《嫌われた娘は、もう家には帰らない》全部章節:第 1 章 - 第 10 章

10 章節

第1話

テーブルの下で、私は指先で手のひらを血がにじむほど強く掻きむしった。ついさっきまで、妹と過ごす17日間を取り戻そうとであれほど父と争っていたくせに。その舌の根も乾かぬうちに、もっともらしい理由をつけて私を置き去りにする。そのとき、担任の先生からメッセージが届いた。【模擬試験の結果はどちらも良かったですよ。南森市立大学なら近いですし、進学先として重点的に考えてもいいと思います】私は返信した。【先生、私は月川市のほうにします】1000キロも離れていれば、見捨てられ続けたこれまでの人生を、遠くへ置き去りにできるだろうか。……先生から続けてメッセージが来た。【ご両親とはもう相談しましたか?】私は目を伏せたまま文字を打った。【していません。でも、私はもう18歳です。自分の選択には自分で責任を取れます】私がうつむいたままスマホをいじって何も話さないのを見て、妹が首をかしげた。「お姉ちゃん、そんなにおばあちゃんとおじいちゃんのところに行きたくないの?」そう。私は本当は行きたくない。朝はまだ暗いうちから家族全員の朝食を作らされ、夜は補習から帰ってきたあと、2人のいとこの服まで洗わされる。あの生活には、もう二度と戻りたくなかった。母が眉をひそめた。「真季ちゃん、大人の事情を少しは分かってくれない?今年は人事異動があって、私にとって昇進のかかった大事な時期なの。あなたを連れて行って、もし面倒を見きれなかったら、また不機嫌になって私に当たり散らすでしょう」父も同意するように口を挟んだ。「そうだぞ。真季ちゃんは気が強いからな。去年だって、俺があの子の保護者会に行かなかっただけで、1週間も俺にそっけない態度を取ったんだ。知らない人なら、俺たちが父娘だなんて思わないだろう」母は失望したように、首を横に振った。「妹は高校1年生になったばかりでしょう。お父さんが妹の学校生活への適応具合を把握するために、妹の保護者会に行ったのよ。どうしてそんなことも分からないの?」私は爪で傷だらけになったスマホケースから手を離し、顔を上げて2人を見た。「高校1年がそんなに大事なの?だったら、私が高校1年生だったときの保護者会には、どうして誰も来なかったの?」母の目が一瞬泳いだ。けれどすぐに、また強気な口調
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第2話

誰も、私の感情の変化には気づかなかった。赤くなった目元を気にかける人もいなかった。妹にあんなことを言われたあと、みんなは当然のように、この話はもう終わったものだと思っていた。私も空気を読んで、もう何も言うべきではないのだと思っていた。そして、それぞれ何事もなかったかのように食事を続けた。妹の茶碗には、おかずが山のように盛られていた。両親は、妹のことになると、いつだってどちらが上か競い合う。「有希ちゃん、お母さんが焼いたお肉を食べて。お父さんが焼いたのは焼きすぎよ」「有希ちゃん、お母さんの言うことなんか聞くな。あんな半生の肉を食ったら腹を壊すぞ」有希ちゃん。有希ちゃん……何度も、何度も。2人が口いっぱいに料理を頬張ったまま話しているときなんて、私はふと聞き間違えてしまうこともあった。「真季ちゃん」と呼ばれたのかと思って、顔を上げる。けれど、そこには私に向けられた視線なんて、一つもなかった。妹はもともと凛香(りんか)といい、生まれたときに父がつけた名前だった。両親が離婚した年、母は身ひとつで出ていくことを選んでも、妹の名前を自分がつけた名前に変えさせた。母は父と役所の前で大喧嘩をした。幼かった私は、必死に2人の間に入った。「お母さん……私の名前を変えていいよ。もう喧嘩しないで」母は苛立たしげに私を引き離した。「あんたに変わる必要なんてない」私は呆然と彼女に振り払われ、地面にぺたりと座り込んだ。結局、妹が怖くて泣き出してしまったことで、2人はようやく一歩ずつ譲り合った。妹は姓を変えず、名だけ母が変えた――野上有希を名乗ることになった。両親の愛情が詰まった名前だった。食事を終えると、母は妹の腕を取りながら私に言った。「有希ちゃんは寮を移ることになったの。お父さんじゃ荷物の整理も雑でしょうから、私が手伝いに行くわ。あなたは明日、1人でバスに乗って新学期の手続きに行きなさい」私は母を呼び止めた。「お母さん、今年の学費、まだもらってないんだけど」母は振り返りもせずに答えた。「有希ちゃんの学費はもう払ったわ。あなたの分はお父さんに払ってもらいなさい」父は母の背中を睨みつけながら、憤慨したように言った。「学費まで俺と張り合うのかよ!本来なら俺が有希ちゃんの学費を払うはず
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第3話

