ふと考えてみると、'呑気や'のキャラクターたちはそれぞれが小さな物語を内包していて、居心地の良さを作り出しているのが魅力だと思う。まず中心にいるのは店主の松原信也。見た目はどっしりした親父で、世話焼きだけど押し付けがましくない。常連の顔と名前をちゃんと覚えていて、相談事には黙って聴き役に回ることが多い。私は彼のさりげない気配りに何度も救われた気分になったことがある。信也の過去は匂わせ程度で、必要なときだけ昔話が出てくる。そういう控えめな背景の見せ方が、彼をより魅力的にしていると思う。
次に欠かせないのが看板娘の咲良。元気で世話好き、でもたまに見せる脆さがたまらない。表面は明るいんだけど、夢や不安を抱えていて、それがさりげない会話や一コマの表情で伝わってくる。私は咲良の成長物語にいつも胸を熱くする。料理人見習いの高橋健は、
真面目で一途。失敗してもめげずに工夫を重ねるタイプで、信也の教え方とのやり取りがコメディと暖かさの両方を生んでいる。彼のエピソードは努力の尊さと、店が若い才能を受け入れる場所であることを示している。
常連客のラインもいい味を出している。会社員の田村は堅物だけど店ではデレる瞬間があって、そのギャップが笑いにつながる。旅人風の有馬は謎めいた過去をちらつかせつつ、時折深い言葉を残して去っていくタイプで、物語に少しの陰影を与える。アルバイトの女子高生・奈緒は観察眼が鋭く、若い視点から店や大人たちを解釈する場面が心地よい。私は奈緒が放つ率直な感想でハッとさせられることが多く、彼女の視点が作品全体の温度を下支えしていると感じる。
キャラクター同士の関係性も見どころのひとつだ。たとえば信也と咲良の親子以上の信頼関係、健と信也の師弟関係、田村の小さな恋心、奈緒の成長を支える常連たちといった具合に、各人が互いを補完し合っている。エピソードは派手な波乱よりも日常の積み重ねに重心が置かれていて、その分キャラの細やかな心の動きが丁寧に描かれていると感じる。読んでいて心が温かくなる瞬間が多い作品で、特に会話の妙や仕草の描写が好きな人にはたまらないはず。そんなところが、いちばん好きな理由だ。