。頼む、俺を拒絶しないでくれ……」「お断りよ。景斗、言ったはずよね。二度と私の人生に関わらないでって」言い捨てると同時に、私は容赦なく通話を切った。数秒後、再び携帯が鳴り響く。私はもう二度と出ることなく、電源を完全に落とした。窓の外では夕日が沈んでいく。ガラスに映る自分の冷ややかな横顔を見つめながら、私は冷笑した。彼は、縋る相手を間違えている。7年前の神谷舞衣は、もうとっくに死んだ。退勤の時刻。外は激しい土砂降りの雨だった。婚約者である橘朔也(たちばな さくや)が大きな黒い傘を広げ、私をその胸元へすっぽりと抱き寄せるようにして、会社のエントランスから車のドアまで濡れないようにエスコートしてくれた。彼の片側の肩は雨でぐっしょりと濡れていたが、本人は全く気にする様子もなく、私の髪先についた水滴を優しく払ってくれる。曇り始めた車の窓越しに、道端に立つひどく狼狽した人影が目に入った。景斗だった。彼は傘も差さず、土砂降りの雨のなかに棒立ちになり、私の車を血走った目で死に物狂いで見つめていた。朔也が私の視線を追って彼に気づくと、微かに眉をひそめ、声を一段低くした。「彼
Read more
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status