――二十一歳の夏、あたし・宮瀬莉子の大切な人は天国へ行ってしまった。交通事故に巻き込まれて、ほとんど即死だった。 悲しむ間もなく、あたしは体に異変を感じた。――生理が来ない。それが何を意味しているのか、さすがに二十一歳にもなれば分かった。 妊娠検査薬で陽性反応が出て、母に付き添ってもらって病院へ行くと妊娠三ヶ月だと女性の産婦人科医から告げられた。父親は彼しかいない。 堕ろすなんて選択肢は最初からなかった。彼の大事な忘れ形見だから、絶対に産もうと決めた。 父には猛反対された。「大学を辞めてまで産むのか」と。でも、あたしの意思は固かった。「あたし、大学辞めるよ。この子を産んで、働きながら育てる。お母さんは『協力する』って言ってくれてるよ」 母は「何も大学を辞めなくても……。休学じゃだめなの?」と言ったけれど、そんな中途半端な気持ちじゃシングルマザーなんてできないと思った。 父は「勝手にしろ」とあたしを突っぱねたけれど、多分本当は頼ってほしかったのだろう。 一度母親になる覚悟が決まってしまうと、つわりのつらさも母の協力のおかげでどうにか乗り越えることができた。 そして翌年の五月、あたしは可愛い女の子を出産し、「奏」と名付けた。――あたしはこれから、この子と二人で生きていくんだ。そう心に決めた。 両親にも協力してもらいながら、あたしは奏を一生懸命育てながら就職活動を始めた。大学を卒業していないし、奏との時間を多く取りたいので正社員は諦め、パートの仕事を探し、奏が一歳半になる頃にファミレスのホール係の採用が決まった。あたしは奏を保育園に預けて働き始めた。 両親を頼らずに親子二人だけで暮らせるようになりたくて、一日六時間・週四日のパートで働きながらお金を貯めることにした。時給千三百円のパートで月に五万円ずつ貯金して、二年で百二十万円貯まったけれど、奏の教育資金のことも考えるとまだまだ足りない。 気がつけば未婚のままあたしは二十五歳に、奏も三歳半になった。 奏には父親が必要かもしれないと思いつつも、未婚の母という事実が恋愛をするのに重荷になっているのか、なかなか新しい恋に踏み出せずにいる。その相手に奏が懐いてくれるかどうかという問題もあった。 そんなふうに、あたしはこのままず
Terakhir Diperbarui : 2026-09-14 Baca selengkapnya