All Chapters of 完璧社長の過剰な執着~隠れ優秀秘書は、二人のハイスペに奪い尽くされる~: Chapter 1 - Chapter 10

68 Chapters

第1話

「藤咲さん、また頼めるかしら? このデータの突合と、明日の会議資料の印刷。急ぎなんだけど……」「あ、はい。わかりました。すぐに取りかかります」午後八時、静まり返った営業三課のフロアで、藤咲紬《ふじさき つむぎ》は控えめに微笑みながら先輩社員からの頼みを引き受けた。大きな丸メガネに、ぼっさりとした前髪。体をすっぽり覆うような地味なグレーのカーディガン。それが会社での紬のスタイルだ。社内での評価は「真面目だが要領が悪い、地味なアシスタント」。だが、それこそが彼女の狙いだった。過去の苦い経験から、目立つことは百害あって一利なしと学んだ。だからこそ、能ある鷹は徹底的に爪を隠す。頼まれた雑務をのろのろとこなしているように見せかけつつ、裏では完璧な精度と圧倒的なスピードで片付ける――それが、紬の日常だった。「じゃあ、お先に失礼するわね。よろしく!」先輩社員が去り、フロアにぽつりと一人取り残される。紬はふうっと息を吐くと、丸メガネを少し押し上げた。「さて……チャチャッと終わらせて帰りましょうか」先ほど頼まれた大量のデータファイルを開き、キーボードの上に指を走らせる。パパパパン、と軽快な打鍵音が無人のオフィスに響き渡った。画面上の数式と膨大な数字が、瞬く間に処理されていく。誰にも気づかれない、紬だけの「本気」の時間だった。作業開始からわずか十分。数時間はかかるはずの突合業務を完璧に終わらせ、プリントアウトの指示を出したときだった。「――ずいぶんと素早い手際だな、藤咲」「……っ!?」突然、背後から低く響く掠れた声が聞こえ、紬の背筋に冷たい電流が走った。驚いて振り返ると、そこには一人の男が立っていた。隙のない仕立ての高級スーツに、鋭い切れ長の瞳。彫刻のように整った容姿を持ちながら、氷のような冷徹さを纏う男。大手総合商社『鷹司グループ』の若き次期社長、鷹司葵《たかつかさ あおい》だった。社内の誰もが恐れる最高幹部が、なぜこんな時間に平社員のフロアにいるのか。「た、鷹司副社長……? なぜ、こちらに……」慌てて立ち上がり、頭を下げようとした紬だったが、葵は静かな歩調で距離を詰めてきた。高級なウッディノートの香水の香りが、瞬く間に紬の鼻腔をくすぐる。葵はパソコンの画面に一瞥を投じると、薄い唇の端をわずかに押し上げた。「システム
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第2話

翌朝。社内は開庁と同時に、異例の人事発令で大きく揺れていた。営業三課の「地味で冴えないアシスタント」である藤咲紬が、社内で最も近寄りがたいとされる若き副社長――鷹司葵の専属秘書に即日抜擢されたのだ。「なんであの藤咲さんが……?」「副社長、女嫌いじゃなかったの?」社員たちの痛烈な視線と噂話を背に受けながら、紬は最上階にある副社長室の重厚なドアの前に立っていた。手元のファイルを持つ手が、微かに震える。「……はぁ、本当に夢じゃなかったんだ……」息を整え、ノックを二回。中から「入れ」と短く低い声が響いた。そっと扉を開けると、そこはガラス張りで都心が一望できる贅沢な空間だった。大きな執務デスクの奥には、仕立てのいい暗紺のスーツを完璧に着こなした葵が腰掛けている。その姿は息をのむほど美しく、冷酷だった。「……おはようございます、鷹司副社長。本日より専属秘書として、よろしくお願いします」深々と頭を下げる紬。しかし、返ってきたのは静かな足音だった。葵はデスクを離れ、まっすぐに紬の方へと歩み寄ってくる。「誰が『副社長』と呼んでいいと言った?」「え……? でも、役職は副社長で……」困惑する紬の目の前で、ガチャリと背後の扉が施錠される音が響いた。「ひっ……!」驚いて振り返ろうとした瞬間、紬の体は背後の扉と葵の腕の間に挟み込まれていた。逃げ場のない完全な『壁ドン』の体制。目の前に広がる葵の胸元から、甘く重いウッディの香水が漂い、頭がクラクラとする。「人前では副社長で構わん。だが……二人きりの時は『社長』と呼べ。俺は次期社長だ。そして、お前を統べるのは俺一人だ」絶対的な支配を口にする葵の瞳には、昨夜以上の強い執着が宿っていた。葵の指先が紬の丸メガネをゆっくりと外す。前髪が払われ、隠していた美貌が露わになると、葵の瞳が満足げに細められた。「やっぱり、メガネはない方がずっといい。こんな綺麗なお前を、他の男どもに見せていたと思うと腹が立つ」「鷹司、社長……っ。私、ただの平社員ですし、やっぱり、秘書なんて務まりません……! お願いです、元の部署に……」逃げ出したい一心で吐き出した懇願は、葵の低い嘲笑によってあっさりと打ち砕かれた。「断る。お前が隠していたあの圧倒的な情報処理能力、国際財務の深い知識……あれを埋もれさせる気はない。それにな
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第3話

