僕は過去に海外版のタイトル変更をいくつか見てきて、たとえば日本語の詩的表現を英語の自然な語順や響きに合わせるために意図的に変えるケースが多いと感じている。出版担当者は目を引くか、語感が良いか、検索されやすいかという実務的な側面も考慮に入れる。だから『陽はまた昇る』が英語で『The Sun Rises Again』や『The Sun Will Rise Again』とされることがあるのは、単に希望を強調したいマーケティング判断からだ。
英語圏で見ると、タイトルの扱いは単なる語の置き換え以上に意味を取り戻す作業になることが多い。陽はまた昇るという日本語を英語に戻すと、多くの場面で自然に選ばれるのは『The Sun Also Rises』だ。これは単なる直訳ではなく、作者が意図した聖書的な余韻や文学的な参照をそのまま保持するための選択になっているからだ。
個人的には、訳語の微妙な違いが読後感を大きく変えるのを何度も経験している。たとえば“also”と“again”の差だと、前者は既存の流れに連なるというニュアンス、後者は繰り返しや回復を強調するニュアンスが出る。英語版の編集者や翻訳家が『The Sun Also Rises』を選ぶときには、原題の参照元や歴史的背景(聖書の言い回しや当時の文学的コード)を尊重する意図が働いていることが多い。