今年の入学式、クラスの中で私の親だけが来なかった。両親そろって他県に出稼ぎに行っている同級生が2人いたが、それでもそれぞれ1人はわざわざ帰ってきていた。それなのに私の両親は、わずか数百メートル先の寮で、引っ越したばかりの有希の部屋の片付けを手伝っていた。入学式に顔を出すための時間さえ、2人にはなかった。在校生代表としてステージへ向かおうとしたその時、ふと、両親が険しい表情でこちらに向かって歩いてくるのが見えた。すると、小学校時代の同級生のお母さんが、嬉しそうに私へ手を振った。「真季、お父さんとお母さん、道を間違えたみたいね。ちょっと遅れちゃったのよ」私は皮肉な笑みを浮かべた。きっと2人とも、知り合いから「親失格」だと思われたくなかったのだろう。だから、仕方なくおばさんに連れられて私の隣まで来たのだ。母は苛立ったように愚痴をこぼした。「これ、いつまでやるの?有希ちゃんが寮で待ってるのよ。私がご飯を買ってあげないといけないのに」父は我関せずと腕を組んだ。「あとでお前が真季ちゃんと一緒に、あの何とかいう入場式参加してやれ。今年はお前があいつを担当する番だろ」母は、前の生徒たちが記念写真を撮っている様子を見て、眉をひそめた。「嫌よ。あんな恥ずかしいこと。みんなが見てるじゃない」「お前が行けよ」父は当然のように断った。「俺はあんな目立ちたがりみたいなこと、絶対やらないからな」2人は声を潜めて言い争い始めた。先生が私の名前を呼んだことにも、2人はまったく気づいていなかった。私は誰にも声をかけず、彼らの横をすり抜けて、1人でステージへと歩み上がった。もし今日、両親と一緒にこの儀式をするのが有希だったら。2人はこんな態度を取っただろうか。答えは、きっと違う。ステージでは、親友が私を待っていた。両親の態度を話すと、親友は怒りながらも困惑していた。どうして私の両親が、妹にだけここまで肩入れするのか、彼女には理解できなかったのだ。私は静かに言った。「昔は、自分の何がいけないんだろうって思ってた。だから、ずっと一番を取って、お菓子もおもちゃも買わないで、家事も何でもできるようになって、誰から見ても聞き分けのいい子になろうとした。でも、それでも2人は変わらなかった。何も変わらな
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第4話