副社長室の重厚なドアが閉ざされ、施錠される音が静かな部屋に響く。逃げ場のない『壁ドン』の姿勢のまま、葵の指先が紬の大きな丸メガネをゆっくりと外した。前髪が払われ、隠していた素顔が露わになる。「……やっぱりな。メガネはない方がずっといい。こんな綺麗なお前を、他の男どもに見せていたと思うと腹が立つ」「た、鷹司社長……っ。お願いです、私みたいな平社員が秘書なんて務まりません。元の部署に……」逃げ出したい一心で吐き出した懇願は、葵の低い嘲笑によってあっさりと打ち砕かれた。「断る。お前が隠していたあの圧倒的な情報処理能力、国際財務の深い知識……あれを埋もれさせる気はない」葵の手が紬の腰の後ろに回り、グッと自分の方へと引き寄せた。隙間なく密着する体。生地越しに伝わる葵の強い体温と脈打つ鼓動が、紬の全身の肌を泡立たせる。「今日からお前の仕事は俺のサポート……そして、俺だけにその素顔と才能を捧げることだ。分かったな、紬」耳元で囁かれた甘い毒のような声に、紬は返事すらできず、ただコクリと頷くのが精いっぱいだった。――こうして、紬の「専属秘書」としての初日が始まった。社内での葵は、噂通り冷酷非道で完璧な「鷹司副社長」そのものだった。分刻みのスケジュールをこなし、役員会では容赦ない指摘で場を凍りつかせる。その圧倒的なカリスマ性と美貌に、周囲の社員たちは息をのむばかりだった。紬もまた、過去のトラウマから身につけた「完璧な仕事能力」をフル活用し、葵の指示に完璧に応えていく。「欧州市場の過去三年のデータ分析、これで合っていますでしょうか」「……完璧だ。システム部の連中が三日かける仕事を、お前は一時間で終わらせたか」執務デスクで書類を受け取る際、葵の指先がわざと紬の手に触れる。紬がビクッと肩を跳ねさせると、葵は周囲に見えない角度で口元をかすかに緩めた。「手が震えているぞ、紬」「……っ、気のせいです」冷徹な仕事モードの裏で、二人きりになると時折見せる甘く危険な距離感。紬は一日中、心臓が持ちそうにないほどの緊張感に晒されていた。午後七時。社内の照明が落ち始め、フロアから人が立ち去っていく。ようやく一日の業務が終わりを迎えようとしていたその時、外では激しい雷鳴が轟き、猛烈なゲリラ豪雨が降り始めた。窓を叩きつける激しい雨音。すごい雨……。電車、
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第4話

