第1話 「君はもう必要ない」「ミオ・アイザワ。今日この場をもって、君との婚約を破棄する。それと同時に、王国聖女としての任も解く。君には明朝までに王宮を去ってもらう」王太子アドリアンがそう告げたとき、ミオは最初、その言葉が自分に向けられたものだとは思えなかった。王宮の大広間には百人を超える貴族が集められており、天井から吊るされた幾つもの魔石灯が昼間のような明るさを作り出している。いつもなら楽団が優雅な曲を奏で、色鮮やかなドレスに身を包んだ令嬢たちが笑い声を交わしているはずなのに、今夜ばかりは奇妙なほど静かだった。誰もが知っていたのだろう。知らされていなかったのは、婚約を破棄される当人であるミオだけだったらしい。「……申し訳ありません、殿下。少し、聞き取れなかったようです。今日は北部から届いた避難民名簿の確認を朝までしていたもので、寝不足なのかもしれません。もう一度、おっしゃっていただけますか」自分でも情けないことを言っていると思った。けれど、そうでも言わなければ立っていられなかった。三年間、この世界で覚えた礼儀作法どおりに背筋を伸ばし、両手を腹の前で重ねたまま、ミオは壇上に立つアドリアンを見上げた。彼は美しい男だった。柔らかな金色の髪に青い瞳、整った鼻筋、王族らしい華やかさを持ちながら、騎士として鍛えているため体格もよい。ミオが三年前、このエルディア王国へ召喚されたとき、突然知らない世界へ放り出され、言葉すらまともに理解できずに泣いていた彼女へ最初に手を差し伸べてくれたのもアドリアンだった。『大丈夫だ。君はこの国が守る』あのときは、その言葉だけでどれほど救われただろう。だからこそ、今の彼が何を言っているのか、耳が理解することを拒んでいた。アドリアンはわずかに眉を寄せた。「ならば、もう一度言おう。君との婚約は破棄する。そして聖女としての地位も返上してもらう。今後、君が王家の名を用いて活動することも認めない」今度は聞き間違えようがなかった。大広間のどこかで、小さく息を呑む音がした。驚いたのではない。誰かがようやく始まったと期待したような、そんな音だった。ミオは唇を結び、何度か息を整えてから尋ねた。「理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか。婚約については殿下のお気持ちもありますから、私だけでどうこう言えるものではありません。です
Última atualização : 2026-08-18 Ler mais