ゴールデンウイークの休みに入り、学校を出るとすぐに父の車が目に入った。少し離れたところで待っていると、案の定、両親と有希が一緒に出てきた。母は妹が家に持ち帰って洗濯する服を抱え、父は妹のピンク色のスクールバッグを背負っている。さっきまで笑い声を弾ませていた3人は、私の姿を見ると、途端に表情を曇らせた。母は警戒するように車のドアの横に立った。「本を読むのが好きでしょう。休みは本屋にでも行きなさい。泳げないんだから、海なんて危ないわ」私は母の姿勢を眺め、それから、なかなか車のロックを解除しようとしない父を見た。思わず笑いそうになった。2人とも、私が3人の幸せな旅行に水を差しに来たと思っているのだろう。「ただ生活費をもらいに来ただけ。2人が旅行に行ったら、私どうやって生活するの?」母はほっとしたように息をつき、バッグの中を探してから父の腕を引っ張った。「松(まつ)、現金持ってない?この子に少し渡して。私、お金を持ってきてないし、スマホも充電切れで電源が落ちちゃったの」父は微動だにしなかった。「お前が養う番の子だろ。なんで俺が金を出さなきゃならないんだ。お前って本当にいつもそうだ。真季の金も世話も、何でも俺に押しつけて。いい加減にしろよ」私は数枚の紙幣を握りしめた。心まで一緒に、くしゃくしゃになっていくようだった。母が不満そうに父を引っ張った拍子に、有希のスクールバッグが落ちた。ファスナーが何かに引っかかり、中身が少し見えた。すべて1万円札だ。私がバッグの中をじっと見つめているのに気づくと、有希はすぐにバッグを拾い上げ、胸に抱え込んだ。「これはお母さんが、月例テストで成績が上がったご褒美にくれたお金だから!お姉ちゃんには関係ないでしょ!私のお金を当てにしないで!」母は慌てて言った。「もういいから、真季ちゃん。早く家に帰りなさい。充電したらすぐ送金するから」私は動かなかった。ただ母に尋ねた。「月例テストで成績が上がったの?何点上がったの?何位だった?」父が誇らしげに答えた。「2点だ!大学受験を考えると、1点1点が大切だ!有希ちゃんがこれほど上達したんだから、ちゃんとご褒美をあげなきゃ」だから、いきなり4万円も渡したの?あまりにも馬鹿げていると思った。今回の高校2年生
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第5話

夏休みになり、家族全員が再び会した。有希は適当に食事を済ませると、すぐに階下へ降りて友達と手持ち花火をしに行った。両親は、有希をどの塾に通わせるべきかという話で、また言い争いを始めた。2人の声はどんどん大きくなり、ほかの親戚たちは怯えて、誰も口を挟めなくなった。叔母が私の肩を押した。「真季ちゃん、あんたの親があんなに口喧嘩してるんだから、ほら、止めに行きなさいよ」私はエビの殻を剥き続け、顔も上げなかった。「行かない」祖母が私を睨んだ。「お父さんとお母さんが今にも殴り合いそうなのに、よく食べていられるね!」両親の喧嘩を止めようとしたことなら、私は何度も何度もある。離婚する前から、離婚したあとまで、一度だって成功したことはない。例えば2年前の新学期の引き渡しの日。両親は料理を注文するところから、もう口喧嘩を始めていた。有希が遅れていて、個室には私たち3人しかいなかった。2人の口喧嘩がどんどん激しくなっていくのを見て、私はどちらの肩も持たないように、何度か2人を宥めた。すると母は、すぐに矛先を私へ向けた。「今年は私があなたを引き取るのに、私の味方もしないの?やっぱりあなたは親不孝者ね!」母はすでに椅子を振り上げていた。私は仕方なく、母に向かって何度か宥めるような言葉をかけた。すると父が後ろで鼻で笑った。「そんなに母親が好きなら、来年からお前も母親のところで暮らせばいい。俺は有希ちゃんだけいればいいんだから」その言葉を聞いた瞬間、母はさらに激昂した。「来年は有希ちゃんを私が引き取る番でしょう!!」2人は殴り合いを始めた。私は必死に2人を引き離そうとして、そのとき父が振り回した手のひらが顔に当たった。重い平手打ちだった。乾いた音が部屋に響いた。それでも2人はほんの一瞬動きを止めただけで、またすぐに喧嘩を続けた。私を気にかける人は、誰もいなかった。しばらくして妹がやって来た。個室の入口に立った妹は、目を赤くしていた。何も言わなくても、それだけで両親はぴたりと口喧嘩をやめた。母はすぐに椅子を置き、父も手を引っ込めた。2人は慌てて妹のところへ駆け寄り、我先にと涙を拭ってやった。「有希ちゃん、泣かないで。お父さんとお母さんが悪かった。怖がらせちゃった
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第6話