地下駐車場に降りると、そこには葵の愛車である漆黒の高級外車が静かに佇んでいた。葵がリモートキーを操作すると、静かな電子音とともにドアロックが解除される。葵は自ら助手席のドアを開け、紬をエスコートするように促した。「どうぞ」「あ、ありがとうございます……」恐縮しながら革張りのシートに腰を下ろすと、車内には葵と同じ、重厚で甘いウッディノートの香水の香りが満ちていた。続いて葵が運転席に乗り込み、重厚なドアが閉まる。途端に、外の激しい雨音が遠のき、車内は二人きりの完全な密室へと変わった。エンジンが静かに始動し、滑らかな加速で車が地下駐車場を抜け出す。ワイパーが激しく打ちつける雨を払う中、車内を街灯の光が不規則に照らしていた。どうしよう……すごく緊張する……。助手席で膝の上に置いたバッグをキュッと握りしめる紬。隣に座る葵は、洗練された手つきでハンドルを握り、前方の道路を見据えている。横顔のラインが彫刻のように美しい。「そう身構えるな。取って食おうというわけじゃない」前を見たまま、葵が静かに口を開いた。低い声が車内に心地よく響く。「す、すみません。普段、男の人と二人きりで車に乗ることがなくて……」「……男?」葵の眉がピクリと動いた。信号待ちで車が滑らかに停車すると、葵はゆっくりと紬の方へと身体を向けた。暗がりの中で、葵の黒瞳が妖しく光る。「他の男の車には一度も乗ったことがないのか?」「え……あ、はい。父以外には……」「そうか」短く答えた葵の口元が、心なしか満足げに緩んだ。葵は長い手を伸ばすと、紬のシートベルトのあたりに指先を這わせ、ぐっと顔を近づけてきた。「えっ……!?」思わず背もたれに体を押しつける紬。葵の息がかかるほどの距離で、紬の鼓動が耳の奥でうるさく打ち鳴らされる。「お前は素直でいいな。……だが、覚えておけ。俺以外の男の車には、これから後も、絶対に乗るなよ」「た、鷹司社長……?」「……お前に触れていい男も、お前を車に乗せて送る男も、世界で俺一人で十分だ」絶対的な独占欲を含んだ言葉。葵の指先が、紬の耳元にかかる柔らかい髪をそっと払う。その指の体温が触れた部分から、全身へ熱が広がっていくようだった。「返事は?」「……は、はい……」納得したように葵は身体を離し、再び車を走らせ始めた。なんなの、この人
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第5話

プライベートエレベーターが静かに最上階へ到着し、重厚な扉が開く。足を踏み入れた先は、都心の夜景が眼下に一望できる、息をのむほど洗練されたタワーマンションの最上階だった。シックなモノトーンで統一された広大なリビング。生活感を感じさせない洗練されたインテリア。「……すごいです。まるでホテルのスイートルームみたい……」「立ち尽くしていないで入れ。服が濡れているだろう」葵はスマートに靴を脱ぐと、紬を奥の応接エリアへと促した。「そこのソファに座っていろ。着替えを持ってくる」葵が奥のルームへ向かう背中を見送りながら、紬はおそるおそる本革の高級ソファに腰を下ろした。雨で少し濡れたカーディガンの裾を気にしながら周りを見渡すと、あまりの浮世離れした空間に胸が小さく高鳴る。冷徹な鷹司副社長のプライベートな空間に、私がいるなんて……。間もなくして、葵が白いフカフカのバスタオルと、男性用のグレーのトレーナーセットを持って戻ってきた。「これで着替えろ。少し大きいが、そのまま濡れた服を着ているよりはマシだ。バスルームは奥の角を曲がったところにある」「あ、ありがとうございます……! お借りします」タオルと服を受け取るとき、葵の指先が紬の手の甲を掠めた。ほんの少し触れただけなのに、その熱さに紬は思わず肩を跳ねさせる。「どうした?」「い、いえ! なんでもありません!」慌ててバスルームへ駆け込む紬。広い脱衣所で濡れた服を脱ぎ、葵から借りたトレーナーに袖を通す。葵のウッディノートの香水の香りが微かに生地に残っており、彼の服に包まれているという事実に顔がカッと熱くなった。ダボついた袖口を折り返し、前髪を整えてからリビングへ戻ると、キッチンに立つ葵の姿が目に入った。スーツのジャケットを脱ぎ、黒いシャツの袖を肘まで捲り上げた葵は、手際よく温かいマグカップに飲み物を注いでいる。「……着替え終わったか」振り返った葵の視線が、大きめのトレーナーを着た紬の全身を捉える。首元が少し緩み、華奢な鎖骨が覗く紬の姿を見つめる葵の黒瞳が、一瞬だけ深く、熱く落ちた。「あの……変ですか? 大きすぎて……」「……いや。よく似合っている」葵は短くそう言うと、持っていたマグカップをリビングのローテーブルに置いた。中からは甘いホットミルクの香りが漂っている。「温かいものを飲め。
last updateLast Updated : 2026-09-15
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第6話

