「身売りか……」 飛行機の窓から流れていく雲を眺めながら私は呟いていた。 もちろん、本当に身を売ったわけではない。 働く場所も給料も契約書に書かれていて、その内容を理解したうえで、自分の意思でサインをした。 日本で働けば、故郷のダバオでは得られないほどの給料を受け取ることができる。 それで家族に仕送りができるのだから、これは私自身が選んだことだから。 こうして飛行機の座席に身体を預け窓の外に広がる青い空を眺めていると、どうしても「身売り」という言葉が頭の中から消えてくれない。 膝の上に置いたパスポートを開くと そこには、やや緊張した顔で、それでも無理に笑っている自分の写真が載っている。 パスポートネームには、 Maria Anne Santos――マリア・アン・サントス。 この名前を持ったまま、日本へ行く。 ダバオからマニラへ飛び、マニラから関西国際空港へ向かい、そこからさらに飛行機を乗り継いで、四国の松山へ。 故郷を離れてから、もうどれくらいの時間が経ったのだろう。 エンジンの低い音が絶え間なく耳に響いている。 高い空の上にいるという現実が、胸の奥にある不安を少しずつ大きくしていた。 窓の外には白い雲がどこまでも続いている。 その雲の向こうには、私の知らない日本という国がある。 これから暮らす場所。 介護の仕事をする場所。 家族のためにお金を稼がなければならない場所。 そう思うと、父のことを思い出す。 父は以前、観光客を相手にする通訳の仕事をしていた。 外国人と話すことが好きな人で私が子どもの頃には、家に帰ってくると仕事で出会った日本人や韓国人、アメリカ人の話を楽しそうに聞かせてくれていた。 私もいつか父のように、外国の人と話す仕事ができたらいい。そんなことを思ったこともある。 新型コロナウイルスの流行が世界中に広がると、ダバオを訪れる観光客はほとんどいなくなり、父の仕事もなくなった。 家族を養うために、父は慣れない建築現場で働き始めた。 危険な仕事だった。 それでも父は家族の前では弱音を吐かず、疲れて帰ってきても笑っていたし、私たちにはいつも 「大丈夫だ」とだけ。 その父が、私が十九歳のとき建築現場から転落して亡くなった。 あまりにも突然のことで残された母と私、そして三人の兄弟を、これからどうやって
Última actualización : 2026-08-28 Leer más