3月の引き渡しの食事では、私はいつも2時間前には店に着いていた。みんなが好きな料理をきちんと注文して、食器もすべて整えておく。そうすれば、みんなが来たらすぐに食べられるからだ。だから母が個室に入って、何も置かれていないテーブルを見たとき、思わず足を止めた。父と有希も、ちょうど到着したところだった。父は眉をひそめて母に尋ねた。「真季は?料理もまだ頼んでないのか?海鮮なんて、もうかなり予約で埋まってるぞ。あいつ、どうしたんだ?」母はバッグを置いた。「知らないわ。今朝起きたら、あの子のスーツケースがもうなかったの。もう先に来て料理を注文してるんだと思ってた」有希は唇を尖らせた。「適当に、すぐできる料理を頼んで食べようよ。夜は友達と遊ぶ約束があるから、待ちたくない」両親は慌てて頷き、店員を呼んで料理を注文した。料理が運ばれてくると、有希は目を丸くした。「お母さん、私、パクチー食べないよ!」母が箸で料理をかき分けると、毎年必ず頼んでいたエビの炒め物にパクチーが入っていることに気づいた。それだけではない。ほかの料理にも、自分と松が苦手なネギが入っていた。せっかくの料理が並んでいるのに、その半分以上が食べられない。母は苛立たしげにタブレットメニューを取り出し、料理を追加注文しながら、ぶつぶつ文句を言った。「全部、真季ちゃんのせいよ。今まではあの子がこういうことをやってたんだから。松、夜にあの子を迎えに行ったら、ちゃんと叱っておいて。今週の生活費は半分に減らすから!こんな時間になっても来ないなんて。私たち3人を1人で待たせるなんて、よく平気でいられるわね!」けれど父は、以前のようにすぐ母に同調して私を責めることはなかった。「莉々子(りりこ)、お前、気づいてないか?真季ちゃん、ここ一年くらいちょっとおかしくないか?」夏休みに2人が喧嘩したとき、長女が仲裁に入らなかったことにも、父はそのときから少し疑問を感じていた。いつもなら真季が2人の間に入ってくれていた。2人とも別のところに感情をぶつけられるからこそ、互いにあそこまで激しく言い争わずに済んでいたのだ。あの日、父がふと真季を見ると、娘は何事もなかったように座ってエビの殻を剥いていた。淡々とした横顔に、父は一瞬見入ってしまっ
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第7話

ベッドを整え終えて振り返ると、3人のルームメイトが立ち上がった。「行こう!一緒にご飯食べよう!」私は少し戸惑った。「じゃあ、さっきから私を待ってたの?」1人の女の子が私の腕に抱きついた。「みんな遠くからここに集まってきたんだもん。これも何かの縁だよ。私たちの部屋だって、小さな家みたいなものでしょ。初日から誰か1人を置いていくなんて、できないよ」目の奥が熱くなった。小さな家って、家族の誰一人として置き去りにしないものなのかな。ある年の引き渡しの食事の日、私は数学コンテストに参加することになっていた。私は早めに店へ行って、料理を全部注文しておいた。みんなの苦手なものや食べられないものも一つひとつ店員に伝えてから、試験会場へ向かった。けれど、試験が終わって急いで店に戻った私を待っていたのは、食べ残しだらけのテーブルだけだった。母はテーブルの上を指差した。「食べなさい」まるで、道端の野良犬を追い払うように。歓迎の横断幕が飾られたキャンパスを歩きながら、長い間枯れ果てていた私の心が、少しずつ温かく、潤っていくのを感じた。この広い世界で、私はどうして家族という牢獄に閉じこもっていなければならないんだろう。父から再び電話がかかってきたとき、私は切らなかった。「真季ちゃん!なんで大学に進学したことも俺たちに言わなかったんだ!こんな遠くまで行って、お前……」私は父の言葉を遮った。「毎年4月になるたび、私を養うのが嫌だって悩んでたんでしょう?もう悩まなくていいよ」あまりにもはっきりと言い当てられて、父は言葉に詰まった。母がスマホを取り上げた。「どうして私をブロックしたの?大学入試のことを私たちが気にかけなかったから?だったら、ちゃんと言えばいいでしょう」私は冷笑した。「言ったところで、何になるの?十年間ずっと言い続けたよ。保護者会に来てって。なのに、誰一人として聞いてくれなかったじゃない」母は恥を隠すように怒鳴った。「何なの、その態度は!学費を出してほしくないっていうの?」私は淡々と答えた。「私が月川大学を選んだ大きな理由の1つは、学費が全額免除で、生活費まで支給されるからだよ。歯を磨くコップまで、学校が用意してくれてる。もう、あなたたちに心配してもらう必要なんてない。これからは
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第8話