吐息すら触れそうな距離で、葵の長くて温かい指先が紬の額に触れる。雨で濡れた前髪を優しく払うその手つきは、社内での冷酷無比な「副社長」の顔からは想像もつかないほど繊細だった。「……あ、あの……鷹司社長……」「葵、と呼べ」「え……?」「二人きりの時は『葵』でいい。……何度も言わせるな」低く掠れた声が耳朶を刺激する。紬は心臓が口から飛び出しそうなほどの高鳴りを押さえつけながら、震える声でホットミルクの入ったマグカップを両手でキュッと握りしめた。「で、ですが……そんな、滅相もないです……」「なら、呼べるようになるまで、こうしているか?」葵はさらに顔を近づけ、紬の唇まであと数センチという位置で動きを止めた。葵の持つ洗練されたウッディの香水と、熱い吐息の香りが混ざり合い、紬の思考は真っ白に麻痺していく。「あ……あおい……社長……っ」「……上出来だ」満足そうに目を細めた葵は、ゆっくりと体を戻すと、自分のホットミルクに口をつけた。横顔のラインがあまりにも整っていて、紬は思わず見惚れてしまう。ふと、葵が窓の外の暴風雨に視線を投げかけながら、静かに口を開いた。「なぜ、あそこまで実力を隠していた?」「……え?」「お前のあの圧倒的な情報能力と知識があれば、どの部署でも出世できたはずだ。なぜ『要領の悪い地味なアシスタント』のフリをして逃げていた?」葵の鋭い問いに、紬の胸の奥がチクリと痛んだ。過去の苦い記憶が脳裏をよぎる。「……昔、少し目立っただけで、周囲から妬まれて……大切なプロジェクトを奪われたことがあるんです。私が前に出ると、周囲を巻き込んでトラブルになる。だから……目立たないのが、いちばん平和だと思って……」ぽつりと漏らした本音。紬が悲しげに瞳を伏せると、葵の手が迷いなく伸ばされ、紬の頭を大きな手で引き寄せた。「っ……!?」ポン、と紬の頭が葵のしっかりとした胸元に押し当てられる。トレーナー越しに伝わる葵の力強い鼓動と、包み込むような腕の温もり。「くだらん」葵の低い声が、紬の頭の上から降ってくる。「お前のその才能を妬み、潰そうとした愚か者どものことなど忘れろ。……これからは、俺がお前を守る」「葵……さん……?」「俺の傍にいれば、誰もお前に手出しはさせない。お前の才能も、その素顔も、すべて俺が買い取った。だから――二度と自分
last updateLast Updated : 2026-09-15
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第7話

「今夜は……帰す気はないぞ」耳元で囁かれた低く掠れた声が、紬の鼓動を狂わせるように強く響いた。葵の回された腕にぐっと力が込められ、逃げ場のない抱擁の中で二人の体温が深く重なり合っていく。「あ、葵……さん……っ」あまりの熱量に驚き、胸元に手を当てて離れようとした瞬間、葵の長くしなやかな指先が紬の細い顎をすっと掬い上げた。否応なしに視線が交差する。前髪の隙間から覗く葵の黒瞳は、これまで社内や執務室で見せていた氷のような冷徹さとはまるで違い、どこまでも深く、甘く狂気じみた熱を帯びていた。「もう『さん』付けも要らん。……俺の名を呼べ」「っ……葵……」震える声でその名を口にした途端、葵の薄い唇が紬の唇を強引に塞いだ。「ん……っ!?」重なる唇の熱さに紬の瞳が大きく見開かれる。柔らかく、けれど容ズルさのない深く激しい口づけ。口腔を甘く侵食していく葵の熱い吐息と、彼が身に纏う高級なウッディの香りが紬の思考を完全に麻痺させていった。一度離れた唇が、息をつく間もなく再び深く密着する。じち、と甘い水音が静かなリビングの空間に響き渡り、紬の頭の中は真っ白に染まっていく。逃げることなど、最初から許されていないかのように。「ふぁ……っ、ん……あ、葵……っ」「……素直で、泣きそうな声だな。ずっとこうしてお前を突き崩したかった」身を捩って逃げようとする紬の華奢な腰を、葵の大きな手がしっかりと抱き寄せる。引き寄せる力が強まり、葵の力強い胸板と硬い身体のラインが、ダボついたトレーナー越しに紬の全身へ押し付けられた。葵は紬を細い腕の中に抱き上げたままゆっくりと立ち上がると、そのまま奥の寝室へと足を進めた。都心の夜景が遠くに揺れる暗がりの部屋。広大なキングサイズのベッドの上へと、紬の身体が静かに倒し込まれる。ふかふかのマットレスに深く沈み込む体。その上に、覆いかぶさるようにして葵の影が降ってきた。「葵……私、こんな……心の準備が……っ」「怖がるな。……俺のすべてを、お前に刻み込んでやるだけだ」葵の指先が、紬の着ている大きめのトレーナーの裾へと伸びる。生地がゆっくりと持ち上げられ、素肌に直接触れた葵の手のひらの熱さに、紬の全身がびくっと跳ね上がった。「あっ……!」「綺麗な肌だ。……こんなもの、俺以外の男に見せられるわけがないだろう」葵の温かい唇
last updateLast Updated : 2026-09-15
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第8話

