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高く輝く明月は、ただ私を照らさず
高く輝く明月は、ただ私を照らさず
Author: 匿名

第1話

Author: 匿名
病院の入り口。

夏目末依(なつめ まい)は足元はふらついていた。腎臓を売って得た一千万円を握りしめ、青白い顔に満足げな笑みを浮かべていた。

「これで……昭安の病気はきっと治せる」

自分の腎臓一つで昭安の命が救えるのなら、それで十分だ。

術後の弱りきった体に鞭打つように、よろよろとしながらも小走りで病室の前までたどり着いた。

ベッドに横たわる弱々しい男の姿を見て、末依の目にさらに痛々しい色が浮かんだ。

「昭安さん、その貧乏彼女はいないんだから、誰に見せるつもりで演技してんの?」

「うるせえな!これは演技の練習だ。こうでもしなきゃ、あの女を騙せねえだろ?」

病室から聞き慣れた声が聞こえてきた。末依はドアを開けようとした手を止めた。

……騙す?どういうこと?

部屋の中から、さらに騒ぎ声が聞こえてきた。

「さすが昭安さん!偽の診断書で、あの女はまんまと騙されるなんて。マジでガンになったと思い込んでるみたいだよ!」

「聞いたけどさ、あの女、全財産を差し出したって。いくらだっけ?あー!たったの120万円だってよ!?」

「ははっ!120万円なんて、昭安さんがバーでちょっと酒を買うだけで消えちまう金じゃねえか。よくもそんなはした金持ってきやがったよ!」

その一言一句が末依の耳に突き刺さった。手足が痺れるほどの衝撃が全身を駆け巡った。

……一条昭安(いちじょう あきやす)のガンは……全部嘘だったのか?

病室の中では、さっきまで弱々しいふりをしていた昭安が、すっと布団を蹴り飛ばし、ベッドから軽やかに跳び降りた。

側にいた男が慣れた手つきでタバコを差し出した。

タバコをくわえた昭安の顔は、記憶の中の優しい笑顔とはまるで別人のように、煙に包まれて霞んで見えた。

「まあ、あいつも金ないんだから、120万全部出せただけでも予想外だったよ」

部屋の中から嘲笑の声が上がった。

「おいおい、昭安さんまさかあの女を本気で気にしてるんじゃないだろうな?嘉鈴さんに知れたら大変だぞ」

「馬鹿言うなよ。昭安さんの本命は嘉鈴さんだけだ。気にしてるって、せいぜい同情に過ぎないさ。

もともと一条家の御曹司ってのを隠してあの貧乏女と付き合ったのも、嘉鈴さんの気を晴らさせたいだけだ。嘉鈴さんのためなら2年間もスラムみたいなとこで我慢したんだぜ」

「あの女、嘉鈴さんに感謝しろよな。嘉鈴さんがいなかったら、昭安さんみたいな上流階級の人間と一生関わらなかっただろうし。ハハッ!」

病室の外で、末依の体は震えが止まらなかった。頭の中がぐちゃぐちゃに渦巻いている。

昭安はふわりと煙を吐きながら、冷たく言い放った。

「ただ、あいつがあっさり全財産使い切るとは思わなかったってだけだ。もっと早く病気のフリすればよかったな。これで嘉鈴も満足するだろう」

その冷たい言葉が、末依の心に残った最後の希望を粉々に砕いた。

もともと青白かった顔から、さらに血の気が引いていく。体がふらつき、今にも倒れそうだった。

通りかかった看護師が心配そうに声をかけた。

「お嬢さん、大丈夫ですか?顔色がとても悪いですよ」

ハッと我に返った末依は、病室から誰かが出てきそうな気配に、慌てて看護師に軽く礼を言い、よろよろとした足取りで近くのトイレに駆け込んだ。

鏡に映った自分の顔は、紙のように白くいた。

耳に刺さった言葉が、頭の中でぐるぐると回り続けている。

まさか、自分と同じ貧乏学生だと思っていた昭安が、一条家の御曹司だなんて……

二人の関係も、全部嘘だったなんて……

甘かった記憶と残酷な現実が、頭の中で激しく交錯した。

末依と昭安の出会いは、偶然だった。

2年前、彼女は焼き鳥屋でアルバイトをしていた。

酔っ払った客にセクハラされて、店主に助けを求めたが、無視された。

客の行為がエスカレートする中、彼女は覚悟を決め、ビンで頭を殴ろうとした。

その時、温かい大きな手が彼女をかばい、セクハラから守ってくれた。

あの瞬間、男の背中を見て、末依の心は一瞬止まった。

陳腐な展開かもしれないが、孤児として育った彼女にとって、その守りはかけがえのないものだった。

後で知ったのだが、昭安も彼女と同じ孤児で、二人とも一日に3つのアルバイトを掛け持ちしていた。それに、昭安は学費が払えず高校卒業後すぐに働いていたという。

同じ境遇の二人は自然と距離を縮め、恋愛を始めた。

将来のためにお金を貯めようと、彼女は学生寮を引き払い、昭安と郊外の6畳の格安賃貸アパートに引っ越した。

生活は苦しかったが、末依は一度も文句を言わず、未来に希望を抱いていた。

しかし1ヶ月前、昭安は自分がガンだと告げ、多額の治療費が必要だと言った。

末依にとって、2年間の付き合いで昭安はもう家族同然だった。彼を見殺しにはできなかった。

治療費のために、大学4年間で必死に貯めた120万円を全て出した。

だが昭安は「この病気は1000万円ないと治らない」と言った。

ベッドで弱りきった昭安を見て、途方に暮れた末依は、必死に恐怖を押し殺し、闇市場で自分の腎臓を売り、1000万円を手にした。

その1000万さえあれば、昭安は治り、二人の生活も元通りになると信じていた。

だが、全部嘘だった!

昭安の身分も、ガンも、全部嘘だった!

そして2年前の出会いさえ、全部嘘かもしれない。

気づけば、顔中が涙で濡れていた。リュックの中の重い1000万円が、自分の愚かさを嘲笑っているようだった。

嘘つきのために、腎臓を一つ失った。

彼らが言う「嘉鈴さん」とは、末依が思い浮かべられる人物と言えば、一つ下の学年の伊集院嘉鈴(いしゅういん かりん)しかいなかった。

大学2年生の時、学校のスピーチコンテストで1位になれば十万円の賞金がもらえた。

末依は学費のために必死に練習し、見事に1位を取った。

2位は嘉鈴だった。

表彰式で、嘉鈴は彼女の耳元で「私の邪魔をするなんて、絶対に許さないわ」と囁いた。

その時は、負けず嫌いの女の子の捨て台詞だと思っていた。

まさか、こんなに酷い仕返しをされるとは……

末依は涙を拭い、スマホを取り出して寺田教授に電話した。

2週間前、寺田教授は海外留学の推薦枠があると教えてくれ、末依を推薦したいと考えていた。

だがその時、彼女は昭安の治療費のことで頭がいっぱいで、即座に断っていた。

今、真実を知った以上、昭安のために自分の未来を犠牲にする必要はない。

上流階級のつまらない遊びには、もう付き合いたくない。

「先生……私は、留学に行きたいです」

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