叔母の家の長女は、私より2歳年下だった。両親が男尊女卑の考えを持っていたせいで、家では私と同じように存在を無視されているような子だった。だから、故郷の親戚とはもう関わらないと決めたあとも、私は彼女の連絡先だけは削除しなかった。進路について分からないことがあったり、勉強で疑問があったりすると、私は快く教えてあげた。大学を卒業したあと、私はそのまま大学院へ進んだ。従妹は私が撮った入学式の写真を見て、わざわざお祝いの電話をかけてきた。「お姉ちゃん、実は最近、伯父さんと伯母さん、有希のことをあんまり好きじゃなくなってきたみたい」珍しいこともあるものだ。以前、有希が家のお金を盗んで友達との食事に使ったときでさえ、母は叱らなかった。あまりにも常軌を逸したことを除けば、2人は有希のことを永遠に許し続けるものだと思っていた。私が話を遮らなかったのを見ると、従妹は嬉しそうに続きを話してくれた。2年前、父が急に階下へ書類を取りに行った。戻ってくると、パソコンのデスクトップに置いてあった企画書が、きれいさっぱり消えていた。父は慌ててゴミ箱を何度も確認し、額に汗を浮かべながら、パソコンがウイルスに感染したのかと思った。ところが、有希に聞いてみると、本人は悪びれもせず言った。「デスクトップが散らかってたから、片付けてあげたの。こんなごちゃごちゃしたファイル、置いとく必要ないでしょ?私のデスクトップ、きれいに整理されてるでしょう?」父はその場で血圧が一気に上がるほど激怒した。その企画書は、父が2か月もかけて進めていた案件のものだった。しかも提出期限は翌日。けれど、怒っている暇すらなかった。父はその夜、一睡もせずに最初から作り直した。徹夜したせいで心臓に違和感が出て、そのまま病院に運ばれた。父が有希を何度か叱ると、今度は母が不機嫌になった。まさか2年後、自分自身にその災難が降りかかってくるとは思わなかったのだろう。有希は今年、大学4年生になった。母は昔からの友人に頼み込み、有希をある事務所でインターンとして働かせてもらった。ところが、有希は1週間で辞めてしまった。残業がきついという理由で、連絡もせずに無断欠勤までしたのだ。母が電話で何度も頭を下げて頼み込み、ようやくもう一度戻らせてもらうことになっ
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第9話