柔らかな朝日がカーテンの隙間から差し込み、広い寝室を白く染めていた。「ん……っ」重い瞼を開けた紬は、全身を包む心地よい疲労感と、腰に残るかすかな熱っぽさに身を縮めた。目の前に広がっていたのは、見慣れない洗練されたシーツ――そして、自分の体をしっかりと抱き寄せる、逞しい男の腕だった。あ……私、本当に……。昨夜の出来事が一気に脳裏に蘇り、紬の顔が一瞬でカッと熱くなる。冷徹な葵が見せた、あの狂おしいほどの甘さと強引な抱擁。吐息が交差した瞬間の感触が肌に残っていて、胸が苦しいほどに跳ね上がった。そっと息を殺して横を向くと、そこには整った顔立ちで穏やかに眠る葵の姿があった。社内で見せる隙のない表情とはまるで違う、幼さすら感じさせる無防備な寝顔。紬は思わず息をのむ。こんな顔もするんだ……。そっと離れようと身体を動かした瞬間、葵の腕にぐっと力が込められた。「……どこへ行く」「っ……! あ、葵……起こしちゃいましたか……?」低い寝起き声で囁かれ、紬は身体を硬直させた。葵の黒瞳がゆっくりと開き、至近距離で紬を捉える。その瞳には、すでに昨夜と同じ深い熱が宿っていた。「……もう逃げられると思うなと言ったはずだ」葵は紬の額に優しく唇を落とすと、名残惜しそうに腕の力を緩めた。「身支度を整えろ。会社へ向かう」「えっ……あ、はい!」昨夜の甘い雰囲気から一転、葵はいつもの「副社長」の顔に戻り、スマートにベッドを降りていく。その引き締まった背中を見送りながら、紬は急いで身支度を整えた。数時間後。鷹司グループ本社の最上階・副社長室。いつもの地味なスーツと丸メガネに身を包んだ紬は、秘書デスクでテキパキとスケジュールを整理していた。周囲から見れば、昨日と変わらない「地味な専属秘書」と「冷徹な副社長」。だが、二人きりの空間に流れる空気は、明らかに昨日までと違っていた。書類を渡す際、葵の指先が密かに紬の手に触れる。「……今日の夜も、俺の家に来い」「なっ……っ、仕事中です、葵……副社長!」小さく赤くなる紬を見て、葵は満足そうに口元を僅かに緩めた。仕事の合間に交わされる秘密の合図に、紬の心臓は一日中持ちそうになかった。しかし、そんな甘い空気は、一本の内線電話によって破られることとなる。「鷹司副社長、ライバル社である『神楽グループ』の常務取締役
last updateLast Updated : 2026-09-16
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第9話