博士課程を修了した年、父が胆嚢の手術を受けた。叔母が従妹の携帯から私に電話をかけてきて、実家に戻って父の面倒を見てくれないかと言った。私はわけが分からなかった。「有希がいるんじゃないの?有希に行ってもらえばいいでしょう」叔母は言いにくそうに答えた。「有希は旅行に行ったのよ。もうホテルも飛行機も予約してあって、キャンセルできないって……」それでも私は断った。「父は今年でまだ57歳でしょう?法律で定められた定年年齢にはまだ達していないし、命に関わるような手術でもない。自分で何とかしてもらって。介護ヘルパーを頼んだって、そんなにお金はかからないでしょう」叔母がぼそっと言った。「何言ってるの。一日6千円もかかるのよ。じゃあ、あなたが出す?」私は笑った。「いいよ。父が60歳になって手術を受けて、ヘルパーが必要になったときに、また私に頼んで。そのときは私が出す。今は、お断り」従妹によると、実家の親戚たちは陰で私のことを「冷血だ」と散々悪く言っているらしい。私はまったく気にしなかった。「私が差別されていたとき、あの人たちは私のために一言でも庇ってくれた?有希のほうが少し可愛くて、愛想がよかったからって、それが私を厄介者みたいにたらい回しにしていい理由になるの?今度は自分たちが年を取って厄介者になったんだから、私と有希にたらい回しにされても、受け入れればいいよ」3年後、両親は2人とも60歳になると、すぐに裁判所へ私に扶養義務を果たすよう訴えを起こした。私は、以前から考えていた案を提示した。1年ごとに1人ずつ面倒を見る。そして、毎年4月に交代する。母はその場で反対した。「あなたが実家に戻って、私たちと一緒に暮らせばいいでしょう。有希ちゃんがお金を出して、あなたが面倒を見るの」なぜ母がそんなことを言うのか、私は分かっていた。その年の初め、母が急性虫垂炎で入院したとき、有希は一度見舞いに来ただけで、世話をしたとは到底言えなかった。この先の生活を保障してもらうには、私に頼るしかないのだ。私は自分の案を譲らなかった。「私の仕事は月川にあるの。ずっと月川にいなきゃいけないから、2人を連れてきて面倒を見るなんて無理。有希の月給が20万円なのは知ってるよ。それなのに毎月25万円じゃ収まらない
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第10話

2年目の4月、交代の時期がやってきた。母は私のところへ来るなり、泣き出しそうなほど喜んだ。「真季ちゃん、私も月川に一緒に行っていい?お母さん、迷惑はかけないから。年金もあるし」私が断るより先に、父が焦ったように口を挟んだ。「そんなのありかよ?お前が月川に行って居座って、これからずっと真季ちゃんに面倒を見てもらうつもりじゃないだろうな?」「そうよ。それがどうしたの!」また2人は口喧嘩を始めた。けれど、妹は若い頃のように口を挟んで仲裁しようとはしなかった。退屈そうにタバコに火をつけると、私に声をかけた。「お姉ちゃん、ちょっとお金貸してくれない?お父さんが家事代行を頼みたいって言ってるんだけど、私じゃ払えないの」私は淡々と答えた。「払えないなら頼まなきゃいいでしょう。誰が面倒を見るかで、誰が責任を持つかも決まるんだから」妹は鼻で笑っただけで、それ以上私に話しかけてこなかった。母は私が面倒を見ることになったこの1年の間に、腰の大きな手術を受けた。それでも私は実家に戻って世話をすることはせず、その代わり、腕のいい介護ヘルパーを雇った。家族で治療方針を相談しなければならないような場面でも、私と連絡がつかないということはなかった。母の手術は無事に終わり、回復も順調だった。けれど、4月が近づくにつれて、母は次第に不安を募らせていった。ほとんど毎日のように私へ電話をかけてきた。「真季ちゃん、来年も私の面倒を見てくれない?お母さんには年金があるから、あなたにそんなにお金を出してもらうつもりはないの。ただ、私を完全に有希ちゃんに押しつけないで。私、体が弱いでしょう。もし急に具合が悪くなったら、あの子に殺されちゃうわ!」私が黙ったまま何も答えずにいると、母はとうとう私の目の前で泣き出した。「ごめんね、真季ちゃん。昔、私とあなたのお父さんは、あなたにちゃんと責任を持とうとしなかった。お母さん、若い頃は何も分かってなかったの。だから、もうお母さんを恨まないでくれない?許してほしいなんて思ってない。昔みたいに仲のいい母娘に戻りたいとも思ってない。ただ、いざというときにお母さんを助けて。お母さんが生きていけるように、それだけお願い」私は大きく息を吸った。「よほど深刻なことじゃない限り
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