「ほう……? 噂の『新しい専属秘書』さんか。……ふうん、面白い子を置いてるじゃないか」神楽蓮の視線が、紬の全身を舐めるように巡る。その瞳には、まるで獲物を見つけた猛獣のような、危険で艶やかな光が宿っていた。「挨拶が遅れたね。神楽グループの神楽蓮だ。よろしく、可愛い秘書さん」蓮は滑らかな足取りで紬の前に歩み寄ると、紬の返事を待たずに細い手をすっと取った。そのまま手背へ優しく唇を落とそうと顔を寄せた、その瞬間――。バシッ、と乾いた音が重厚な副社長室に響き渡った。「っ……!」葵が割り込み、蓮の手首を強靭な力で掴み上げていた。葵の表情には一切の余裕がなく、氷よりも冷たい漆黒の殺気が溢れ出している。「俺の秘書に気安く触るな、蓮」「おっと……これは怖い。いつもの冷徹な葵様はどこへ行ったんだ? たかが秘書の一人や二人、手袋越しに挨拶したくらいでそんな目で見つめなくてもいいだろう」蓮はわざとらしく肩をすくめると、面白がるように口元を歪めた。葵の手を振り払い、紬の耳元へ顔を寄せ、葵だけに聞こえるような低音で囁く。「……いいね。あの葵がこれほど本気で隠そうとする女だ。地味なメガネの裏に、どれだけの逸材を隠しているのか……余計に興味が湧いたよ」「……用件は何だ。合同パーティーの打合せなら、資料を置いて早々に立ち去れ」葵の低く地響きのような声に、蓮はくすりと笑いながら内ポケットから封筒を取り出し、デスクの上に放り投げた。「そうカリカリするなよ。来週のパーティー、楽しみにしているよ。……当然、彼女も連れてくるんだろう?」蓮は紬に向かって思わせぶりにウィンクしてみせると、颯爽と副社長室を後にした。重厚な扉が閉まり、静寂が戻った室内。しかし、部屋を満たす空気は、先ほどまでの甘い余韻など微塵も感じられないほど重く張り詰めていた。「葵……さん……?」恐る恐る声をかけた紬の腕を、葵が強い力で引いた。そのまま壁際まで押し込まれ、逃げ場を塞がれる。葵の大きな手が紬の顎をすくい上げ、強い力で固定した。「……あいつに触られた手はどこだ」「え……っ?」「あの男にお前を見られたと思うだけで、吐き気がする」葵の黒瞳に宿っていたのは、猛烈な嫉妬と強烈な独占欲だった。葵は紬の腕を掴むと、蓮の手が触れかけた手背に、自身の唇を強く押し当てた。何度も、何度も、まる
last updateLast Updated : 2026-09-16
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第10話

「俺のことしか、何だ? 言ってみろ」思わず口走ってしまった言葉の真意を追及され、紬は真っ赤になって葵の胸元に顔をうずめた。「〜〜っ、もう意地悪言わないでください……! 仕事に戻ります!」「ふ……素直じゃないな」葵は満足そうに口元を緩めると、そっと紬の身体を解放した。しかし、その瞳の奥にはライバル・神楽蓮への警戒と、紬に対する深い執着が依然としてメラメラと燃え上がっていた。「来週の合同パーティーだが……お前も俺のパートナーとして同行してもらう」「えっ、パートナー……!? 私はただのアシスタント秘書ですし、そんな華やかな場所には……」「拒否権はないと言ったはずだ。あいつはお前を狙っている。俺の目の届かない場所に置くつもりはない」葵の決意は固く、断る隙などどこにもなかった。数日後。葵に連れて来られたのは、都内有数の高級オートクチュールメゾンだった。貸し切りにされた店内には、煌びやかなドレスがずらりと並んでいる。「副社長、こちらにご用意したドレスをお試しいただきます」店のオーナーから案内され、紬は半ば流されるように試着室へと押し込まれた。用意されていたのは、深みのあるミッドナイトブルーのロングドレス。繊細なレースとシフォンがふんだんに使われ、背中が大きく開いた上品かつ艶やかなデザインだった。着替えを終え、おそるおそるフィッティングルームのカーテンを開ける。「あの……葵さん。やっぱり私には不釣り合いじゃ……」ソファに腰掛けていた葵が立ち上がり、紬の姿を目にした瞬間、その息をのむ音が静かな店内に響いた。大きなメガネを外し、ゆるくアップにセットされた髪。ドレスから覗く白い項と華奢な鎖骨、そして引き締まったウエスト。普段の地味な装いからは想像もつかない、息をのむほど洗練された美貌がそこにあった。葵の黒瞳が、一瞬で熱く深く落ちていく。「……葵さん?」静かな歩調で近づいてきた葵は、紬の前に立つと、試着室の厚手のカーテンをバサリと閉めた。狭い密室の中に閉じ込められる二人。「っ……!? 葵さん、ここはお店で……」「……ダメだ」葵の低い声が紬の耳朶を揺らす。葵の指先が、ドレスから露出した紬の背中を、なぞるように優しく滑り降りた。その温かい感触に、紬の体に甘い痺れが走る。「こんな姿、神楽蓮どころか他の男どもにも一秒たりとも見せた
last updateLast Updated : 2026-09-16
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